14話 聞きたい
「ふぅ~」
逃げ出していく騎士の姿が町に飲まれて見えなくなった頃、ギルは一段落したと深い息を吐くと手に持っていたアルグラードを軽く宙に投げる。すると、眩しい光がアルグラードを包みその姿が小さくなっていく。
指輪に戻ったアルグラードを指に嵌めたギルは戦いの最中に脱ぎ捨てたロングロートを拾い行った。
地面に投げ捨てたロングコートは所々土汚れがついている。ギルは軽く叩くと再び自らの体に羽織った。 そして、乱れた髪を直しながらラーニャの元へと向う。
「ひとまず、これでしばらくは大丈夫。でも、国に目をつけられたと思うから、早いうちにでも居場所は変えた方がいいかもね、って、あれ。どうしたの、二人とも……」
さっきの威圧する様なプレッシャーが微塵も感じられないギルはあっけからんとした顔で言う。そのあまりの代わり様に二人は言葉を失っている。
ポカンとした表情を浮かべて、両者とも口が僅かに開いて、意識が集中しきれていないことがわかる。それに加えて、ラーニャは昔ギルが犯したことを、成し遂げたことを知っているだけにどう接していいのか分からない様子で慌ただしく瞬きをしている。
ステラはステラで初めて見た魔力を使った戦いの光景に度肝を抜かれたように驚いてしまいラーニャの裾を強く握ったまま離そうとしない。
「えぇと……ありがとう、ギル。色々と聞きたいことがあるから、まずは私の家に移動しましょうか」
「それがいいね。目立つのは嫌いだし、これ以上騒ぐと面倒ごとが大きくなる予感しかしないし」
困惑するラーニャは焦る心を抑えつつゆっくり話すためにも即座撤退を提案した。ちなみに、ステラは固まったまま言葉を紡ぐことはない。
二つ返事で頷くと、多少疲れが残っているのか大きくあくびをしてあれほど感じていた、刺すような威圧感も消えて大罪人ではなく旅人になったギルが前を行く形でラーニャの酒場を目指した。
店主がいなかったこともあってラーニャの酒場には客が一人もいない。
それ以前に店の扉に『Closed』の張り紙をしてきたため客が入る余裕はないのだが、飲食店経営には予想外の展開に襲われることもしばしばある。誰かが不法侵入していないとも限らないためラーニャはステラと揃って家を空けた時は必ず家の中を簡単にでも確認するようにしている。
「――――」
案の定客どころか、怪しい人影の一つも見つけられなかったのだが、代わりにヘイドが大暴れしたこともあって酒場内は所々穴が開いていたり、傷がついていたりとボロボロになってしまった。
――近いうちに本格的な修理が必要になりね。
たった数分の内の出来事で無残に変わってしまった店内を内心嘆いておきながらラーニャたちは部屋の中に入っていく。
そんな酒場内に入った三人は最初にギルが寝ていた椅子の近くのテーブルを使って車座になって座っている。
もう素性を隠す必要のないギルは羽織っているロングコートを脱いで、こっちに渡せと無言の圧力をかけているラーニャに手渡した。
「それじゃ、ギル、色々と聞いて行きたいけど、いいかな……?」
酒場に入ると同時に手慣れた所作で三者三様の飲み物を瞬時に用意してお盆の上から各自へと配りながらラーニャが言う。
「まあそうなるよな、応えられる範囲で、ね。ラーニャさんたちが王国側に俺とつながりがあるってわかれば後々で何かしら面倒なことに巻き込まれてしまうかもしれないからね、どうぞ……って、あちちち」
ラーニャがギルのために淹れた珈琲を熱がりながらも少しずつ飲んでいくギル。あれだけの強さを持っていても猫舌なのか、息を吹きかけ必死に冷ましている様は意外にも可愛く映る。
「はい、はい、私からいい?」
少し前にも見た様な元気良く手を挙げながら身を乗り出す勢いでアピールするステラ。どうやらここまでの道程で頭の中を上手に切り替えることが出来たようだ。
「お好きにどうぞ」
「じゃあさ、ギルって本当にお母さんが言っていた伝説の大罪人なの?」
「ちょ、ちょっとステラ、何を言っているの!」
手を挙げた時は元気にしていたはずのステラだったが、言葉を発した瞬間にキラキラと輝いて見えていた目は深海のように冷たく、冷静なものへと変貌する。そして、娘の意外な一言によって母は慌てて止めに入るだが、
「ラーニャさん、そんなに畏まらなくていいよ。――そうだよ、ステラ。俺は犯罪者だ。まあ、仮に別人――なりすましを疑っていても、違う人が犯罪者の名前を借りることなんてしないでしょう」
「言われてみればそうかも……。ん~と、どうして、最初に話したときに言ってくれなかったの!」
「別に『自分は犯罪者です』って先陣切って言うことじゃないだろ。下手しなくても即刻騎士団を呼ばれて俺、拘束されてしまうよ」
「――むむ、それはそうだけど」
頬をぷくーと膨らませながら抗議するステラだったらギルは苦い顔をしたままステラの額をコツンと突いた。しかし、それでも満足できない様子のステラは頬を膨らませたままブツブツと小さく呟いている。
「じゃ、じゃあさ、どうしてこの国に来たの?」
「あら、それは私も興味あるわね。クーデターを成功させたのなら、その国に居座って政治運営をして自分たちが国家に対しての謀反の罪を帳消しにするような法づくりをするのに君たちはしなかった。それどころか、クーデター成功直後ロンドリアから颯爽と姿を消してしまった。それにより、各国は史上最悪の犯罪者としてS級国際指名手配犯として探しているわけだし、その点を含めて理由を聞かせてもらえる?」
