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偽物の英雄譚  作者: レム
王国転覆
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2話 空腹の青年

「ま…眩しい………」


 石造りの街並みの一角、行商人が行きかう中、石壁にもたれ掛かりながらうたた寝をしていた青年が目を覚ました。

 頭上には葉がまばらについている大樹があり降り注いでくる直射日光を防いで木漏れ日として照らしているのだが、残念ながら、葉の枚数が少なく青年が寝ていた場所――直接的には目の部分を遮るものがなく気温自体は低いこの時期でも日差しの眩しさは特に変わらない。

 時刻はまだ昼を超えていない。腹時計には自信があるので間違いないだろう。


「また、あのことの夢か……親父、俺は……」


 さっき見ていた夢は度々見ることがある。

 親の夢を見るなんて女々しいと罵ってもいいが、もう実現することのない光景だと思えば夢なら許容してもいいかもしれない。

 上半身を起こして壁にもたれ掛かるようにしてうたた寝をしたため、体のあちこちが悲鳴を上げている。青年は起き上がることはせずにその場で両手を天に突き上げて体をほぐす。そして、完全に覚醒しきっていない目を何度か瞬きを繰り返すと、ふと気づく。


「……涙」


 無意識のうちに頬を伝っている涙を人差し指で拭い、空を見上げる。

 瞳から零れた涙は風に吹かれて飛び散った。青年は再び目に手を当てるが、もう涙がなく、胸の中で疼く感情だけが取り残されている。


「やっぱり、俺が一番……はあ~」


 それ以上先は言いたくないと、口を閉ざすと、少し反動をつけて立ち上がった。多少のふらつきがあったものの両足は地面に立っている。

 黒く足まであるロングコートを羽織って、ズボンも靴も黒一色で染められている青年は一息つく。時折強く吹く風が青年の銀髪を綺麗に靡かせる。

 幼さが既にどこかへ吹き飛び、少年から青年へと変わったばかりでも、その双眸はギラつき鋭い視線を送っている。


「あら……」


 まるで、頭を鈍器で殴られたような制御不能のふらつきに襲われる。

 なかなか、酷い立ちくらみだったが足を前に出して倒れることを防ぐと同時に、どうして自分が白昼堂々うたた寝をしていたのかを思い出した。


「――あぁ、腹減ったな」


 そう、思えば二日ほど腹に食べ物を入れていなかった。うたた寝はその現実から目を逸らした結果と言える。

 

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「腹減ったな……って、さっきからこれしか言っていない」


 石壁に座り込んでいても何も始まらないということで動き出したのはいいものの食にたどり着く方法は一切ない。

 愛があればとか、心があればとか言われるが実際には金がなければパンの一つも買うことが出来ない。世の中はそんなに甘くないということだ。


「くそ~、こんなはずじゃなかったけどな、あのババア、もっと景気の良い国を紹介してくれればいいのに」


 この町は王都の中心街ということもあって大小さまざまな建物が軒並みを連ねている。

 そして、顔を上げ、最初に目に飛び込んでくる光景はこの国を象徴するかのような立派な王城だ。

 東西南北に大きな道が伸びて、その中心に王様が住まう白亜の城。


「まったく、無駄に豪華なんだから……あそこに行けば食べ物恵んでもらえるかな。いや、いや、捕まって終わりだな」


 そんな叶わない妄想しながら相変わらずの空腹で歩いているのだが、食にありつくために最も合理的なのは労働をすることである。しかし、今の体力で金がもらえるまで働けるのか微妙なラインだ。


「もう少し、早く危機感を持っていればよかったな。いつも言われていたけど、実際に陥らないと気付かないものだ」


 もう一つあるとすれば所持品を売り払うことだが、残念ながら青年の所持品はほとんどない。黒いロングコートの下には小さな医療品が入っているポケットしかなく、都合良く宝石なんか入っていない。

 硬貨も紙幣も入ってなく、それらの保護という役目を全く果たせていない財布に右手に中指に光る銀色の指輪だけだった。


「最終奥義はこの指輪を売るしか……でも、待て、待て、そんなことすればデュークに叱られるのよな……。でも、このままだと小言を言われるまで生き延びることが難しい……困ったね」


 さすがに指輪を売ることはあきらめたのか、労働をしようとするが、青年的に細かな作業は性に合っていない。だからと言って肉体労働は向いていることは向いているのだが、


「今やったら確実に途中で体力がなくなって倒れてしまうな……」


 荷車を運ぶ業者や建築物を修理している人たちを見て青年は冷静に分析をする。

 訂正しよう。確実に倒れてしまう。

 ちなみに今は二本脚走行ではふらつく為そこらへんで拾ったある程度の長さの木の枝を杖にして支えながら歩いている。その姿はまるで、というよりも明らかに空腹の悲鳴を上げている人にしか見えないのだが、周りに人が声をかけてくれることはない。

 もちろん周りにはたくさんの人がいて、今この瞬間にも普通の人間、それこそ老若男女、様々な人とすれ違っている。


「今の俺の姿って明らかに困っている風なオーラが出ているだろうな。なのに、誰一人として優しい慈悲の手を差し出してくれないとは……人心はここまで荒んでしまったのか」


 空腹で思考が停止してきたのか理不尽な世の中を嘆くようになっているが、周りの人間もよく見れば他人にかまっている余裕はない雰囲気を出している。

 ぼやかして言えば自分の生活を守ることで精いっぱい、正直に言えば他人にかまっている余裕はない。死にたければ死ねばいい、だけど、誰の目にもつかない場所にしろ、といったところだ。


「悲しいね~、人の心はそこまで荒んだのか。まあ、俺が言う資格はないけど、何だがな~」


 ため息一つつくと青年は当てもなく荒れた道を歩いて行く。


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