東京ITブラック 無人島サバイバル 完結編
完結編です。まだ編集していない箇所があるので読みにくいかもしれません。
キムラ「ミサトさん、無事だったんだね」駆け寄ってきた男はミサトさんに抱きついた。
ホシノ「キムラさん?!なんでこんなところにいるんですか!?」
キムラ イチロー。会社の二年先輩。以前はミサトさんの派遣先の班長だった。
やや小柄だが筋肉質で、日焼けした肌に白い歯のスポーツマンだ。オタクでは無いが年が近いので一緒に遊ぶことがある。
ミサト「あらあら、泣いているの?そんなに強く抱きしめなくても逃げないわよ」ミサトさんは号泣するキムラさんの背中をポンポンと叩く。
ノギ「キムラさんは我々を救助にきたのですか?」キムラさんが落ち着くのを待ってから、改めて質問をした。
キムラ「すまない。救助を求めているのは自分も同じだ。自分とヒラノさんも遭難していて、一ヶ月ほど前に別の島から筏で此処へきたんだ」
遅れてヒラノさんもやってきた。
ヒラノ「はあはあ、やっと追いつきました。みなさんご無事で何よりです」
ヒラノ ユースケ。会社の一年後輩。キムラさんと同じ派遣先で働いている。
色白メガネの典型的なオタクだ。俺と趣味が合うので一緒にゲームをすることがある。仕事ができない以外は良いやつだ。
これで遭難者が6人なった。
日が暮れ始めているのでキムラさんの拠点へ移動することにした。
キムラ「実は、僕とヒラノさんも、みんなと同じ飛行機に乗っていてね」
キムラ「現地で驚かせようと思っていたんだけれど、こんなことになってしまって」
ノギ「そうでしたか、それで出発便や宿泊先をいろいろ聞いてこられたわけですね」
ヤマモト「四人分の旅行しか当たらなくて申し訳ない」今回の旅行は某ソシャゲのキャンペーンで当たったものだ。
普段運の無いヤマさんが旅行を当てるなんて驚きだったが、無料で俺やミサトさん、ノギさんを連れて行ってくれて嬉しかった。
まさかこんな罠があると思っていなかったが。
キムラ「あの時、みんなが海へ投げ出されるのを見たんだ。すぐに救出へ行こうとしたが何度も強い衝撃があって気を失った」
キムラ「気づいた時には半壊した飛行機は沈みかけていて、隣のヒラノさんを助けるのが精一杯だった」
キムラ「ミサトくんが泳げないのを知っていたから、今日まで気が気ではなかったよ」
ミサト「キムラさん、ありがとう。私は大丈夫だから安心してね」
ヤマモト「この島の様子を聞かせてもらっていいかな」
キムラ「島の外周を一ヶ月かけて一回りしたけれど人はいない。港も無い」
キムラ「手に入る食料はヤシの実、パンの実と言った南国系の果物が数種類。野菜は豆くらいしか見つけていない」
キムラ「動物はヤギ、イノシシ、野犬がいる。森に入るなら犬とイノシシには注意してほしい」
ノギ「今度はイノシシか、私が必殺の槍で肉にしてやろう」
ミサト「豆はいろいろ使えそうね。竹は生えているかしら?」
キムラ「竹林は数カ所ある。あと、この島の周りには二つの島がある。一つは自分がやってきた島。もう一つはみんながやってきた島だ」
ホシノ「俺とミサトさんは更に一つ離れた島からきました。この辺りは全て無人島ってことですね。困りました」
キムラ「そうか、自分らはみんながやってきた島へ向かおうと準備をしていたんだ。これからどうしたものか」
東へ30分ほど歩いた浜沿いに茅葺屋根のようなテントがあった。近くには丸太を横に並べただけの筏もある。
ミサト「6人で住むには狭いわね」小屋の高さは1メートルほど、睡眠専用のテントらしい。
ヤマモト「分解して持ち運べるテントのようだね」
キムラ「移動しならがらミサトさんたちを探そうと思ってね」
ホシノ「すっかり暗くなりましたね」今日はここでキャンプをすることになった。
六人で焚き火を囲み、作戦会議をする。
ミサト「南に航路は見つからなかったわ。島の北に拠点を作って海を監視しましょ」
キムラ「持久戦になりそうだ。みんな、体調は問題無いかい?」
ホシノ「体調はOKです。明日、北へ出発しますか?」
ヤマモト「この辺りを少し調べてみたいんだけど、いいかな?」
ミサト「何か気になることがあるのね?」
ヤマモト「来る途中に川があったでしょ、あそこから山を登りたいんだ」
キムラ「なるほど、北へ行く前に山からこの辺りを一望するんだね」
ヤマモト「うん。この辺りの海域は岩礁だらけだから港は無いけど、ヘリポートならあるかもしれない」
ミサト「島の外周は調査済みだから内側を探索するのね」
今後の計画は決まった。島の内陸を調査しつつ筏で北を目指す。
キムラ「募る話はあるかもしれないが明日は早い。そろそろ睡眠をとろう。ミサトさんはテントで眠るといい」キムラさんは砂の上に寝転がった。
ミサト「あらあら、砂に潜るのはホシノさんだけではなかったのね」ミサトさんも砂の上に仰向けになった。
キムラ「潮風は体に障るよ。体が小さいほど体温を奪われやすいから」
ミサト「筏や砂浜で何度も寝ているから平気よ。雨が降ったら遠慮せずに使わせていただくわ」
ホシノ「砂をかけてあげますよ」俺はミサトさんのすぐ隣に寝転がる。
ノギ「今日も月が綺麗だ」ノギさんもミサトさんの隣に陣取った。
ヒラノ「じゃあ、僕はテントで寝ますね」
キムラ「ああ、おやすみ・・・」
63日目。
日の出とともに、各自に分担された仕事をする。
朝食の魚介類集め、お弁当の果物集め、それと薪拾い。二人ペアで行動する。
視力が高く、敵の察知に優秀な俺とミサトさんが森で果物集めをする。
ノギさんとヤマさんは薪拾い。二人がかりで火を起こすスキルをもっている。ノギさんのパワーとヤマさんの火起こし機は優秀だ。
キムラさんとヒラノさんは磯で貝をとっている。二人は二枚貝を獲るコツを知っているらしい。今度教えてもらおう。
四時間ほど川沿いを上流へ歩いた。
途中で川は幾つかの源泉に分かれていて、その先は急斜面をいくつも登った。
ミサト「いい眺めね。ホシノさん、何か見えるかしら?」山頂から一望する。
ホシノ「文明的なものを見えませんね。けど、川沿いは果樹が多いです」
ヤマモト「内陸にも人が住んでいたのは確かだね。何か文明が残っていればよかったけど」
山頂で昼食を取り、下山することなった。
ノギ「川沿いには果樹が多いのだったな?なら夕食を確保しておこう」あと一時間ほどで河口へ出る距離だ。
ホシノ「確かこの辺にも果物らしきものが見えました」全員で森へ入る。
ホシノ「少し先にパンの木がありますね」しばらく歩くと果樹が見えてきた。
ミサト「待って!何か音がする」全員足を止めて耳をすます。
確かにカチカチと何かが鳴っている。周囲を見渡すが何も無い。
ノギ「風か虫の音だろう」ノギさんは構わずに進みだして、槍が近くの枝にぶつかった。
突然轟音が響く、バイクのエンジン音?
ミサト「川へ戻って!」ミサトさんとキムラさんは道具を投げ捨てて駆け出した。
俺も二人を追いかけて走り出す。
途中、振り向くと逃げ遅れたヤマさんが大量の蜂に追われていた。
ヤマモト「うあああああ」ヤマさんは懸命に走っているが蜂のほうが早い。
ノギさんとヒラノさんは俺を抜いて駆けていく。俺はヤマさんを気にかけながら走る。
川までもう少しだ。しかし、ヤマさんは蜂に囲まれてうずくまってしまった。
俺は近くの枝をむしり取って、ヤマさんを助けに向かった。
ホシノ「ヤマさん!立ってください!」ヤマさんごとお構いなしに木の枝で叩く。
群がった蜂が分散したところを枝を振り回して追い払う。何箇所か体を刺されたようでヒリヒリする。
ホシノ「ヤマさん、あと少しです。川に飛び込んでください」ヤマさんの手を掴んで再び駈け出す。
川に飛び込み、潜って蜂をやり過ごした。
ノギ「置いていってしまってすまない。さすがに蜂とは戦いようが無いのでな」蜂が居なくなるとみんなが戻ってきた。
ミサト「二人とも服を脱いで、毒を吸い出しましょ」
ホシノ「俺は平気です。それよりヤマさん、を・・・」全力で走ったせいか息苦しい。
あれっ?体の力が抜ける。視界が真っ暗にーー
<ミサト視点>
ゆっくり崩れ落ちるホシノさんを、キムラさんが受け止めて横にした。
その光景に背筋が凍りつく。私はホシノさんの胸に耳を当てた。
暖かい、けれど動いていない。呼吸もしていない。アナフィラキシーショック?
ミサト「ヤマモトさん!ホシノさんの心臓が動いていないの。どうすればいい?」
ヤマモト「心肺蘇生しかない。心臓マッサージと人工呼吸」
ヤマモト「自動車教習で習ったことを覚えてるかな?心臓マッサージはなるべく強く早く、5センチ沈むこむように」
ミサト「キムラさんは心臓マッサージをして」
ヤマモト「心臓を三十回押したら人工呼吸を二回。呼吸のタイミングで脈が回復したか確認をして。ううう・・・」ヤマモトさんは毒のせいで辛そうだ。
ミサト「ノギさんとヒラノさんはヤマモトさんの治療をして」私はホシノさんに人工呼吸をする。
自分の命を注ぐように、ホシノさんの口に息を送った。
ミサト「ホシノさん!しっかりして!」何度も呼びかける。
何度も息を送る。何度もーー
どのくらい経過したのだろう。心肺蘇生のタイムリミットは五分くらいだったかな。
でも、ホシノさんならそんなのお構いなしに元気に起き上がってくれる。そんな、気がする。
視界が滲んでホシノさんの顔が見えないや。ふいにキムラさんが私の肩に手を置いた。
ミサト「続けましょ・・」キムラさんが私の言葉を遮る。
キムラ「交代しよう。見たところ喉あたりが腫れている。強めに息を入れたほうがいい」
私は全体重を乗せて心臓マッサージをした。
おきろホシノコータ!おきろ!おきろ!
心臓マッサージは思った以上に力作業だった。
気を失いそうになった時、自分とは違うリズムで手のひらに脈打つのを感じた。
キムラ「脈が戻った。呼吸もしている」意識が戻ったホシノさんはよろめきながら立ち上がる。
ホシノ「あれ?一体なにが?なんか体が怠いです」
ミサト「あまり私の手を煩わせないで・・・」私はホシノさんを抱きしめた。
<ホシノ視点>
ミサトさんが抱きついてきた。なぜか泣いている。
ホシノ「心配をかけたみたいですね。すみません」よくわからないが謝っておこう。
もう一つわからないことがある。ミサトさんの肩越しには地獄が見えた。
ヤマモト「あ”あああああああ」ノギさんとヒラノさんが裸のヤマさんに吸い付いている。
ノギ「ヤマモト、大事な部分が腫れ上がっているぞ」
ヒラノ「すっごく大きいです」
ヤマモト「そこは違う!やめて!あっー!」
ミサト「あらあら、ヤマモト総受けね」ミサトさんは超笑顔だった。
キムラ「ミサトさん、見ちゃだめだ!」
ホシノ「吐きそうです」俺は眩暈と気持ち悪さで膝をついた。
ミサト「そういえば、ホシノさんの毒も吸い出さないとだわ」
ホシノ「へ?」ミサトさんになら吸われてもいいか。
ミサト「キムラさん、ホシノさんの治療をおねがい」
俺は駆け出した。
64日目。
北を目指す準備中に発覚したことがある。
キムラさんたちの筏は帆が無い、手漕ぎ専用機だった。おまけに紐を使わずに蔓だけで丸太を縛っている。
急ピッチで筏の改良を行うことになる。一旦拠点になりそうな場所を探していると夕立に降られた。全員びしょ濡れだ。
崖下の窪みで雨宿りをする。
ミサト「今日はここに泊まることになりそうね」思った以上に長引く雨風で足止めだ。
南国ではスコールは珍しく無いが、いつもは数分で雨は止むのだが。
全員裸になり、手頃な場所に服を干す。
俺とミサトさんは体を隠さない派だが、キムラさんが腰ミノを作ってくれたので着る。ミサトさん用は胸の部分もある。
ミサト「ホシノさん、蜂に刺された腫れが引いていないわね」ミサトさんが俺の体を診る。
ホシノ「ちょっと鈍痛がするだけなので平気です」ヤマさんは毒を吸い出してもらったためか俺よりも治りが早かった。
ミサト「ふふ、毒を吸い出して貰えばよかったのに」心配蘇生の一件以来、ミサトさんの唇が気になってしまう。
ヤマモト「虫に刺された時は、水で洗いながら揉み出すだけでも十分効果はあるんだよ」
ノギ「違うな、私の小便を塗ったおかげで治りが早いのだ」俺が逃走した後のことは知らない。聞きたく無い。
ヤマさんが俺のそばにくる。蜂の群れから助けた一件以降、ヤマさんと絡む機会が増えた気がする。
好感度が上がった?いやいや、ノギさんへの好感度が下がったからか。
ノギ「ホシノくん、ちょっといいか?」俺とノギさんはみんなと少し離れた場所へ移動した。
ホシノ「どうしたんですか?」
ノギ「あれを見たまえ」ノギさんの指差す方向にはみんなが居る。
ノギ「男どもがミサトくんを囲んでいる。オタサーの姫状態だ」
ホシノ「男しか居ませんけどね。ミサトさんは魅力的だから仕方ないですよ」
ノギ「問題なのはキムラ氏とヒラノくんが、ミサトくんの本性を知らないと言うことだ」
ホシノ「いやいや、性悪みたいに言わないでください。ミサトさんはクーデレキャラですよ」
ノギ「だといいのだがな。姫ならいいが女王になってからでは遅いのだぞ」
ホシノ「現状、ミサトさんがみんな指揮していますし別にいいんじゃないですか?」
ノギ「服従するだけの存在に甘んじるのかね?桃源郷を見たいとは思わないか?」
ホシノ「地獄図は見ましたけどね」
ノギ「つまりだ、ミサトくんが権力を握れば、BLな展開が増えると言うことだ」
ホシノ「伍長とも言いますし、五人以上の集団になれば誰かがリーダーになるしかありませんよ」
ノギ「元々ミサトくんが先導役ではあったが、対等であってこその友だ」
ノギさんは熱い友情観を持っている。いろいろ思うところがあるのかもしれない。
ノギ「そしてミサトくんはみんなの物だ。皆でミサトくんを介し、より強い結束をだな」
ホシノ「えっと、具体的に言ってもらわないとわかりません」
ノギ「とあるゲームを例にだそう。我々のように無人島でサバイバルを行うPCゲームだ」
ノギ「初期人数は、男が2名以上、女は一人だけのルールになっている。クリア条件は無い。生存日数を争うスコアゲーだ」
ホシノ「男の数は増やせるんですね。子供を作ったりもできるんですか?」
ノギ「そうだ。男を増やせば狩猟や開拓に有利だ。不慮の事故でも代わりがきく。だが女がいるせいで争いが起きる」
ホシノ「それこそ女王制にしたほうがよさそうです」
ノギ「そうすると、女王の寵愛を受けた男が他の男に暗殺されてしまう」
ホシノ「女は男たちを平等に愛さないといけないってことですか」
ノギ「そう言うことだ」ノギさんは去っていった。
しばらくの間、今の会話を考えているとヤマさんがやってきた。
ヤマモト「痛み止めの薬を塗ってあげるよ」
ホシノ「はは、くすぐったいです」ヤマさんの優しく丁寧な指使いが、俺の体を撫でる。
ヤマモト「僕のために危険を犯すのは二度目だね。感謝しているよ」
ホシノ「当たり前のことをしただけですよ」ヤマさんの穏やかで大きな瞳が俺を見据える。
ヤマモト「みんな僕を置いて逃げちゃったのに、ホシノさんだけ気遣ってくれていたね」
ホシノ「あれは。ミサトさんはみんなを先導しないとですし、キムラさんはミサトさんを守ることしか考えていませんし」
ホシノ「ノギさんは虫嫌いですし、ヒラノさんは何も考えていませんから」みんなをフォローする。嘘では無い。
ヤマモト「そうだね。わかってはいるよ」薬を塗り終える。痛みがスーっと消えていくようだ。
ホシノ「この薬、効きますね。いつ作ったんですか?」
ヤマモト「ミサトさんがくれたんだ。助けてくれたお礼をしなさいって」
ホシノ「お礼なんていいですよ。俺ら運命共同体ですから」
ヤマモト「この先も僕はいろいろと足を引っ張るかもしれない。もしもの時は見捨ててもかまわないから」
ホシノ「足なんて引っ張ってませんよ。居なくてはならない俺らの知恵袋なんですから」
ヤマモト「ありがとう」
ヤマさんに先ほどノギさんと話した内容について聞いてみた。
ヤマモト「なるほど。僕も少し感じてはいたんだ、キムラさんとヒラノさんが加わってから関係性が変化してきた」
ヤマモト「吊り橋効果って知ってるかな?不安や恐怖が恋愛感情を高めるという学説なんだけど」
ホシノ「知っていますよ。女性には効果が低いとも言われていますね」
ヤマモト「僕たちの現状は吊り橋状態だから、平時では発生しえない恋愛感情が生まれるかもしれない」
ホシノ「確かに、日本に居た時よりもミサトさんが魅力的に感じます」
ヤマモト「僕だって、命がけで助けてくれたホシノさんにいつもよりも好意をもっているよ」ヤマさんは顔を赤らめた。
ホシノ「今はお互いを支え合っている状況ですからね」俺はヤマさんから目を背ける。
ヤマモト「でも、非日常から生まれた恋は、日常へ変えれば冷めるんだ」
俺のミサトさんへ思いは、今だけのものなのだろうか。
ヤマモト「暗くなってきたね」ヤマさんは地べたに座り、崖に背をもたれかけた。
ミサトさん達も同じように座り込み休んでいる。今日は崖下で夜を明かすようだ。
65日目。朝。
目がさめると顔に柔らかい感触があった。
ヤマモト「起きたかい?ミサトさんに見られるとからかわれちゃうよ」俺はヤマさんの膝枕で眠っていたらしい。
ホシノ「すみません。寝落ちしました。足、痺れませんでしたか?」俺は飛び起きた。
昨夜はミサトさんの隣を陣取れず、所在なくヤマさんと会話をしていた。
ヤマモト「平気だよ。僕は肉厚だから枕にしてくれて構わないよ」確かにヤマさんは柔らかい。
