1話 差し出された手
目を開いた先に広がっていたのは雲一つない青空だった。
温かな日差しが差し込みながら、きっとその空は俺に世界の広さを教えると同時に果てのない孤独も教えていた。
急にこみ上げるかのように『寂しい』という感情が体を支配し、感情の奔流となって全身を駆け巡る。
――だから泣いた。
気付いてほしくて、ここにいることを誰かに知ってもらいたくて……。
でも、街行く人間が立ち止まることはなかった。決して、聞こえていないわけじゃなく、聞こえないふりをしているのだ。
――誰かを助ける余裕なんて今のこの国にあるはずもないからだ。
ある者は目を逸らし、ある者は唇を強く噛んで目を閉じて足早に立ち去ってしまう。
そのころから往生際が悪かった俺は泣き止むことをしない。傍から見ればただの騒音であり迷惑だっただろう。それでも、泣き止むことだけはしなかった。
俺はずっと声をあげ続けていた。
「おぎゃー、おぎゃー」
誰かに迷惑をかけていることを気にしている余裕も、頭もない。ただ、小さい喉を十分に活用して泣き続ける。
汚い路地裏は赤子の声によって埋め尽くされている。
しかし、いつまでたっても俺に差し出される手はなく。孤独に震える時間を過ごしている。
――どのくらいの時間が経過したのだろうか。
生まれて間もない俺の体力は見る見るうちに無くなっていき、声量も鳴きだしたころに比べると半分程度になっていた。
未熟な喉を酷使しすぎて声が擦れてしまう時もある。
もう、諦めてしまおうか。
そんな考えが過った。体力のない身体。次第に冷たくなっていく様子が分かった。
まだ考えるだけの脳みそを持ってはなかったが本能的に諦めようとした時に、一人の男性が俺に気付いた。
「おや、おや、元気に泣く子だね」
近づいてくる男性の顔はイケメンでも何でもなかった。しかし、とても優しい表情を浮かべている。顔に刻まれている皺がこれまでの人生の辛さ、過酷さを物語っていて、赤子にもわかるへたくそな笑顔を浮かべている。
むしろ、こっちの方が怖い。
藁にも縋る思い、といったら語弊が生じるかもしれないが、それに近い気持ちで俺はその男性に向けて精一杯手を伸ばす。
「きゃっきゃっ」
今の気持ちを表現したいが言葉を話すことが出来ない。だから、身振り手振りで必死にアピールをする。
――生きたい、と。
その気持ちが通じたのかはわからないが男性は少し笑むと、皺くちゃの手をこっちに向け差し出すと俺の中で一生忘れることのできない言葉を投げかけてくれた。
『坊主、うちの子にならないか?』
言葉の意味なんて理解できるはずもない、でも、俺はその手を強く握る。ゴツゴツとして掌はとても子供が乗るには乗り心地が悪かったはずだ。でも、俺はそんなこと考える暇もなく、ただ包まれた温もりに、愛に触れて、生まれて始めて幸せだと感じた。
そして、その日から俺はこの男性の子供になった。
※
その日からもう、二十数年。
親父、俺はあんたの教えを何一つ守ることが出来なかったよ。こんな不出来な息子でごめんな。
立派なあんたに近づきたくて、でも、俺は全く違う道を行ってしまった。
許してほしい、なんて言わない。自分のしたことをわかっているし、隠すつもりもない。ただ、見守っていてほしい。
それが俺の選んだ道だ。後悔は何一つしていない。
あの日、泣き寝入りして逃げ出していた方がずっと後悔していた。だから、これでいいんだ。
あの時は恥ずかしくていうことが出来なかったけど、ここなら堂々と言えそうだ。
親父、お袋、俺を見つけてくれてありがとう。育ててくれてありがとう。わがままを聞いてくれてありがとう。守ってくれてありがとう。楽しい時間をくれてありがとう。
――そして、
『愛してくれてありがとう』
始めまして、レムと言います。
初投稿です。これから投稿していこうと思います。予定ではかなりスロースタートになるかもしれませんが、長い目で読んでいただければ幸いです。
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