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偽物の英雄譚  作者: レム
王国転覆
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5話 一飯の恩

 母娘によって作られた料理は絶品で、特に数日にわたって腹に食べ物を入れていなかった青年にとっては至福と言ってもいい時間だった。

 悲しくことだが体はあれほど食べ物を欲していたにもかかわらず、急に大量の食糧が入ってくると吃驚したらしくて何度かのどに詰まり、胃も驚いて下手すれば明日は終日胃のムラムラに付き合わないといけないかもしれない。

 後、餌付けをされる動物の気持ちがよく分かったともいえる。


「そんなに焦ることはないよ。ゆっくり食べて」


「お兄ちゃんすごい食欲だね。見ている側の方に爽快感があると思うよ。なんかこうスカッとするね」


 喉が詰まるたびに迷惑をかけたが、文句ひとつ言わずに水をさしだしてくれる。

 母娘は食べることはせずにお世辞にも上品に食べているとも言えない青年の姿を観察するように眺めている。


「…………」


 しかし、青年はそのことに対して返事をすることはなく、ただ一心不乱に食べ進めている。


 この国にとって無関係の人間に施しを与える意味を理解しておきながら。

 

 目の前にあった料理は大食らいの男性でも弱音を上げてしまうぐらいの量があったはずだったが、極限にまで空腹だった青年にとってすれば他愛のない量だったらしい。胃もたれは確定だが。

 提供された料理を完食した青年は食後に出されたコーヒーを飲み干すと、テーブルの上に頭をついて最大限の感謝を表した。


「本っっっっ当にありがとう。感謝しかない」


 さっきまでは擦れた様な声だったが今ははっきりと発することが出来ている。


「ふふふ、別にかまわないよ。困っているのならお互いさま。食事代は出世払いでいいよ、気長に待つから」


「助かる。なんだか、流れる様にご馳走になってしまったけど、どうして俺がここにいるのか聞いてもいい?」


 頭を軽く下げて両手を合わせて感謝の意を表明すると同時に青年は現状の把握が全くできていないことについて思い出したため二人に聞いた。


「ちなみにどこまで覚えているの?」


「最後に俺が覚えているのはファーガルニの近衛騎士にぶつかられて倒れてしまって、空腹の末立ち上がれなかったことまでだ」


「はい! はい! それに関して私が被害にあった!」


 母親の問いかけに答えた青年だったが、なぜか青年の横からテーブルに身を乗り出すようにして手を上げながら報告する少女は不思議と元気がいい。


「最近はお客さんも少なかったけど、今日に限っては昼過ぎまで誰一人としてお店に来てくれなくて、不思議だと思って外に出て見れば人が倒れていたの!」


「それが俺か……なんかすごく迷惑かけたようだね。まさか酒場の前で倒れるとは営業妨害と言われても仕方がないね……」


 その分の損害賠償を支払え! なんていわれたら破産じゃすまなかったが、青年を見つめる母親の目は優しかった。


「安心しなさい、別に取って食うつもりもなければ、拷問をするつもりもない……でも、娘は扉を開けて何かを踏んだと思って、それが人だと分かった時の動揺は見ていて面白いものがたあったわね。聞いたこともないような娘の声を聞いた時慌てて向かってみれば、娘がお漏らし……っと、これは乙女の秘密かしら……」


 この母親の発言に何かを言いたそうに「ん~!」と唸る娘だったが、具体的に何かを言うことはなく再び着席する。


 ――そういえばコートの一部に濡れた後のシミがあったよな。

 少し思う所があったのだが、言及しない方が身のためだと判断し口を閉ざす。

 母娘は今回のことを笑い話にしてくれているけど青年がして事は決して軽いことではない。国が乱れている今、商売を一日でもできなくなる、ましてや見ず知らずの奴に恵みを与えることははっきり言って自らの首を絞めることと同義だ。


「現状のファーガルニにとって食料の貴重性も把握していたつもりだったけど、集った様になって……食事代は必ず払うつもりだけど、それとは別に必ずお礼をしたい。何かあるかな」


