精霊を捕まえた男
広大な国土を誇る大国ナグラム王国の王城では建国五百年を祝うパーティが盛大に開かれ着飾った貴族が国内外から参加していた、その中で多くの貴族達の関心を集めたいたのは赤い髪のまだ二十三歳くらいの若い男だった。彼は王国に四家しかない侯爵家の一つであるグランデ侯爵家の若き当主キルト・トファ・グランデだった。
グランデ侯爵領はナグラム王国の西部にありその領地は王国随一の広大さを誇っていると言われているほどだがキルトが他の貴族達から関心を集めているのは領地の大きさではなかった。何故ならグランデ侯爵領は確かに大きさだけならば確かに王国一ではあったのだが、その殆どが農耕に適さず水源もろくにない不毛な土地であり交易路からも大きく外れていたためにこれまでのグランデ侯爵家が他家の者達に持たれていた印象は『土地の広さと爵位だけの権力も金もない取るに足らない貧乏貴族』というものだった。そのため爵位が低い者達でさえ陰口を叩き馬鹿にしたりしていたのだが今は違う。
キルトが先代領主だった父から家督を譲り受けるとどのような農法を施したのかは分からないが少しずつではあるが確実に収穫量を増やしていくとともに荒れ地だったはずの場所にも緑が戻り始めたのだ。
数百年も荒れ地だらけだったグランデ侯爵領の変わりにように誰もが驚きながらどのような農法を施したのかが気になり何度もその方法を探ろうと尋ねたのだが返ってきた答えはいつも同じ『私は何もしてませんよ、全ては領民達が昔から頑張ってくれたそのお蔭です』とそう言って笑うだけで決してその方法を他人に教えようとはしなかった、やがてその徹底した秘密ぶりが面白くなかった貴族達のなから一つの噂話が流れ始めた。
それは『グランデ侯爵は自分の領地を豊かにするために精霊を捕らえてその力を使っているのではないのか?』というものだった。精霊を捕らえることはナグラム王国で、いや、大陸にある全ての国で大罪とされいる禁忌中の禁忌だ。
かつて精霊は大陸のあらゆる場所におりその力で大地を潤し多くの命を育む手助けをしていた存在だったのだが、ある時人間は精霊を捕らえ隷属させる方法を編み出すことに成功すると次々と精霊を捕らえてはその力を自分達のためだけに使わせ、地力の枯れ果てた荒れた土地を回復させ畑を作ったり、水不足に悩む場所があれば雨を降らせたり地下水を引かせ井戸を作ったり、また天候を自分達にとって過ごしやすものに操作したりと人間達の暮らしは大いに楽になっていったのだがその反面、無理やり力を酷使させられ続けた精霊達は次第に力を失っていき消滅……死んでいったのだ。
精霊の力によって豊かな生活を手に入れた当時の人間達はその裏で多くの精霊が死んでいったのを知っていながらも精霊達を酷使するのを止めようとする者はいなかった。そしてそのことにとうとう精霊達は怒りを爆発させ人間に逆襲を始めてしまったのだ。
最初は誰もが精霊など簡単に捕らえることが出来るとその恐ろしさを真剣に考えようとする者はいなかったのだが直ぐにその考えが甘すぎたことを後悔した、捕らえることが出来た精霊はどんなに手を尽くしても下級・中級精霊までであり、それより上の上級・高級そして精霊王と呼ばれることもある最高位精霊を捕らえることなど出来なかったのだ。
これまでは世界を潤し命を育んできた精霊達はその力を人間を罰するためにだけに使い始めその結果は凄惨たるものだった、今まで誰も経験したことがないような異常気象が大陸中を襲ったのだ。
一年を通して暖かく穏やかな気候だった国では毎日のように激しい雹混じりの雨が降り注いだと思えば逆にほんの僅かな雨も降らなくなり緑が枯れ果て砂漠になった国もあった。農業大国で知られた国では一夜にして全ての作物が枯れその後にどれだけ肥料を与えても何も実らなくなったりと大陸中で人間の悲鳴と精霊に許しを乞う声が響き渡ったが精霊達は人間を許すことはなかった。
精霊の怒りが収まった頃には総人口の九分九厘の者が亡くなっており国としての機能を残せたのは七十以上の国があったなかでたったの五カ国のみという前代未聞の大災厄になってしまったのだ。
