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第1章 学校だるい

見上げた空は曇天だった。


なんて日だ、何て思わなかった。


ここ最近ほとんど外出していなかったのだ。

そんなことよりも少しジメジメした空気が肺の中に染み渡り、心地良さすら感じる程である。

今にも雨が降り出しそうな空を見上げながら、俺は久しぶりに外の土を踏みしめた。


事の発端は2日前の土曜日のことだ。


その日の朝、家にいきなり電話が掛かってきた。

心当たりを探りなぐりながらも、心当たりなんて全然無く、受話器を取ってみれば相手はどうやら担任で、「どうだ、調子は?」とか、「今クラスでなぁ……」っといった感じの、要するにそろそろ再登校し始めないか?といった趣旨の内容だった。


いや、誤解を生みそうなので釈明しておくが不登校だったのは別に虐められていたとかそういう訳ではない。


高校2年の春。

時期的にもそろそろ受験を意識してもいい時期だと思う。

まあ、クラスの奴らはあまり意識していないようだが偶然にも俺はした。


そろそろ勉強を始めなければと、自分の偏差値と睨めっこしながらそう感じていた。


頭が中の中程度の出来である俺にとっては目指す志望校の偏差値には到底及ばなかったのだ。


そう、俺には志望校がある。

クラスの奴らなんかはまだ行きたい学科くらいしか考えていないようだが、俺には明確な志望校があるのだ。


志望理由なんていうのは案外単純なもので、2年の夏に見に行ったオープンキャンパスがきっかけだった。


なんとういうか、雰囲気がとても俺好みだったのだ。


そしてそこでもらったパンフレットを励みに俺は一ヶ月前から家に篭り受験勉強を開始した。


ちなみに学校には毎日母に、体調が崩れていると電話して貰った。


母は俺が受験勉強で学校に行かないことを知っているので「そんな!? うちの子が不良に!?」なんてヒステリックを起こしたりはせず、寧ろ進んで俺のグルをやってくれた。


そんな母に報いるためにも勉強にもっと打ち込まなければ……と思った矢先に担任から電話がかかってきたのだった。



久しぶりに行った学校は一ヶ月前に見たときと何も変わらなかった。

周りの友達やクラスメイトも俺が休んでいたのは受験勉強に打ち込むためだと知っていたから、別に変なことを聞かれることなんて無く、寧ろ「勉強はちゃんと進んだ?」とか、「俺もそろそろ始めねぇーとなぁ」とか言って同調してくれさえする。


いい友達を持ったものだ。


クラスにDQNグループがいない訳では無いが、なんだかんだでそいつらとは接点はあまり無いのでほとんど関わって気すらしない。

久しぶりに顔を合わせて「おぉ、お前生きてたのw?」と冗談交じりに言ってくるくらいなものだ。


一番面倒なのは寧ろ担任だった。


担任は俺が受験勉強に熱中するために休んでいたのを知らない分、タチが悪い。


なんたって俺が虐められていたのは確定の流れで話をしてくるのだ。


だけど本当のことはあんまり話したくも無い。

この時期から受験勉強を始めるガチ勢だとはあまり思われたく無いのだ。期待されるから。

それに、言ったら普通に学校に来れば勉強だってできるだろ? とか言ってくるんでしょ?


ダメなんだよ。授業だと寝ちゃうから。

人にはそれぞれのやり方っていうのとペースっていうのがあるの。


先生にだって学生時代あったはずだ。

授業に追いつけなかったり、逆に進行が遅かったり。


そんな自分のペースで出来ない勉強よりも自分でやった勉強の方がはかどると俺は2年の冬休みで気付いたのだ。

だから成績を割り切って受験勉強を始めた。

それの何が悪いというのだ。


必要出席分は出席するつもりだったが、それはもう少したって、学校も完全に受験勉強が始まった頃からからまた通い直せば足りる計算だったのだ。


クソ、計画が狂った。


そんなことを考えながら担任のありがたいお話を右の耳から左の耳に流しながら「はい、大丈夫です」とか「何かあれば相談します」とか適当に相槌を打っていたらいつの間にか時刻は午後の四時を回っていた。


本当に1日を無駄にした気分だ。


今日やった授業だって、3週間前にはに予習が完了し、理解し終えた内容だったところだったので、ほとんど受けるだけ無駄な授業だった。 この時間をフルに使って勉強したらもっと効率的に勉強できるだろうに、わざわざ先生から隠れて、授業中コソコソ勉強するというのは本当に面倒くさい作業だった。


はぁ。

ため息一つ、いや二つ三つと続けてはきたいい気分だったが公共の場であることを意識しつつ、なんとか一回で収めて、帰路につこうとしたところで後ろから聞き慣れた声が聞こえた。


「よぉ、今帰り?」

「うん? ……まあ」


振り返って見ると相手はクラスでも結構仲良くしてくれる友達Aだった。


「マジか、丁度いいな。丁度俺も今、日直忘れた罰が終わったところだったんだよ。 いやー結構面倒くさいんだぜ? 用具倉庫の整理っていうのは。 毎日やってる運動部にはマジで尊敬するわ」

「なに、お前日直忘れたのか? 用具倉庫入れ? そんなとこあったっけか?」

「おいおい、お前もうこの学校に2年もいるのに用具倉庫入れの場所知らないの?

