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ブリキの木こりと呼ばれる男

「そういえば、自己紹介がまだだったね。私はボトキン。元王立騎士団所属の小さな貴族さ」

一方的にボトキンから自己紹介をされ、声の主も返さざるをえなくなった。


「俺は、ベルナドットだ。ご覧の通り、木こりをしてる」

ベルナドットが答えた。

「君のことは知ってるよ。【ブリキの木こり】とみんなから呼ばれてるんだってね」

「そこまで知っているのなら、俺から話すような事は何もない」

ため息混じりに、ベルナドットはそう切り捨てた。


双方の挨拶が済んだ所で、ようやくベルナドットが本題を進めることができた。


「それで、【王】にするというお前の言葉には一体どんな意味が込められているんだ」

「意味も何も無いさ。そのままに受け止めてもらえればそれでいい」


ボトキンは至って真面目な調子で答えた。

だが、そんな言葉を鵜呑みに出来るほどベルナドットは馬鹿ではなかった。


「話しにならんな。さぁ、もういいだろ。こっちも暇じゃないんだ」

そう言い捨てると、ベルナドットは半ば強引にボトキンを押しのけて歩いていった。

ベルナドットは山小屋の扉を開けて、持っていた斧を棚の隅に立てかけた。

続いて水の張った鍋を火にかけ、道中で採ってきた山菜と野いちごをテーブルの上に置いた。


それは、先ほど変な男が自分に会いに来たことなど無かったかのような、至って『日常 』的な動作だ。


すると、


「ひどいなぁ、私を置いてきぼりにするなんて」

反射的に、ベルナドットは声のした扉の先に目を向けた。

そこには、ボトキンが立っていた。


「いつの間に入ってきた」

「つい先程、だよ」

ベルナドットは、それ以上の言葉を掛けることは無かった。

無言でボトキンに近寄り、押しのけ、先にある扉を開けた。

ベルナドットは、じっとボトキンの目を見つめた。


「無言の圧力。出ていけと言うことかな」

そのあまりのプレッシャーに、思わず額に汗がにじみ出る。

ベルナドットは、190cmはあろう高身長に、木こりらしいがっちりとした大きな巨体をしている。

一方のボトキンも背は低くはないのだが、それでもベルナドットとは頭一つ分も離れていた。

そんな男に睨まれてのボトキンの反応は、仕方の無いことだった。


「分かった。ここは大人しく出ていくよ」

ボトキンは答えた。

「でも、その前に君に見てもらいたいものがある。私が出ていくのは、それからだ」

ボトキンはベルナドットの威圧に負けてはいなかった。

堂々とした態度で、ボトキンはベルナドットを見つめ返した。


「いいだろう」

しばらく沈黙の時間が過ぎ去った後に、ベルナドットが重い口をひらいた。

「だが、その見せたいものとやらを俺が見たら、もう俺に構わないでもらいたい」

「いいさ」

ボトキンは笑顔で答えた。

「なら、早く行こう。さっきも言ったが、俺も暇ではないのでな」

早々に外に出るベルナドットの背を見ながら、ボトキンはぼそりと呟いた。


「あなたが【それ】を見て、王になりたいと言うのなら、私は喜んで受け入れますがね」


⚫⚫⚫


「それで、その見せたいものとはどこにある」

「まぁ、そう急かさないでくれ。とにかく、町に出ようか」


ベルナドットの山小屋から少し離れた場所に、小さな町がある。

そこには多くの種族が混在して住んでおり、比較的良好な関係を築いていた。

しかし、唯一町には人間が住んで居らず、ベルナドットだけがここでは唯1人の人間なのだ。


「町に降りてきたのも、久しぶりだ」

町の中を歩きながら、ベルナドットがそう呟いた。

「ほんとかい?ちなみに、町にはどのくらいの頻度で訪れるのかな」

「年に数回。伐採した木を金に換金するのと、日用品を揃えるために降りてくるのが主な目的だ」

「そうかい。思っていたよりも1人で居る時間が長いんだな、あなたは」

そうこうお喋りをする内に、2人の目の前でとある【ハプニング】が起きた。


「誰かァ!誰か助けてください!」

女性の金切り声が、周囲に響く。町の住人もわらわらとその声の元へと駆け寄っていく。


「何かあったようだね。尋常では無い様子だ」

ボトキンもその光景に言及した。

「みたいだな」


2人は周囲に同調し、声のする方へと向かった。

どうやら、荷馬車の車輪が外れ、ホビットの子どもが下敷きになってしまったようだ。

早く助けに行かなければ子供の命が危うい。

しかし、多くの人々が居るにも関わらず、誰ひとりとして助けに向かうものはいなかった。

それどころか、ほくそ笑む者すらいた。


「何故誰も助けようとしないんだ」

そんな異様な光景に、ベルナドットはボトキンに質問を投げかけた。

それは、誰もが抱く疑問だ。

「そりゃあ、助けようとはしないだろうね」

だが、ボトキンはその問に対して冷ややかな受け答えをした。

「何故だ」

続いてベルナドットが問いかける。

「助ける【道理】が無いからさ」

「意味が、よく分からん」

「あなたは1人で住み、1人で生活を送っているから分からないだろう。彼らは必ずしも困っている人が居たら誰であっても助けよう、とは思わないものなんだよ」


それは、この世界での【日常】の説明だった。


「額に印が付いているだろう?あそこで助けを求めている女性は【元犯罪者】と言うことだ」

ベルナドットの視線が、女性の額へと向けられた。


確かに、女性の額には【黒い太陽】と思しき刻印がなされていた。


「【掟】と言っても過言で無いが、彼らは【犯罪者】に手を貸してはいけないのさ。それは罪を償った後でもそうだ。1度でも犯罪を犯したものを、彼らは、この世界は決して許しはしない。そうすることで、犯罪者となる事への恐怖を増長させ、それを抑止力としているのさ」


罪人は裁かれねばならない。それは1度でも行えば罪状も理由も関係ない。


「そしてあの子は犯罪者の子供だ。ここまで言えばもう分かるだろう」


ボトキンの語る言葉を、終始無表情で聞き入るベルナドット。

だがベルナドットの視線はずっと子どもの方へと注がれていた。


「それは、皆がそうなのか」

またも問いかける。

「そうだよ。どこでもそうだ。手を貸す者など、この世界にはいやしない。例えいたとしても、それを行ったものは【犯罪者】となり、立場が同じになるだけさ」

「あの子供は死なねばならないのか」

単調に放たれた言葉だが、【死】という言葉により一層の重みを感じる。


「親のしたことに、子は関係ないだろう」

「だろうね。でも仕方の無いことだ」

「これだけの人が居て、たった1人の子供すら助けられないのか」

「それがこの世界の【規律】だよ」

「そうか」

「そうだよ」


永遠と続くかのような問答が、ようやく終わりを迎えた。

ベルナドットの様子はと言うと、やはり至って冷静。

いや、冷静以上に、何の感情も見いだせない程だ。


ボトキンの言葉に納得したのか。


ボトキンの言葉に納得しなかったのか。


ベルナドットは無表情に、無言で、その光景を眺め続けていた。

そんなベルナドットの横顔を、ボトキンは静かに見守る。


やがてベルナドットが、何の感情も無い顔、声で、ボトキンにこう伝えた。


「なら俺が行く」

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