その大災厄から六百年が過ぎた今では精霊を捕らえることはどんな理由があろうと大罪とされ少しでも関わった者とその一族は連座で死罪になることも珍しくなく、たとえ一国の国王であろうと関われは処罰されるほどの大罪となったのだ。
キルトはこの禁を破り精霊を捕らえたのではないかとそんな馬鹿らしい噂を貴族が流すのにはキルトは既に結婚しており妻がいる身であるのだが一度も妻を人目に触れる場所に連れて来たことがなく誰もその姿を見た者がいないことも理由の一つだろう。
その事を言われても当のキルトは笑うだけで否定も肯定もせずに肩を竦めるだけだったがもともとこの噂がやっかみからきていることは多くの者が知っているために誰も深く追求する者はいなかった、そして今日も若い侯爵は自領の秘密を探ろうと寄ってくる者達を躱しながらキルトは一人でパーティを楽しむのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ~もう疲れた……たくどうしてあんなに馬鹿らしいことを言って人に絡んでこれるだよ彼奴等は……」
六日前に開かれた建国記念パーティの帰り道、馬車に揺られながらパーティ中に寄ってくる貴族達のことを思い出すと溜息が出た。
俺は不本意ながら今この国の社交界でちょっと有名になってしまっているグランデ侯爵家当主のキルト・トファ・グランデだ。本当なら面倒だから出席せずにサボりたかったパーティだったが流石に国王陛下が主催する建国記念パーティに侯爵家の当主が不参加とういわけにもいかないから嫌々ながら参加したけど欠席するべきだったと少し後悔してるよ。
だってそうだろ?どいつもこいつまるで蟻のように群がってきては挨拶が済むと言うことは同じで『どうやってあの荒れ地を豊かな耕作地にしたのか?その農法をどうか教えて欲しい』だ、今まで散々馬鹿にしてきた奴等に教えるはずがないだろうが!少しはその足りない頭で考えてから質問しろよ!俺が答えず合間に誤魔化そうとすると今度は自分の息が掛かった女を勧めてきたりするしお前等は俺に愛する妻がいるのを知ってるだろう!
それも断ると最後は領地が豊かになったのは精霊を捕まえたからだとか言い掛かりをつけてくる奴がいたが本当に止めて欲しい誰かが信じたらどうする気だよ。
だがまあ俺のことをやっかんでそんなことを言ってくる気持ちも正直少しだけ分かるがな、侯爵家とは名ばかりの貧乏貴族だったウチが急に力を付けてきたせいで今までは見下していたはずの相手に謙る謙った態度を取らなければならなくなってプライドが高い奴等には我慢できないことなんだろう。
「……若、若!館に着きましたよ」
「え?ああ、もう着いたのか」
考え事をしていたらいつの間にか家に着いていたらしいな、自分でドアを開けて玄関の前に降りた。他の貴族の家だと使用人にドア開けてもらうらしいが俺は面倒だらいつも自分で開けている。
「爺さん、今回は無理を言って御者をしてもらって悪かったな、馬車を戻したら爺さんもゆっくりと体を休めてくれよ」
「ありがとうございます、お言葉に甘えて儂はゆっくり休ませてもらいますが若様は頑張ってくださいね」
「頑張る?何を頑張るって言うんだよ爺さん?」
意味が分からずに聞き返すと爺さんはニヤッと音が聞こえそうな笑みを浮かべるとビッシと親指を立てながら答えた。
「いや旦那様が早く孫の顔を見たい見たいと仰っておりましたからな若様もそろそろかと思っただけですよ」
「なぁ!?」
「ヒャハハ、では失礼しますね」
爺さんはそのまま笑いながら馬を連れて去って行った、普通なら侯爵家の当主とその従者がこんなに気楽に会話することなんて他家では考えられないことらしいがウチは貧乏で使用人の数も少なかったこともあり爺さんを含めて使用人達は家族も同然な関係だ。
だが爺さんよその最後の不気味な笑顔は止めてくれ!まあ、俺が結婚して五年が過ぎるからそろそろ孫の顔を見たいと思ってる親父の気持ちも分かるけどそんなことを言われたら屋敷に入りづらいだろうが!