北校舎ってあるだろ? 北校舎と駐輪の間の脇に細い道があるんだけど、そこの突き当たりに小汚い倉庫があるのよ。それが用具入れ」


ジェスチャーを交えて教えてくれる。


そういえばあったな。そんなところ。

サッカーの授業なんかでサッカーボールを出し入れする際に俺も出入りした気がする。


「あぁ、思い出した。 サッカーの授業の時にサッカーボール出したところだったよな」


そう言ってゆっくりと歩き出す。

Aも俺の横に並んで一緒に歩き出した。


「そうそう。 そこの奥にさ、三角コーンとかあんだけど、それの数があってるか確かめる作業だったわけ。しかもわざわざそれを倉庫から取り出して確認するもんだから、余計面倒くさくてな。

取り出す手前にサッカーボール入ったカゴとかあったりして……」


語り出したAの話を、俺はぼんやりと話を聞きつつ、適当に「大変だったな」とか「次からは気をつけろよ」とか言ったりして信号機の手前くらい前まで話していたが、突然Aが「あ!」っと何かを思い出したかのような顔をして、くいっと顔をこちらに向けてきた。


「そうそう、俺さ塾やってるんだけどお前も来ないか?」

「どうして?」

「いやどうしてって、それは勿論俺とお前の仲じゃんか。同じ学び舎で学び、同じ通学路を並列して自転車で走る。ざっ、青春よ。俺は一緒にそんなことをする友達が欲しいんだよ」


塾か。塾ねぇ。

そもそも学校のペースについてけないから家で勉強してるんだが、それだと本末転倒になる気がする。


「教師が黒板に書いてく、学校形式みたいなやつ?」

「いや、映像授業。 ひとりひとりに一つのパソコンがあって、自分で操作して映像で授業受けんの。自分で分からんとことか何回も見直せるからわかりやすいぞ」

「え? 塾でわざわざ映像授業なんてやってるのか?

それってあんま意味なくね? 家で映像授業やればいいだろ」

「いやいや、周りがみんな進学校の奴らだからやる気がでるっていうか、雰囲気が出るのよ。お前も受験勉強で休んでんだろ? 正直俺には学校休んでまで受験勉強なんで想像もできないけど、お前が受験に本気なのはわかった。どうだ? 頭のいい奴らに囲まれながら勉強するのは? それなりに捗るぞ?」


Aはそう言って、カバンをゴソゴソ2、3枚ほどのA4サイズほどのプリント用紙を取り出し、そのうち一枚を、ほらよっと俺に手渡してきた。

プリント用紙を見てみるとそこには「新規入学生募集! 友達に誘ってもらって図書カードを一緒にもらおう!」と大々的にかかれ、その下に詳細が小さな字で書いてあった。


要するに、俺がこいつの誘いで塾に入るとこいつと俺に図書カードが贈呈されるというわけだ。


現金なやつだ。

だが、確かに自分のペースで授業を見れるというのはいいかもしれない。


俺は天才とか秀才って訳ではないので一人で、全ての勉強を理解できるなんて思ってやしない。むしろ、最近無理に詰め込んでいたせいもたたって、わからないところも結構出てきたところだったのだ。


