15話 お願い
「ねえ、ギル、これから私たちはどうなるのかな? さっきの騎士から見れば私たちもギルの仲間だって思われているよね?」
年長二人が言葉に詰まって沈黙の時間が流れていると、耐えきれなくなったのかステラが小さな声で聞いている。
必死に我慢でもしているのか、小刻みに体が震えていた。
「ん、あ……そのことか、そうだな。俺からも話しておかないといけないことがあった」
「何かしら?」
久方ぶりに顔を上げたラーニャと目が合った。
「一飯の恩についてだよ。この酒場の手伝いをするつもりだったけど、俺の存在が王国側に露見した今、あんまりファーガルニに長居するわけにはいかない。できるだけ早くこの国を出ないといけないんだ」
「そんなことなら心配しなくていいのよ。引き裂かれそうだった私たちの絆を守ってくれたんだもの。それだけで十分よ。ねえ、ステラ」
「うん、そうだよ、ギル。私たちなら大丈夫だから!」
優しい表情をして微笑みラーニャは、それまた優しくステラの頭を撫ぜる。そうすると嬉しそうに破顔しながらステラがギルに進言する。しかし、ギルはいまいちすぎさない表情をして頭を掻く。
「ラーニャさんたちの意向は素直にうれしいけど、親父の言いつけで借りはしっかりと返さないといけなくてさ、酒場を手伝えない代わりにあの時のステラのお願いを叶えさせてもらうよ」
『―――――?』
ギルの言ったことに母娘は揃って首を傾げる。可視化はされていないが、その頭上には「?」マークが沢山浮かび、クルクルと回っているような素振りを見せる。
「え~と、ギル、私何か言ったっけ?」
「言ったじゃないか、あの時小さな声で……」
「?」
顎に手を当てて考え込むステラだったがいまいちピンときていないようだ。
「ついさっきのことだよ。小声で言っていたじゃないか」
「――――――――――――――あれれ、まさか。そんな」
ギルの一言で記憶の回路が繋がったのか口を手で押さえて目線が明後日の方向を向いていく。
「ステラ、君は言ったね。『この国を壊してほしい』と、それをやろうか。このファーガルニ王国の王政に俺が引導を渡してやるよ。んで、ロンドリア同様に王のいない共和国にでもしようか。それとも、俺を動かしたということでステラが新しい国王になってもいい」
『――!』
平然と涼しい顔で言うギル。その反面ステラとラーニャは目を大きく見開いて「こいつ何言ってんだ」的な目でギルを凝視している。
「待って! 待ってギル。確かにギルはゾディアックで強いかもしれないけど、さすがに一人でクーデターを起こすなんて無理があるわよ! それに、そんなこと……」
バン! とテーブルを強く叩いて立ち上がったラーニャは危険であることを、無謀であることを強く述べる。
「わかってる。俺もそこまで思い上がっていないよ。どうせ、他の奴に内緒で勝手に敵対する王国騎士に対してゾディアックであることをバラしたんだ。他の奴らにもこれがきっかけで迷惑がかかるかもしれないから、事後報告になるけど団長に会いに行くつもりだったし、そのついでに何人かに協力を仰げばいい」
「そんな簡単に言うけど、すご――――く難しいことでしょ。成功するの?」
当然の疑問をステラがギルに投げかける。しかし、ギルの顔に特別変化が生まれることはない。
「何か難しいことがあるのかな……。やることっても国王を拘束して誓約書にサインさせて終わり。ほら、簡単」
「――――――でも」
楽観的であって抽象的であるギルの文言にラーニャだけでなくステラも苦い顔をする
それでも、出来ないといえないのは過去の成功した実績があるにほかならない。
「それに、もしもサインしないようなら、王族の血を根こそぎ途絶えさせれば、嫌でも今のファーガルニは崩壊する。その後ことは国民が、あんた等が決めればいい」
「でも、たかが一飯の恩にしてはリスキーすぎるんじゃない?」
「そ、そうだよ! もしも捕まったら酷い罰が待っているんだよ!」
ラーニャは至って冷静にギルを説得しようとしている。ステラも声を荒げてはいるがテーブルの上に身を乗り出して必死に言葉を重ねる。
健気にすら思えるステラの行動にギルは「ふっ」と小さく微笑むと、軽く手をテーブルの上に乗せ、その上に乗りだしてステラの額にデコピンをする。
「痛い! もう何なの! ギル!」
うっすらと赤く染まった額を手でさすりながらステラはギルに抗議をする。よくよく見れば、その瞳には涙が溜まっている。
「ロンドリアを崩壊させた俺等クラスの大罪人に課せられる罰は、死ぬ限界まで激痛を与えて、ギリギリのところで回復させて、また限界まで激痛を与える、これを延々と繰り返す、通称『無間地獄』だ。逆を言えば、これ以上の罰は存在しないから、もう、何をしても怖くないんだよね。王国に捕まるわけないし、だから、遠慮しなくていい」
「でも、でも、でも」
まだ、納得できない様子のステラはしぶとくしがみつく。幼い少女かと思っていたが、それなりの洞察力を兼ね揃えているらしく回る頭はギルの行動の裏を随時考えているようで、納得がいかない。そんな、ステラの悩み顔を横で見ているラーニャが呟く。
「ステラ、ギルに任せてみようか」
「え!? お母さん!?」
思わぬところからの攻撃にステラは慌てて振り向く。そこに佇むラーニャの様子は変わることなくステラを見つめている。
「急にどうしたの、お母さん!? そりゃ確かに王国が崩れたら今よりはいい国になるかもしれないけど……ギルにそこまで負担かけるわけにはいかないって!」
身振り手振りを用いて母に言い寄るステラ。
――周りに振り回されてばかりで大変だ。
さっきまではギルに説得に、今度はラーニャの説得に忙しいステラを見てギルは静かに思った。
「ステラの言うこともよくわかる。ギルにそこまでやってもらうのは忍びない。でも、よく考えてみてステラ、これはチャンスなのよ」
「――チャンス……でも……」
心の中の感情をうまく言葉として表現できないのか、口ごもりながら手を開閉させている。喉の奥に刺さった小骨のようにもどかしい気持ちが胸の中でぐるぐると回っていた。
ラーニャは眼前でわしわしと動くステラの両手を抑えると、そのままその手を握りしめて、しっかりと目を合わせて言う。
「そうよ。ギルの昔の活動を知っている私としては嘘を言っているとは思えないの! ギルに任せてみよう。良くも悪くも何か大きな刺激を与えなと、この国はこのまま衰退していくだけよ」
「……」
三度訪れる沈黙の時間。事の提案者であるギルは母娘の論争に一切介入しようとしない。それは、あくまでも、提案したい過ぎないから。
その案を採用するのは自分じゃないため一切の口出しをしないのだ。
二、三度ステラはラーニャとギルに目配せをするが、反応はなく、黙考の後、静かに言う。
「……また、今日みたいに酷いことされるのはいやだな……うん、そうだね。わかったよ、お母さん。ねえ、ギル私からもお願い。この国を変えて……」
「ステラ」
自分の想いが通じたのが嬉しかったのか握っているステラの両手に自らの頭を近づける。
ステラも自分の判断は間違っていなかったと深く頷いてラーニャに寄り添う。
「んじゃ、一飯の恩はそれでいいね」
それまでの光景を微笑ましく見ていたギルはパン! と手を叩いて自分の注目を集めると再度母娘に確認をする。
「ええ」「うん、よろしくね、ギル」
今度は否定の言葉なくギルの提案は承認された。
「任された」