11話 罪人
『国家の大罪人で世界に存在するたった十二人のS級犯罪者の一人で、民衆の英雄で元抵抗軍にして、ゾディアック第十二席『白銀の雷光』ギルバード・ボア。それが彼の名前よ』
ラーニャは偶然出会った青年が民衆の英雄であったことに驚き、未だ信じられないような視線を送っている。
その驚きはどちらが本当なのか。
全世界に十二人しかいないS級犯罪者に手を差し出してしまったことに対しての恐怖から来る驚きか、たった十二人だけで一国を滅ぼして国民を解放させた英雄に出会ったことから来る喜びの驚きなのか図ることが出来ない。
ラーニャは息をすることを忘れて、ただ茫然とギルを見つめている。
ステラは伝説上の人物との遭遇としか考えておらずラーニャ程事の重大さが理解できていない。
そして、最後にダルグは歓喜している。
今まで気づかなかった自分を恥じたい。皮脂によってせっかくのスキンヘッドなのに光の反射が鈍かったはずなのにどことなく輝きが増しているように見える。そして、その瞳には彼しか映していない。怪しく口元が笑う。
三者三様の感情が渦巻く中、目下の最重要人物はそんなことなどまったく気にしていないようだ。
ボアの名を持つ大罪人ギルはヘイドの魔力攻撃によって半分の長さになった木の枝で地面に倒れて白目をむき気絶しているヘイドの頭を突いている。
「お~い、生きているか。そんなに強かったかな。出来る限り弱く放ったつもりだったんだけど……」
「…………」
さっきからギルが語り掛けているがまったく反応が返ってこない。おそらくヘイドにとって人生で最も強い電流を浴びたことになる。その影響によって心臓に何かしらの弊害が発生したのかもしれない。
ギルの雷は特殊で、威力に関して言えば黄金色の電撃と比較すれば遥かに上回っていてギル基準の『弱い』は、十分『強い』のだ。
「多分生きているけど、別に死んでも俺は困らないしいいか。……っていうか数万人殺してきて今更一人の命を気にするのもおかしな話だよな……ああでも、目を付けられるのは厄介だな、小言言われるのか……」
深いため息をつくと、レイドに対して興味が無くなったのか、立ち上がり持っていた木の枝を明後日の方角に放り捨ててしまう。
「ま、弱肉強食ってことで運がなかったと思ってよ。俺なんかに負けるようじゃいつか負けてただろうし」
「……」
案の定返事がないヘイドに一瞥してギルはラーニャたちの方に目線を向け歩きはじめる。
そんなギルを迎え入れてくれるのはラーニャでもステラでもなく、パチパチとたった一人による惜しみない拍手がギルに送られている。
「色々と突っ込みたい状況だね」
ロングコートのポケットに手を入れて言うギルを迎えたのはヘイドと同じ近衛騎士の一人ダルグだった。
「何でお前が俺を歓迎してくれるの? どっちかって言えば『敵討ちだ』って飛びかかってくる場面じゃない?」
「伝説の大罪人に会えたのだから、まずはその出会いに感謝しなければいけないのが道理じゃ。それと、知らなかったとはいえ数時間前の無礼な行為をして申し訳ない」
「あー! やっぱりあれでばれるよなー!」
ポケットから手を出して頭を抱えて銀髪を掻き乱す。そして、落ち着くとダルグに関して言葉を挟む。
「まあいいや、それよりも急にしおらしくしてどういう風邪の吹き回し」
「当然だ。S級国際指名手配犯とはいえ当時最強の軍事力を誇っていたロンドリアを滅ぼしたんだぞ。その強さは敬意に値する」
「はは、別に嬉しくないけど」
ダルグの言うことに苦笑いで答えるギルだったが、一つ気になることもある。
酒場でラーニャから税金の取り立てに現われた時もヘイドが勝負を挑んだ時もダルグは特に介入してくることはなく、ただ傍観していた。
「どうして今まであっちの寝ている騎士と違って剣を抜かなかったんだ、……って勝手に使われていたんだっけ」