質問攻めにするステラに便乗してラーニャも追い打ちをかけてくる。その手にはティーカップが握られていて、優雅に紅茶を口に含みながら微笑みをこちらに向けていた。
怪しき微笑む姿にギルは分からない程度、頬を引きつらせる。
ラーニャにしろ、ステラにしろ、きっと何かカッコいいこと言ってくれるんじゃないかな、的なオーラをしていることにギルは気づく。
「いや、いや、偶然だよ。ふらふら流れるように歩いていたらいつの間に……ってやつと同じ。まあ、強いて言えば一個前にいた国で婆さんにどこに行くのか尋ねたらここを言われただけだし、それにロンドリアに関しても、変に期待してもらっている所悪いけど、そんなに大層な理由があるわけじゃないよ。ただむしゃくしゃしてたってか、八つ当たりっていうか………………惨めな復讐っていうかな」
最後の一言だけ誰にも聞こえないような小さな声で呟いたギル。実際に二人には聞こえていなかったようで「感情論で……」「えー! 他に何かあるでしょ」とか、他の詮索が始めっていた。
――仲がいい母娘だ。俺等にもそんな時間があったな。
言い合っていながらも微笑みを崩すことのない二人の会話を聞いていたギルは思わず破顔しそうになる。
「おっとと」
これまでの威厳を失うわけにはいかないとして頬を両手で抓って意識を引き戻した。
「ギル! ギル!」
そんなことをしていたからだろうか、キョトンとした表情でこっちを見るラーニャに気付くのがかなり遅れた。
どうやらいつの間にかギルの動機の探り合いは終わっていたらしくてラーニャはもちろんだが、ステラも変な人を見るような目でこっちを見ている。
オホンとギルは小さく咳払いをして、奇妙な行動をとったことによって赤く変化した頬を二人に悟られないように急いで戻す。
「ええと……何?」
「ん~もう、聞いていなかったの!」
「はっはは、少し考え事をね」
「―――だから、ファーガルニ王国についてどう思うの?って、聞いてるの!」
無視されていたことが原因なのかステラはえらくご立腹の様子だ。
「崩壊間際の旧ロンドリア王国と今のファーガルニ王国を比べて何か共通する部分とかあるのかしら?」
ステラの聞き方だと要領を得ないと判断したラーニャが追加で言葉を重ねてくる。
今になれば共和国となったロンドリア国民が外に出ることは余りない、というよりも外からの人間を拒んでいて理由は中にいる人間は王国時代に虐げられてきた記憶があり共和国になった今、国民のために国を作っていく覚悟があるため、水を差し、余計な種を持ってくる外国人を受け入れていない――受け入れにくくなっている。
「ロンドリアとファーガルニね………」
その点、ロンドリア出身で五年前の歴史的革命の張本人に話が聞けるのは僥倖と言わざるを得ない。
そんな母娘の機敏を感じ取ったのかは知らないが、テーブルに頬杖をつきながらギルは目線を窓の外に向ける。そこには少し前に見た時と変わることのない活気を失った街並みが目に入った。街を闊歩する人々の目には闘志を感じることが出来ない。そして、思い出す。
それは、ギルにちょっかいを出してきた王国近衛騎士の二人のことだ。
恵まれた体躯に羽振りのいい衣類、何よりも人を食うような見下す態度。すべてにおいてこの国の国民とは別に立場にあることがわかる。
単にいうならば国民から巻き上げた税金で豪遊している、と言うことだ。
だが、こいつらの厄介なところはロンドリアでもそうだったように与えられた仕事はきちんとやり遂げること。
さっきの二人の様な近衛騎士の仕事は他国からファーガルニを守ることに加えて、国内紛争を終結させることにある。簡単に言えば治安維持だ。その点においては抜かりなく行っているため国民は王国政府に対して強く言及できないのが現状だ。
故に国民は武力をもってクーデターを起こしても近衛騎士の存在によって鎮圧されて終わりだ。それどころかその行為によって近衛騎士の仕事に対する評価が上昇してしまうことに繋がる。
――皮肉な世の中だね。
目配せをしていた窓から視線をラーニャに戻すと、
「まあ、ロンドリア程、最悪の境地にはまだ達していないよ。でも、雰囲気と言うか人の目の色は似てきているかもしれない。どのみちこのままだと同じことが起きる可能性は十分にあると思うよ」
「そう、なのね」
途中で言葉を切ったラーニャだったがギルに言うことに関して、そこまで落胆した様子は見受けられない。ギルの言いたいことは十分に伝わって意味もはき違えていないはず、それでも平然としていた、
「……人は立場によって態度が大きく変わるものなのかしら」
「急にどうしたの、ラーニャさん」
目線をテーブルに落として昔を振り返り懐かしむように言葉を吐き出す。
突然しんみりとした雰囲気が流れたしたことに吃驚したギルは思わず位置に手を当てて目を大きく見開いてラーニャに問う。
「現国王は先王の亡き後に即位したけど、それまでの王子時代は誰からも慕われるとは程遠かったけど、父である先王を慕っていたの、穏健派だった先王と同じで善政を心がけていたけど即位して急に変わったわ、国民を虐げる様になって私たちの生活も急に苦しくなった。その変貌ぶりは余りに異常で、まるで、誰かに心を操られているかのようだったわ」
机に目を落して悲しそうな目で語るラーニャ。
「人は結構簡単に変わるからな……。少しでも権力に溺れたら、もう、帰ってくることは出来ないよ。ロンドリア国王がそうだったように」
そんなラーニャに対して記憶を思い出す様にギルは目を細くして告げる。そして、彼の手にはあの日の感触が一気に蘇ってくるのだが、ギルは手を強く握って痛みによって、その感触を消す。