だがいつまでも玄関の前でボーと立ていても意味がない覚悟を決めてドアを開けて中に入る。
「おや帰ってきてたのかい、坊っちゃん!」
すると早速見知った顔のメイド長、とういか恰幅のいいおばちゃんが俺に気づいて挨拶をするんだけど坊っちゃんはないだろ坊っちゃんは、せめて爺さんのように若と若旦那とかあるだろう、そう文句を言ってみるのだが。
「いやすまいね、でもあたしにとっちゃ坊っちゃんはまだ坊っちゃんさ!旦那様とか呼ばれたかったらとっとと子供の顔を見せておくれよ!」
「ぐ!?」
豪快に笑いながらとんでもないことを言い放つおばちゃんに黙るしか出来ない何せこのおばちゃんに下手なことを言えばもっととんでもないこと言ってきそうな怖さがあるからな…。
このおばちゃんも爺さんと一緒で古株の一人で賃金もろくに払えてなかった頃から侯爵家に仕えてくれていた人だから俺も本当に祖母のように思っているんだが最近、親父や母さんと一緒になって子作りコールが激しくて困るんだよな、前に出された料理が全部精がつくものばっかりだったりこともあったし……。
「え~と……それはおいおいということで……」
「はぁー情けないね、いつもはとんでもないことを平然としたりするってのにこのへたれは……」
がはぁっ!?流石は長い付き合いだけあって情け容赦ない言葉の暴力に倒れそうになる俺を呆れたような目で見ておばちゃんはやれやれと首を振る。
「もう分かったから早く奥さんに顔を見せに行ってやんなよ坊っちゃん、じゃないと浮気してるじゃないかって疑われるかもしれないよ!」
「ちょっとおばちゃんなんてこと言ってんだよ!?俺がそんなことをするはずないだろ!?」
慌てて否定する俺に冗談ですよ冗談、と笑って去っていくおばちゃんだけど全然冗談になってないからな!もしもアイツが本気にしたらどうなると思ってるんだよ!その光景を思い浮かべると不味い、膝がガクガクと震えてきたし何か目眩もしてきた……いかんいかんっしっかりしろ俺!
両手で頬を叩いて気合を入れ直しながら帰りを待っていてくれている妻がいる私室へと足を進め一度部屋の前でさっと身嗜みを整えてからドアを開け中に入るとそこには長い艶ある銀髪をした美しい妙齢の女性が椅子に座っていた、俺の妻であるフィアナ・トファ・グランデだ。自分で言うのも何だけど本当に綺麗なんだよな。
「お帰りなさいキルト、もう帰りが遅かったけどもしかして誰かと浮気なんかしてないでしょうね?」
どやらお茶をしながら本を読んでいたらしいなテーブルの上には飲みかけのティーカップと冊子が挟まってある本が置かれてる、フィアナは少し不安そうにそんなことを尋ねてくる。
「ただいまフィアナ、まさか君がいるのにそんなことをするはずがないだろ」
そんなことをすればどんなるか……とても恐ろしくて出来ないよ、内心でそんなことを考えるが決して口には出さない、出したらその後が恐ろしいからな。
俺の言葉に安心したのかフィアナはホッと安堵の表情を浮かべながら隣にやって来るといつまでも見ていたくなるような優しげな笑みを見せてくれた。
「そう、なら良いのよ。それで今回のパーティはどうだったたの?また前のパーティの時のように変なことを言ってくる者はいなかった?もしもいたなら教えてくれれば面倒なことになる前に私が……」
「いやない!本当に何もなかったから安心してくれていい!」
笑顔が一転し真顔でとんでもなく物騒なことを提案してくるフィアナを止めるが何処か不満そうに首を傾げて見せるその姿になにか嫌なものを感じていると。
「そうなの?でも貴方がパーティに行ってる間にも結構な数の間者?ていうのが屋敷に来ていたからちょっと心配だったのよ」
「えーとだ色々と聞きたいことがあるんだけどまず誰も怪我とかしてないだよな?その人達はどうやって屋敷に入って来たんだ?あとその人達をどうしてるのかも聞いていいかな?」
間者という不穏な響きの言葉に両親や家族同然の使用人達に何もなかったか聞き返すとフィアナはニヤッと不敵に笑うと何でもない事のようにアッサリと教えてくれた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ誰もかすり傷一つ負ってないから安心してちょうだい。それとどうやって入ってきたのかというとね、昼間から堂々と来ることもあったけど大体は深夜にこっそり窓や裏口の鍵を開けて入ろうとしていたのが一番多かったかたわね、皆に教えてあげたら入ってきたところ袋叩きにして身ぐるみを剥いで使っていない物置に閉じ込めてたわよ」
「あ、そうなのか……まあ無事なら良いだけど何と言うか逞しいなウチの使用人達……」