「それもあるが私の様に武を極めてしまうと格段に強い相手にしか剣を抜きたくないのだ。だが、騎士同士の勝手な私闘は禁止されている。最近は抵抗軍もいなくなってしまって、さらに、平民に私を満足させられるような剣士はいない。そう、お前たちの様な存在以外ではな……」
「やっぱり騎士の前で魔力を使うもんじゃないな。また一つ面倒ごとが増えた。穏便に済ませたいものだ」
ダルグは豪華な装飾が施されている騎士装束を勢いよく脱ぎ捨てて、その下に広がる鋼の肉体を明らかにする。この時点で、ギルの要請が受け入れられないことを示していた。
五十代半ばのダルグは口に蓄えている髭を手でいじりながら糸目の様に細くなっている目を見開く。
「手合わせを願おう。武を極めた私の全力をもって相手する!」
「――はあ、いいよ。こうなったら仕方がない。ステラと約束したからね。指輪を拾ったお礼であんたらを撃退するって、あっ、でも、それってあっちの騎士との約束だっけ、じゃあ、あんたも同じ約束してもらっていい?」
「構わんよ」
「どうも。じゃあ、時間かけたくないから最初から魔力を使うよ」
「当然だ、でなければ意味がない」
そこまでギルが聞くと踵を返して寝ているヘイドの方へ向かうと彼が騎士としてのプライドなのか未だしっかり握られている騎士剣に手を伸ばす。
「実力はまったく駄目だけど、こういうところはいいね」
その手から剣を抜きだす。
「これは元々あんたの剣だろ。使うのかい」
「ほう、得物がない私に配慮するとは、有難いが必要ないよ。それにしても伝説の大罪人も優しいところがあるのう。故に民衆の英雄ともてはやされる原因でもあるかもな」
「…………」
その言葉に一瞬口を閉ざしたギル。
「俺は間違っても英雄じゃねえし、優しいかどうかも知らねえよ。少なくても他の奴らよりは人間出来ている気がするのは確かだけど、フィフティスなんてほんとフィフティスだからな」
目を逸らして他のゾディアックのことを思い出してみるが――やっぱり自分が一番まともだと深く頷いて目線を戻す。そして、ひとまず使わないと言い捨てられてしまった剣を後方へ投げ捨てると、ラーニャとステラに目が合った。
その目にはさっきの心配そうな雰囲気はなく、今は全く違う、それも、何かが聞きたくてしょうがないようは目をしている。
「ラーニャさんにステラ、多分聞きたいこととかあると思うけど、このおっさん倒すまで待っていてもらっていいかな」
『―――』
何か言いたげな表情をする母娘だったがギルのどこかプレッシャーを感じる言い方に頷くことしかできない。
「私など容易いというのか、舐められたものだな」
「しょうがないさ。それが現実だから……」
「――ひっ!」
ただ言葉を交わすだけのはずなのにステラが小さく可愛らしい声で驚いたような声をあげる。それだけギルに放つプレッシャーの凄まじさを物語っている。
「―――――」
ラーニャがステラを無言で抱きしめる。ラーニャ自身も体の震えが止まらない状態にいた。
今現在、ギルとダルグには目には見えないが強大な闘志、覇気と言うものがあるとラーニャは実感している。そして、自分たちはそれに当てられているんだと推測する。
「にらめっこはこの辺にしてさっさとやってしまおう。たとえこの場所に暗黙の了解があっても、時間をかけた分だけ目撃者が増えれば面倒ごとが増えそうだ」
「よかろう。しかし、さすがに伝説を相手に丸腰は厳しいか……」
手を組み、体を伸ばしてストレッチをするギルに対してダルグが言う。その声は少し弱々しくギルは目を細める。
「んあ、やっぱり剣が必要だったんじゃないのか」
「あれはいらんよ。もっと強い得物を持っておるからの」
それだけ言うと目を限界まで大きく見開く。
――そして、
「ふん!」
「イヤ!」
ダルグの気合いに入った言葉の後、またしてもステラの悲鳴が周囲に木霊する。そして、ラーニャの胸に自分の顔を沈めた。