ミサトさんの方を見る。ミサトさんは崖に背をもたれかけて眠っている。左隣にはキムラさん、右にはヒラノさんがいる。
ヤマモト「ミサトさんが気になるかい?」
ホシノ「ええ、ずっとミサトさんと二人きりだったので側にいないと寂しいような気がします。大勢でいるのに変ですね」
ヤマモト「通常会話の最適人数は四人までなんだ。会議のように役割があれば違うけどね」
ホシノ「そういや、ゲームも最大4人同時プレイが主流ですね」
ヤマモト「会話人数が四人よりも増えてしまうと話題の分裂が起きるんだ。六人いても四人と二人になるか、三人と三人になってしまう」
ホシノ「分裂ですか」あまり良い言葉ではない気がする。
この日の夕方に筏三号機が完成した。
キムラさんの筏は一旦分解して作り直し、ミサトさんの設計と同じ作りになった。
急造品なので耐久性は高くなさそうだが、6人もいると作業が早い。
島を海から反時計回りに北を目指す。6人旅の始まりだ。
70日目。
筏で北を目指して五日経過した。
島の東あたりだろうか、そろそろ中間地点だ。
河口周辺は食料が入手しやすいので、川を見つけたらそこで補給と休憩をしている。
今日はついでに川で水浴びをする。みんな全裸になって川で体を洗った。
キムラ「ミサトさん、大事な部分は隠した方がよくないかな」ミサトさんは裸のままで岩に座って足をぶらぶらさせていた。
なぜか俺とミサトさん以外のみんなは大事な部分を隠す傾向がある。
ミサト「銭湯では隠すのがマナーだったかしら?」ミサトさんは大事な部分を脚で挟んで隠した。
キムラ「そういう意味じゃ・・・」キムラさんは顔を赤らめて胸まで川に浸かった。
ノギ「女にしか見えんな」陽の光を浴びて、ミサトさんは白い肌をキラキラさせている。
ヒラノさんも色白だが、ミサトさんは透明感違う。
ヒラノ「はぁはぁ」ヒラノさんの呼吸が荒い。ヤマさん以外は上流へ移動する。
ミサト「みんなは何時まで川に使っている気かしら?」俺も今回ばかりは川からでられない状態が続いた。
ノギ「ふう。日が暮れるてしまうぞ」ノギさんは素早く川から出て行った。続いてみんなも陸へ上がる。
ヤマモト「なんだか、体がヌルヌルする。すこし痒い」ヤマさんは腰蓑をつけて体を乾かし始めた。
ミサト「あらあら、ヤマモトさんのお腹がこれ以上大きくなたらどう責任を取るつもりかしら?」
77日目。
島の北側へ到着した。
北側全体の岸をマッピングした上で、拠点になりそうな場所を探した上で上陸した。
今回の拠点は洞窟と河口が近く、果物も収穫しやすい立地だ。
拠点の洞窟は背の低い崖の下にある。六人で住むのに十分な広さだ周囲は砂浜が続いていて、すぐ側に川がある。
内陸は森が隆起していて、島の中心あたりに高い山がいくつか見える。
みんなで新しい拠点となる洞窟へ荷物を運んだ。
洞窟で夕食をしながら作戦会議を始めた。
ミサト「まず、一番の目的は海の監視ね。一ヶ月間の集中監視期間を設けましょ」
ホシノ「また一時間くらいの頻度でいいですか?交代制で」
ミサト「誰かしら洞窟や浜近くにいるだろうから、その人がたまに海を見てくれればいいわ」
キムラ「やってきた船の頻度から、次に通り掛るタイミングを計算するのかい?長期戦になりそうだ」
ヤマモト「最低でも二ヶ月はかかるだろうね。雨季対策をしたほうがいいかもしれない」
雨季の具体的な対策は薪を集めることと雨具作りのようだ。
蒔きは火を起こして調理と体温の回復に使う。菅笠すげがさと蓑みのがあれば雨の中での体温低下を防げる。
ミサト「家を立てたいところだけれど、耐久性と労力を考えるとこのままでいいかしら?」
ヤマモト「家を立てる一番の理由は立地と防寒、それと人口だよ。ここは場所もいいし、凍えることもないから十分だね」
ホシノ「島の調査も並行してやりませんか?高い山に登ってみたいです」
キムラ「僕も、あの高い山から島を見下ろしてみたいな。でも、生活が安定してからかな」
一通りの目標は決まった。海の監視と生活の安定を軸に行動する。そのあとはキムラさんの案でブレーンストリーミングを行った。
ミサト「みんなのやりたいことや、欲しいものを教えて」ミサトさんが議長役を行う。
ホシノ「魚が食べたいです。それと釣りがしたい」
ヤマモト「山で鉱物の調査がしたい。土器の釉薬や製鉄ができるかもしれない」
ヒラノ「美味しい料理を食べたいです」
ヤマモト「森で動植物の調査もしたいな。動物や植物の繊維で衣服が作れるかもしれない」
キムラ「スポーツをしたい。プロテインが欲しい」
ノギ「酒を飲みたい。ガチャを回したい。ミサト君を抱きたい」
ホシノ「ノギさん・・・最低です」
ノギ「ホシノ君。意見に返答するのはルール違反だぞ」
ホシノ「そうでした・・・すんません」
ヒラノ「水浴びがしたいです。はぁはぁ」
キムラ&ホシノ「勝手にしろ」
ミサト「一通り意見が出たようね。ホシノさん、ヤマさん、キムラさんの三人で山の調査をしてもらおうかしら?」
キムラ「自分はミサトさんが心配なので離れたくありません」
ミサト「あらあら、なら私もついていくわ。ノギさん、ヒラノさん、留守は頼めるかしら?」
ヒラノ「イエス!マム!」
ノギ「ふむ、こちらは海を監視していればいいのだな」
ミサト「まだ先のことだけど、お願いね。お酒を仕込んでおくわ」
ホシノ「最近貝類しか食べていませんでしたね。第二次グルメ大会でもやりますか」
次の日の夕食。
拠点の洞窟内は香ばしい匂いに包まれていた。
竹で作ったちゃぶ台にはトムヤムクン、カニクリームコロッケ、うなぎの蒲焼。のようなものが並んでいる。
キムラ「これは美味しい!」キムラさんがカニクリームコロッケをひとかじりすると、ポロリとコロッケから幼虫がこぼれ、キムラさんは咳き込んだ。
ヒラノ「ミサトさんの作ったトムヤムスープ美味しいです」パクチー代わりのカメムシはすり潰されているので気づかないか。
ヤマモト「ノギさんのヘビ料理はだいぶましになったね。硬いけど」
キムラ「この料理の材料ってなんですか?」ちょっと声が震えている。
ミサト「スープはカメムシの香りが良いでしょ?コロッケは竹虫がたっぷり使われているわ」キムラさんとヒラノさんはカルチャーショックを受けてフリーズした。
ノギ「虫料理と伝えていなかったのか?キムラさんに失礼ではないか。どうぞ、私の蛇料理を食べてください」マッチョなキムラさんはたんぱく質を欲して蒲焼にかぶりついた。
キムラ「硬い・・・噛めば噛むほど爬虫類臭い」キムラさんは蛇料理を飲み込んで、竹虫コロッケを食べだす。
ヒラノ「うじ虫コロッケ美味しいです」キムラさんとヒラノさんは昆虫食に適応した。
80日目。
島の調査を開始した。森の合間に流れる川沿いから一番高い山の頂上を目指す。
ヤマモト「はぁはぁ、一旦休憩してもいいかな?」早歩きで歩いたためかヤマさんは息を切らしている。
キムラ「すまない。ペースが早かったね。この辺りを調査しつつ休憩しよう」ミサトさんとキムラさんは森へ入った。
ホシノ「ヤマさん、大丈夫ですか?」残された俺はヤマさんと川辺で過ごす。
ヤマモト「まだ三合目くらいなのに、膝が痛いよ。でも僕も調査をしないとだから」
少し休憩した後、ヤマさんと俺も森へ入った。
ホシノ「何を見ているんですか?」ヤマさんは頭上の木の枝を眺めていた。
ヤマモト「僕の視力だとわかりにくいけど、あそこに繭が見えないかな?」ヤマさんの指差す方向の木の葉に緑の繭がついていた。
ホシノ「ええ、繭がありますね。近くに幼虫もいますよ」
ヤマモト「その幼虫近くでみたいな」俺は木に登り、斧で枝を叩き切る。
ヤマさんは地面に落ちた緑色のでかい幼虫を観察した。
夕方頃には八合目あたりまで登ることができた。川沿いは所々に果樹が生えていて食料は問題ない。
暗くなる前に藁のテントを二つ立てる。
キムラ「体格的に自分とミサトさんが一緒がいいと思うんだ」藁のテントは二人が横になる空間しかない。
ホシノ「しかし・・・ミサトさんが決めてください」体格的にキムラさんとヤマさんはペアにはなれないから、俺とミサトさんも別れるしかない。
ミサト「私とヤマモトさんで一緒に寝るわ」ミサトさんはヤマさんの側が安心するらしく、拠点でも近くで寝ることが多い。
俺はキムラさんと同じテントで横になった。ちょっと気まずい。
会社の先輩であるキムラさんを俺らのグループに招いたのはミサトさんだ。ミサトさんが新人時代に仕事を教わった先輩で、今はヒラノさんの面倒を見ている。
俺との接点は少なく、6人の中で唯一、キムラさんはおたくではない。
キムラ「ホシノさんはミサトさんのことをどう思っているんだい?」隣で横になっているキムラさんが話しかけてきた。
ホシノ「直球ですね。ミサトさんは大事な人です。社会人になってからこんな風に友人たちと遊べると思っていませんでした」
キムラ「友人の一人ということでいいのかい?自分はずっとミサトさんのことが好きで、海外まで追いかけてしまったよ」
俺は日本にいるときは、ミサトさんのことを大事な親友としか見ていなかった。けど。
ホシノ「俺だってミサトさんのことが好きです。何度もアプローチをしていますし」
キムラ「そうか。自分は山をおりたら、ミサトさんに告白するよ」何か不安を感じた。
この島でキムラさんと再開した時を思い出す。あの時、ミサトさんは無防備にキムラさんの抱擁を許した。いや、俺だって何度も抱きしめた。
ホシノ「ミサトさんは性愛に興味はないらしいですよ」
キムラ「いいんだ。どちらに転んでも、自分の気持ちに整理をつけたいんだ」
その後は、川のせせらぎと虫の音だけが聞こえた。
正午頃には九合目くらいまで着いた。この辺りの地面は岩だらけで、高い木は少ない。
ヤマモト「硫黄の匂いがする。風があるから有毒ガスが溜まってることはないと思うけど気をつけて」ヤマさんの案で全員少し離れて行動する。
ミサト「温泉があるといいわね」俺は目を凝らしてあたりを見渡した。
ホシノ「あそこ、水がしみだしていますよ」少し離れた岩陰に水たまりを発見した。
近づいて確認すると、水たまりから湯気が出ていた。
ミサト「道具がないから無理だけれど、少し掘れば温泉が作れそうね」
しばらく歩くと山頂に着いた。
ホシノ「いい景色ですね」頂上からの眺めは壮観だった。南側は山がいくつかあるが、この山が一番高いようだ。
島全体の地形を時間をかけて記憶する。
ミサト「ええ。あら?あそこに何か見えない?建物のような」ミサトさんが指差す方向には崖と森しか見えなかった。
ホシノ「建物?どんな感じのですか?」
ミサト「白っぽい大きな石が積んである。多分遺跡ね。西側の崖と崖の間沿いにあるわ」あたらめて見返すと確かに白い岩があるような。
ホシノ「遠いですね。海から回った方がよさそうです」
ミサト「機会があれば行ってみましょ」時折風が吹いてミサトさんの髪が靡く。
ホシノ「髪、だいぶ伸びましたね」俺も90年代のおたくのような髪型だ。
ヤマモト「こっちの調査は終わったよ」ヤマさんは幾つか石を見せてきた。
ミサト「一つは釉薬ようの鉱物みたいね。天然の磁石かしら?」石の一つには砂鉄で覆われていた。
ヤマモト「磁鉱石だよ。難しいけど砂鉄で製鉄しようを思うんだ」
キムラ「これだけ拾えれば十分回かい?」キムラさんは鉱物を運んでくれている。
ミサト「目的は達成したようね。帰りましょ」
帰り道、前方をミサトさんとヤマさんが並んで歩いている。山頂付近は岩がゴツゴツしていて歩きにくい。
俺は温泉が湧いているところで立ち止まり、どうにか入浴する方法はないかと考えていた。
突然、ミサトさんがこちらに駆け寄ってきて転んだ。俺の足元にはミサトさんがうつ伏せで倒れている。
転んだ?ミサトさんが?立ち上がらせようと手を差しのばす。
ホシノ「大丈夫ですか?」抱き起こしてみるが、ミサトさんの様子がおかしい。
ミサト「はあ、はあはぁ」ミサトさんは血の気の失せた顔色で呼吸を荒くしている。少し離れた場所にいたキムラさんも駆け寄ってきた。
キムラ「高山病?いや、有毒ガスかもしれない」ミサトさんのいた方向を見る。
ホシノ「ヤマさん!」ヤマさんはうつ伏せに倒れていた。駆け出そうとした俺をミサトさんの手が掴んだ。
ミサト「息を、しちゃだめ。はあ、はあ。二人で協力して」ミサトさんは苦悶の表情で指示をした。
俺とキムラさんで息を合わせてヤマさんに駆け寄り、二人がかりでヤマさんをミサトさんの隣へ運んだ。
ヤマさんは意識を失っている。脈があるが呼吸が弱い。
ミサト「はあはぁ。ここは空気がうすいから、森まで運んでくれるかしら?」俺はミサトさんを、キムラさんはヤマさんを背負う。
毒ガス地帯は約100メートル、無呼吸で駆け下りる。
絶対に転べないし、転んだ先に毒ガスが溜まっていたらアウトだ。
下り坂を全力で走る。何度も足元が滑って、バランスを崩しそうだった。
森まで降ると、一旦ミサトさんを下ろして、俺も地べたに倒れる。
めまいがしてきた。気持ち悪い。新鮮な空気を吸い続けて回復しなければ。
キムラ「はぁはぁ。ホシノくん大丈夫かい?」遅れてやってきたキムラさんも苦しそうに倒れこんだ。
ホシノ「俺は大丈夫です。はあはぁ。ヤマさん、呼吸が浅いですね。このままで平気でしょうか?」指示を仰いだがミサトさんも気を失っていた。
キムラ「このまま脈をとりながら様子をみるしかない。呼吸が停止したら心肺蘇生をしよう」
そのあと、二時間ほどでミサトさんが回復して目を覚ました。
ミサト「ヤマモトさん。ごめんね」ミサトさんは横になったままヤマさんの頬を撫でた。
ホシノ「ミサトさんの責任じゃありませんよ。ヤマさんもすぐに回復しますって」
ミサト「でも、私は」キムラさんがミサトさんの言葉を止めるように肩に手をおいた。
キムラ「自分とホシノさんで山頂付近に置いてきた荷物を取りにいくから、ヤマモトさんを頼んだよ」
俺とキムラさんは山頂方向へ歩いた。
キムラ「今回ばかりはミサトさんも落ち込むだろうね」
ホシノ「今回ばかりは、ですか?まさかヤマさんが!?」
キムラ「いやいや、ヤマモトさんは大丈夫だと思うよ。ただ・・・」キムラさんは言葉を濁した。
ホシノ「ミサトさんならすぐに立ち直りますよ。落ち込んだミサトさんなんて見たことありませんから」
キムラ「そうだと、いいな。でも告白しばらく見送るよ」ミサトさんが言っていたっけ、キムラさんは優しくて真面目な人だって。
恋敵だが、キムラさんとは協力して一仕事こなしたので連帯感を感じるようになった。
荷物を回収後は川沿いをくだって拠点を目指した。ヤマさんの意識は戻らない。
キムラさんはヤマさんを背負って歩いてくれた。もやしおたくの俺と違って人を背負ってもしっかりとした足取りだ。
夜中、隣のテントで咳き込む声が聞こえて、様子を見に行った。
ヤマモト「げっほ、げっほ」ミサトさんはヤマさんにココナッツを渡した。
ミサト「大丈夫?ごめんね。私があの時手を引いて逃げていたなら」
ヤマモト「僕は毒ガスにやられたのかな?いいんだ、こうして助けてくれてんだし、気にしないで」
ミサト「ごめんね」俺は自分のテントに戻った。
88日目。
拠点へ無事帰還して数日経過したが。山の一件以降、ミサトさんは洞窟に引きこもりがちになって、みんなに指示を出さなくなった。
別に関係がギクシャクしているわけではないが、早くいつものミサトさんに戻って欲しい。
俺が薪集めから拠点へ帰ると、ミサトさんが波打ち際で足を濡らしながら海を眺めていた。視線の先は水辺線。
まだ航路は見つかっていない。
ノギさんがミサトさんの隣にやってきてなにやら話しかけている。俺も二人の側へ歩く。
ミサト「・・・」
ノギ「ホームシックかね?私も家でアニメが見たくてたまらない」ノギさんはミサトさんのお尻を撫でながら言った。
ホシノ「セクハラはやめましょうよ」いつもならセクハラ行為に反撃するミサトさんだが、今回はされるがままだ。
ノギ「ホシノくんも触ってみたまえ、尻は二つに分かれているのだから、なっ!」ノギさんが視界から消える。
キムラさんがノギさんを引きずって洞窟へ持っていった。
ミサト「かえりたい・・・」ミサトさんがぼそりとつぶやいた。俺はどうしてあげれば良いのだろうか。
夜はノギさんの提案で飲み会をすることになった。洞窟に笑い声が響く。
上戸はミサトさんとノギさんだけで、他はお酒に強く無いが、気持ちよく酔っている。
ヒラノ「キムラさん、良い筋肉ですね。兄貴って呼んでいいですか?」酔ったヒラノさんは近くの人に絡む。
キムラ「よくはないです。なんで兄貴?あと、あんまり触らないで・・・」
下戸のヤマさんはと言うと、俺の膝で眠っている。お陰で移動できない。
ノギ「ミサトくん、相変わらず良い飲みっぷりだ。どうだ、飲み比べでもしないか?」ノギさんがミサトさんの隣に座る。
ミサト「良いわよ、蒸留酒でも作っておけばよかったわね」二人は水のようにワインを飲みだした。
ノギ「ふはははは、このワインなかなかの味だ。島暮らしも悪くは無い」
ミサト「ふふ、でも、女とギャンブルも欲しいのでしょ?」ミサトさんは笑顔で言った。
ノギ「賭け事は平穏な日常あってこその遊びだ。今はミサト君が入れば十分だ」ノギさんはミサトさんの腰に腕を回した。
ミサト「あらあら、もっと周りを見たほうがいいわよ。キムラさんの筋肉とかヤマモトさんのおっぱいとか」
ノギ「うむ、いづれ試す時がくるだろう」なにをだ?