「そうねアリサさんなんてこれで孫に誕生日プレゼントが買えるって喜んでたわよ」
間者達も可哀想にな警備も緩いボロ屋敷に忍び込んで調べて来るだけの簡単な仕事だと思っていたのだろうにまさか返り討ちされた上に身ぐるみ剥がされるんだからな。ちなみにこの行為はグランデ侯爵領では許可されている。
昔は領地全体が酷く貧しく少しの食料や金が盗まれただけでも餓死することもありそのため現行犯なら盗みを働いた者の身ぐるみ剥ぐことを認められているんだよな、まあ今回は泥棒ではなく間者なんだけどそんなことは関係なんてないんだろきっと使用人の皆にしたら臨時収入が入って良かったまた来てくれないかなくらいにし考えてないはずだ。
「まったく私が守っている限り私達の家に不審者なんかが入れるはずがないの懲りずに何度も間者を送ってくるだもの嫌なるわよ、そうだわ!これはもう今度は私達の方から相手の家に行ってきたほうがいいんじゃないかしら?キルトはどう思う?」
「あーその、なんだね俺もこれ以上間者を送ってほしくないから行くのはいいけどその後はどうするつもりなのか聞かせてもらえる?」
「決まってるじゃないもう二度と変な奴等を寄越さないように徹底的にそれこそ相手が泣いて許しを請うまで懲らしめてやるのよ!」
「頼むからよそれだけは止めてくれ!」
「ええーダメなの?」
名案だとばかりに小さく拳を振り上げるその姿は見ていて可愛いんだが言っていることはその逆でかなり過激だな、必死になって止めさせようすると不満そうに唇を尖らせるけどな俺は知っているんだぞ?フィアナお前が今の生活を気に入ってくれていてその生活を壊そうとする邪魔者には情け容赦ない報復をしようとしていることおな。
もしもここで俺が一言フィアナに許可を出そうものなら間者を送った相手がどんな目に合わされるのか全く想像が出来ない、まさか殺すようなことはないだろうとは思うが残念なことに断言できないのが恐ろしい。
「クスクス、ああもうキルトったら冗談よ冗談、最近ちょっと来るのが多くなったから言ってみただけよ」
まるでイタズラが成功した子供のように楽しそうに可笑しそうに笑ってるけど本当だな?本当に信じていいんだよな!?
「そんなことよりも王都ことやパーティであったことをなんかを聞かせちょうだい」
「あ、ああ分かった、分かったから引っ張らないでくれ服が伸びる!」
急かすように袖を引っ張って連れて行こうとするのに苦笑しながらもテーブルに移動して椅子に座ると彼女も正面の椅子に座って頬杖をつきながら土産話をねだる、何故かその見慣れたはずのその顔にドキッとしながら見惚れてしまったていた俺にフィアナは心配そうに顔を曇らせてしまった。
「ねぇボーとしてるけどもしかして疲れてるの?だったら話を聞くのは後でいいわよ?」
「ああいや、違うよ疲れてはないんだよ。ただよくこんな美人が嫁に来てくれたもんだなと改めて思ってね」
「え?ええっ!?な、な、なにを真面目なだ顔で言ってるのよ!そんな褒めてなにもならないわよ!」
一瞬で顔を真っ赤にして照れ隠しのつもりか手を振るそんな姿も可愛くこうなんか胸に来るものがあるんだよな。本当によく俺なんかと結婚してくれたものだと今更ながらしみじみと思う。フィアナとは子供の頃から付き合いだがそのことを除けば俺には特になにもなかったからな、貴族ではあるが貧乏で贅沢などとは全くの無縁だし容姿にして赤い髪に中肉中背で平凡な顔つきで悲しいが断じて美形ではなくいたって平凡な何処にでもいそうな顔なんだよな……。
そんな俺に比べてフィアナはまさに絶世の美女だからな、真っ直ぐに伸びたクセのない艷やか銀髪に透き通るような白い肌に均整が取れた美しい体、幼女趣味でもなければ男なら間違いく目を奪われるはずだ。
そう思いながらまだ赤くなりながらアタフタしているフィアナを見るとあることに気付いて思わず苦笑した。
「フィアナ、フィアナ。出てる、羽が出てるぞ」
言葉通りフィアナの背中からまるでガラスで作られたかのような八枚の羽が飛び出ておりパタパタと揺れていた。
「え?あっ本当だわ、よいしょっと。もうキルトが急に変なことを言うからよ!」
可愛らしい掛け声と共に飛び出た羽を消すと頬を膨らませて文句を言ってくる。
「そんなに怒らないでくれよ、本当のことなんだから仕方ないだろ?」
「もう!キルトのバカ!」
フィアナは増々顔を赤くしてプイっとそっぽを向いてしまったが言葉とは裏腹に嬉しそうに顔をほころばせている、そんな何気ない姿もまるで一枚の絵画か何かのよう思えてくるほどの魅力がフィアナにはあった。
