3話 世知辛い
――ここは、近隣六大王国の一つファーガルニ王国。
広大な領土と様々な種族の国民、強力な軍事力に豊富な資源を揃えている巨大国家だ。しかし、周りの人間の服装は仮にも王都の中心街であるはずなのに羽振りがいいものとは言えない。
どこか汚れていたり、穴が開いていたりしている。それに、国民の表情も明るいものではなく、暗く、人生に絶望しているようにも見えた。
そこに住んでいる人たちは圧政によって日々の暮らしから『自由』が奪われていた。
勿論、肉体的という意味ではなく、身体の拘束は法によって定められた場合にしか行えないし、名目上は法治国家のため手荒いことは出来ない。
奪われているというのは、精神的な意味で、むしろ、精神を拘束されていると言っても過言ではない。
主だった原因は国王を始めとした王族たちの生活にある。自らの生活を充実させるがため国民には高すぎる税を強いているのだ。まさに、この国では国民は王族の奴隷と化している。
そんな暮らしを打破するために、様々な者が抵抗軍を結成し王政打破を試みた。しかし、強力すぎる国軍の軍事力の前に砕け散っていき、結果、抵抗軍は拘束され皆、処刑された。
反逆者の処遇に対して国は一切の容赦をしなかった。
このことから日を経るごとに民衆の反乱は無くなっていく。その代わりに、ある者は国を去ろうし試みたが近隣ファーガルニ王国を含めた七か国の内六か国は王国制を導入しており国王たちの取り決めにより自国民による国間の行き来は簡単にはできないでいた。
残りの一か国、ロンドリア共和国は共和国であっても自国民以外の入国を厳しく制限していた。
その理由は、悲劇を繰り返さないため。
「誰もが他人を助けている余裕なんてないんだろうな。傲慢な王によって国民が疲弊している。まるで、かつてのロンドリアを見ているかのようだ」
立ち止まって目を細めて周りを見渡す。その光景は既視感を覚えさせて過去の記憶が脳裏にフラッシュバックする。
「ほんと、くだらない」
青年はこみ上げてくる記憶を払拭するように何回か頭を左右に振る。
「まあ、俺の知ったことじゃないか、今はどうやって腹を満たすか、それだけだ」
目の前の光景に一瞥するとその辺に落ちていた、今持っている木の枝よりも大きくそこそこの太さのある枝を拾い上げて、杖にして況打破の方法を模索しながら歩き出す。
人の幸せは金の総量によって比例する。
そんなことを言えばどこかの誰かが反論してくるだろうが、嘘ではない。
嘘ならば、いかにも死にそうな青年を見捨てるはずがないのだ。
自らの懐事情を顧みず他人に財を投げうつのではないのか。しかし、現実とは悲しいもので、こうして、あてもなく何キロも歩くことになったということは誰にも助けてもらえなかったことを示している。
どれだけの距離を移動したのだろうか。
ふと、意識を視線に集中させると王都でも有数の商業地区に入っていたらしく、歩く青年
の左右には商店が軒並みを連ねている。
ちょうど、青年が歩いていた少し先にお世辞にも立派とは言えない小さな酒場があった。
そこから、罵声を上げて二人の男性が、扉が壊れる限界の強さで力強く開けて鼻息を荒ら
して出てきた。
ただ興奮しているだけではなく、同時に怒気を含んだ言葉も朧げに耳に届いてきて、別の視点からはえらく気分を害しているように見える。
「……王国の騎士か」
と、小さく青年が呟き、その唇を強く噛みしめる。まるで、荒立つ感情を抑え込むように……。
何とか心を落ち着かせると、また空腹だったことが思い出されて意識をどこかへもっていかれそうになる。
酒場から出てきた騎士は一人が二十代後半の短髪の男性、一人が五十代半ばのスキンヘッドの男性だった。
お互いに騎士装束に身を包んでいるが、五十代の男性は隆起する筋肉を隠すことが出来ずに騎士装束の上からでも余裕で確認できる。若者の方も隣の騎士ほど肉体的に優れていないにせよ、騎士とは剣の腕もさることながら、すべてが一流以上でないと名乗れないため実力不足だということはりえない。
そんな二人は意識を失いそうに歩く彼の青年を見つけると、ニヤニヤと何やら小言で相談し合うと青年の方をじっと眺めて動こうとせずに、青年が酒場前まで来るのを待った。
嫌な予感がしたが、何が自分にそんなことを感じさせるのか、そんなことを考える思考すら青年には残っていなかった。
「ふん!」
「あら……」
若者の方に騎士は明らかに悪意を持って青年に近づくと、どう見たって故意に肩をぶつけて、青年は姿勢を保てなくなり仰向けのまま倒しれてしまう。
その拍子に数少ない所持品の財布がロングコートの裾から転がり出てしまう。それに目を付けた騎士は財布を拾って、中身を見てみるが案の定、空だったため寝ている青年の背中に放り投げる。
「ちっ! しけてんな」
その時にふと青年の右手の中指が光る。騎士たちはその指輪をはぎ取って眺めてみるが、
「これなんかはどうっすか?」
「駄目だな。石の輝きが弱すぎる。台座に使われている金属も初めて見るようなものだが、全く価値のないものといって良いだろう。子供の小遣いでも余裕で購入できるくらいの安価な奴だ。売っても飲み代にすらならない。それどころか、粗悪品を持ってきたことで質屋から苦情が来るかもしれんぞ」
価値のない指輪だと判断したのか、まるでごみを捨てるかのようにその指輪を街路に投げ捨てる。
騎士と平民は違う。
一方的な犯罪行為も薄っぺらい言葉を重ねて合法的にする。むしろ、騎士側の報復を恐れて大半の人は狸寝入りをしてしまい、そんな消極的な国民行動がさらに騎士の行動に拍車をかけていた。
「まったく、無一文かよ」
「外国の旅人だろう、しかし、この国に滞在しているのならば王族や我らが騎士のために貢献してほしかったが、仕方がない」
それから、騎士は何かしらの因縁を付けようとしていたが、倒れたままピクリともしなくなったところを見ると、興がそれたのか若い騎士は舗装された道に唾を吐き捨てて去っていく。
酒場前にて倒れた青年は肩を故意にぶつけられたことなんてどうでもよく、ただ、空腹すぎて起き上がれなくなっているこの状況に危機感を抱いている。
――人の人生に何があるのか分からなかったけど、こんな大通りで餓死するなんて未来誰が想像できようか。
普段使わない様な言葉を使うほどに現実が遠ざかっている青年。
思えばどうしてこんなことになったのか、一個前の国でとある老婆から面白いことが起こるからと、この国を紹介されたものの、何が面白いのか。死に行く自分の姿が面白いというならまったく笑えない。
既に腹の虫は騒ぎ立てることなくおとなしくなっているが、それは果たしてただ単に騒がなくなったのか、騒ぐ元気すらなくなってしまったのかは腹の虫しか知らないことだ。
――あぁ、雪山で遭難したときに無性に眠たくなる時はきっとこんな感情なんだろうか。体がせめて死ぬときくらいは安らかにってか……って、こんな場所で死ねるか!
と、自分でノリツッコミをしたまではよかったものの、その体には既に立ち上がるだけの体力は残っていなかった。
「ああ…………」
体が軽くなるような感じがして意識が空の彼方へと吸い込まれていった。