飲み比べはノギさんの勝利に終わった。ミサトさんは酔いつぶれたというわけではなく眠くなってしまったようだが。
無防備に横たわっているミサトさんとノギさんが寝具へ運んだ。それからズボンを脱がせようとした。
俺は、膝上のヤマさんを岩肌に寝かせて、ミサトさんの方へ向かう。
ホシノ「なに脱がせようとしてるんですか」
ノギ「ミサト君はいつも下着で寝ているだろう?しかし、このズボン脱がせにくいな」俺はノギさんを手伝って、ミサトさんの服を脱がせる。
キムラ「飲み会は楽しめたようだね。いたずらしちゃダメだよ?」キムラさんもヒラノさんを振りほどいて、こちらへやってきた。
ノギ「酒とはいいものです。ミサト君のようなタイプには特に」
キムラ「ああ。そうだね」三人でミサトさんを眺める。
ミサトさんはきっと元気になる。俺たちがついているのだから。
94日目。
俺は朝から森で木こりやっている。ヤマさんが鉄器や土器の生産を始めてから薪の消費が激しくなった。
ヤマモト「やってるね。ホシノさんにプレゼントだよ」ヤマさんがやってきて竹の棒を渡してきた。
ホシノ「これは!釣竿ですね」竹の竿にテグス糸、その先に鉄の針がついている。
ヤマモト「二つあるから、午後は一緒につりをしないかい?」ヤマさんと釣りへ行くことになった。
拠点から東へ30分ほど歩くと磯がある。引き潮の際に一度きたので釣りによさそうなポイントは把握ずみだ。
岩に腰掛けながらヤマさんと釣り糸を垂らす。
ホシノ「お!かかりました」釣りを始めて五分も立たずに、手のひらよりも大きい魚が釣れた。大物だ。
ヤマモト「このあたりの魚は警戒心無いみたいだね」ヤマさんも小ぶりな魚を釣り上げる。
餌を付け替えるとすぐにまた釣れた。今夜は豪華な食事になりそうだ。
釣った魚はカゴに入れて海へ沈める。このペースだと2時間かからずカゴがいっぱいになりそうだ。
ホシノ「それにしても良い竿です。糸も針もヤマさんの匠の技がなければ作れませんよ」ヤマさんのお陰で鉄器時代まで文明が進歩した。
ヤマモト「そうかい?ホシノさんが喜んでくれて嬉しいよ」ヤマさんは照れくさそうに横目でこちらを見た。
ホシノ「楽しいです。釣竿をみんなの分も作れませんか?釣り大会をしましょう」
ヤマモト「針は沢山あるから糸を作れば用意できるよ」
ホシノ「俺も手伝うので作りましょう!」ヤマさんと釣竿作りをすることになった。
この日に釣れた魚は、刺身にしてみんなで食べた。みんなも魚釣りに興味をもったようだ。
次の日、ヤマさんと一緒に森へ行った。芋虫を十数匹捕まえて、ヤマさんの工房へ運ぶ。
拠点近くの洞窟をヤマさんの工房がある。入り口には溶鉱炉があり、奥には大小さまざまな壺が並んでいる。
ホシノ「これからどうするんですか?」ヤマさんの工房は薄暗く、何故かザリガニくさい。
ヤマモト「こうするんだよ」ヤマさんは芋虫を一匹机に置いて、ナイフで切り込みを入れた。
芋虫から緑の汁が流れて、中の内臓があわられる。そこから長細い内臓を抜き出して先端を俺にもたせた。気持ち悪!
ヤマさんは芋虫の内臓を丁寧に引き伸ばしてから、内臓を黒い液体に浸した。
同じ作業を何度も繰り返し、5メートルほどの長さのテグス糸を8個作ることができた。
ヤマモト「あとは竿と針を繋げば完成だよ」ヤマさんの手は緑の液体で濡れていて、ちょっと怖い。
ホシノ「これでみんなと遊べますね」ありがとう芋虫たち・・・
さらに次の日。みんなで日の出前に磯へ向かい、釣り大会を始めた。
朝食はその場で魚を捌いで刺身で食べる。
ノギ「全然釣れんぞ?」ノギさんは無いらしく、針を垂らせばいいと思っている。
ミサト「釣れないわ。ヤマモトさん、場所変わってもいいかしら?」ミサトさんは川釣り専門で、浮きや魚の動きが見えず苦戦中だ。
ミサトさんは場所を交代しても変化はなく、俺とヤマさんだけ入れ食い状態が続く。
ヤマモト「糸の動きや竿のしなりに注意してごらん。餌に食いつくの待つんじゃなくて、魚が近寄るタイミングで針を引っ掛けるんだ」
釣り大会は俺とヤマさんがみんなに釣りを教える結果となった。
ホシノ「一朝一夕にはいかないですね」お腹が膨れたので拠点へ帰ってきた。
ミサト「けれど、三匹釣れたわ。明日もやりましょ」ミサトさんは釣りの経験があるからコツを掴んできたようだ。
ノギ「釣れなかったのは悔しいが、刺身はいいものだ」楽しんでもらえたなら十分苦労の甲斐がある。
キムラ「自分は釣りには向いていないのかな。けど、良いたんぱく質を摂取できたよ」スクワットをしながらでは無理ですよ。
ヒラノ「魚を食べると頭がよくなるらしいですね」その発言がバカっぽい。
90日目。
ミサトさんは以前のように元気になって、拠点で遺跡調査の計画を立てていた。
ミサト「今回は全員で行きましょ。そのほうが楽しいわ」
ホシノ「いいですね。ですが、航路の監視はどうしますか?」
ミサト「航路の監視は適当でいいわよ。天候が悪くてよく見えない日も何度もあったし」
ノギ「ふむ、しかし、目的はなんだね?」
ミサト「冒険よ、それと知的好奇心」気分次第にみんなを引っ張っていくのミサトさんだ。
ヤマモト「文明のあった場所には食料になる植物が多い。何か新しい発見があるかもだよ」
ホシノ「距離がありましたよね。陸路で行きますか?」
ミサト「筏で行こうと思うわ。場所は山の位置関係でわかるし、近くに川が流れていたから河口があるはず」
次の日。
俺たちは夜明けに出航して、正午過ぎに目的地付近の河口へ辿り着いた。
位置的には島の北西で河口近くは砂浜で所々崖がそびえ立っている。
ホシノ「家の跡がありますね」森へ入ってすぐに、腰くらいに積まれた石の塀がいくつもあった。
ミサト「果物もあるわね。奥へ進みましょ」ミサトさんが先頭を歩く。
森が深くなり、所々に身長ほどの岩が落ちている。
ホシノ「おや?あっちに何かあります」森の中に開けた場所があり、黄色い建物が見える。
近くまで寄ってみると、如何にも遺跡といった感じの建物が見えてきた。足元は切りそろえられたレンガで舗装されている。
ノギ「アンコールワットに似ているな」石造りの建物は草木に包まれ、雄大な時の流れを感じさせていた。
ミサト「入り口があるわね。入っても平気かしら?」ミサトさんを先頭に遺跡へ入っる。
遺跡の内部も草木に侵食されていたが、光の届かない奥まで行くと雰囲気が変わった。
ヤマモト「ここから先は天然の洞窟を加工して作られたようだね」ヤマさんが魚油のランプに火を灯して壁を照らす。
壁画が描かれていた。家畜と人間の絵や船といった島の生活が描かれているようだ。
ミサト「どちらから探索しようかしら」さらに奥へ進むと道が二つに分かれていた。
ヒラノ「こうゆうときは右に進むといですよ」右の道を歩くと洞窟が広くなり、ぼんやり明かりが見えてきた。天井の隙間から光が入っているようだ。
ノギ「石板だな。読めるかヤマモト?」洞窟の壁沿って石板がはめ込まれている。
ヤマモト「象形文字のようだけど、見たことが無い」
ミサト「こっちの石板は模様が描かれているけれど、もしかして海図かしら?」石板には船と島が描かれている。
ヤマモト「島の位置関係からして、地図には違いない。船から伸びる線は海流かもしれない」
ホシノ「だとすると、この端っこにあるのは大陸でしょうか?」石板の端には見切れているが大きな島がある。
ヤマモト「多分そう。小島なら大陸や周辺の島と交流があるはずだよ」
ミサト「他にも似たような石板があるわね。季節ごとの海流を指しているのかしら?」地図の石板は五つある。島の配置は全て同じだ。
ノギ「海流に乗ることができれば、筏で大陸へいけるということか?」
ヤマモト「たどり着くまで何十日もかかるかもしれない。食料が持たないし、筏じゃ無理な距離だよ」脱出ルートを見つけても船がなければどうしようも無い。
その後、一旦引き返し、途中の分かれ道を進んでみる。
こちらの道は自然そのままの洞窟で足場が悪く空間も入り組んでいて狭い。
ミサト「波の音が聞こえるわね」進む先から潮風が吹いてくる。
洞窟を抜けると浜に出た。遠く離れた先の浜辺に俺たちの筏が見える。
ホシノ「拠点へ帰りますか?それとも遺跡の調査を続けますか?」
ミサト「今夜は遺跡で一泊しましょ。地図を書き写しておきたいわ」
ヤマモト「僕もあの石板には興味がある」
俺とミサトさんとヤマさんは遺跡の調査、他のメンバーはキョンプの準備をすることになった。
ホシノ「俺が書き写しますね」再び石板の部屋に戻ってきた。
ヤマさんの作った紙、ペン、インクを使い、石板の地図を書き移す。
久々に絵をかけて楽しい。日本では毎日のようにイラストを書いていた。
ホシノ「ヤマさん、このつけペン使いやすいです」紙は和紙のようにザラザラしていいるが、ペンの重量バランスが良いのでブレにくい。
ヤマモト「文房具が役にたってよかった」ヤマさんとミサトさんは石板を解読中している。
ミサト「解読は無理そうね。地図のヒントがあると思ったのだけれど」
ヤマモト「そうだね。解読するには情報が足りない。でも、石板の並びには意味があると思う」
ホシノ「書き終わりました。石板の位置関係もわかるようにしてあります」五つの地図を二人に見せた。
ミサト「お疲れ様。私たちも食事の準備に加わりましょ」
夜は遺跡内で眠る事にした。俺は砂浜で眠りたかったが、犬の遠吠えが聞こえたので安全のために建物へ入った。
ホシノ「この遺跡は何のために作ったんでしょうか?」隣で横になっているミサトさんへ問いかけてみた。
ミサト「多分宗教的なものでしょうね。住居用の遺跡とは構造が違うし、時代も古そう」
ヤマモト「そうだね。こうゆう遺跡はお墓か祭壇が多い」
ホシノ「お墓ですか。勝手に侵入して、祟られたりしませんしょね?」
ミサト「何か不思議なことが起こるかもしれないわね。ふふ」
ヒラノ「明日起きたら、誰かが消えていて、その次の日も誰かが消える。なんて ことにならねいといいですね」ヒラノさんの冗談を笑う人は居なかった。
ミサト「それ、最初の犠牲者はヒラノさんだと思うわ」
ヒラノ「ですよねー」
ノギ「お前、きえるのか」
いつものように夜が更けてゆく。
次の日。
帰還前にもう一度、みんなで石版を見に行った。
ヒラノ「おっとっと」ヒラノさんが石版近くの岩に手をついた。
ミサト「今、そこの岩、揺れたわよね?」俺もそう見えた。
ミサトさんは揺れた岩を手前に引っ張ると、岩の裏に小さな穴があった。
ミサト「宝石が一つ入っているわ」ミサトさんが取り出した宝石をこちらに見せる。
親指ほどの大きさのカラフルな水晶が金細工にはめ込まれている。
ノギ「ブローチのようだな」
ヒラノ「もっとあるかもですねー」ヒラノさんは洞窟内をあちこち触って回った。
ホシノ「どうやら宝石はそれだけみたいですね」みんなで財宝探しに夢を膨らませたが、土器や鉄製品すら見つからない。
ミサト「この宝石、持って帰っていいものかしら?呪われたりして」ミサトさんは俺に宝石を手渡した。
ホシノ「ひゃっ!。一瞬寒気がしました。ひんやりしていますね」俺は持っていた紐をブローチに通して、ミサトさんの首へかけた。
ミサト「実用性のないものは身につけない主義なのだけど」確かに、ミサトさんが装飾品を身につけているのを見たことがない。
ホシノ「似合ってますよ。ラブュタごっこでもしましょう」
ミサト「ふふ、遺跡がくずれちゃうわよ?」
遺跡の探索を終了して拠点へ帰ることにした。
筏へ荷物を積み込むために浜辺へ集まった。
キムラ「自分とヒラノさんはここに残るよ」ミサトさんはこの件を知っているようだった。
ホシノ「せっかく集合できたのに別れてしまうんですか?」
キムラ「時間をかけて、この辺りの調査をしておきたいんだ。大人数だと動きにくいこともあるからね」キムラさんの手が俺の肩を叩いた。
ヒラノ「金銀財ほーを探してきます」ヒラノさんは敬礼をした。相変わらず呑気な奴だ。
ミサト「この辺りは食料は多そうだけれど、気をつけてね」
キムラ「ありがとう。必ず戻るから。いってくるよ」キムラさんとヒラノさんは遺跡の方角へ行ってしまった。
ホシノ「ミサトさん、これでよかったのでしょうか?」みんなも、二人が去って行った森を眺めていた。
ミサト「少し、時間と距離が必要なのよ・・・」
ホシノ「はあ・・・?」
ミサト「6人で一箇所に留まると食料の消費が思ったより早かったの。特にヤシの実が」
ヤマモト「水は貴重だよ。そろそろ浄水設備を作る必要がある」いままでココナッツを水筒がわりにがぶ飲みしていた。
ノギ「拠点へ戻り次第、水対策を行おう」
筏で拠点へ戻り、十分な休息をとった。
93日目夕方。洞窟で会議をした。
議題は飲み水の生成、畑作り、漁の効率化だ。
ヤマモト「水は川の水を沸騰させるだけで良いと思うよ」確かに料理には川の水を使っているが特に問題は感じない。
ノギ「私は井戸水や湧き水が飲みたいのだが、無理かね?」
ヤマモト「ここの地層だと、井戸を掘っても塩水だと思う。湧き水は近場に無いみたいだ」
ミサト「川の水でも、お茶にしたら飲みやすくなるわね」
水に関しては、ヤマさんとノギさんが浄水設備担当し、ミサトさんはお茶作り、俺は竹で水筒を作ることになった。
ミサト「畑を作ってはみるけれど、薬草や香草をメインにするわ」
ホシノ「豆が何種類かありましたが、豆の栽培は無理そうですか?」
ミサト「豆も作ってはみるけれど、収穫まで半年はかかるわ。その点、葉物ならいつでも使えるから便利よ」
何年もここで生活するわけではないから、農業には力を入れないようだ。
ホシノ「釣り用の生簀が欲しいです。炎天下では痛みが激しいので」
ミサト「カゴを作って生簀にしましょ。今後は魚を主食にしようと思うの」
ヤマモト「近場の貝類は減少傾向だよ。魚なら取り尽くす心配がいらないね」大勢で長期間定住すると資源が枯渇してしまうようだ。
ノギ「毎日刺身を食べられるのはありがたい。釣り小屋を作ってはどうだね?」磯に屋根や足場があるとありがたい。
漁に関しては、釣り小屋を作ることになった。釣りが快適になるのは嬉しい。
ホシノ「ヤマさん。島にナスカの地上絵のようなものを描いたら、救助の期待はできませんか?」思いついたことを相談してみる。
ヤマモト「乾燥した高地に救難サインを描くのは良いと思うよ。ヘリや衛星から見つけてもらえるかもしれない」この辺りだと草木がすぐに生い茂ってしまうか。
ミサト「山頂付近に平らな場所があればいいのだけれど、この前の登った山は無理そうね」
ノギ「ふむ。だが良い案ではないか?船を待つだけでは心もとない」
ミサト「そうね。生活環境が整ってからまた考えましょう」
それからしばらくは環境整備に力を入れた。
107日目。三つ目の島の北側へやってきて一ヶ月経った。
安定した生活を送っているが、島の近くに船が通ることはなかった。
