13話 雷光
「ボルグ・ギニス」
ギルの手から放たれた雷の槍は一直線にダルグに向かう。
ダルグも自身の魔具を盾として雷の槍を受け止めようとする。
ぶつかり合った両者は互いに譲ることなくせめぎ合いを続けている。
――しかし、ギルにとってそんなことどうでもよかった。ただ、少しだけダルグに意識をギルからずらすことが出来ればよかったのだ。
「さすが、単純だね」
ダルグに意識が雷の槍に移っているうちにギルは宙を舞っているアルグラード目掛けて走り、ジャンプする。
「よし、第一段階完了!」
手に持ったアルグラードはギルに底なしの安心感を与えてくれる。肌身離さず持ち続けていたものは特別な愛情が生まれるということか……。
アルグラードを握り着地して目線をダルグに向けてみると、すでにギルの放った雷の槍の出力が弱まってきている。
「はぁあああ!」
雄叫びを上げながらダルグが雷の槍を防ぎ切った時ギルは足に電気負荷をかけて高速移動をしてダルグの前へと姿を現した。
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「なんだと!?」
突如現れたギルにダルグの目が珍しく見開いた。
「遅いよ」
雷の如く神速でダルグの懐に入り込んだギルはアルグラードを体の裏側で抱え込んで居合いの要領で鋭い斬り上げを繰り出す。
しかし、ダルグの体は魔具が防御していて当然ギルの居合いの剣線上にも存在している。
だが、今のギルのそんなことはどうでもよかった。
「ぁぁぁああ!」
力強く声をあげると防御されたままのダルグを魔具と一緒にアルグラードに乗せて上空へと弾き飛ばした。
「――くっ!」
斬られることが無かった安心感に浸ることも出来ないままダルグが現在の状況がもたらす意味を噛みしめている。
力系魔力には大きく二種類が存在する。
一つ目は、単純に肉体強化や物をひねったり押しつぶしたりすること。
二つ目は『力』という概念を衝撃波として放出すること。
ダルグの使い方は前者に該当する。つまり、肉体強化に重点を置いているため空中に弾き飛ばされてしまうと手も足も出なくなってしまうことだ。
「準備はいいか、アルグラード」
上空に漂うダルグを目で追いながらギルはアルグラードを胸の前に置く。そして、ギルの体を包むように迸る雷光がアルグラードへ移っていく。
まるで充電をしているように見え、事実、銀色の大剣アルグラードは自ら輝いているかのように光りだす。白く輝く光は時間の経過とともに増幅していき、最終的には溢れ出した光が粒子となって放出されていて、銀色に輝いている。
「ボルティック・ラーガ!」
構えた状態からダルグに向けて放った突きは、アルグラードから放出される巨大な雷撃となって襲い掛かる。
「むぐ……」
ダルグにできる抵抗は極僅かであり、ただ魔具を用いて防御しようにも広範囲攻撃には意味をなさない。故に、魔力をもって肉体自体の防御力を上げることだけだ。
「食らい尽くせ!」
それが合図だったかのように放たれた雷撃はダルグを、そして、その後ろに構えていた背の高い建築物も悉く飲み込んだ。
ズドォォン!
激しい衝撃音が辺り一面に轟いて、遅れて魔具も落下してきてダルグに横に突き刺さる。
「ぐ……ぁ……」
そこには騎士装束がぼろぼろになって横たわるダルグに姿がある。意識は何とか保っているようで魔具を掴むと必死に立ち上がろうとする。
「貴様、市街地まで被害を出すとは、周りの人間に危害が出たらどうするんだ……」
恨めしそうに言うダルグをギルはアルグラードを肩に乗せている状態で、呆れ顔で聞いている。
地面に倒れてギルが最後は手加減をしていて、肉体を消し飛ばすことはしなかったのだが、それでも、全身に負った火傷はどうにかなるものではなく、ゆっくりとギルが近づいて行き、ダルグの枕元に立つ。
「はあ~、何を言っているんだ? 俺は大罪人だよ。悪者が建物を壊しながら戦うのはおかしなことじゃないだろ。嫌だったらさぁ、守ってみせろ! 正義の味方の騎士様。それに、あんたらが国民を心配することは意外だったけど、別に俺には関係ないんだよね。ステラとラーニャさんは例外としてこの国の人間の生き死に興味ないし……」
「お前らは本当に罪人じゃな」
なるべき口を悪く言ったつもりだったが、ギルはその表情を一切変わることなく。
「それでも俺はあん中じゃ一番弱いってか――常識があるっていうか良識があるというのかな。もしも、お前らが出くわしたのが俺じゃなくてデュークならともかく、サーシャだったら散々人体実験に利用されて、メイなら脳を侵されて発狂死。テッドなら体の隅々まで黒コゲにされていたからね」
「野蛮だな……やはり、国王のためにもお前たちの様な不穏分子を野放しにしておくわけにはいかないようだ」
