目的地へ
「山を越え、カルメル海道を抜けた先に港町がある。そこが我々の目的地だ」
山小屋を後にし、平坦な草原の道を歩む二人。ベルナドットは、ボトキンの案内に導かれる形で旅を始めたのだ。
「その港町には、一体何の目的があるんだ?」
ベルナドットがまっすぐ前を向いたままに問いかける。
「覚えていないかもしれないが、私は元王国騎士団所属の貴族だ。騎士団繋がりの友人を訪ねるつもりさ」
「その友人とやらに手助けを求めるということか」
「ま、そう考えてもらって間違いはないよ」
話を終え、しばらくは歩くことに専念した二人。
やがて日は沈み、夜が訪れた。
「今日は、このあたりで野宿するしかないな」
ベルナドットが大きな背荷物を下ろすと、手慣れた様子で火をおこし始めた。
「すまないね。テントまで用意させてしまって」
「構わん。俺はこういったことしか出来んからな。他人とのやり取りはお前に任せきりになりそうだしな」
「安心してくれ。君も徐々に慣れていくさ」
「だと良いがな」
そうこうしている内にテントが立ち、手ごろな焚火が用意された。
先の長い旅の一日は、ゆっくりと幕を降ろした。
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「意外と、大きな町なのだな」
「そうだろう。初めてこの街を訪れた者は皆口を揃えてそう答えるからね」
三日歩き続けたのちに、二人は港町、『ティベリアス』に到着した。
そこは港町と呼ばれるだけあり、数多くの漁船が港に停留していた。
魚市場にはしきりに人が往来し、活気あふれる声が響いていた。
また、港から少し離れた先には大きな砦が建っていた。ボトキンが言うには、そこの砦にはティベリアスを治める貴族と近衛兵が駐屯しているそうだ。
「話を聞くに、お前の友人はあの砦にいるのだろう」
指を指し、ベルナドットはボトキンに対してそう問いかけた。
「大当たり。実のところ、ここ10年は顔も合わせていないんだ。私のことを覚えていてくれれば良いが」
「友人に年月など関係ない」
ベルナドットの思いがけない言葉に、ボトキンは目を真ん丸にして驚いた。
「そんな顔をするな。俺はあくまで人からそう聞いただけだ。そもそも、俺に友人など居らんからな。どんなものかも良くわかっていない」
「成程ね。確かにその言葉は間違いではないよ。友情は不滅さ」
「そういうものなのだな」
「ただし」
「ん?」
「時に友情とは、残酷な化け物へと姿を変えることも忘れてはいけない」
ボトキンは神妙な面持ちでこう綴った。
「すまない。その言葉の意味がよくわからんのだが―――
「さて。日が暮れないうちに会いに行こうかね」
ベルナドットの言葉を遮るようにして、ボトキンは強引に歩み始めた。
●●●
「何者だ」
「ボトキンが来たと、バウル侯爵に伝えてほしい。そうすれば分かってもらえるはずだ」
城門の前で兵士に呼び止められたボトキンは、堂々とした佇まいでそう答えた。
しばらくした後、懐疑的な様子だった兵士は戻ってくるや否やすぐさまボトキンとベルナドットを門の中へと通した。
大変、歓迎的な雰囲気をベルナドットは感じた。
砦の中はかなりの面積をもって建てられたのか、大きな噴水広場まで完備されていた。
中には、明らかに貴族であろう服装をした女性や男性が廊下を往来していた。
「見たところ、兵士は皆エルフのようだな」
「エルフは非常に優秀な弓手でね。城兵にはもってこいの種族なのさ」
「そのエルフたちが必死で守る対象と言うのが、人間というわけだ」
「ご名答。ただし、口には出さないがエルフは人間たちに対して『守ってやっている』と思っているんだけどね。そんなこと、人間は気づきもしていないだろうさ」
「皮肉なものだな」
広間を抜け、城主である謁見の間に通された二人。
扉を開けるや否や、すぐさま大きな声が聞こえてきた。
「おぉ!ボトキンじゃないかぁ!一体この10年、どこをほっつき歩いていたんだ!顔ぐらい見せにこんか!」
「久しいな、友よ。すまない。こちらも事情があってね」
ボトキンが笑顔でそう答える相手こそ、ティベリアスを治める貴族、『バウル伯爵』だ。
顔には大きな口ひげを生やし、大変ふくよかな体系をした小柄な男だ。
「積もる話は後にゆっくりとしよう、バウル。君に紹介した人がいるんだよ」
「ほほう。わしにか」
ボトキンはバウルとの話を後にし、後ろに控えていたベルナドットを前に誘導した。
「さぁ、自己紹介をしてくれないか」
ボトキンに促され、ベルナドットは無表情に話し始めた。
「私の名はベルナドットだ。きこりをしている」
「ほほう!それでそれで!?」
「以上だ」
「むほっ!」
思わず噴き出したバウル。
ボトキンは隣で苦笑していた。
「なんじゃい!この、ぶっきらぼうな大男は!」
「すまないな、バウル。彼は世俗に干渉されない生活を送ってきたものだから、形式的な言動や行動は苦手なんだよ。許してくれ」
「うぬぬ。お主がそういうのなら」
苦虫を潰したような顔をしながらも、バウルは何とか身を引いた。
「彼を連れてきたのは他でもない。私の目的を果たすためだ」
ボトキンは続いて答えた。
バウルはボトキンの短い言葉の意味を察したのか、間の抜けた表情から急に険しい顔つきへと変化した。
「この男で、本当に良いのだな?」
「あぁ」
しばらくの沈黙ののちに、バウルを小さな声で「分かった」とつぶやいた。
ベルナドットは二人のやり取りに入ることができず、ただ傍観するのみだった。
「さて!もう日も暮れるころだ。今夜はこの城に泊まっていかんか?積もった話があろう」
「そのお誘い、謹んでお受けするよ。実のところ、ここ数日野宿ばかりでね。屋根があるところで眠りたいと思っていたんだよ」
「それなら話は早い!これ、誰か居らぬか!」
バウルが手を叩くと、すかさず女性のホビットが駆け付けた。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
「この二人を、客間に案内せよ。それと、今宵はご馳走を用意しなさい。それも飛び切りのな!」
「承知いたしました。ボトキン様、ベルナドット様。どうぞこちらへ」
二人は使用人に連れられて、各自個室へと案内された。