釣り小屋でのんびりと魚釣りに勤しむ。釣り小屋は骨組みと藁の屋根だけだが日陰があるだけで快適だ。
竹の水筒に入ったお茶を飲む。何で作った茶だかわからないが渋くて苦い。
今のところは俺が魚釣りを担当している。いずれは各自の技能を伝えあってローテーションを組むらしい。
とはいえ、向き不向きがあるから技術が必要な仕事はヤマさんとミサトさんが担当するだろうな。
力仕事は俺を含めて残り四人がやると思う。自分の得意な仕事をするのが効率的でストレスも少ない。
釣りはいいものだ。適度に考え事ができるし、ゲーム的な楽しさがある。
十分な数の魚を釣り終えたので帰路へ着く。
麦茶のような香りが口に広がる。海を眺めながら拠点へ歩く。
東京で生活していた頃は、ビル街の人混みを歩き、満員電車に乗り、会社に着いたら一日中パソコンを操作する。それが日常だった。
休日に友人たちと遊ぶの一番の楽しみだった。
今の生活は悪く無い。毎日が楽しい。だが、変化が乏しくなってきた。
安定した生活から何故か焦りのようなものを感じ始める。日本へ帰った後のことを考えようとしていた。
120日目。雨が数日続いたが、蓑と被り傘で問題なく行動できた。
拠点周辺にいくつからある洞窟に薪を備蓄しているから凍えることも無い。
朝から木こりに精を出していた時だった。
ミサト「キムラさんが帰ってきたのだけど、ヒラノさんが」ミサトさんに連れられて拠点から少し東の洞窟へ向かった。
ノギ「中には入らないほうが良い」洞窟の前にはノギさんが立っていた。
ホシノ「二人は無事なんですか?」俺が問いかけるとヤマさんが洞窟から出てきた。
ヤマモト「二人は何か感染症にかかっているみたいだ。ヒラノさんは動ける状態じゃない。キムラさんは疲労が激しいから休ませないといけない」
キムラさんは昏睡状態の平野さんを背負ってここまで帰ってきたらしい。
ヤマモト「病気が感染る可能性がある。看護は僕だけに任せてほしい」東の洞窟へ、定期的に物資を供給しなら二人の快方を待つことになった。
拠点の洞窟には三人しか居なくなってしまった。
ホシノ「ヤマさんだけに任せて平気でしょうか?」就寝前に少し話をした。
ミサト「大変でしょうけど、全員同時に倒れるのを危惧したのでしょうね」
ノギ「うむ、誰かが食料を調達せねばならん。我々にできることをするだけだ」
それから数日は三人で三人の支援を行った。
できる限り良いものを食べさせたいと思ったが、全く余裕無く時間が過ぎてゆく。
124日目。
ヒラノさんは快方に向かっているようだ。しかし、キムラさんとヤマさんも病気にかかり動けなくなってしまった。
ホシノ「俺が看護役になります」俺も病気にかかるかもしれない。それでも誰かがやらなければ。
ノギ「いいや、私が行こう」ノギさんも友情に熱い人だから、こうゆうときは率先して行動する。
ミサト「私は薬を作らないとだから。ホシノさん、お願いできるかしら?」
ノギ「待て。魚の調達はどうする?力仕事しか脳が無い私が適任だ」
ミサト「ノギさん。赤色が見えていないでしょ?血や顔色の変化がわからないのは困るわ」ノギさんは小さく唸った。
ホシノ「任せてください。二人で四人分の食料を調達するはきついかもですが」
東の洞窟に入ると、中は地獄のようだった。
吐瀉物と糞尿のなかに裸の男が三人倒れていた。
ホシノ「ヤマさん!しっかりしてください!」ヤマさんの虚ろな目はどこか遠くを見つめていた。
聡明で恥じらいを持っているヤマさんが、こんな姿になっているなんて思わなかった。
キムラさんもヒラノさんだってそうだ。裸で糞尿にまみれて人生を終えさせたくはない。
比較的清潔な場所へヤマさんを抱えて移動する。
ヤマモト「ぼええ」ヤマさんはえずくが何も口からはでなかった。
他の二人も清潔な場所へ移動させ、掃除をすることにした。寝具に使っていた藁を雑巾代わりにして地面を綺麗にする。
あらかた洞窟を掃除し、竹筒に入った薬と経口補水液を三人へ飲ませる。
それだけで夜になってしまった。
一旦海で体を洗ってから、浜辺で食事をとることにした。ミサトさんたちが用意してくれた食事は美味しかったが、一人での食事は喉を通りにくかった。
浜辺で休んでいると足音が聞こえてきた。
ノギ「みなの容態はどうだ?」ノギさんがやってきた。背負ったカゴには色々と物資が積まれている。
ホシノ「薬と水分は取らせました。吐き出していないといいのですが」嘔吐下痢の対処は点滴が一番だと思うがそんな設備はない。
ノギ「安心したまえ。ミサト君の薬はよく効く、ヤマモトもそれがわかっていて役割を任せたのだろう」二人で夜の海を眺めるた。
ホシノ「そうですね。みんな、絶対に助かります」ノギさんは俺の言葉に頷くと、物資を置いて帰っていった。
それから二日間、俺は三人を懸命に介護した。
ヒラノさんは意識がはっきりとしてきて、支えれば動ける程度に回復した。
ホシノ「おえっ」どうやら俺も感染したようだ。
なんとか洞窟の外へ出るがマーライオン状態で動けない。胃がムカムカして、腹は激痛だ。
寒い。気持ち悪い。考える力がなくなっていく。ズボンの裾から泥が流れるのが見えた。
気がつくと洞窟の中にいた。裸のままで藁に寝そべっていてチクチクする。
体を起こそうと寝返りをうって手をついたが力が張らない。
ノギ「ホシノ君。調子はどうかね?」ノギさんがこちらを見下ろして何か言っていた。
二日酔いのような気持ち悪さと腹部の激痛で思考が途切れる。
ただひたすら辛い。耐えられない。耐えるしか無い。
どのくらい時間が経過したのだろうか。ノギさんが何度も薬と水を与えてくれた気がする。
次第に痛みは引いてきたが、意識は朦朧としている。
頭を動かすと吐き気がする。でも、辺りを見回す。
洞窟内に倒れているのは、五人だ。いつの間にかノギさんもこちら側へ加わっていた。
ミサト「ホシノさん?気がついたの?」洞窟の入り口の方からミサトさんが近づいてくる。
ミサトさんは俺の上体を起こすと、竹筒に入った水を飲ませてくれた。カラカラの喉が潤うが、胃の不快感が増してゆく。
ホシノ「俺は、大丈夫です。みんなの、具合は、どうですか?」思うように声に力が入らない。
ミサト「ヒラノさんとキムラさんは大分回復したけれど、自力で行動できるようになるまでもう少し時間がかかりそうね」
ミサトさんは俺に薬も飲ませてくれた。竹筒に入った青汁のような液体と水が交互に口に運ばれる。
何度も吐きそうになるが堪えて飲み込む。
もっと、ミサトさんと話をしたかったが、眠気が襲ってきて、意識が遠のく。
その後何度も、半分眠ったような状態で何度も水を飲ませてもらった。
どのくらい経過したのだろうか。喉がカラカラで水が欲しい。
嘔吐下痢は治ったが、体に力が入らない。それでも這いつくばるように辺りを見る。
五人倒れているのが見えた。お腹が上下しているのが確認できる。みんな無事のようだ。
ミサトさんは見当たらない。食料を到達しているだろう。
しばらく眠れずにぼーっとしていた。しかし、ミサトさんがやってくる気配はなかった。
夜になって朝が来て、時間が経過していく。
俺は意を決してミサトさんを探しに行くことにした。
洞窟の壁に手をついてよろよろと立ち上がると、ヒサが震えて支えなしに歩くとふらふらする。
力を振り絞って洞窟の外へ歩き出す。空腹のせいか動悸とめまいがする。
一度倒れたらもう置き上げれないかもしれない。
拠点近くまで歩くと、川沿いにつくった浄水小屋が見えた。
骨組みと藁の屋根の小屋。そこにミサトさんは倒れていた。
俺は駆け寄ってミサトさんの側まで着くと、崩れるように倒れた。どうやら限界のようだ。
声を出したくても喉の奥が張り付いていてうまくいかない。
近くに落ちていたパパイヤに齧りついて口内を潤す。唾液がでないから汁だけを吸った。
ホシノ「ミサトさん、大丈夫ですか?」添い寝して囁くように声をかけた。
何度もミサトさんに声をかけて、軽く揺すってみる。
ミサト「ホシノさん?えっ!?平気なの?」ミサトさんは起き上がろうとしたが力が入らないようだ。
ホシノ「俺は大丈夫です。ただ腹が減りました」何度も意識が遠のく。
ミサト「食べ物をとってくるからちょっとまっていてね」ミサトさんはそう言ったが意識を失ってしまった。
ホシノ「全滅ですね・・・」俺はミサトさんの手を握る。冷んやりとしていて柔らかい。
そのまま俺は目を閉じて休むことにした。
130日目。
雨の音がする。少し肌寒い。けれど、手には暖かい感触がある。
俺は川辺の浄水小屋で裸のまま倒れていた。隣にはミサトさんが眠っている。
さっき果物を食べたおかげか、いくらか活力が戻ってきた。
ミサトさんを起こそうと呼びかけるが起きてくれない。しかたない、毛布か何かを持ってきてあげよう。
激しい雨の中、拠点へ向かう。寒い。めまいがする。
なんとか拠点の洞窟まできたが地べたにへたり込んでしまった。
何か食べないと力が出ない。
洞窟を見渡すと、果物が沢山入った籠を見つけた。
俺は無我夢中で果物を食べた。腹の調子なんて気にしない。何も考えずにパパイヤやマンゴーにかじりつく。
腹がいっぱいになると眠気が襲ってきた。そういえば、ここ一週間くらい熟睡できていないきがする。
だめだ、まだ俺にはやることがある。
ミサトさんに藁の毛布をかけてやり、残った食料を東の洞窟へ運ぶことにした。カゴいっぱいの果物は結構重い。
雨の中、よろめきながら洞窟の前までなんとか歩くと、ノギさんが仰向けになって雨に打たれていた。
ホシノ「何やってるんですか?食料をもってきましたよ」ノギさんは口を大きく開けている。
ノギ「雨を飲んでいるのだよ。少々冷えるがな」ノギさんはふらつきながら立ち上げって果物を手に取った。
洞窟に入ってみんなに声をかける。ヤマさん以外はこちらに這いつくばってやってきて、果物を食べ始める。
ホシノ「ヤマさん?おきてください」ヤマさんと揺さぶってみるが動かない。肉厚のお腹が上下してはいるが、触れた感触がひんやり冷たい。
脈をとろうと手を取ってみると、土気色で萎びていて枯れ枝のようになっていた。水分を取らないと危険かもしれない。
ヤマさんの上体を起こして、ちぎった果物を口にいれてみる。
ホシノ「ヤマさん、食べてください」ヤマさんは薄眼を開けたが咀嚼するようすはない。
俺は果物をかじって、その汁を口移しでヤマさんに流し込んだ。違いのザラザラの乾いた唇が濡れる。
ヤマさんの喉が動いて果汁を飲んだのを確認して、何度も口移しを繰り返す。
俺が一分もかからずに食べたパパイヤ一つを、ヤマさんへ食べさせるのに一時間くらいかかった。
他のみんなは食べるだけ食べて眠ってしまっようだ。俺も眠い。だが、ヤマさんに食べられるだけ与えてから眠ろう。
131日目。
目がさめると、辺りが賑やかだった。薄暗い洞窟に大勢の話し声が響く。
ミサト「ホシノさん、おはよ。丁度食料を持ってきたところよ」ヤマさん以外は自力でご飯を食べていた。
ホシノ「ミサトさん!体は平気なんですか?」小屋においてきて気がかりだったが元気そうに見える。
ミサト「昨日はありがとう。疲れが溜まっていたみたい」ミサトさんは病気にはかからなかったようだ。
ノギ「そろそろたんぱく質がほしいな。ホシノくん、釣りはできそうか?」みんなは服を着て清潔な格好をしている。
キムラ「たんぱく質・・・いやいや、無理させてはだめだよ」ヤマさん以外はある程度回復したようだ。
ホシノ「餌があれば釣ってきますよ。それより、ヤマさんはどうですか?」一人だけ裸で倒れているヤマさんに近寄る。
ヒラノ「先ほど、薬をのませたので大丈夫だと思いますよ」ヤマさんは相変わらず土気色で萎びているが、みんなで介護すれば安心か。
ミサト「ヤマモトさんが機転をきかせなかったら全滅してたかもね」確かに、全員同時に病気を発症していたら餓死したかもしれない。
ノギ「しかし、なんの病気だ?ノロウイルスか?」
キムラ「実は、ヒラノさんが川の水を直に飲んでしまったんだ」
ヒラノ「ご迷惑おかけしました。あまりにも喉が渇いて。綺麗な水だったんですよ」生水から感染したわけか。
キムラ「いいや、飲み物が尽きてしまったのは自分の責任だ。申し訳ない」
ミサト「よく、ここまでヒラノさんを背負ってきてくれたわ。歩きだと二日はかかるでしょ?」
キムラ「無我夢中だったよ・・・そうだ、報告することがある」
キムラ「もう一箇所、遺跡を発見してね。そこにも同じように並べられた石板があったんだ」
ヒラノ「ざんねんながら、財宝はありせんでした」
キムラ「その石板には正座が描かれていて、多分、海図の石板と対になっているのだと思う」キムラさんは洞窟の壁に星座を描いた。
ミサト「季節ごとの海流の変化がわかるかもしれないのね」
キムラ「北側の天井に穴が空いていて、そこから空が見えたから。この正座が北の空にある時期を示しているんだと思う」
ノギ「ふむ。船があれば大陸へ渡れると言うことか」筏ではなく、ちゃんとした船ならこの島を脱出できるかもしれない。
ミサト「ヤマモトさんが回復してからまた相談しましょ」
133日目。
全員が病気から開放されたので、久しぶりに会議をした。議題は病気への対策、島からの脱出と救助。
ヤマモト「食中毒以外で怖い病気は破傷風、マラリアあたりだね」破傷風は小さな怪我かも感染する身近な病気だ。
ミサト「対策は衛生的な食事、ゲガをしない、蚊に刺されないことね」
ホシノ「今まで、めっちゃ蚊に刺されてきたんですけど・・・」俺は蚊に刺されても痒くならない体質だから、虫さされは気にしてこなかった。
ヤマモト「大型の動物が少ないおかげかもしれないけけど、運がよかっただけかもしれない」
ミサト「そうね。それに虫に刺されたくないから防虫薬を量産するわ」
ノギ「ふむ、怪我と食べ物は注意するば問題ないな」
ミサト「島での安全確保は以上ね。救助を呼びに行くためにヨットが欲しいのだけど、私たちで作れるかしら?」
ヤマモト「造船には高度な木材加工が必要だよ。鉄製の大工道具に曲木用の型があればできるかもしれない」
ホシノ「本格的な船作りですか、面白そうです」
キムラ「海を渡る気なのかい?だめだよ、どのくらいかかるかもわからないんだ。危険すぎる」
ミサト「わかっているわ。けれど、ここでの生活も安全とは言えないから、余力のあるうちに次の手を打っておきましょう」
ノギ「うむ、明確な目標は大事だ。なんにせよ船は今度も役に立つだろう」
ヤマモト「造船所と港も作らないといけないから、一隻作るまでに数ヶ月はかかるよ」
各々仕事が振り分けられて、船造りが始まった。
ミサトさんは繊維製品の作成、ヤマさんは鉄器や土器の作成、他人は木こりと食料調達をしながら二人の手伝いをする。
俺はヤマさんの手伝いをすることになった。
134日目。
拠点から少し離れた場所にあるヤマさんの工房に行くと、ヤマさんが入り口にある溶鉱炉に火をつけていた。