 テーブルに両肘をついて手を組み真剣なまなざしを向ける青年。その姿を見て母親は茶化すことはせずに。


「お礼か……それ狙いだったようで後ろ髪を引かれるけど、したいというなら、してもらおうかな。そうだな、私とステラそれぞれ一つずつ願い事を聞くというのはどうかな?」


「俺としては構わないけど、それでいいの? お世辞じゃなくて命の恩人なんだけど……」


「私はそれでいいわよ。別に貧乏の人にできるお願いごとなんて限られているし」


「むぐぐ……」


 母親の提案に青年が遠慮しすぎだ、との態度を示していると、その隣から透き通るようなきれいな声がする。

 娘からは辛辣なことを言われてしまうが事実である以上青年は反論できない。

 なぜか勝ち誇った表情を浮かべる娘に無駄な敗北感を覚えていた青年はパンッと急に聞こえた乾いた破裂音によって意識を戻される。


「それじゃあ、まず私のお願いからいいかな?」


 鳴らした手をそのまま胸の前に置いて母親は聞いてくる。


「どうぞ……」


 何を言われるのかビクビクしながら答える。

 ビックマウスだったのも男の見栄のため。実際に要求されるものによれば大変なことになりえるのだが。


「私のお願いは……って、その前にまだお互いの事何も知らないね。私はラーニャ。そっちは娘のステラ、見てのとおり可愛でしょ! 自慢の一人娘よ」


「は、はあ」


「それを踏まえた上で私のお願いは……それは、君の名前を教えてほしいこと……かな?」


「ふえ!?」


 思わず変な声が出てしまうが仕方がないだろう。


「あ、ああ。俺はギル。世界を歩き回る旅人ってところかな……って、待て! こんなことでいいのか?」


「構わないわ。言ったはずよね。お礼がほしくて私は君……ギルを助けたんじゃないってこと。もっとも人が人を助けるのは当然なことよ。そこに合理的な理由を挟もうとするのは御法度というもの……にしても時にギル。私の思い違いかもしれないけど私とどこかで会ったことはなかったかしら? 一方的なことかもしれないけど君の顔を見るのは初めてではない様な気がするけど」


 立ち上がって身振り手振りで事の重要さを理解していない母親に問い詰めてみるが、涼しい表情を崩すことなく言う。

 そして、後半それまでの優しい表情から一転険しい顔を浮かべてギルに聞いてくる。そのことにギルは少し目を細めたが。


「俺としては記憶にないな。ラーニャさんが旅行とかして他国でなら俺が忘れているだけかもしれないけど、ファーガルニに来たのは今回が初めてだから、多分初対面だと思うけど……」


「そう、ならいいのだけど」


 ギルのどことなく含みのある言い方に何かが心に引っ掛かるような表情を浮かべるラーニャだったが、それ以上深く立ち入ることはしなかった。


「はい! はい! はい! 次は私のお願いでいいの!」


 本当にそんなことで満足したらしいラーニャが娘のステラに目配せをすると、また、手を上げて言ってくる。

とにかく元気のいいステラは今か今かと待っていたらしい。そして、丸く大きな瞳を輝かせてギルに迫ってくる。


「ねえ、ねえギル、私のお願いなんだけどね」


 そこまで言うと白いワンピースについているポケットのような場所から光に反射するものを取り出す。


「これってギルのでしょ。これ頂戴!」


 ギルの眼前に向けられたそれはもしかしなくても見覚えがあるものだった。慌てて自らの右手中指を確認する。しかし、そこにはいつも嵌められているはずの物がなく、それは目の前にあった。


「え! ちょっと、これどこで!?」


 ステラに見せつけられたものを見てギルはステラとは別の意味で目を丸くして驚愕の声を響かせる。

 それはギルが下手すれば自らの命よりも大切にしている近衛騎士には価値がないと一蹴された安物の指輪だった。


「ん、これ、店の前で倒れていたギルの背中の上に乗っていたの。確実に誰のかはわからなかったけど、まあ、状況的にギルのかなって思ったの。でさ、この指輪綺麗だからほしいなって駄目かな………」


 上目づかいで言ってくるステラははっきり言って可愛かったのだが、どんな理由がってもこの指輪だけは手放すことは出来ない。そのため、ギルは申し訳なさそうな顔をしてステラに言う。


「ごめんけど、この指輪を上げることは出来ない。これは家族……いや、兄妹の印の様なものだから。何でもするといった手前恥ずかしいけど、これだけは駄目」


 ギルの目は真摯に訴えかけていた。故にステラも強引な手段をとることは出来ない。


「え~、でも……」


 それでも諦めがつかないのかステラは手に持っている指輪をいじっている。

 ギルも何があっても譲ることは出来ないため頑固になって粘っている。

 ――均衡したこの状況を強引に打ち破ったのは、一番の年長者だった。


「ステラ、確かにあんたもほしいのかもしれないけど今回はあきらめてね。ステラにも大切なものがあるように、ギルも大切なものくらいあるから」


「むむむ、お母さん……」


 鶴の一声によって形成は一気にギルに傾く。


「―――――――――――――――――――――」


 長い沈黙の時間。


「わかったわよ……むぅ」


 その沈黙は頬を膨らませて不機嫌さをアピールする少女の声で終わった。


「はい、ギル。この指輪返すよ。もう絶対に落としたら駄目だかね。次は私がもらうから。

約束だからね」


「わ、わかった」


 ジト目をしながら口を尖らせながら言うステラはさっきとはまた違う年相応の可愛さがある。ギルはステラに対して申し訳なさを感じつつも差し出される指輪を受け取って、永住の場所である右手中指に戻す。


 それからしばらくその指輪を眺めている。


「ステラには借りが二つになったね。命を救ってくれたことに家族の絆まで助けてくれた。それで、お礼はどうする。借りはきちんと返せって親父に言われているから、できる限りのことはやらせてもらうよ」


 再びのギルの問いにステラは困惑している。


「う~ん、さっきまではあの指輪だって思っていたけど、それがだめになると……だってギル他にキラキラしたもの持っていないし、無一文だし………」


 ――なぜだろう。それだけ聞くとすごく駄目な男みたいに聞こえる。

 なんてギルが思っていると、ステラは「あっ!」と軽く息を漏らす。そして、小さな声で呟いた。


「この国を壊して私たちを助けて…………」


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