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偽物の英雄譚  作者: レム
王国転覆
7/23

7話 母として

 バンッ!


 そこまでギルが言うと乱暴に扉が開いた。

 土煙が漂う酒場の入り口には二人の人影が浮かんでいる。


「こほこほ」


 ラーニャとステラは咳払いをしている。ギルは咄嗟にコートの袖で口を覆って被害を未然に防ぐ。

 乱暴に開かれた扉は大量の砂ぼこりを舞い上がらせて、入り口付近を包み込んでしまった。随分年季が入っていたため砂埃というよりも木屑がこぼれてしまい、扉の耐久度は一気に無くなっただろう。

そんな中から手を頭に回して首をポキポキと音を鳴らしながら二人の男が現われる。


「――あっ!」


 その姿にギルは思わず声を漏らしてしまう。それもそうだろう。どことなくも覚えのある二人はギルが空腹で倒れそうだった時この店の前で故意にぶつかってきた相手なのだから……。

 いくらぶつかられたからってそれ以上に因縁のないギルにとって特に警戒する相手ではなかったが目の前にいる母娘は違ったようだ。


「―――――」「……………」


 二人とも声に出して拒否反応を示すことをはしていないが明らかにその表情は引きつった様になり誰が見ても嫌がっているようにしか見えない。


「どうもっす、ラーニャさん、また来ちゃいました」


「いつ来てもみすぼらしい場所だな、ここは……」


 軽い口調で話しかける若い青年に無理やりと言うか乱暴に開かれた扉の工具が外れてしまう程の変な登場をしてきたにも関わらず文句を言う中年男性のペアだ。


「これは、これは、騎士様が日に二回も来てくれるとは光栄なことね。にしてもつい四~五時間前に来たばかりのはずよね、準備は出来ていないから、どうぞ、お引き取りを、ヘイドさんにダルグさん」


「というか扉壊さないでほしいし」


 王国騎士に対して無礼としか言えない態度なのだろけど悪政を強いている以上民衆の態度としては正しいのかもしれない。

 ヘイドと呼ばれた二十代後半の男性は長身に金色の髪を振り回して舌を出していかにも相手を挑発しているような態度をとる。

 ダルグと呼ばれた五十代半ばの男性は少し加齢による衰えがありながらも鍛え上げられた筋肉だけは全盛期を保っていると思わせるくらいに漲っていて、スキンヘッドの頭に灰色のひげを携えている。

終始そのひげを触りながら眉間に皺を寄せている。そして、お互いに騎士の証であるファーガルニ王国の紋章が入った騎士装束を纏っている。

 紋章の下に刻まれている文字に色はそれぞれの階級を示していてヘイドもダルグも全部で十段階ある内の上から三段階目の色である緑で文字が刻まれている。

 ところで、目には見えないが騎士が入ってきた時からラーニャ、ステラと騎士の間で火花が散っているように感じた。

 ちなみにギルはそんな争いに巻き込まれないように気配を消している。


「あれー、その言い方、まるで僕たちが何の用で来たのか分かっているみたいだねー」


「また税金の取り立てに来た以外何かあるのなら聞かせてほしいわ」


 目を細くして睨みつけるように言うラーニャは席を立ちあがってステラを隠すように王国騎士の前に出る。


「申し訳ないけど、私たちにも生活がある。あれほどの税を支払うだけの能力はない」


「そうも、行かねーすよ。とある貴族の方が、宝石がほしいって言いだしてね。仕方なしに資金調達に来ているんすよ。ちなみにその人めっちゃ怖だからしたがったほうがいいよー」


 人をおちょくるように舌をちらつかせるヘイドに奥歯を強く噛みしめてこみ上げてくる怒りを抑えむラーニャ。


「そうね、なら言い方を変えるとしましょうか。未来の子供のためになら私は生活をどれだけ切り詰めても、いくらでも払う。でも、貴族、王族の私腹を肥やすために支払う金なんてない!」


「はあ~、何それ、別にお前らなんてどうでもいいんすよ。あんたらは王族、貴族、騎士のために働く駒でいいんす」


「――っ!」


 ヘイドの発言はもはや国民奴隷化宣言と捉えられてもおかしくない。普通ここまでハッキリと言い切ることはしないが、もしも、その発言に誤りがあれば王家に対する他国の評価に影響するからだ。しかし、隣にいるダルグは発言に対してまったく反応を示さなかった。