ホシノ「手伝いに来ましたよ。それを使うところを初めてみました」溶鉱炉は俺の肩くらいの高さで円筒状に煉瓦が積まれている。
ヤマモト「今日はよろしく。火力が安定したら吹子踏みをしてほしいんだ」溶鉱炉には二つの吹子が刺さっていて、それぞれの両端で紐でつながっている。
ホシノ「了解です。交互にペダルを踏めばいんですね。それにしてもヤマさんは物知りで何でも作れちゃいますね」
ヤマさんの工房を見渡すと、実に色々な道具がある。拠点と似たような洞窟なのに、ここは研究所と行った感じだ。
ホシノ「火力はどうですか?なんだか暑くなってきました」
ヤマモト「まだ時間がかかるよ。初めは成るべく低温にして牧を炭化させるんだ。汗でびちょびちょになるから服は脱いだほうがいいよ」
俺とヤマさんは一糸まとわぬ姿になって溶鉱炉の煙を眺めた。
ヤマモト「火傷とするかもしれないから、これを塗ってあげるよ」ヤマさんはゲル状の何かを手に乗って俺の体に塗り始めた。
ホシノ「ちょっ!くすぐったいです。それは何なんですか?」
ヤマモト「片栗をお湯で溶いたものだよ。汗を書かない部分は特に念入りに」ヤマさんは俺の全身に片栗を塗ってくれた。
ホシノ「そこは!だめっす!自分の塗るので」汗じゃないものが吹き出しそうだ。
ヤマモト「気持ちいいかい?ホシノさんにはいつも助けてばかりだから、せめてマッサージをしてあげたいんだ」ヤマさんの手の動きが激しくなる。
ホシノ「いやいや、それも自分でやるので」俺はヤマさんから距離をとった。
ヤマモト「遠慮しなくていいんだよ。僕がしてあげられることなんてこれくらいしかないし・・・」
ホシノ「何言ってるんですか、ヤマさんがいなければ、俺たちは永遠に石器時代のままでしたよ」
ヤマモト「どうかな。ミサトさんやキムラさんなら、自力で鉄器を開発できたと思うよ」二人もいろいろと物知りではあるが。
ホシノ「俺なんかミサトさんと同流するまで食事はココナッツで、夜は砂に潜って寝ていたんですよ」
ホシノ「みんなで協力して何とかやっていけている、持ちつ持たれつ、それでいいじゃないですか」
ヤマモト「そうかい。でも、お礼はしたいよ。僕はホシノさんのためなら何でもするよ」ヤマさんがゆっくり近づいてくる。
ホシノ「ヤマさんは今でも十分やってくれていますよ。いつも通りで十分です」
ヤマモト「わかってはいるんだ。この気持ちが一時的なものだって」ヤマさんは俺に抱きついてきた。
体と体がべったりと密着する。熱くて柔らかい。毛虫やゴキブリを見た時のような嫌悪感を感じる。
ホシノ「気持ちはわかります。ですが、俺はミサトさんが好きなので」俺は両手でヤマさんの肩を掴んでゆっくりと体をひきはがす。
ヤマモト「そうかい、そうだね。わかってはいるんだ」ヤマさんはうつむいてしまった。
ホシノ「俺はヤマさんのことを、みんなのことを大事に思っていますよ。命をかけてもいいくらいに」
ヤマモト「ありがとう。僕もみんなのためにがんばるよ」そう言ってヤマさんは溶鉱炉を調整しだした。
そのあと、二人で黙々と吹子を踏む作業を続けた。
ヤマモト「これでひとまず、今日の製鉄作業は終わりだよ」三時間ほどふいごを踏み続けた。鉄の出来具合は溶鉱炉が冷めるまで確認できないようだ。
ホシノ「これだけ手間をかけて、釣り針二、三本しか作れないんですよね?」
ヤマモト「鉄の純度にむらがあるんだ。純度の高い部分じゃないと細かい加工しにくいんだ」
ホシノ「作ってくれた道具は大事に使います」俺とヤマさんは次の仕事をするために釣り小屋へ向かった。
ミサト「魚は釣れているかしら?」正午くらいにミサトさんがやってきた。
ホシノ「生簀に何匹か入っているのでどうぞ。俺らはもう食べたので」昼食は釣り小屋に集まって魚を食べることにしている。
ミサト「うーん、美味しい。魚はお刺身が一番よね」ミサトさんが魚を食べ終わる頃には木こり班の三人もやってきた。
キムラ「筋肉をつけるには鍛える以上に食べることが大事だよ。たんぱく質で胃を満たすんだ」
ヒラノ「うっす。たんぱく質を食べるっす」ヒラノさんはキムラさんに助けてもらってから、筋肉の魅力に取り憑かれてしまった。
ノギ「力こそパワー。刺身ならいくらでも平らげてみせよう」俺も木こりで体を鍛えたいが、ヤマさんとの仕事がある。
ミサト「魚が足りなそうね。私も釣りを手伝うわ」
それから数週間ほど、ヤマさんとペアで色々な仕事をした。
鉄で大工道具やコンパス、砂と粘土で陶器、曲木の練習をかねて車輪を作った。ものを作るのは実に楽しい。
161日目。港と造船所を拠点の近くに作り終え、本格的な造船が始まった。
造船所は木材の骨組みと茅葺き屋根できていて、作業台なども付いている。雨や日差しを防ぐ程度の小屋だ。
港は河口に作った。川の流れを切り替えるための工事は大変だったが、他の場所だと暗礁が多く港に適さなかった。
建造する船は二人乗りの本格的なヨットだ。板を浮かべるだけの筏とは違い、縦長のお椀状になっていて甲板がある。
甲板は雨水を貯めるための機能を備えていて浸水に対しても考慮されている。甲板の下は休憩スペースと荷物置き場になっている。
マストは従来通り引き抜いて収納するが、ロープを使うことで楽に抜き差しできる工夫がされた。
設計図は何枚もの紙に書かれていて、角度や長さなどの数字が並んでいる。
ホシノ「なるほど、細かい部品を組み合わせて、大きな部品を作っていく感じですね」釘の使用を最小限にするために木材を凸凹に加工して組み合わせるようだ。
ヤマモト「木材の加工は難しいけど、釘の強度だけでは限界があるんだ。時間はかかるけど大工道具があれば作れるよ」
ミサト「道具の扱いになれる必要があるわね。試しに色々使って見ましょ」各々大工道具を手にとって木材を加工してみる。
ノギ「このノコギリ、切れ味が悪いな」ノコギリは人数分作成したが、刃の加工が難しくて切れ味はイマイチだった。
ホシノ「それでも頑張って作ったんですよ。切れなくなったら他のを使ってください。修理しておきます」
キムラ「大丈夫だ、問題ない。パワーで補うさ」キムラさんは筋肉の力でノコギリを扱いこなす。
ヒラノ「カンナちゃん、たのしーです」ヒラノさんは楽しそうに木材を削っている。
この日は大工道具の扱い方をヤマさんがレクチャーするに止まった。
次の日は甲板と外板を各自で作ることになった。外板は共通規格の部品で大量に必要だ。
ミサト「ヒラノさんとノギさん外板は接合部が雑でゆるゆるだわ」
ノギ「不器用ですまん」作り手によって部品の品質にばらつきがあるようだ。
ミサト「二人はノコギリを担当したほうが良いかもしれないわね」
キムラ「そうだね。力作業は木こり組に任せてくれればいい」
作業指示はミサトさん、重要な加工はヤマさんと俺が担当することになった。
165日目。竜骨の作成工程に入った。竜骨は船の骨格で重要な箇所だ。湿らせて熱した角材を全員の力で折り曲げ加工する。
177日目。船の骨組みが完成した。船の長さは七メートル近くある。恐竜の背骨の化石の様だ。
184日目。外板と甲板を付けて船の形になった。ヨットなので大きな腹ビレがある。マストは海に浮かべる際に取り付けるようだ。
187日目。一通り船は完成した。あとは、腐食と浸水を防ぐために樹液を船全体に塗った。
191日目、晴天。今日は浸水式をする。
ホシノ「そういえば船の名前は何にします?」全員で船を囲んで出来栄えを眺めていた。
ミサト「四号機では、何だか不吉だから何か名前が欲しいわね」
ノギ「うむ、ではケーキスアーク(Kehki's Ark)でどうだ」
ミサト「名前を使うのはいいけれど、私、泳げないわよ?ホシノギ号なんてどうかしら?」
ホシノ「語呂は悪くありませんね。どうせなら全員の名前を使いましょうよ」
名前を色々と考えながら作業をしたが、結局思いつかなかった。船名はとりあえず、ホシノギ号ケーキスアークと呼ぶことになった。
船を代車に引っ掛けて砂浜から海へ押し出す。
ホシノギ号は青い海に浮かんでゆっくりと揺れている。
ミサト「思ったよりも浮力が強いわね。縄梯子を設置して正解だったわ」
ヤマモト「そうだね。人が乗ればちょうどいいくらいに沈むかもしれない」
俺とミサトさん、ヤマさんの三人で船に乗り込む。
ミサト「三人乗ると丁度いいくらいに沈んでくれるわね。一旦沖へ出てみましょ」俺とミサトさんでオールを漕ぐ。
ホシノ「全然進みませんね」この船は筏の三倍の木材を利用しているから重いのかもしれない。
ヤマモト「少し風があるから、マストを立てよう」ヤマさんが船尾側のロープを引っ張ると、戦車の砲塔のように寝ていたマストが起き上がっていく。
マストを調整すると、大きな帆が膨らんで船が進み始めた。
ミサト「少しの風でも十分動ける様ね。このまま沖までいきましょ」沖まで出ると風が強くなり、船の速度が上がる。
ホシノ「早いですね。筏だと進んでいるのかわかりずらかったですけど、この船は風の様に早いです」
ヤマモト「釣り針を垂らしつつ、操縦の練習をしよう」船の船尾には舵があり、舵を回すだけで多少は旋回できる。
それと、船には固定した糸を垂らすだけの魚釣り機能や、雨を甲板伝いに壺へ貯める機能など色々と考えられている。
ホシノ「魚はなかなか掛かりませんね。もう少し重くしてみます」糸を垂らしてしばらく様子をみるが釣れる気配がない。
ヤマモト「ルアーと塩漬けした餌だから食いつきがいまいちだね。どちらも改良しないとダメかもしれない」
ホシノ「少しもったいないですが貝類を使ったほうが釣れるかもしれませんね。帰ってから色々試してみましょう」
ミサト「海上では釣りが生命線だから最高のものをたのむわ」
そのあとは交代で船を操縦しつつ、不具合がないか船内を見て回った。浸水している箇所はないし、甲板の水はけも問題ない。
ミサト「そろそろ戻りましょ。他のみんなも乗りたがっているし」河口にある港へ向かった。
ダムで川の流れを変えておいたので入港しやすかった。
ミサト「ただいま。問題はなさそうよ」島で待機していたみんなが出迎えた。
ノギ「そのようだな。では、交代しよう。注意点はあるか?」
ヤマモト「甲板の下は内側からの力に弱いから、負荷をかけないでほしい」
キムラ「了解。僕らは体重があるから注意しておくよ」
ヒラノ「早く操縦したいですぅ。はぁはぁ」三人が船へ乗り込むと、船は大きく揺れてグラグラと揺れ始めた。
ヒラノ「あぴょい!」ヒラノさんは甲板から投げ出されて川に落ちた。
ホシノ「ヒラノさーん!」浮んできたヒラノさんの頭に揺れている船が何度もぶつかる。
ヒラノ「ぐっぼ、べべべ。たすけてー」俺はヒラノさんに駆け寄って手を伸ばした。
ミサト「ふふ、落下防止用の柵が欲しいわね。ロープで囲んで手すりにしましょ」
ノギさんたちのテスト走行も順調に終わり、十分なデータが取れた。
新しい船は今までの筏と違い、風の影響が大きく、向かい風でも揚力で十分進むことができる。
船体は大きいが波の影響は少ない、だが船員の位置によって揺れたり傾いたりしやすい。
夜、船の完成祝いを行った。酒と肴で大盛り上がりだ。
用をたそうと外に出ると港にミサトさんが佇んでいるのが見えた。
ホシノ「完成しましたね」俺も揺れる船を見ながらつぶやいた。
ミサト「本番はこれからよ。あの星座が北へやってくるまで数週間しかないわ」
ホシノ「詳しいことは明日の会議で決めるんですよね。ミサトさんが船に乗るなら俺も絶対乗ります」荷物を考えると船には二人までしか乗れない。なので誰か四人を置いて行くことになる。
ミサト「ノギさんやキムラさんもきっと船に乗りたがるわ。今回はみんなで決めるつもりよ」確かに、あの二人は島で待機を選ぶタイプではない。
ミサト「魚に詳しい人は乗せないといけないからホシノさんが選ばれる可能性は高いわ」魚には身やヒレに毒があるものがいる。扱いを間違えれば怪我だけではすまない。
ホシノ「危険な旅だとしても俺は覚悟しています」
ミサト「水平線しか見えない、あてのない旅よ。嵐が来れば助からないし、雨が降らなくても干からびるわ」
ホシノ「運次第なのは承知してます。ですが、なんとかなりますよ」根拠のない自信。どちらにしろ誰かがやらなければいけない。
ミサト「そう…船員は投票で決めるわ。私はホシノさんに入れるから、ホシノさんは私に入れなさい」
ホシノ「裏工作ですか。いいですよ」ミサトさんに初めて嘘をついた。できれば、ミサトさんにはこの島で待っていて欲しい。
次の日の夕方、拠点で会議を行った。洞窟の入り口付近で車座になって座る。
ミサト「船員の投票を始めるわ。この葉っぱに自分以外の名前を書いて右隣の人に渡してね」青々しい平たい葉っぱが配られた。
誰が誰に投票したかは隣の人にしかわからない仕組みのようだ。俺の左はヤマさん、右隣はミサトさんだ。
俺は葉っぱに〈キムラ〉と書いてミサトさんへ渡すと、俺に渡ってきた葉っぱには〈ミサト〉と書かれていた。
ミサト「集計しましょ。葉っぱを裏返して中央のカゴに入れてね」各自の葉っぱがガゴへ放り込まれる。
票を集め終わるとキムラさんが中の葉っぱを一枚ずつ取り出して、車座の中央に並べた。
キムラ「ホシノさんが三票、ミサトさんが二票、自分が一票…」キムラさんは肩を落とし沈黙した。
ミサト「誰が誰に投票したかは秘密にしてね。会議は以上、お疲れ様」俺の抵抗は虚しく終わったようだ。
翌日からは食料集めに重点が置かれた。船に乗る二人は可能な限り肥えておくべきのようだ。
俺とヤマさんは釣りをしながら新しい餌の食いつきをテストする。
ホシノ「やっぱ、貝類が食いつきがいいみたいです」今開発中の餌は二枚貝を塩で漬けて干した物だ。
ヤマモト「魚のアラで作った方はイマイチみたいだ。ルアーも全然食いつかないよ」
ホシノ「ルアーで釣れれば一番なですけどね、使いまわせますし、腐りませんし」しばらく二人で釣りを楽しむ。
ホシノ「口止めはされていますが、ヤマさんは何故ミサトさんに投票したんですか?」
ヤマモト「…彼ならこの作戦を成功させてくれると思ったんだ」ヤマさんは水平線を眺めたまま言った。
ヤマモト「ホシノさんは誰に投票したんだい?」
ホシノ「俺はキムラさんです。ノギさんにするか迷いましたが、理由はヤマさんと同じです」
ヤマモト「そうか。そうゆう事か」ヤマさんは何かに気づいたらしく一人で納得した。
ヤマモト「ミサトさんは僕に、『私はキムラさんに投票する』って言っていたんだ」
ホシノ「キムラさんには俺の一票しか入っていませんでしたね。気が変わったのでしょうか」
ヤマモト「多分、その一票はヒラノさんのだよ。彼は何も考えてはいないだろうけど」
ホシノ「???俺はキムラに入れましたよ!?」
ヤマモト「ミサトさんは僕に、『私に投票してね』と言っていたんだ」
ホシノ「俺も言われました。ミサトさんは俺に投票するとも言ってました」