ラーニャも苦い顔をして目を逸らす。
その理由は簡単だ。
ダルグは自分の胸に手を入れて肋骨の隙間から心臓を掴んだ。無論、皮膚を破った個所からは夥しい血が流れ落ちている。
「――くっ!」
苦痛の表情を浮かべるダルグだったが、どこか楽しそうにも受け取れる。
その光景に思わず二人だけでなく普通の人ならば目を背けてしまうが、ギルだけはダルグから一切目を逸らさなかった。
「我が願いを聞き届けて、その心を武器と化せ!」
掴んでいた心臓から手を離して、その手を引き抜くと「ブシュッ」という効果音が聞こえてきそうなほどの出血があった。しかし、溢れ出した血は地面に流れ落ちようとはせずに徐々に凝固し始める。
パキパキと瞬間冷凍されていく水の様な音を立てながらダルグの胸の前に半径1メートル程度の歪な円のような血の塊が作られた。しかし、歪とは言え不自然すぎるでっぱりが一か所あった。
そこをダルグが掴むと思いっきり引っ張ると「パキーン」と綺麗な音を立てて血の塊が砕け、そこからは深紅の武器が現われた。
「魔具か……趣味が悪いものを使うね」
「だが、威力だけは一級品だ」
ギルが魔具と呼んだ武器は、一メートルを超える勢いを持つ巨大な刃を揃えている斧だった。そして、持ち手となる柄の部分の長さは巨大な刃に対してあまりにも短すぎる。
魔力を宿した血を媒介として武器を精製する技術で、見た目通り激痛を伴うため使用者は少ないが、元々自分の血で作られているため十分な威力を発揮する。
「それだけ巨大な斧出しておいて片手斧かよ。扱えるのか」
「愚問だな。使えない魔具などわざわざ激痛を超えて具現化する意味がないだろうが」
「そりゃそうか」
ダルグは巨大な斧型の魔具を片手で軽々と振り回す。
「調子はいいようだ。待ってもらってすまない、大罪人。準備は揃った」
「あっそ。とっとと終わらせるよ」
一仕事を終えた後の様に腕で額を拭うダルグ。その拍子に魔具が地面に置かれたが、そのあまりの重量にただ置いただけのはずなのに地面に亀裂が入ってしまっている。
表面上そっけない態度をとるギルだったがその身に一切の油断は生まれていない。どの瞬間に不意を狙われてもしっかりと対応できるように。
――ダルグが地面を思いっきり踏みつけて超加速を以ってギルに接近する。
五十代中ごろとは思えないほどの身体能力を発揮してギルに近づいて行く。
その手には魔具を強く握りしめて質量に押し負けない強靭な筋力をもってコントロールして正確無比にギルの頭上から振り下ろす。
ドゴォォォォン! と耳を貫くような瞬発的な音と身を掲げて恐怖すら感じさせる地震を僅かながら発生させた。
しかし、クレーターとなった現場から二つに切断されたギルの死体は見つからない。
「はやり、早いの」
魔具を地面に突き刺したままダルグは目線だけを横に向ける。そこには姿勢を低くしたギルの姿がある。しかし、余裕があったわけではなさそうだ。その足元には急ブレーキをかけた様な焦げた後がある。
「バカでかい斧の魔具みたいだけど、それだけでその威力は説明できないな……ってなると一つか。お前、力系魔力を使っているな?」
「ほう、さすが一見でばれてしまったか。そうじゃ。私の得意系統じゃからな」
ギルの指摘にダルグは自身の魔具を優しく触りながら答える。
「能力は多分、単純な筋力強化か」
「そこまでわかるのか、確かに力系魔力は応用がききやすい。故に様々な力の使い方をする者がおるが、それは違う。筋力を強化することが単純にして純粋に力系魔力を筋力に変換できる。それに、魔力消費も少なくて済む。これ以上の戦い方はない」
「まあ、そうかもね。俺の知っている中じゃ、とんでもなくいやらしい使い方をしているやつもいるからな。でも、そんなお前でも俺には勝てない」
「その言葉に偽りの心はないのじゃろう………さすがじゃ、雷系魔力の使い手よ。よく、今の一撃を避けた。白銀の雷光の通り名は伊達ではないということか」