もう分かってるだろうが俺の大切な奥さんであるフィアナは社交界で噂されているように人間ではなくその正体は精霊だ。しかも下級でも中級でもなく最高位精霊なんだよな、彼女が妻になって力を貸してくれているお陰で地力と水源もなく荒れ地だらけだった領地には緑と水が戻り始め農耕が出来る場所も増えている。
だけど噂と違うところがただ一つだけある、それは俺がフィアナを力尽くで捕まえたわけじゃいないということだ。
俺がフィアナと初めて出会ったのは子供頃だ、当時の俺はこの荒れた貧しい土地しかない領地を何とかもっと良くしたいと考えては馬鹿なことをしては大人達に怒鳴られていたものだ。そんな俺はある時領内の一箇所だけまるで別の土地かのように緑が生い茂る不思議な場所があるのを見つけて慌てて爺さんに聞いてみたが理由は分からず、ただずっと昔からそこにだけは緑があり豊かな土地だったのだと話し地元の者はきっと精霊が住んでいるからだろうと考えて誰も森に入ろうとする者はいないのだと教えてくれ俺にも入らないように言ったのだが俺は『そんなの関係あるか!たとえ精霊がいる森でもウチの領内にあるんだからウチのものだろ!使えるものは何でも使って何が悪い!』と、そんなまるで悪徳領主のようなことを考えて爺さんや周りの大人達に黙って森に入っては生えてる草木や土を掘り返したりして屋敷に持ち帰って何が違うのかと研究したのだ、まあ研究なんて言ってもただ持って来た植物を庭に植えたり持ってきた土を鉢に入れて森の外で植物を育てたりしていただけだから周りの大人から見たら遊んでるようにしか見えなかっただろうけどな。
そしてあの日もいつもと同じように森に入ると俺しか来ないはずの森に思わず見惚れしまう程に美しい美少女が俺が土を掘り返していた場所に腕を組んで立っていたのだ、これがフィアナとの初めて出会った瞬間だ。
「あっ君!ここの草木や土を勝手に森の外に持って行っているのは君であってるかな?」
俺に気づいたフィアナは怒っているらしく眉を寄せながら聞いてくるので頷くとそのまま説教をされることになってしまった。
「いい?ここ私がずっと前から育ててきた森なのよ、なのにどうして私に何も言わずに勝手に植物を折ったり土を掘り返したりして森を荒らしているのよ!」
正直その時は変な女に捕まってしまったなと思った。
「ずっと前から育ててるって言ったけどそれが本当ならアンタは今何歳だよ?もしかして相当なおばさんなのか?」
その瞬間、頭に拳骨を落とされあまりの痛みに転げ回る俺を見ながら暗い笑みを浮かべ拳を握るその姿に、逆らうな逆らえばひどい目に遭ぞと本能が悲鳴のように告げていたので黙って説教が終わるのを待った。そして言いたいことを言い終えたフィアナは俺に森を荒らした理由を聞いてきたら隠さずに森の外の領地のために土などを持って行っていたことを話すと何やら感心されてしまった。
「ふーん、小さいのに立派に領地のことを考えてるのね、そういった理由なら許してあげるわ。今貴方達が畑に植えてのって麦よね?実りが悪いなら無理に麦を植えずに他の作物を植えたほうがいいわよ、あと農法を変えてみるとかね」
そう提案してくれたが何をどうすればいいか分からずに悩んでいる俺を見かねたのかフィアナはもう勝手に森を荒らさないことと森の外の話を聞かせてくれるなら自分が知っていることを教えてくれと言ってくれたのだ、俺としてはただ日常の話をするだけで他に何も取られるわけではないので助かるが本当にそれだけでいいのか聞き返すと何とも複雑そうな顔で苦笑いをしながら。
「いやそのね……実は私ってその引きこもりなのよ……もう何年もこの森から出ていなから友達も少ないし外がどうなってるかよく分からないのよ……」
顔を赤くし俯きながら恥ずかしそうに言うフィアナに引きこもりの意味が分からずに首を傾げた俺だったが直ぐに寂しい奴なんだなと納得した。
その日からフィアナは俺にとって頼りになる姉のような存在になった。彼女から様々なことを教えてもらい俺はまず親父に教わった農法や育ちそうな作物などのことを話し実験のための畑が欲しいと頼み込んだ、最初は渋っていた親父だったがこれが上手く行けば領民達の暮らしが大分良くなることを理解していたので二つ返事で畑を四つ実験用に俺に与えてくれた。
最初は周りの皆には子供が遊んでいるように写っていたようだが気にせず俺は教わったことを試していくと少しずつだが成果が出始めそれを知った皆も協力してくれるようになり領地の収穫量も少しだけだが増えだしていった、そのことが嬉しくて森に行ってはフィアナにその話をすると彼女はいつも笑顔で聞いてくれた、そしてこれから注意するべきことなどを新しく教えてくれたりしたのだ。