ヤマモト「僕らは六人だから二票獲得すれば二位以上確定なんだ。ミサトさんが誰かと同率だったら何かと言い含めて自分を優先しただろうね」
ホシノ「つまり、ミサトさんがなんらかの操作をしたってことですか?」
ヤマモト「おそらく。ヒラノさんがキムラさんに票を入れていたなら、ミサトさんがホシノさんの票をすり替えたことになる」
後でヒラノさんに聞いてみたところ、ヤマさんの推理は的中していた。
夜、この前のように渚で佇むミサトさんに話しかけた。
ホシノ「ミサトさん約束を破ったのはごめんなさい。ですが俺の票をすり替えましたね?」ミサトさんの肩を掴んでこちらを向かせた。
ミサト「あらあら、なかなか賢いのね。私はホシノさんに票を入れたのだからいいじゃない?」ミサトさんは悪びれる様子なく妖しく微笑む。
ホシノ「正直、俺はミサトさんに危険なことはさせたくなかった。待っていてほしかった」俺は真剣にミサトさんを見つめる。
ミサト「わかっていたわよ。だから手を打っていたのよ」
ホシノ「ヤマさんも気づいています。この件をバラせば再選挙ですよ?俺は、みんなを騙したくはありません。」
ミサト「ヤマモトさんの気持ちを利用したのは心が傷んだわ。けれど、いいじゃない?私とホシノさんの二人で船旅ができるのだから」
ミサトさんはゆっくりと俺に近づいて抱きついてきた。嬉しいけど今は突き放す。
ホシノ「不正はしたくありません。もう一度、選挙で決めましょう」ミサトさんはため息をついて再び船を見つめた。
ミサト「…わかったわ。でも選挙は無し、じゃんけんで決めましょ。能力や人気に関係なく一番公平だから」ミサトさんのことだからじゃんけんも何か裏工作されそうだ。
ホシノ「サイコロならいいですよ。ヤマさんが娯楽用に作った物があるので」同じサイコロを使えば不正はできないはず。
ミサト「信用ないのね。なんでもいいわよ」
この後、ミサトさんはみんなに謝罪をして、サイコロによる選挙が行われた。
俺のサイコロは五が出た。次にミサトさんの振ったサイコロは当たり前のように六の目をだした。
不正は無かったと思う。ミサトさんは意思の強さが結果にあらわれるものと言っていた。
結果、俺とミサトさんが船に乗ることになった。
221日目。出発前夜。拠点の洞窟で旅出の酒を飲みかわした。
ノギ「共に行けないのは残念だ。ホシノ君との二人旅は今思えばなかなかに冒険だったな」ノギさんが俺の隣に座った。
ノギ「二人で森をさまよい続け、新天地を発見した時の感動。そして満身創痍での帰還」
ノギ「友情、努力、勝利と言ったところか。ホシノ君、君ならできる。やり遂げてくれ」ノギさんが差し出した手を掴んで、がっちりと握手をする。
ノギさんは無計画でスケベだが、色々頼りになる人だ。精神的に支えてもたった気がする。
キムラ「ミサトさんを任せた。ホシノさんにならこの大役を任せられるよ」キムラさんは俺の方にポンと叩いていった。
キムラさんは会社にいた時からやさしくて真面目な先輩だった。彼がいれば四人でも問題なくやっていけると思う。
ヒラノ「でゅふふ。早く日本に帰ってアニメをみたいですね」ヒラノさんは顔を真っ赤にしている。相変わらず酒に弱いようだ。
彼は目立った活躍こそ無かったが、会社での仕事と違って足を引っ張らないし、大事な戦力にまで育った。これからの活躍に期待しよう。
ヤマモト「ホシノさんと一緒に行きたかった。でも、僕じゃダメなんだ…」ヤマさんは酔いつぶれて俺に抱きついてきた。
ホシノ「ヤマさんは十分頑張ってましたよ。ヤマさんの作った船なら安心です」俺はヤマさんを優しく抱きしめ返えした。
ヤマモト「ううう」ヤマさんは泣いているようだ。しばらくこのままで居てあげよう。
ミサト「ふふ、ホシノさんはモテモテね」ミサトさんはお酒のせいか、俺とヤマさんが抱き合っているせいなのか上機嫌だ。
ホシノ「これまで以上に命がけの旅になりますからね。みんなの思いを乗せて頑張らないとです」
ミサト「この島でみんなと過ごす最後の夜だから、悔いを残さないようにね」ミサトさんは洞窟の外へ出て行った。
ここでの生活を思い返す。
無人島に一人きりで居た時は本当に辛かった。だけど、みんなと合流してからは毎日が楽しかった。
もっとみんなと一生に冒険したい。でも、命の危険があることは理解している。誰も失いたくはない。
だから、安全な文明社会に帰らなければいけない。
222日目早朝。
俺とミサトさんは港に停めてある船に乗った。
ヤマモト「僕らは一旦遺跡のあった場所へ拠点を移すよ」この周辺の食料は取り尽くしてしまったので移住するようだ。
キムラ「こっちは自分にまかせてくれ。きっと君たち二人なら救助を呼べる」四人島ではキムラさんがリーダーを務める。
ヒラノ「快晴ですねー。御武運を!」ヒラノさんは人差し指と中指でメガネを直した。
ノギ「準備はいいか?では、ロープを外すぞ」ノギさんが船を固定しているロープを外し始めた。
ミサト「いってくるわね。危ないことをしちゃダメよ」船が川の流れでゆっくりと進みだした。
ホシノ「いってきます!」俺は見送るみんなの姿を目に焼き付ける。
俺とミサトさんの二人旅が始まった。
船は帆に風を受けて沖へ進んで行く。離れて行く島からみんなが手を振っているのが見える。俺もとミサトさんも彼らに手を振り続けた。
だんだんと島が遠くなってゆき、俺の視力でもみんなの姿が見えなくなった。ここからはミサトさんの二人だけの船路だ。
青い空、青い海、それだけしかない手探りの旅。
ミサト「いい風ね。けれど、日差しで消耗したくはないから休んでおくわ」ミサトさんは甲板下の休憩スペースで横になった。
甲板の下は人が二人寝転がれる横長のスペースがある。食料と道具もたくさん置いているので狭い。
ホシノ「了解です。しばらくは放っておいても、このまま西へ進んでくれそうですね」俺は船の両サイドに付けてある釣り糸を垂らした。
釣り糸の根元には竹がついていて船に固定してある。魚がかかると竿がしなる仕組みだ。
俺は甲板で仰向けに寝転がり、ぼんやり空を眺めた。
波が船を打つ水音と適度な揺れ、ゆりかごのような浮遊感だ。
ぼんやりしつつも目の端で竿を確認する。まだ魚はかかっていない。
このまま昼寝をしたいが、潮風で喉が乾くと水を多く消費してしまう。俺も休憩スペースで横になろう。
ホシノ「昼食には早いですが糸を垂らしておきました。コンパスは俺が見るので、ミサトさんは眠っていてもいいですよ」
ミサト「そうね。夜は交代で進行方向を確認しないとだから、睡眠を十分にとっておくわ」
正午までには、手のひらサイズの魚が二匹釣れたので昼食にすることにした。甲板の上で二人向き合って座る。
ミサト「今日から毎日朝昼晩お刺身ばかりになるわね」持ってきた食料はココナッツと水、お酒だ。
ココナッツは常温でも二週間ほどもつし、水は陶器のボトルに密閉されていて、長期保存できるように炭が入っている。
お酒も長期保存ができ、栄養補給と娯楽を兼ねて持ってきたようだ。
ホシノ「毎日色々な魚を食べられますよ」俺はあらかじめ焼いておいたパンの実を味わって食べた。
ミサト「今のところ風向きはいい感じね。遺跡の情報は正しかったみたい」
ホシノ「あの地図を解読できなかったら、船で脱出しようとは思いませんでしたか?」船を作るきっかけは大陸へ向かう海流を知れたからだ。
ミサト「情報が無くても船は作ったかもしれないけれど、どうかしらね」ミサトさんは大胆不敵に何処へでも先陣を切るタイプだが、危険なことはしない人だ。
ミサト「このくらい性能のいい船が作れたなら、島へ帰れる範囲で情報収集はしたでしょうね。どこかの船が通りかかるかもしれないし」
ホシノ「俺がみんなと会えずに一人で暮らしていたら、きっと丸太を蔓で縛った筏で島を脱出しようとしたかもしれません」
ミサト「ふふ、私に会えてよかったわね。きっと一人だったら死んでいたわよ。私も、他のみんなも」
ホシノ「全員と合流できてよかった。この船はみんなの力と知恵の集大成です」みんなで木を削し、組み上げた船だ。
ホシノ「こうしてミサトさんと二人きりで話すのは久しぶりな気がします」
ミサト「ふふ、最近はヤマモトさんといつも一緒だったものね」
ホシノ「ミサトさんの差し金ですよね?誰かと誰かを勝手にくっつけようとするのはよくないですよ」
ミサト「あら?気づいていたのね。けれど、いつものことじゃないかしら?それとも何かあったのかしら?」相変わらず、ミサトさんは悪びれる様子はない。
ホシノ「いや、別に何もありませんけど…何かあったらシャレになりませんよ…」ヤマさんの熱い視線を思い出し、寒気がした。
ミサト「そうなの?私とは何かをしたいのじゃないかしら?」ミサトさんと二人きりのときは間違えをおかしそうだった。
ホシノ「その件は、日本に帰ってから改めて考えます…」今は意識を外へ向けておかないと消耗してしまう。
ミサト「ホシノさんはこの数ヶ月で随分賢くなったわね。今では立派な文明人よ」
ホシノ「褒めているのかけなしているのかわかりませんね…」しばらくミサトさんと色々話をした。
ミサト「私は昼寝をするわ。風向きは変わらないようだから、ホシノさんも眠って平気よ」俺も少し眠ることにした。
夜になると風向きが変わった。追い風ではあるが、やや北へ流されている気がする。
ミサト「マストを調整するわね。固定を解いてくれるかしら?」星空の下、ロープを解きマストを動かして固定しなおした。
ホシノ「晴れていれば夜も明るいですね。少し肌寒いですが昼より過ごしやすいです」俺が甲板の上で仰向けになると、ミサトさんも同じように寝転がった。
ミサト「もう見慣れてしまったけれど、星が綺麗ね」自然の美しさは見慣れてしまったが都会を恋しくなることはなかった。
ホシノ「ミサトさんは何で、危険な船旅をしたかったんですか?裏工作までして」
ミサト「この旅を終わらせたかったのよ。自分の手でね。ホシノさんもそうでしょ?」
ホシノ「俺は、俺じゃないとできないことがやりたかったんです。趣味の釣りが役に立って嬉しかっただけかもしれません」魚の扱いと視力は誰にも負けていないと思う。
ミサト「ふふ、ホシノさんらしいわね。この旅のパートナーが貴方でよかったわ」
ホシノ「キムラさんとだったら二人きりは気まずいですか?」ミサトさんとキムラさんの関係が変化したのは何となく感じていた。
ミサト「そうね、彼は繊細だから。そういう意味でも、ホシノさんが扱いやすくていいわ」
ホシノ「やっぱ、褒めているようには聞こえませんね」俺だってミサトさんのことで一喜一憂しているのに。
ホシノ「もし、賽の目が悪くて選ばれなかったらどうしたんですか?」
ミサト「諦めたわよ。ノギさんとヒラノさんの組み合わせ意外ならね」ノギさんは向こう見ずで、ヒラノさんは無考えではある。
ホシノ「二人はしぶとくて悪運が強いので、以外と何とかなるかもですよ?」
ミサト「ふふ、そうね。生きて帰ってはきそうね」航海初日の夜は、二人で話をしならがのんびりと過ごした。
航海二日目。この日も快晴でいい風が吹いていた。
だが、魚が夜になるまで釣れず、昼間は空腹で力が入らなかった。
ホシノ「仕掛けを色々試しましたが、ポイントが悪いと全く釣れないみたいです」深いところまで糸をたらせれば違うかもしれないが、釣り糸は八メートルまでしかない。
ミサト「想定はしていたけれど、魚は取れるときに沢山獲っておいたほうがよさそうね」土器の生簀に入れれば半日は持つかもしれない。
交代で休憩をしながら釣りを試みたが、この日は魚は釣れなかった。
航海三日目。やや雲が多めの天気で風が強い。
昼頃から魚が釣れ始めたので沢山釣って沢山食べた。
ホシノ「腹一杯です。一時はどうなることかと思いましたよ。ふあぁ」腹が満たされて眠くなる。
ミサト「そうね。人は水だけで一月持つとはいうけれど、一日食べないだけでも辛いわ」もしもの時を考えて太っておこうと、島では過食が推奨されていた。
そのおかげで、みんなほどほどに太っていて、病気も耐え抜いた。ただ、体質の差があるようでミサトさんは太らなかった。
ミサト「先に休んでいいわよ。私は食べてすぐに眠れない体質だから」俺は休憩スペースで横でなるとすぐに意識が途切れた。
航海七日目。晴天、弱めの追い風。
見渡す限りの青と蒼。三百六十度、海と空しかない。
ホシノ「ルンルン、ランラン、ソーセージ♪」素っ裸で海へ向かって踊る。最近は暇を持て余して歌ってばかりだ。
ミサト「裸になるとその歌を歌うのね。踊ってもいいけど海におちないでほしいわ」
ミサトさんに臭いと言われたので今日は海水を汲んで服と体を洗った。同じ生活をしていても俺だけ獣臭くなるのは何故だろう。今度ヤマさんに聞いてみよう。
ホシノ「ミサトさんも体を洗いますか?気持ちいいですよ」俺は甲板に寝転がり甲羅干しをする。
ミサト「私はまだ必要ないわ。雨が降ればいいのだけれど」まだ一度も雨は降っていない。
ホシノ「島にいるときは、ちょいちょい夕立があったんですけどね」真水の補給はまだ必要がないが、体を真水で洗いたい。
航海十日目。夕方に雨が降り出したので体と服を洗った。強い横殴りの雨が全身を洗ってくれる。
一時間ほどで雨は止んでしまったが、シャワーには十分だった。衣服はロープを通して干して、俺とミサトさんは裸で夜を過ごす。
ミサト「少し冷えるわね。髪を短くしておけばよかったわ」俺たちは甲板に座り吹き抜ける風で体を乾かした。
ホシノ「そうですね。俺も丸坊主にしておくべきでした」
ミサト「毎日夕方だけ雨が降って欲しいわ。毎日シャワーを浴びたいもの」ミサトさんは島では毎日のように水浴びをしていた。それに付いていくヒラノさんとノギさんも。
雨雲が過ぎ去り月が顔を出すと、ミサトさんの裸体が石膏のように白くぼんやり光を帯びた。
ホシノ「明日の朝には服はかわきますかね?」俺はミサトさんから目を背けた。
ミサト「風があるからすぐに乾きそうね」ミサトさんは甲板で仰向けになって星空を見上げた。
ホシノ「船での生活は十日目でしたね。俺は平気ですけど、ミサトさんは体調に問題ありませんか?」
ミサト「船に引きこもっているとストレスが溜まるわね。何か娯楽を考えておくべきだったわ」
ミサト「ホシノさんは溜まっていないのかしら?ヒラノさんやノギさんみたいに発散していいのよ」
ホシノ「わかっていて水浴びをしていたんですね。俺は歌があれば十分です」
ミサト「ホシノさんは漂流生活で大分利口になったわね。初めの頃はお猿さんだったのに」
ホシノ「元の評価が低すぎて、褒めているようには聞こえませんね…」
食料の供給は安定しないが、何事もなく船の旅がすぎていく。
船旅15日目。
ミサト「雲行きが怪しいわね」空は雲に覆われて昼なのに徐々に暗くなってきている。
ホシノ「風が強くなってきたきもします」断続的な強風はこの航海で始めてだ。
ミサト「マストを外しておきましょ。嵐になるかも」二人でマストを外して固定する。