「別に好きで呼ばれているわけじゃねえよ。むしろ忘れてほしいとすら思ってるくらいだからな」
顔を伏せながら言うギル。
誰から言われたのか知らないが、いつの間にか自分を表す代名詞になってしまって立場上訂正も出来なくて困ったものだった。
顔に影を落としたギルだったが、次の瞬間そこにはいなかった。
「本当に速いの……」
そう呟きたくなるダルグの気持ちがよくわかる。
瞬きをする間に光のごとき速さで接近したギルは右手の人差し指と中指を立てて、そこに雷系魔力を集中させる。
バリバリバリとけたたましい雷撃音を轟かせて突き出している日本の指にありえないくらいの魔力が集中していく。
「終わりだ」
「ほっほっほっほ」
白銀の雷を纏った突きがダルグを貫こうとする。しかし、ダルグは自身の持っている魔具を突きの盾として体の前に置く。
ガァァァァア! 甲高い不協和音が耳を刺激する。
「――――っい!」
不意に出たギルの言葉が状況を説明する。
ギルの放つ渾身の突きは魔具の刃の腹で受け止められてしまう。しかし、その衝撃は凄まじいものだったようで十メートル弱ダルグは地面に焦げた轍を残しながら後退している。
しかし、というべきが、やはりというべきか悩むが、よくよく見るとギルの突きを受けた部分は小さな亀裂が入っている。
「さすが、としか言えない。この老いぼれの語彙力のなさを見逃してくれ」
「確かに魔具は高い攻撃力と防御力を兼ね揃えているけど……ここまでとは驚いたね」
「何、よく見て見ろ。亀裂が入っておる。それだけに限っても騎士の中でも数人しかできないことだ。さらに、まだ手が痺れておる。生身で受ければ人体など紙切れの様に貫けるのだな」
「――」
形式上は褒めているのかもしれないが皮肉としか聞こえない。
「――手のかかる奴だ!」
両手を広く広げたギルはその掌の上に無数の一つ三十センチ程度の雷系魔力の塊を作りだす。
「撃ち抜け!」
その掛け声とともに両手を振るう。すると、宙を漂っていた雷の弾丸が一斉にダルグに向けて撃ち放たれる。
「これしきの事」
手のしびれなど意に介さない様子のダルグは小太刀を操るかのように巨大な片手斧を振り回す。
ギルの撃った弾丸は、数は多いけど威力は高くなく的確に一つ一つ叩き斬っていくダルグの前では脅威になりえない。しかし、それでいいのだ。
大切なのは数瞬の時間を作ること。
それだけ合えば懐に飛び込むことは容易い。
「今度こそ……っ!」
体にかけている電気負荷を解除するとすかさず両手に魔力を集中させる。
「甘いぞ。若者」
「――やばいかも!」
……残念ながらギルはあんまり頭が回る方じゃない。そんな見え見えの戦法はダルグに完全に見切られている。
「わざわざ来てもらったんだ。次はこちらからしてあげねばならないだろう」
待ちわびたかのように、再び大きく斧を振りあげると渾身の力をもって叩き下ろす。
ギルは電気負荷を用いた高速移動を使用して一度止まり電気負荷を解除してしまうと、次に使用できるまで僅かなビハインドが生じてしまう。
「あっ!」
気づいても足が動くことはない。
ギルは纏っている両手の雷をさらに厚く纏う。それを障壁の代わりとして振り下ろされてくる巨大な刃を受け止める。
ガァァァァアアアアアアア!
雷が飛び散り、不快な金属音に空間を切り裂くような雷鳴。両者一寸も譲ることが無いせめぎ合い。
掌に厚く覆われた雷の障壁は必至に叩き斬ろうとする魔具の強撃に耐えているが、均衡は続かない。
「――くッ!」
そんな中受けに回っているギルは苦い顔をする。それは徐々にではあるがダルグの斧がギルの雷の障壁
を貫きつつあるのだ。
「ここに沈め! 咎人よ!」
その言葉と同時にさらに込められている力が増す。
「ぐぐぐ……」
必死に抵抗するギルだが、その瞬間は当然訪れる。
キィィィィィィン――パンッ!