そんな頼りになる姉のようなフィアナとの関係が変わったのは俺が十七歳になった時だ。普通の貴族なら婚約者がいてそろそろ婚約から婚姻を考える歳だが残念ながら貧乏貴族であるウチに嫁いでくれるような者などいるはずもなく俺には相手がいなかった。
そのことをぼやくと隣に座って愚痴を聞いてくれていたフィアナが変な声を出し今まで見たこともないような顔で固まっているのに気づき驚きながらどうしたのか質問すると今にもギギギと音が聞こえそうな動きで振り返ると。
「ナンデモナイ、ナンデモナイノヨ。ハハハハハ」
明らかにおかしな口調にで返してくるフィアナの目からは光が消えており明らかに作りものだと分かるような不気味な笑み浮かんでいたが恐ろしくて俺は何も言えずただ黙って頷くし出来なかった。
そしてその後から外の話に加えて何故か俺の周囲にいる女性の話などもせがむようになり最初はどうしてそんなことを話さなきゃらならないのだろうと思い断ろうとしたがフィアナがまたあの壊れた笑みを浮かべてこちらをジーと見ているのに気づくとまたも本能が黙って話せと叫び声を上げて警告してきたので仕方なく話すとフィアナは一人でうんうんと頷くばかりで俺にさっぱり何が何なのか分からない時間が過ぎていったのだ。
そして一年程が過ぎたある日、実験用農地から屋敷に帰ると何故かそこにはニコニコと満面の笑みを浮かべたフィアナがおりその横には何があったのかは知らないが生気を感じさせない疲れ切った顔の両親が立っていた。
屋敷を出たのは朝で帰ってきたのは夕方、半日も経っていないのにも関わらず両親の顔はまるで数年分歳をとったのかように老け込んでいてその様子にこれはただごとではないぞ何があったんだろう思い話を聞こうとする俺よりも早く親父が口を開くと思いもしなかったことを告げてきた。
「ああ……ようやく戻ったのかキルト。お前はもう知ってるだろうがこの方は今日からお前の奥さんになったフィアナさんだ。しっかりと夫として彼女を幸せにしてあげるんだぞハハハハ」
「そうね貴方、婚約者も決まらなくて困っていたのにこんなに綺麗な方と結婚できるなんてキルトったら本当に幸せ者ね!」
「……え?あの何を言ってるのかちっとも分からないんだけど?結婚?俺とフィアナが?いつ決まったの!?」
どういうことなのか全く分からず俺は混乱した、突っ込みたいことが多すぎたのだ。どうして屋敷にフィアナがいるのか、どうして婚約を飛ばして既に結婚していることになっているのかいつ親父達とフィアナが知り合ったのかなど訳が分からないことだらけだ。
説明を求めて両親を見ても何も答えてくれずフィアナを見ると嬉しそうに近づいて来たと思ったらその場でまるで貴族令嬢がするような優雅な礼をしてみせると。
「ふふふ、これで今日から私とキルトは両家公認の夫婦になれたのね!これからはずっと一緒にいましょうねキルト、いえ貴方!」
思わずその仕草に見惚れてしまいつい頷くとフィアナは喜びの声を上げて抱きついてきた、そしてしばしの間俺に抱きついたままだったフィアナだが親父達の存在を思い出すと赤くなりながら慌てて離れると、荷物を取ってくるからと言うとそのまま外に出ていってしまうの呆然と見送ってから我に返って両親に詰め寄ろうとしたら逆にひどく血走った目を向けられ両肩を強く掴まれるとそのまま激しく揺さぶられ彼女と何処でどうやって出会ったのだと問い詰められてしまった。
普段見ないその慌てぶりと体から放たれている気配に危険なものを感じ取り嘘をつかず正直に話したら理不尽にも殴られてた、それも一発ではなく年を感じさせない強烈で鋭いコンビネーションを放ってきたのだ、それを受けて吹き飛びながら確かに黙って精霊が住んでいるという森に入ったのは悪いがなにもここまで殴ることもないだろうと思い、反論したらこれまでの人生で一番重く鋭い一撃をもらい俺は力無く床に倒れるはめになった。悶絶しながら親父を見ると殴った恰好のまま怒りのためかプルプルと震えながら思いもしなかったことを告げてきた。
「お前はあの娘が精霊だと知らなかったのか!?しかも下級精霊ではなくどう見ても上級いや、それどころか最高位精霊であっても不思議ではないのだぞ!そんな相手と結婚などと儂は陛下になんと説明すればいいのだ!」
精霊?誰が?フィアナが?なにを言ってるんだとうとうボケてしまったのか?などと一瞬そんな心配をした俺だったが言われてよく考えればフィアナは精霊としか思えないような不思議なところが沢山あったことに今更ながら気づいた。
まずフィアナは出会ってから十年は経つが彼女はずっと同じ姿のままで歳をとっているようには見えないせいぜい髪が伸びたくらいだろう。