程なくして嵐になった。俺とミサトさんは甲板下の休憩スペースに入り蓋をしめた。甲板のいくつかにはガラスがはめ込まれており、船内に光が入るようになっている。
ホシノ「天井を閉めると狭いですね」甲板の下は四つん這いでギリギリ移動できるていどの高さしかない。
ミサト「それよりも揺れが大きくて気分が悪くなりそう」船は左右に大きく揺れる。
ホシノ「ミサトさんは休んでいてください。俺が何できることはありますか?」
ミサト「ありがとう。どちらの方角から風が吹いているかだけ、定期的に確認してもらえるかしら」
ホシノ「了解です。風に流された分補正しないとですね」ミサトさんは甲板の奥でぐったりと横になった。
今は揺れる船に身を任せ、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
航海16日目。朝になると嵐が過ぎ去り、穏やかな風と日差しが帰ってきた。
マストを立て直そうとロープを引っ張るが、雨を吸った帆が重くなっていて持ち上がらない。
ミサト「夜までには乾くと思うけれど、このままでは進めないわね」
ホシノ「昨日の雨水は海水が入ってしまったようで塩辛いです」波飛沫のせいで真水は確保できなかった。
ミサト「水は残り一週間ほどしかないわ。困ったわね…」残りのココナッツは残り二つ、あとは真水を詰めたツボだ。
ホシノ「ヤマさんの予想だと二週間で大陸につくはずでしたよね」二人で一つづつココナッツを手にする。
ミサト「もうすぐ、島が見えてくれるといいのだけれど…」ミサトさんはやや不安げな様子で休憩スペースへ戻った。
俺はココナッツを石斧で軽く叩いて穴をけようとしたら。
ホシノ「あっ!」手元が狂ってココナッツが海へ飛んで行った。
ホシノ「……」海に浮かぶココナッツを棒で取ろうと頑張ったが、最後のココナッツは遠くへ流されていった。
海に飛び込むか暫く悩んだが危険な気がする。ココナッツは諦めよう。俺は甲板に寝転がり、暫く放心した。
夕方になると喉が乾いて頭がクラクラしてきた。空腹とは違うタイプの気持ち悪さだ。
ミサトさんに水の件を話して真水を開封しよう。ちょうどミサトさんが出てきて船首にあるトイレへ向かった。
ホシノ「ミサトさん!おしっこを飲ませてください!」俺はミサトさんへ駆け寄る。
ミサト「はっ?」ミサトさんは一歩後ずさった。
ホシノ「いや、あの。喉が乾いてしまってつい」ダメだ思考力が低下している。
ミサト「そうね…水の節約にはなるかもしれないわね」ミサトさんは縁の欠けたコップを手にとって船首へ向かった。
ミサト「はい、どうぞ。どんな味なのかしら?」俺はコップを手にとって一口飲んでみた。
ホシノ「なんというか、スポーツ中に額から流れてきた汗が口に入ったような味です」便所のような匂いはしなかった。
ミサト「やや塩気があるね?海水混じりの雨水よりはまし?」俺がコップを差し出すがミサトさんは飲もうとしない。
ホシノ「あの雨水は飲めたものじゃありませんよ。後味がトウモロコシのような麦茶のような、そこまで不味くはありません」
俺がコップの中身を飲み干すのをミサトさんは興味深げに眺めていた。
ミサト「私が真水を飲んで、ホシノさんが私の尿を飲めば水の消費が半分で済むわね」変な性癖になりそうだ。
ホシノ「俺はそれでもいいですけど…健康にわるくないですか?」
ミサト「自分の尿を飲み続けると毒素が循環して濃縮されるからよくないけれど、ホシノさんの尿を捨てれば問題ないわ。たぶん」
ホシノ「順番に役割を変えるのはどうですか?」
ミサト「それはない」即答。よほど尿を飲みたくないらしい。
ホシノ「仕方ないですね。俺がミサトさんの尿を飲んで水を節約しますよ」
ミサト「ホシノさんがそれでいいのなら…けれど消費が半分って言うのは冗談よ。足りない分は真水も飲んでね」
この日から俺の水分補給の半分はミサトさんのおしっこになった。
航海28日目。快晴。甲板に流れる程よい風が気持ちいい。
ミサト「これが最後の水よ。飲むというか、口を潤すために使いましょ」嵐の後は一度も雨が降らなかった。最後の壺を開封することになる。
ミサトさんんはペットボトルほどの大きさのツボの封を切り、中の水を一口含んでからこちらへ渡してくれた。
ホシノ「そろそろ島が見えてくれないと辛いですね」俺も同じように一口水を飲んだ。
最近は節水していたせいかほとんど尿はでない。ただ、幸いなことに食事は十分とれていた。
喉が乾くので歌は歌えなくなり、無言の時間が長くなる。ミサトさんと言葉を交わすのも水で口を潤した後の数分くらいになった。
軽いボディーランゲージで意思疎通をしつつ、いつも通りの仕事をする。甲板から見える景色は海と空だけ。
今日は魚が釣れない日のようだ。水分不足のせいか食欲がわかなくなってきたからまあいいか。雨が降って欲しい。
夜になる頃には壺に残る水はわずかになっていた。気のせいかもしれないが、ミサトさんはほとんど水を飲んでいない気がする。
俺が休憩スペースで仮眠を取っていると、船の方角を確認していたミサトさんが入ってきた音がした。
ホシノ「そろそろ交代しますか?」俺は目を閉じたまま声をかけたが、ミサトさんから返事はなかった。
腰に重みを感じて目を開けると、ミサトさんは裸で馬乗りになっていた。
ホシノ「逆夜這いですか?」ミサトさんはその体制から抱きついてきた。表情は前髪と逆光のせいで見えない。
俺はやさしく抱きしめ返した。柔らかくて暖かい。それとちょっと重い。
暫く抱き抱き合ったあと、ミサトさんは隣で横になった。
ミサト「好きにしていいわよ」弱々しい声だった。今度は俺がミサトさんに覆いかぶさった。
ホシノ「好きにさせてもらいますね」俺はミサトさんの唇にキスをする。
柔らかくてくすぐったいような恋心が高鳴るような感触。いつも通り冷淡な表情のミサトさんは、ゆっくりと目をとじた。
ホシノ「今はこれだけで十分です」俺はミサトさんの隣に寝転がり深呼吸をした。
ミサト「あらあら、次はないかもしれないわよ?」ミサトさんは微笑みながら俺の腕を抱きしめる。
ホシノ「自暴自棄になってませんか?俺は相思相愛じゃないと嫌です」
ミサト「愛しているわよ、ホシノさんのことを心から大切に思っているもの」
ホシノ「ですが友人としてですよね。それにこんな状況だからじゃないですか?」このまま雨が降らなければ脱水症状で三日も持たない気がする。
ミサト「冷静なのね。今まであなたに無茶なことをさせてきたお詫びとお礼よ」
ホシノ「いいんです。詫びもお礼もいりませんよ。俺はミサトさんを愛していますから」
ミサトさんは無言で俺の腕を抱きしめ続けた。
航海31日目。晴天。
最後の力で甲板に上がって海を見渡す。360度水平線。雲が多いが今日も雨は降らなさそうだ。
甲板に倒れこむ、もう動けない。
暫くするとミサトさんも隣に寝転がった。
無言で手をつなぐ。
まぶたが重くなる。
もう、目覚めることはないかもしれない。
ミサト「あっ」空を見上げていたミサトさんが小さく声をあげた。
ミサトさんと同じように空を見上げると、青空に白い鳥が二羽飛んでいた。
喉が乾いた。意識がだんだんと薄れていく…
目がさめると、真っ白な天井があった。
上体を起こしてあたりを見回す。どうやら個室のベットで眠っていたらしい。
ケーブルが伸びた先の左腕には針が刺さっている。点滴のようだ。つまりここは病院だ。
俺は生きている。現状を把握しようとして、さっきまで見ていた夢を忘れてしまった。
とりあえず、喉が渇いたな。枕元のナースコールを押しみた。
程なくして東南アジア系の医者と看護師がやってきて英語で話しかけてきた。何を言っているのかさっぱりだ。
ホシノ「英語はしゃべれません。水をください。ミサトさんはどこですか?」学生時代以来の英語を喋ってみた。
チグハクなやり取りをしたら伝わったらしく飲み物をもらった。医者と看護師は俺の容態を診ると去っていった。
考え事をしているとノックの音がしてドアが開いた。
ミサト「おはよう。気分はどうかしら?」ミサトさんが部屋に入ってきた。
ホシノ「ミサトさん!」俺は立ち上がりミサトさんへ駆け寄り抱きついた。嬉しさで涙が落ちそうだ。
ミサト「あれからホシノさんが起きてくれなくて大変だったのよ」
ホシノ「ここへ来た記憶がありません。何があったのか教えてください」
どうやら俺が意識を失ってから島を発見できて、ミサトさん一人で上陸し、近くの人たちに救助を求めたらしい。
今いる病院は東南アジアの某国で、日本大使館には連絡済みらしい。
ミサト「ヤマモトさんたちも近日中に救助されるわ」俺たちが暮らしていた島は、こことは別の国らしく国家間の交渉が必要らしい。
ホシノ「よかった。ミサトさんも俺と同じくらい疲弊していたのに、いろいろありがとうございます」
ミサト「ふふ、これで貸し借りは無しね」ミサトさんは抱きついている俺の両肩を掴んで引き離した。
ホシノ「貸し借りなんて初めからありませんよ」今度は逆に俺はミサトさんの両肩を掴んで体を近づける。俺が顔を近づけるとミサトさんは目を閉じた。
唐突に動物のうめき声のような音がしてミサトさんが目を開いた。音は俺の腹から鳴っている。
ミサトさんはくるりと踵を返してドアへ向かった。
ミサト「ご飯を食べにいきましょ」
その後、少しだけ国に滞在して観光を楽しんだ。何もかもが新鮮で久しぶりだ。
両親にも連絡をした。すでに俺の生存は伝わっていたらしいが、かーちゃんもおやじも涙声だった。まあ俺もだけど。
数日後、俺とミサトさんは日本へ帰国した。
二人で空港を歩いていると、大きなカメラを持った人たちがこちらへ集まってきた。報道関係者のようだ。
フラッシュの光が眩しくて俯いていると、誰かが俺の手を掴んで人ごみの外へ引っ張って行く。
ホシノ「ジロウか。出迎えサンキューな」掴んでいた手が離れる。弟のジロウだった。
ジロウ「あにき。あんまり面倒かけさせるなよ。いろいろ大変だったんだぜ」
ホシノ「すまん」平謝りをし、俺は振り返りミサトさんの方を見た。ミサトさんは報道記者に囲まれているようだ。
ジロウ「いくぞ、電車がなくなっちまう」ジロウは早足で出口へ向かった。
ミサトさんとはまた会える。そう思ってジロウを追った。
電車内でジロウといろいろと話をした。俺がいなくなってからのことを。
空港着事後の生存者は俺たち六人だけで、飛行機の残骸も見つかっていないらしい。
俺たちも死亡者扱いされていて、会社は解雇、マンションは引き払われ、俺の持ち物はほとんど処分され、パソコンは紳士協定を結んだ弟が破壊してくれていた。
せっかく上京して自分の生活を築いたのに一からやり直しだ。
二年ぶりに実家に戻ると両親や兄弟が全員揃っていて大騒ぎだった。近所の友人や親戚もやってきて宴会のような状態が数日続いた。
俺は今までの疲れが出てきたようで体調を崩した。
一月ほど実家でごろごろしていると、家の仕事を手伝わされるようになってきた。
実家はまんじゅう屋で、子供の頃からまんじゅうを沢山食べてきたせいか、俺の唯一嫌いな食べ物はまんじゅうだ。食わず嫌いならぬ食い過ぎ嫌い。
小腹が空いて、久々にまんじゅうを食べてみるたら案外悪くないと思った。このままだらだら家業を継いでしまいそうだ。
日本に帰ってこられたのに漫画やゲームもやらなくなった。本物の冒険を体験してきたせいか、一緒に楽しむ相手がいないからか。
ミサトさんとは空港で別れたきり連絡を取っていない。連絡手段が無いわけでは無いが、電話番号やメールアドレスはわからない。
真新しいスマホを手にとって、ミサトさんの画像を検索してみると沢山の画像が表示された。
あれからミサトさんは東京でタレント活動をしている。テレビや雑誌では美人すぎる冒険家の二つ名付きで出演していた。
ミサトさんの姿を見られるのは嬉しいような寂しいような、複雑な気分だ。
日常に帰ってから、俺のミサトさんへの気持ちは変わってしまった。
なんと言うか、グラビアやエロ画像を見て、俺は女の子のほうが好みだと再認識した。
ミサトさんは胸は無いし、寸胴で、何より男だ。元々、東京で働いていた頃はミサトさんを友人としてしか見ていなかった。
容姿だって、クラスに一人二人いるレベルの美少女だ。数十人規模のアイドルグループにいたら特に目立たないはず。
とはいえ俺の人生で身近に美少女がいてくれた試しはないが…
男が相手では結婚や世間体はいいとして、子供をつくれない。子供好きの俺にとっては重要だ。
一人でいると色々と考えてしまう。
俺にとってミサトさんは大事な友人の一人で、ノギさんやヤマさんと同じ。それ以上でも以下でも無い。それでいい。気持ちを切り替えよう。
明日からは仕事でも探して、とりあえずお金を貯めることを目標にしよう。
いつまでも過去をひきづっていてはいけない。お金を貯めてパソコンを買って絵を描いて、同人誌で一山当てる夢をまた追おう。
それから俺は派遣社員をやりながら日々をすごした。休日は海へ出かけて釣りをしたり、山で一人キャンプをするのが習慣になった。
今日は海で沢山魚が釣れた。取れすぎた分の魚は実家に置いてから、俺は山へ向かう。
車で細い山道走ると、岩だらけの川辺に出た。周りは杉林に囲まれていて幅一メートルほどの川流れている。
上流に民家は無く綺麗な水で、ヤマメがいるらしいが釣るには難易度が高いらしく釣れた事が無い。
ここはバーベキューやキャンプができる知る人ぞ知る穴場だ。火の扱いは制限されているが地面を汚さなければ問題無いらしい。
荷物を背負って川沿いを上流へ向かって歩く。ジャングルと違って杉林は雑草が少なくて歩きやすい。
人が全くやって来ない山深くまで登った。暗くなる前にテントをはって食事を作る。
今回は三連休を利用して、この周囲をいろいろ調べてみようと計画している。キノコや湧き水とか見つかるかもしれない。
食事を終える事には暗くなってしまった。今日はもう寝よう。テントに入り、寝袋を敷いた。
日の出とともに起きて日暮れには寝る。現代人らしからぬ生活だ。寝袋が体温で温まると瞼が重くなってきた。
そういえば、ミサトさんもよく寝ていたな。
気づくとぼんやり明るくなっていて、俺の隣に裸のミサトさんが横になっていた。
ミサト「好きにしていいわよ」俺はあの時のようにミサトさんにキスをして、それから−−
なんの疑問も持たずに全てを終え、下半身の不快感で目が覚めた。夢だった。
ホシノ「最悪だ」着替えは持ってきていない。二泊する予定だったが早めに切り上げよう。
実家のドアを開けるとなにやら騒がしかった。
ジロウ「兄貴、携帯の電源くらい入れとけよ」山では携帯の電波が届かないから電源を切っていた。
居間に入ると、ちゃぶ台に向かって、母とミサトさんがなにやら会話をしていた。
ホシノ「ミサトさん!どうしてここに!」俺の実家にミサトさんが来ていた。
