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偽物の英雄譚  作者: レム
王国転覆
16/23

16話 ステラの決断

 ラーニャに淹れてもらったコーヒーが飲み頃になる前に話は終わった。

 それからラーニャは席を立って奥の部屋に入っていった。ギルとステラは沈黙の時間を満喫して、しばらく時間が経ち飲み頃になったコーヒーを一気に飲み干した。


「ギル、これ」


 丁度その時、奥の部屋からラーニャが帰ってきた。その手に持ってきたのは布に包まれた長細いものと、見覚えのある綺麗に修繕されたギルのロングコートだった。


「あれ、直してくれたの」


「感謝の気持ちとして受け取って」


「感謝するよ、ラーニャさん。あまり服に関して知識が乏しかったからさ、なかなか自分で何かできなかったんだよね」


 それだけ言ってギルはラーニャからロングコートを受け取って羽織った。先の戦いで斬られた箇所の修繕は完璧に行われていて、基本色が黒であることも加味して、よく見ないと気付かないほどである。


「それじゃ、長居は無用だ。もう出るよ。すぐにとはいかないけど気長に待っていてよ。約束はきちんと守るから。それと、さっきも言ったように俺らがファーガルニを崩壊させるまで姿を隠しておいてよ。極力避けるつもりでも少なくない数の一般民衆も犠牲になるから」


「ええ、そのことも覚悟しているわ」


「でも、俺についてのことや、クーデターについては絶対にその情報を漏らさないでよ。色々とやりにくくなるから。何も知らない人には酷いことだけど、この世界は等価交換の原則に縛られている。国民側が何も対価を支払はずに自由を勝ち取れるわけないから」


 盲目して聞くラーニャに言及するギル。傍から見れば残酷な話に思えるが仕方がないこと。王都で決戦になるのなら国民に被害が及ぶのは避けられない、仮に情報を流したら王族がこぞって国外に逃亡する可能性だってある。

 ――きっと、ラーニャは『国のために』と言う免罪符だけでは到底隠し切れない辛い重荷を背負うことになる。

 それでもギルを平常の顔で見送る辺り肝が据わっていると言えるのだろうか。そんな、母とは違ってステラは何も言わない。


「――――――」


 それどころか、ステラはどこかもじもじとしている。


「……あ、……ギル……その……」


「どうしたの、ステラ?」


 紡がれる言葉も弱々しくはっきりと聞こえない。

 そんな様子を見かねたのかラーニャがステラの近くに寄り添って背中を押してやる。まるで、勇気を与えるかのように……。

 そんな母の姿を横眼で見たステラは「よし!」と小さく呟くと弱々しかった目の色が強くなり、一心にギルの目を射抜く。


「ギル! 私も一緒に連れて行って!」


「――へ!?」


 唖然とするギル。考えてもいなかったステラの行動にどう対処していいのか変わらないようだ。困ったギルはラーニャに目配せをしてみると、勇気を出した娘の成長がうれしいのか満面の笑みを浮かべている。


「ギル、私からもお願いしていいかしら」


「ラーニャさん、でも……」


「ええ、危険なことは分かっている。でも、恥ずかしい話、もし次に王国側に言い寄られた場合、私はス

テラを守り切る自信がないの。その点、ギルの強さなら大丈夫でしょう。それに、ステラは一度もこの国から出たことが無いの、だからお願いできないかしら」


「…………」


 さすがにギルも少し考える。時折、目線だけステラに向けると、真摯にギルを見つめていた。

 真っすぐにギルを見つめる純真な瞳にギルは僅かにたじろいでしまう。自分にはもうない穢れを知らない無垢な双眸。

 ここで連れ出していいのか? 恩人である彼女の願いを聞くべきなのか? ギルは約一秒の中で必死に考える。そして、外の世界に出たことがないステラの光らせている瞳が五日の自分と重なることに気付くと、王城が陥落したようにギルの口は滑らかに動いていく。


「は~」


 深い吐息をつくと眉間に皺が寄って暗い顔をしていたギルはすっきりと晴れた様な顔をする。


「わかった。いいよ、連れていく。俺の命の恩人だから頑張って守るけど、くれぐれも無責任な行動はしないでね」


「うん、約束する! ありがとう! ギル!」


 途端に破顔したステラは勢いよくギルの腰付近に抱き着く。突然の行動に恥ずかしくなったのかギルの頬が赤く染まっているように見える。


「ふふふ、こちらからもありがとう、ギル。これは餞別。受け取ってくれるかしら」


 ラーニャが手渡したのはロングコートと一緒に持ってきた布に包まれた刃の物だった。


「これは……」


 ギルが小さく言葉を発するとラーニャは布の結び目を解いて布をはぎ取る。


「わぁお!」


 思わず口から出てしまったのも頷けるような美しい宝剣がそこにあった。


「これは、私の家に伝わる宝剣。これをギルにあげるわ。ステラを連れて行ってくれるお礼だと思ってくれればいいわ。それに、ギルの魔力は特徴がありすぎるからね、使っていた大剣も普段ではやたらめったに使えないんでしょう」


「――鋭い感を持ってるね。まあ、その通りだけど。それじゃ、遠慮なく受け取らせてもらうよ」


 差し出された宝剣を手に取ったギル。アルグラードに比べれば一回りも、二回りも小さい剣だが業物であることは品定めにおいては素人のギルでも容易にわかる。片手で持つには少し刀身が長いが、それでも綺麗な曲線を描く宝剣は見るものを虜にしてしまうそうだ。

 



 宝剣を腰に刺したギルはいよいよ旅立とうとしている。

 ステラも急いで旅支度をしていたが、女の子にも関わらず手にしている荷物は小さな鞄一つだけだった。女兄妹もいるギルからしてみれば少ないような気もするが、今どきの子供のことはよくわからないため、このくらいが通常だと判断して、無理に言葉を挟むことしない。


「準備はいいか、ステラ」


「うん、ばっちりだよ」


 酒場の出入り口に並んで会話をするギルとステラ。その正面にはラーニャは立っている。


「私のことは心配しなくていいからね。精一杯外の空気を楽しんできなさい」


「もちろん、お母さんも元気でね。次に会ったらい―――――っぱい冒険の話を聞かせてあげるから!」


「楽しみにしているわ」


 頬が真っ赤に染まるほど興奮している様子のステラをラーニャもまた笑顔で返す。


「んじゃ、ラーニャさん、ご達者で……」


「行ってきます! お母さん!」


「行ってらっしゃい、ステラ」


 酒場のテーブルが開いてギルとステラは旅立っていく。扉が閉められるまでずっとラーニャは手を振り続けていた。


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