次に会っていたのは木々が生い茂る深い森の中で昼間でも薄暗いはずなのに彼女の周りだけはいつも明るかったような気がする……あと時期的に手に入るはずがない果物や野菜などもあったりして今考えればおかしなことだらけだったがフィアナの正体が精霊だとするなら確かにそれらにも納得できる、というよりもどうして俺は今までそのことを考えなかったんだろう?いつの間にか見慣れていたから不思議に思うこともなくなっていたのかもしれないな慣れとは恐ろしものだ……。
だがこれで殴られた理由がよく分かった、大災厄から六百年が経った今では精霊が人間の前に姿を見せることは滅多になくなり昔のように恩恵を受けることも殆どなくなってしまった、そのせいで未だに多くの土地が荒れ果てたままになっている、それはこのナグラム王国も同じでありウチほどではないが荒れた領地を持っているために苦労している貴族は多くいるのだ。
そんな中で精霊と、しかも王とまで呼ばれることがある最高位精霊と結婚したとなれば王国中が大騒ぎになるだろう、いや間違いなく国内だけでは済まないだろう他国からも様々な声が上がるはずだ最悪は利権を求めて戦争になるかもしれない、そのことを思えばここまで怒るのも無理はないし納得もできるのだがなら何故フィアナにこの結婚は反対だと伝えなかったんだと反撃してみたら。
「最初は儂等も反対した!精霊と人間が結婚した話など聞いてことがないからな……だがだ、それを聞いた後に彼女が浮かべた表情を見たらとても反対など出来なかったのだ……あれはまるでこの世の全てを呪い滅ぼそうとしている悪魔の……いや、邪神そのもののような顔だった……」
話していくうちに怒りで真っ赤になっていた顔がその時の光景を思い出したせいか急に血の気が引いていき青から白にまるで死人のような顔色になり冷や汗をダラダラと流しながらガタガタと震える姿を見れば嘘をついていなのは分かったがフィアナはいったいどんな顔をしたのかもの凄く気になり聞いてみたが母さんは恐怖に耐えれなかったのか器用に立ったまま笑顔で気を失ってしまい、親父は恐怖を振り払うかのように何度も首を振った後に悪夢にうなされたくなければ聞くなと目で告げいていたので怖くてそれ以上聞くことはできなかった。
この後俺とフィアナが結婚するという話はあっと今に驚くほどの早さで領内に広まっていったのだがどうしてかそれを聞いた同世代で未婚の女性達から次々とお祝いの言葉を送られてきたのだがそのなかには何故か泣いて喜んでいる者の姿もあって不思議に思って聞いてみるとなんと彼女達が眠ると毎日のように夢の中におどろおどろしい女性が出てきては『キルトに近づいたり色目を使ったりしたら貴女だけじゃなく一族全員が不幸になるわよ』と脅されてろくに眠れない夜を過ごしていたのだと目の下に濃いクマを浮かべなが乾いた笑みをしながら教えてくれた。
それを聞いて薄々はそうではないかと思っていたがもうハッキリと認めるしかなかった、あの優しくて頼りになる姉のような存在だったフィアナはちょっといや、かなり危険なヤンデレ姉さんにさんに変わっていたのだとな!
だがそうは言ってもフィアナは美人だし性格も悪くはない何よりも気心の知れた仲だし結婚するの悪いことじゃないだろうと自分を納得せながら慌ただしく結婚式の準備などをしていると彼女の家族が訪ねてきた、初めて合う彼女の両親と二人の兄を前に心臓が破裂しそうなほどに大きく鳴りだしたもしも『大切な娘と人間が結婚するなど認められるか!』とか言われて暴れられたらどうしようかと不安になってしまっていたのだが寧ろその逆に『よくぞこの引きこもりの娘を外に連れ出してくれた!それに嫁にまで貰ってくれるなんて!これからも娘のことを頼んだよキルト君!』と涙を浮かべながらお礼を言われしまった。
どうやら自分が育てている森に閉じこもってばかりで外に出ようとせず友達もあまりいないフィアナのことをかなり心配しており何とかしなければと考えていたがどうにも上手くいかずに半ば諦めていたらしく感謝されてしまった。フィアナの両親とも上手く付き合っていけそうだなと安堵した俺達だったがその後すぐに彼女の兄弟からとんでもなく恐ろしい話を聞かされ青褪めるはめになった。
何でも精霊は人間に友愛の情を持つことは結構あることらしいが恋慕することは滅多になく一度愛するとその相手が死ぬまで大切に思い続け色々と手を貸したりしてくれるそうだがその反面かなり嫉妬深く浮気などしてその気持を裏切った場合はそれはもう恐ろしい目に遭わされるから覚悟するんだなと実に楽しそうに笑いながら義兄達は実際にあったという精霊と恋人や夫婦になりながらも浮気に走った強者達がどのような末路を辿ったのかを身振り手振りを交えて語ってくれたのだが、本人達としては昔あった馬鹿な連中の面白い失敗談を話してるつもりだったのろうが聞いている此方としては全く笑えない話だった、何せ下手をすれば我が身に起こることかもしれないんだから笑えるはずがない。