ギルの両手に纏っていた雷が音と共に破られた。
「嘘っ!」
動揺を隠せないギルだったが事態はそれどころじゃない。雷の障壁を破ることはダルグからすれば規定事項であって本来の目的はギルを切り捨てることなのだから。
「これで終わりだな」
勝利を確信するダルグ。
確かにこのまま何もしなければギルは真っ二つになってしまうだろう。しかし、抵抗しようにもギルの使うことが出来る技の多くは威力が高いものの使うまでの準備時間が長い。
さらに、高速移動も出来な……くもないようだ。
「――――――やっと戻った」
切り捨てられる瞬間にようやくギルは再び電気負荷を体にかけた。
「間に合え!」
「遅い!」
最速をもって後ろに飛び去るギル。ダルグは変わらずそのまま渾身の力をもって斧を地面にたたきつける。
「――さすがとしか言えない」
視界を完全に覆うほどの土煙が辺りに充満する。決して目でとらえることは出来ないがダルグは斬った手ごたえが残っていないことや肌を突き刺すような雷系魔力が残っていることから理解していた。
「避けるとは思わなかったぞ」
地面に突き刺さっている斧を抜くと軽々しく肩に乗せる。
「ゴホ、ゴホ。あ~、喉に砂利が入った……」
次第に土煙は収まっていき、そのからは綺麗な銀髪がくすむほどの土埃を乗せながら現われたのは喉に入った砂利を取り出そうと悪戦苦闘する罪人だった。
「んんっうん。あぁ、やっととれた」
「かなりのピンチだったのに顔色一つ変えないのだな」
「ん、まあ、やばかったよね。でも、生きている、それだけで十分。生きていればなんでもできるからね」
そこで一回言葉を切る。
「どうしてくれんの! 俺の一張羅、斬られたんですけど!」
突然クレームを入れるギル。
ダルグにわかりやすくその被害状況を報告する。
「ほう、私の攻撃が掠ってはいたのか。大罪人相手に及第点と言ったところか」
「及第点じゃねえよ。ったく……」
ギルの着ているロングコートには右肩辺りから裾に至るまで長い切り口がある。ロングコートということが仇になって斬られてしまったが、肉体的損傷はない様、しかし、一張羅を失ったダメージは大きい。
「本当に……」
ぶつぶつと呟きながらギルは羽織っているロングコートを脱ぎ横へと投げ捨てる。
「まあ、動きやすくはなったかな」
そこから現れたのは鍛え抜かれた肉体だ。袖のないシャツだけでは隠し切れない筋肉がそこにある。
「覚悟しろよ。俺の一張羅を駄目にした分高くつくよ」
「これ以上わくわくさせてくれるのか、血沸く、血沸く」
他に衣類に付着した汚れを手で払い落している中ダルグに目を向けてみると不気味レベルでにやにやと微笑みを浮かべている。
おっさんの笑った顔を見るとか誰得の状況なのかは置いておくとして、ギルは戦いの真っただ中にもかかわらず各関節を手入れしていく。
その最中、頭を一周ぐるっと回していると、ふと気づく。
「にしてもあんた結構強いね。正直びっくりしたよ」
「おやおや、あなたに褒めてもらえるとは嬉しいの……じゃが」
その時だった。
不穏な空気が二人を包む。
「私は正直がっかりしたな。伝説の大罪人なんて仰々しい呼び方するし、我が国王も最重要危険人物して早く身柄の拘束を望んでいて、騎士たちも戦いたいと思うやつが多いが、実際に手合わせてして感じるのじゃよ。『この程度か』とな。ヘイドの戦闘力が中の下とすれば私は中の上程度じゃ。疑問になってくるの……」
ここまで笑いながら言うダルグだったが、その言葉には妙な説得力が存在していて内容的には真実なのだろう。
――ピクッ、眉を動かして目を細くするギル。
「お前たちが本当に十二人で王政打破を達成したのか………」
――手に取るようにわかる。笑顔が消えて泥沼に沈むように険しい表情をする。おそらくダルグが次に何を言うのか予想がついたからだ。
「他のゾディアックも本当は弱いのかもしれんの、自分の功績を他者へ事実以上に水増しした状態で綺麗に伝えることがうまかったようだな。つまり、ゾディアックとは嘘つき集団かもしれんということか……」
――ついに、禁忌に触れる。