ミサト「ホシノさんに連絡が着かないから直接訪ねてきたのよ。空港で別れた切りなんの音沙汰もないのだもの」
ホシノ「いや、あの。連絡先がわからなかったのは俺もです」ミサトさんのSNSや仕事先に連絡することはできたが。
ミサト「はあ、やり様はあったでしょうにつれないのね」俺とミサトさんのやり取りを家族が眺めてニヤニヤしている。
ホシノ「とりあえず俺の部屋に来てください」ちゃぶ台に置かれたコップとお菓子を手にとって自室へ向かう。
部屋に入ると俺は机の椅子に座り、ミサトさんはベットに座った。
ミサト「以外と普通の部屋ね。マンションのときはアニメのポスターやホモビ男優のフィギュアがあったのに」
ホシノ「俺だけの部屋じゃありませんから、今は一つ下の弟が使っています」
ミサト「そういえば三兄弟だったわね」一番下の弟は大学の寮で暮らしている。
ホシノ「えっと、それよりどうしたんですか?急に訪ねてきて」
ミサト「ふふ、わからないのかしら?」ミサトさんはこちらを見つめて微笑んだ。今朝の夢が頭をよぎる。
しばらくの沈黙の後、俺のリアクションが悪かったせいか、ミサトさんはため息をついた。
ミサト「みんな東京に集まっているわよ。ノギさんもヤマモトさんもキムラさん、ヒラノさんも」
ホシノ「へ?会社に復帰できたんですか?」そういえば俺は会社に連絡を入れていなかった。
ミサト「キムラさんとノギさんは会社に戻ったわよ。あんなブラック企業なのに物好きよね」
ホシノ「ヤマさんとヒラノさんは違うんですか?」
ミサト「ヤマモトさんはノギさんのマンションで居候しているわよ。ヒラノさんは別のIT系の会社に就職したみたい」
ホシノ「ミサトさんは芸能界ですね。みんなとは会っているんですか?」
ミサト「ええ、以前ほどでは無いけれど会っているわよ」俺もみんなに会いたい気持ちが湧いてきた。
ミサト「ホシノさんも来なさい。東京に」これが本題のようだ。
ホシノ「いずれ行きますよ。同人で一山当てるつもりですから。今は派遣でお金を貯めているところです」
ミサト「今すぐ東京へ行きましょう。しばらく私の家に居候させてあげるから」そういえば日本に帰ったら一緒に暮らそうって話を何度もしていた。
ホシノ「今っすか!?仕事の契約が二週間ほど残っているのですぐは無理です」契約の更新は断るにしろ、契約期間は守りたい。
ミサト「なら二週間後ね。住所をメールで送るわ」ミサトさんは話をどんどん進めていく。
ホシノ「あの、俺実は」ミサトさんへの恋愛感情が無くなったことを伝えなければ。
ホシノ「島ではミサトさんに告白みたいなことをよく言っていましたが、今はミサトさんのことを友人としか思えなくなっています」
ミサト「はぁ?」ミサトさんは困惑している。
ホシノ「ごめんなさい。友達のままでいましょう」
ミサト「なぜか私が振られたみたいになっているようだけれど、東京に行きたく無いということなの?」
ホシノ「東京には行きたいです。みんなとまた遊びたいですから」
ミサト「なら私の家で就職活動をした方がいいでしょ?」なんだか話が食い違っているような。
ホシノ「同棲しようって話ですよね?恋人として」
ミサト「そんな訳無いでしょ…就職したら出て行ってもらうわ」東京で暮らすための手助けをしてくれるということか。
ホシノ「そうでしたか…俺はてっきり故郷に帰ったら結婚しよう的なやつかと思いました」
ミサト「ホシノさんは相変わらずね。みんなホシノさんとの再会を楽しみにしているわよ。特にヤマモトさんが」
ホシノ「みんなとは島で別れたきりですからね」みんなの顔を思い出すと顔がにやけてしまう。
ミサト「用は済んだわ。東京へ来るときは連絡をちょうだい。それとこれ」ミサトさんは立ちあがりこちらへやってきた。
ホシノ「鍵ですか。もう東京へ帰るんですか?」ミサトさんのマンションの合鍵のようだ。
ミサト「飛行機は明日だから、少し観光をしてから帰るわ」
ホシノ「俺が案内しますよ。車も出せますし」せっかく遠路遥々やってきたのだからもてなしたい。
ミサト「それならお願いしようかしら。でも、一度お風呂に入ってほしいわ。キャンプをしていたのでしょ?なんだかイカ臭い」
ホシノ「シャワーを浴びてきます…」俺はいつも通り三分でシャワーをすませて二人で出かけることにした。
俺は観光地へ連れて行こうとしたが、ミサトさんは俺の家の近所を歩きたいそうだ。
ホシノ「ここが俺の母校の小学校です」校舎は俺が卒業した頃のまま変わっていない。
ミサト「普通ね。当時はどんな遊びをしていたのかしら?」
ホシノ「外で遊んだりゲームをしたり、今とそんなに変わりませんよ」
こうしてミサトさんと一緒に地元を歩いているのは不思議な感覚だ。非現実的というか夢を見ているような気がする。
地元の友人「ホシノ〜、お?彼女とデート中か?」地元の友人に声をかけられた。
ホシノ「よう、タカハシ。ミサトさんは男だぞ」
タカハシ「おまっ、そうゆう趣味だったのか…」
ホシノ「無人島で一緒に暮らしていた仲間の一人だって」地元の知り合いはみんな俺の遭難事件を知っている。
タカハシ「そうか、そうだったのか。うむ、無くは無い」タカハシはミサトさんをねっとりと眺めた。
ホシノ「何が無くは無いんだ〜」タカハシにミサトさんを紹介した。
ミサト「地元で楽しくやっているみたいね。彼女はいないみたいだけれど」
タカハシ「ホシノが女と一緒にするとこなんて見たことないわー」
タカハシと別れたあとは防波堤で海を眺めることにした。
ミサト「日本の海は藍色ね。潮の臭いも、あの島と違って濁っているような感じがするわ」
ホシノ「魚はこっちの方が美味しいですよ。北の海の方が脂の乗りがいいみたいです」
ミサト「日本に帰ってきてから、ホシノさんは海や山に行くようなったようだけれど何故かしら?」
ホシノ「趣味の理由を聞かれると困りますね。たぶん、あの頃が楽しかったからだと思います」
ミサト「一人きりでも?」
ホシノ「それを言われると…みんなと一緒のほうがいいです」
ミサト「なら東京へ来なさい」
それから数日後、俺は仕事をやめて東京へ、ミサトさんの家に居候することになった。
ホシノ「結構広いですね。二部屋もありますし」ミサトの部屋は相変わらす不要なものが無い、白い壁に囲まれてさっぱりとした感じだ。
ミサト「明日の夜にみんなでここで集まって東京再集結パーティーをする予定よ」どうやら他のみんなも近くに住んでいるらしい。
ホシノ「それにしてもミサトさんが家に貯めてくれるとは思いませんでした」ミサトさんの家へ遊びに行っても、いつも夜には追い返される。
ミサト「あの生活で賑やかなのには大分慣れたわ。そっちの部屋には入らないでね」ベットとタンスがある部屋は立ち入り禁止のようだ。
ホシノ「一つ屋根の下で深まる関係とは言いますが、俺は男に興味ないので平気ですよ」
ミサト「どうかしら?欲望の捌け口があれば間違いは起きないと思うけれど」
夜、食事を終え、シャワーを浴びて、そろそろ寝る時間になった。
ホシノ「ちなみに、夜はどこに寝ればいいのでしょうか?」床はフローリングでソーファ等は無い。
ミサト「座布団があるからそれを敷くといいわ」新しい共同生活は予想よりも冷遇されそうだ。
ホシノ「一緒にベットで寝ませんか?絶対何もしませんよ」
ミサト「ハングリー精神は必要よ。恵まれた環境だと居座ってしまうもの」
実はミサトさんは俺のことが好きで、色々口実をつけて同棲したいのだと思っていたが、違った。
ミサト「私は寝るわね。夜更かししてもいいけど静かにね。おやすみ」ミサトさんは自室のドアの向こうへ行ってしまった。
俺はテーブルのアイスティを一気に飲み干して、部屋の電気を消して横になった。
座布団を二つ並べて敷き、上着を数枚毛布代わりにする。
まだ眠るには早い時間だが、うとうとしてきた。
まどろみの中、しばらくすると、ドアの開く音がして人の気配が近づいてきた。
俺の左肩側から誰かが抱きついてきた。柔らかくて暖かい。
ヤマモト「ホシノさん、会いたかったよ」雄臭い、熱い空気が漂ってきた。
ホシノ「ヤマさん…?」俺が名前を呼ぶと抱きしめる力が強くなった。
ヤマモト「あの時、船で旅立って行くホシノさんの姿がずっと目に焼き付いているんだ」
ヤマモト「ずっと心配で、会いたくて。昼も夜もホシノさんのことしか考えられなくて」
ヤマさんが耳元でささやき続けるが、俺は眠気に抗えず、話が理解できなかった。
ホシノ「なんだかとってもねむいんだ…ヤマさん」ヤマさんには悪いが眠ることにした。
ヤマモト「初めて虫を食べた時を思えているかい?知らないだけなんだよ。美味しさをーー」
ミサト「おはよ。ゆうべはお楽しみでしたね」ミサトさんの声で目が覚めた。
ホシノ「おはようございます。ゆうべ?」左手が誰かに握られている。ヤマさんが隣に寝ていた。
ヤマモト「おはよう。聞こえていたのかい?」ヤマさんは恥ずかしそうに目線を窓の外へ移す。
ホシノ「あの、なぜヤマさんがここにいるのでしょうか?」ヤマさんはノギさんの家に居候していたはず。
ヤマモト「ノギさんが毎晩僕をいぢめるんだ。就職できない僕が悪いんだけど」
ミサト「昨日、ホシノさんが来る前にヤマモトさんと相談してね。合鍵を渡しておいたの」
ホシノ「そうですか…」ヤマさんのことは好きだけど、ミサトさんと二人きりのほうがよかった。
ミサト「私は仕事があるから、二人はパーティーの準備をお願いね」ミサトさんは仕事へ出かけ、俺とヤマさんの二人きりになった。
ホシノ「パーティーの準備は夕方あたりからするとして、俺らはこれからどうしましょうか?」
ヤマモト「僕らはハローワークへ行こう。道すがら周辺の案内もするよ」ワクワクドキドキでミサトさんの家にやってきたが現実はこんなものか。
夜頃にミサトさんが帰って来ると、続けざまにインターフォンが何度も鳴った。
ノギ「ホシノくん、久しぶりだな」俺はノギさんと硬い握手をした。
キムラ「久しぶり、ホシノさんならやってくれると思っていたよ」キムラさんは俺の肩を軽く叩いた。
ヒラノ「お久です。今日はえんかいだー」ヒラノさんは会社をクビになってやや暴走気味だ。
部屋にはテーブルが無いから、あの頃のように床に置いた食べ物をつついて食べる。
ホシノ「やっぱ日本の食べ物は美味しいですね。文明って偉大です」色々な食材と調味料は毎日の食事を飽きさせない。
ノギ「そうか?あの頃の食べ物ほど美味しいと感じたことは無い」
ヤマモト「ノギさんは毎日カップ麺ばかり食べているからだよ」
ノギ「私は忙しいのだよ。ヤマモトと違ってな」
ヤマモト「…」
ホシノ「ヤマさんは頑張ってます。結果はいずれでますよ」
ヒラノ「僕だって頑張ってたんですよ。なのに使えないからクビだって…」
キムラ「暗い話は一先ず置いて、無事に日本へ帰ってこられた喜びを思い出そう」
俺とミサトさんは航海中の出来事を話し、キムラさんたちは島に救助が来るまでの話をしてくれた。
ヤマモト「そっか、本当に危険な橋をわたらせてしまったね」帰国後に地図で調べたところ、目的地にしていた大陸から大きく北にそれて別の島へ着いたようだ。
ミサト「ヤマモトさんの計算は間違っていいなかったわよ。私が進路のズレに気付けなかったから」
キムラ「いいや、進路のズレを最小限に抑えられたのはミサトさんの力だよ。海の真ん中で方向を見失わないだけで奇跡さ」
ホシノ「ヤマさんの作った釣り餌は期待通り日持ちしてくれましたし、あれ以上の策はなかったと思います」
ヒラノ「僕ら四人も頑張ったんですよ。あの後、遺跡で生活を初めて、イノシシに襲われて、メガネが壊れて。生きた心地がしませんでした」
ノギ「メガネを失ったヒラノ君はいつも以上に無能だったな」
キムラ「みんな視力が低いから、蛇や危険な動物に気付いてくれなくてヒヤヒヤしたよ」
ヤマモト「キムラさんがいなければ全滅していたかもしれない」
ノギ「イノシシを私とキムラさんで仕留めた武勇を聞かせてやろう」
俺とミサトさんが居ない間の島では、筋肉信仰がより一層強くなったらしい。きっとヤマさんは色々と苦労しただろう。
会話をしながら、お酒を飲み、ゲームをし、楽しい時間が過ぎてゆく。俺はこの時間を過ごすために毎日忙しく働いていたことを思い出す。
改めて東京に帰って来た気がした。
ノギ「ヤマモトは嫌がっているが、ホシノ君は会社に戻ればいいではないか?」
ホシノ「いや、あの会社はちょっと…みんなが、全員居てくれたからなんとか踏ん張れた感じでしたから」
ミサトさんも絶対にあのブラックIT企業には戻らないだろうし、お荷物のヒラノさんを雇ってくれるとは思えない。
ミサト「またみんなで集まれたけれど、いつかはバラバラにそれぞれの人生を歩んでいくものよ」
キムラ「そうだね。自分はもう数年したら家業を継ごうと思っている」キムラさんの実家は内装業を経営している。
ヒラノ「社長!僕も連れってください。一生キムラさんについていきます」キムラさんは引きつった笑いをした。
ノギ「ホシノくんが東京へ来ないのは家業を継いだからだと思っていたが。ちがうのか?」
ホシノ「兄弟のうちの誰かが継いでくれると思うので、自分は好きにやってます」
ミサト「ホシノさんの実家に行のだけれど、いいお店だったわよ。ヤマモトさんと一緒に新しい饅頭を開発すなんてどうかしら?」
ホシノ「いやいや、せっかく東京へ来たのに簡単には帰りませんよ」
夜は更けてゆき、ミサトさんは自室へ、ヤマさんとヒラノさんは部屋の隅で眠ってしまった。
ノギ「子供は眠ってしまったな。さて、誰からミサトさんの部屋に行くかジャンケンでもするか」
ホシノ「腐ったジョークはミサトさんだけで十分です」
キムラ「自分は振られた身だから…いや、ダメだから」
ノギ「そう難しい話ではない。愛でたいものを愛でるそれだけのことだ」
ノギさんは立ち上がろうとするが、キムラさんの手が肩をガッチリと掴んでいた。
ホシノ「返り討ちにあって残機が減るだけですよ。ミサトさんは躊躇なく金的をしてきますから」
キムラ「ミサトさんは遠路遥々ホシノさんの実家まで行ったくらいだ。脈はあるんじゃないかい?」
ホシノ「いえ、無いですよ。それに俺、男に興味はありませんし」
ノギ「ふむ、性別など些細なことだと思うが。生物としての役割に殉じるのもよかろう」
お酒をちびちび飲みながら、三人で色々な話をしてパーティーを終えた。
ヤマモトさんはノギさんが連れ帰り、部屋は俺とミサトさんだけになった。
ミサト「ふふ、家政婦を取られてしまったわ。ノギさんはああ見えてもヤマモトさんを愛しているのよ」
ホシノ「ヤマさんは家事スキルが高いですから」
ミサト「鍵はもたせているから、また夜にやってくるかもしれないわね」ヤマさんの熱い吐息を思い出す。
ホシノ「…早く就職して出て行きます」俺はすぐに仕事を見つけて一人暮らしになった。
俺たちの東京ライフがまた始まる。
完結
ミサト√tureは以上で完結になります。