そのあまりにも悲惨な末路を知り俺や両親は勿論のこと近くで興味津々に聞き耳を立てていた使用人の皆も一斉に震え上がりその場で『いいか絶対にキルトに浮気などさせないぞ!これからキルトに近付いてくる女は全て敵だと心得ろ!』なんて叫んでいたがあんな話を聞いた後にまだ浮気をしようなんて考えれるほど俺に度胸はないっての。
両方の家族に認められ俺とフィアナの結婚式が行うことになったのだが当初は事が事だけに互いの家族と親しい者だけを呼んでこじんまりとした式にするつもりだったのだが長い間引きこもりだったフィアナが結婚する、しかも相手が人間だと聞いた精霊達が面白がって呼んでもないのに勝手に集まってきてしまい大災厄以来にこれだけ多くの精霊が人前に姿を現したのは初めてではないかというほどの大騒ぎになってしまい呆然となる俺達だったが本当に驚くべきことはその後から起こり始めた。
地力を失い荒れ果てていたはずの領内にフィアナと結婚してから緑が戻りだし農作物の収穫量も増えだし枯れていたはずの井戸や泉などにも水が湧き出したのだ、此処までくるともうこれはフィアナが何かしてくれたとしか思えず聞いてみれば素直に自分が力を使ったことを認めてくれた。
「今まではあの森を育てるだけにしか使ってこなかった私の力をこの領内全域に広げてあげのたよ。もう私はキルトと結婚して奥さんになったわけだし貴方がいずれ継ぐことになる領地を豊かにしてあげるのも妻である私の役目でしょ」
少し照れくさそうに頬を若干赤くしながらも胸を張って言うその姿は何とも頼もしくあったのだが長年の間それこそ先祖代々悩み続けてもどうすることも出来ずにいた領地の問題がフィアナ一人であっさりと解決されしまい言葉に表せないような強い衝撃を受けてしまったのを覚えているな、その日の夜は親父と一緒になって無言で酒を浴びるほど飲んだのだが不思議なことにその酒はなぜか少しだけ塩っぱいものだったのいい思い出だ。
「……ねぇ……ねえキルトたらっ本当に大丈夫なの?何かさっきからボーとしてるけどやっぱり具合が悪いの?」
おっといかんいかん、少し昔のことを思い出すのに夢中になりすぎていたな。不安そうに眉を寄せなだらフィアナが俺を見上げているのにまるで気付かなかった。
「いや、具合は悪くないよ。ただ少し考え事をしていただけだから心配しないでくれ」
「まさか女のことかしら?」
「なんでそうなる!?ただフィアナに会ってからこれまいろんな事があったなって思ったんだよ、それとこんな美人のフィアナと結婚できて俺は幸せ者だなともね」
「な、なにを急に言ってるのよ、あれよ煽てても何もいいことなんかないんだからね!」
そっぽを向きながらそんなふうに言うが言葉と裏腹に羽が飛び出してパタパタと揺れている体からも薄っすらと光が放たれているがこれはフィアナがとても喜んでいることの証拠なのだと結婚してから分かったことだ。先程の不安そうな表情は消えており今は咲き誇る花のような輝くような笑顔を浮かべて照れ隠しにポカポカと叩いてくるのを微笑ましく思いながらこれまで何度も言った言葉を口にした。
「愛してるよフィアナ。これからもずっと俺の側にいてくれよ、そして一緒に生きていこうな」
「当然よ、たとえ貴方が嫌だと言っても私は離れるつもりなんかないんだから覚悟してよね!」
「「フフフフッ」」
フィアナと二人で笑いながら俺はやはり今幸せだと何度も思う、昔願った領民達が飢えることなく平和に暮らせるようにしたいという夢も叶いつつあるし隣には少しだけ嫉妬深いがそれ以上に俺のことを愛してくれて何かと手助けをしてくれる頼もしくて美人な愛しい妻がいるんだからな、そのことを思えば多少のやっかみやあの噂も許せるがもし一つだけ言わせてもらえるなら噂話の最後にこう付け足したい『俺は確かに精霊を捕まえたかもしれないけど俺も精霊に捕まっているのだ』とそう残したい。
この後、フィアナとの間に五人の子供達が生まれてくれたのだが困ったことに末娘を除いた四人が最高位精霊だったために大騒ぎになってしまい精霊と結婚していたことが王国だけでなく近隣の国々にまで広まってしまい様々な家から子供を婚約者にしたいと群がれたり精霊を神聖なものとして信仰している教会からは逆恨みで刺客を送られて来たりと沢山苦労することになるとは思っていなかった。