 それはつまり、ヘイドの発言は是であるということだ。



 ――これのどこが楽しいことなんだが。

 醜い、とも解釈される騎士側の発言に耳を傾けながらギルは思った。ここに来ることになった遠因を作った老婆に物申すことはしないが、もう少しましな国は知らなかったのか、と言及したい気分ではある。

 そんなことを心の中で呟いている最中も論戦は続いている。


「――――」


 その意味をくみ取った時、ラーニャもステラも言葉を失っていた。

 ついにこの国はここまで堕ちてしまったのか……。

 そんな思考が脳裏をよぎりあまりに怒りにヘイドを殴りかかろうとしたが、さっきよりもさらに強く奥歯が欠ける勢いで噛んで無意識の内に動き出してしまうそうな体を抑え込んだ。


「でも、私の答えは変わらない。今の私にはそれを支払えるだけの能力がない。どうぞ、お引き取りをお願いします」


「えー、そんなこといったって困るんだけど、まあ、とにかく今あるだけの金、払って、払って、払って……」


 この「払って」の言うタイミングで手拍子を挟んでくるヘイド。

 誰が見てもイライラが募って行く状況でダルグがヘイドを手で制して前に出てくる。


「払えない、とはおかしなことだな。私の目が正しければそこにテーブルには宴会でも開いたような跡が残っているんじゃが……」


「――これは」


 急に話を向けられたことでギルがビクッと背筋を伸ばす。挙動不審におどおどしながら騎士にたいして目を合わせないようにする。


「そこの男はさっき店に来た時にぶつかった男と同一人物だろ。そんな奴を介抱してやることが出来るのならちょっとばかり上がった税を払うことくらい容易いことじゃと思っておるが」


 隠すことが出来なかった。


「は~」


 ギルはこの場にいる全員から見えない死角の位置にて深いため息を漏らす。引きつる頬に、半眼になってそっぽを向く双眸。

助けてもらっといてさらに迷惑をかけてしまった、そんな考えがギルの中に疼く。


「これもそれも、あんたたちが弱者を切り捨てるようなことばかりするからだよ。あなたたが楽出来るのも私たちが汗くせと働いているお陰なのよ!」


 ダルグの軽率な発言はついにラーニャの怒りに触れる。


「それに、ちょっと上がったって言ったって、いきなりこれまでの二倍増。あんたらは私たちに死ねと言っているの!?」


 近衛騎士に逆らえば厳しい処罰が待っているのだがラーニャは関係なく言いたいことを言う。

 急にまくし立てて言うものだからラーニャの呼吸はかなり荒れている。

 それに対して騎士は、


「――別に死ねばいい。王族に代りはいないが、貴様らの代わりはいくらでもいる。死にたいのなら死ね。別に止めはしない」


「―――――」


 無慈悲に言い切るダルグ。

 思わず絶句してしまうラーニャは唇をかみしめて動転しそうな意識を留めおく。

「代わりがいくらでもいるのなら私にこだわる必要はないと思うけど、支払いができる奴に行けばいいはずよ。何度でも言うわよ、あんたらの私腹を肥やすためだけにはらうお金はないわ!」


 ギロッ!


 そこまで言うとヘイドの表情が一変する。


「貴様、さっきから聞いていれば王族、貴族に対して反逆の意思有りなのか」


 軽く人を見下すような口調をやめて目つきをとがらせて腰に構えている騎士剣に手を伸ばす。


「返答次第ではこの場で叩き斬る!」


 瞬間この場に流れる不穏な雰囲気、張りつめる緊張感、不用意にラーニャが一歩でも動けばたちまち頭と胴体が切り離されることになる。

 一触即発のこの状況を納めたのはヘイドの隣にいた人物だった。すぐに腰に刺さっている剣に手を伸ばして抜剣できないように抑えた。


「剣から手を離せ、ヘイド、支払えないというなら支払えるようにすればいいだけだろ」


「……そうっすね、ダルグのおっちゃん」


 ダルグの意見に賛同したヘイドはおとなしく剣から手を離す。

 そして、


「それじゃあ、それじゃあ」


 また軽い口調に戻すとヘイドはラーニャに向けて距離を詰めだした。ビクッとラーニャは体を震わせたが、すぐにヘイドの目的を理解した。そう、ラーニャが目的ではなかったのだ。