「んー、取り敢えず考えとくわ」


とはいえ親などとも相談しなければならないようなことだったので即決はせず、そう言って貰ったプラントを二つに折ってバックにしまった。


「あぁ、よろしくな! あと俺、このあとバイトだからここでお別れだ。 さらば心の友よ!」


そう言ってAは進行方向から見て右にある信号を小走りで渡って行った。


まぁ丁度塾に通い始めようかとは考え始めていた頃ではあるし、取り敢えず参考にはさせてもらおうか。


そんか風に考えて、交差点で止まっていた足を再び自宅へ向けて踏み出した。



家に帰った俺は今日貰ったチラシを母親に渡し、塾に通いたい旨を伝えてから、自室にこもって受験勉強をした。


取り敢えず今は時間がある限り勉強。

あとから嘆きたくはない。後悔したくはない。

人生は一度きり、というのは深く考えると結構心にくるものだ。

そうだ。人生は一度きり、後にもこれからにも後悔しない人生を歩んでいくには、今が一番頑張らなければいけない時期だと思う。


モチベーションを保ててる今は時間が許す限り勉強をしよう。


机に向かって、チラチラ志望校のパンフレットを見ながら勉強意欲を上げつつ勉強をしていると、ちらりと別の紙も目に映り込んできた。


学校の日程表。

2年生の4月にもらって、目に付きやすい場所にと机に画鋲で留めたものだ。

それを見て今日の学校でのことを思い出し、俺は日程表を引きちぎってグチャグチャに丸めてから、ゴミ箱に投げ捨てた。


うん、明日からも不登校しよっと。


そうして俺は今日が終わるくらいまで勉強し、睡魔がやってきたところでうっつらうっつらと頭が動き出して我慢出来ずに机に伏した。


布団に潜るのも面倒くさい。今日はこのまま寝よう。


そうして俺は意識がぼんやりかすれていくのを感じた。とりあえず、明日は数学を強化するか……



「おいっ! 知ってるか? 今度領主のところに新しい子供が出来るらしいぞ!?」


そこは酒の匂いと喧騒が周囲を包む薄暗い酒場だった。

周囲の喧騒に負けぬようにと発した言葉はちゃんと話している相手にも伝わったようで、目を見開いて驚いた表情を見せる。


「本当か! おうおう、めでてぇことだ。だが、そんなこと今の今まで噂すら耳にしなかったぞ。 どこから仕入れた情報なんだ?」


会話の席に座るのは3人だ。

丸机を囲むように座り、三人にしては多い数のからのビール瓶が机の上に転がっている。


「いやぁ、それがよ、俺も知り合いの冒険者から聞いた話なんだが、奥さんのお腹がふっくらと大きくなってたそうなんだよ。いや、別に太ったって訳ではないらしくてな。

顔は噂通りの美貌だったらしい」

「そうなのか。 領主にはよくしてもらってるしこれは祝ってやりたいなぁ」


そう言って男たちは、机に置かれた酒瓶を直に口につけラッパ飲みをする。


「プハーッ!そうだ! 賭けをしないか? 次の子が男か女か」

「いいだろう! 俺は男に10ベリスだ」

「じゃあ俺は女に10ベリス」

「もちろん俺も女に10ベリスだ。エリカ様があんなに綺麗な顔をしてるんだ。女だったらエリカ様に似にて、さぞべっぴんになるにちげぇねぇからなぁ」

「賭ける理由になってねぇよ」


ゲラゲラと下品に笑う屈強な男たち。

その後も男たちはテーブルに転がる、まだ封の空いていない酒瓶を何本も空けながら、一晩中、会話に花を咲かせた。



同時刻。

そんな男たちの声に耳を傾ける、黒ずくめの全身をマントで覆った男が一人の男と酒を飲んでいた。


「おい、あいつらはどうして知ってんだ?」


黒ずくめの男は丸テーブルの向かい側に座るのは軽装の甲冑姿の青年に声をかける。

周りがうるさいので、どうしても少々怒鳴るような声音になってしまう。


「じ、実はですね、つい先週奥様がどうしても外に用事があると言うので……」


青年その大きな体躯を居心地が悪そうに縮めながらかろうじて喧騒に負けないくらいの声で話す。


「それで外に出したのか?」

「あの、その……一応止めはしたのですが……」

「……まぁいい。 でもあと少しで出産なんだ。母体になにかあってからでは遅いんだぞ」

「はい……申し訳ありません。 以後気をつけます」

「……まあいい。それは許すとしよう。 それで……どうだったんだ?」

「あれ……あぁ、行ってまいりました。神父様によると元気な男の子だと」

「おぉ! そうか我が家にもついに待望の長男が出来るのか! そうだ! イニシャルは貰ったか?」

「いえ、イニシャルの方は貰えませんでした」

「そうか……まぁ元気ならばそれでいい! 最終的にものをいうのは才能よりも努力だからな」

「そうですよ。 名のある偉人の中にはイニシャル無しなど両手両足の指の数より多いと聞きますし」


うんうんと頷く黒マント。

本人としては目立たないように黒マントを付けているのだが、酒の席で顔を隠すという行為自体が逆に周囲の視線を集めていた。


だが黒マントはそんなことには気づかない。

向かい側に座る男は気付いていたが、あえて黙っていた。


「よし、じゃあそろそろ家へ戻るぞ。 我が愛しの妻が俺の帰り心待ちにしてるだろうからな」

「そうですね。早めに帰りましょう」


用事を終えた二人はそそくさと酒場を後にした。

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