口から血を吐きながら、体からも所々出血しながらダルグは立ち上がって言う。さすがにこれ以上立ち上がると思っていなかったのか、ギルは少し驚いた様子で後ろに飛び退く。
「ここにきて騎士の本分にでも目覚めたのか、でも、少し遅かったな。お前が勝つ可能性はないよ」
「そんな考えじゃと、足元をすくわれるぞ」
「ははは、ご忠告どうも」
軽口を叩くギルにダルグは威厳な目線を送り盲目する。
――空気が変わった。
具体的にはダルグの周りを覆う魔力が凝縮されつつあるのだ。
「あああぁぁぁぁぁあ」
小さく低く発せられる言葉によってダルグの魔力は安定性を増していく。彼が行っていることは自身の魔力を力系魔力に変換することだがギルはどこか変に感じている。
そして、
「魔力だけじゃない。命も力系魔力に変えているな」
「―――――」
魔力は時間共に回復するが命――寿命を使うと二度と元に戻ることはあり得ない。まさに、捨て身の攻撃と言える。
それからも言葉を発せながら魔力を蓄えていく。
「その通りじゃ。今回どんな手を使っても勝たなければならんのでな」
ダルグの魔具は深い紫色が包んでいる。これか可視化されるほどに力系魔力が凝縮したということだ。
「この一撃で終わらせよう」
「いいね。乗ってあげる」
魔具を片手で構えると姿勢を低くして眼光を光らせたダルグが言い、ギルも賛同した。
「――もう少し頑張ってくれ。相棒」
そうギルが言うと、輝きを失っていたアルグラードが再び輝きだす。
「十二神器最強の破壊力を持つアルグラードの力の片鱗を見せてあげるよ」
「さっきも言っただろ! その油断が命取りになるとな」
魔具のキャパシティーを限界までに高めたことによって、かなりの寿命を削った様子のダルグは少し痩せた印象がある。反対にギルが持つアルグラードはこれまでよりも一回り大きくなっていた。これはアルグラードが成長したわけではなくて、アルグラードの周りに雷を纏ったのだ。ことによりさらに攻撃力を上がる。
「これで終わりじゃ!」
地面が抉れるほどに駆けだしたダルグは一直線にギル目掛けて接近する。
――深紫を放つ魔具と白銀を放つ大剣が交わる。
パキィィィィン! とまるで硝子が砕けた様な音が鳴り響く。
「―――――っ!」
無情にも強化したアルグラードにダルグの魔具は一切通用しなかった。
僅かな抵抗すら許してもらえずに砕け散った魔具。
飛び散る破片から覗かせるギルの顔は笑みを浮かべていて、ダルグはその現実を受け入れられないかのように苦渋の顔をしている。
砕け散った魔具はダルグの心を映す様に、結晶ともいえない粒子になって霧散した。
「――くっ」
振り切ったアルグラードの剣圧は凄まじいものがあり、ダルグはそのプレッシャーに押し負けて尻餅をついてしまう。その双眸に移るギルの姿は本物の悪魔に見えたことだろう。
その瞳からは闘志が失われて、怯えすら見える。
「俺の勝ちだ」
両手を後ろについて座り込んでしまうダルグにギルが近づくとアルグラードの剣先をダルグの喉元に突き出す。
キン、と静かな音を立てるアルグラードの剣先が僅かにダルグに喉に当たり、一筋の血が首筋に流れる。ギルは虚言を吐くことなく、仮にダルグが変な行動をすれば即座に首を斬るということを暗示しているのだろう。
「本当は殺してやりたいが、人間のミスを一回くらい認めてやれる人間になれ、と言われているからな。それに、ラーニャさんとステラの手前、血なまぐさい光景は見せたくないからね。今ならあっちで寝ている奴も連れて逃げていいよ」
言葉ではそういっていても、心が納得するのかは別問題の様で、首に突き当てるアルグラードについ力が入ってしまうが、己の制御を働かせて思いとどまった。
「魔具の強度は心の強さに比例する。それが砕けたということは同時に戦闘意欲も砕け散ったことに繋がる。なかなかの腕を持っていたけど、もう、戦えないよ。砕かれた心は簡単には治らない。」
そう言いながらもギルはジリジリとアルグラードを喉元にゆっくりと刺し込んでいく。
刺していると言ってもミリ単位よりも小さな距離でしかなく、流れる血も少量で、命に別状は絶対にない。
「――――」
ダルグは喉の奥からキリキリと声にならない様な悲鳴に似た音を発するとわずかに刺さるアルグラードの剣先を片手で振り払って尻尾を巻くように逃げ出した。
心を砕かれたダルグにとって、騎士として鍛えた強い心はもうなくなり、この程度で畏怖するようになった。
ダルグは跳ねられたように行動を始めると、その途中で未だ寝ていたヘイドにも肩を貸して遠ざかっていく。その時に一瞬振り返ったダルグの目には険しいものがあり、憎しみを必死に抑える様に騎士たちが集まる王城に向かって逃げ出した。