「ねえ、お嬢ちゃん、生理ってもう始まっているのかな?」


 ラーニャの後ろで隠れていたステラに話しかけていたのだ。


「え……あの、そのいったいどう事で………?」


「ラーニャさんがどうしても払えないって言うなら君を担保にしておこうかなって思ったんすよね」


 そのままステラの顎に手を向けようとしたヘイドからラーニャは慌ててステラを連れて距離をとった。


「どういうことなの?」


「ん、平民は頭が悪いな。担保だよ。担保。あっ! それともこのお嬢ちゃん売っちゃう。そうすれば今回の徴収は僕が肩代わりをしてあげるよ。どうかな?」


 ラーニャの疑問にヘイドは娘を差し出せと言ってくる。


 理不尽と言う言葉をここまで痛感したことはなかった。一方的に税を上げて払えないのなら子を売る。そんなこと許されるはずがない。


「僕としては娘さん売ってくれると嬉しいかな、何度やっても純真な少女の処女膜を破る時の快楽と興奮は最高だからね。生理が始めっていなかったら中に出しても何の問題もないし、それに、いたいけな少女に最初に傷をつけたのが僕ってのも興奮するでしょ。あっ、言って置くけど売ったからって男みたいに強制労働ってわけじゃないよ。ただ、毎日数十人の騎士たちの性欲を処理してくれればいいだけ、お互いに気持ちよくなって最高じゃん、まあ、たまに誰の子か知らないけど妊娠するのが面倒だけど、すぐに堕ろすし問題ないで………」

 

パンッ!


 辺り一面に乾いた音が酒場内に木霊する。その音の反響はいつまでも残り、ギルも思わず肩を上げて目線だけラーニャに向ける。

そこには鬼がいた。

 早口で言っていたヘイドだったが最後まで言い切ることは出来なかった。それは、言い終わる前にラーニャによって右頬を叩かれたことによってだ。


「――なんの冗談かな、平民が僕に手を上げる……それは許されないことだよ。まあ、寛容な僕は幼い少女がやったなら見過ごすけど、こんなおばさんで誰かの使用済みの中古なんか興味ないな………」


「ふ、ふざけるのもいい加減にしなさい。そんなことは絶対にさせないし何の権利があって母娘を引き離そうとするの。あなたがたこそ、そろそろ愚かな国政を顧みて正しい国造りをする気はないの!?」


 それに、と。


「私自身の保身のためにステラを差し出すというくらいなら私は死を選ぶわ! 子供の命の先に得た命に何の価値もない!」


「――」


 ステラは自分に対して何を言われていたのかふんわりと理解していたらしくラーニャの腰にしがみついている。そのラーニャは感情を激昂させて目に涙を浮かべながら言い放つ。

 ビンタをされたヘイドは無言のまま言葉を発しない。

叩かれた右頬を手で押さえながら「父上にも叩かれたことなかったのに……」と小さな声で呟いている。

 顔は俯かせたままに、その表情が暗くなっていくのが分かる。

 再び覗かせたその顔には憎悪が刻まれている。

 それは、自分の気分を害されたこと。

 それは、たかが平民に手を上げられたこと。

 それは、平民に説教されたこと。

 様々な種類の憎悪が交じり合い、抑えることが出来ない悪感情が生まれた。


「なにも俺たちはお前たちの命をとって食うわけじゃないんだよ、言うこと聞いてりゃあ、生きることは認めてやっていたのによ。ちょっと調子に乗るとすぐにつけあがる。全くバカしかいねえのかよ……そんなバカは処分しねえとな!」


 その口調はこれまでのどれとも違った。 

 最初のおちょくるような軽い様子も、垣間見えた騎士としての様子もどこにもない。それはただのヘイドとしての本性が滲み出ている。

 ちなみに隣にいるダルグは止めることはせずに我関せずを貫き通している。


「お前らなんか死んでしまえ!」


 そういうと腰に携えている騎士剣に手を伸ばすと抜刀してラーニャの首ともに近づける。


「今回の納税義務があるのは私よ。それが殺されたとあれば納税義務は消失してあんたが言う娘を連れていく理由も消失する。それでいい……?」


「まあ、別にいいさ。他にも相手はいる。今回は見逃してやろう。だが、貴様は私を侮辱した。それは万死に値する!」


 首に剣を突き付けられても物おじしないラーニャの態度に少しヘイドはビクついていたが形勢的に有利である状況で変な態度は見せずに強気のままだったがラーニャの要求は通った。


「騎士に手を上げた罰だ!」


 それだけ言うと一切の躊躇なく剣を振り下ろした。


「―――っ!」


「おかぁぁぁぁぁさぁぁぁん!」


 母の名を呼ぶ娘の声が酒場いっぱいに響き渡った。


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