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17歳と神殺し  作者: 彼岸堂
第二章 彼女達の
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 ……古い、記憶だ。 



「――アイハ。本は好き?」



 あの日、カオンさんはそう言って一冊の紙の本を私に差し出してきた。

 それは戦術院(せんじゅついん)にある電子本とは違い、表紙がぼろぼろで、不思議な匂いのする、見たことがないぐらいに古いものだった。

 私はそれを恐る恐る手に取った。

 そしてその本が、古くはあるが、中の装丁は思ったよりも損傷が少なく、十分に手に取って読めるものであることに驚いた。


「これ、何?」

「これはすっごい昔の、()()()()の紙の本だよ」

「すごっ……古いけど、しっかりしてる。本物?」

「本物だよ! 保存状態が良いのをいくつか見つけてさ。アイハにも見せたくて持ってきたんだ。これ、旧時代の文学なんだよ」

「旧時代――カオンさんはもう読んだの?」

「読んだ! もう全ッ然違うよ! 今の本みたいな同じ言葉が並ぶようなものじゃなくて、もっと、なんていうかさ、生きている力みたいなのを感じられる、すごい中身だった!」

「へぇ……」

「暇なときとかに是非読んでみてよ。アイハは、ハヅミやツグネとかより変なもの好きそうだしさ」

「別に変なものが好きじゃないけど……でも珍しいし気になるから読んでみます。ありがとう」

「感想、聞かせてね」


 私達が娯楽目的で読むことが許されていた本は、確かにつまらないものばかりだった。

 自分達の生き方を、在り方を、どこか一つの所に強要させるような、そんな堅苦しさを感じてしまうようなものばかりであった。

 カオンさんの貸してくれた本には、私の知らない広大な世界が存在していた。

 そこに私は、カオンさんの言う通り――旧時代の人間の想像力ともいうべきか、その力強さを感じた。

 だから私も、自然と夢中になっていた。


「ね? 面白かったでしょ」

「うん、すっごく、面白かったです。こんなにも違うんですね」

「いや~、その感想わかるわ。色々語りたいところだけど……次は漫画読んでみる?」

「漫画って……何?」

「おっと、そもそも漫画を知らないか。じゃあとりあえず読みやすそうなものを……まぁなんというか、絵本がより激しくなった感じかな?」

「よくわからないけど面白そう。見たい」

「そうこなくっちゃ!」



 カオンさんはジュウナナに覚醒して随分早いころから、出動先で旧時代の建築物に入っては、本やら記憶媒体を探してくるのが趣味だったらしい。

 それもこれも、きっかけはシィラ教官の「人類文化」に関する教練だったそうだ。

 私も同じ教練を受けたことがあったけれど、カオンさんはどうもそこで何か惹かれるものを得たらしい。

 直接シィラ教官に旧時代の文化に関する質問をするに止まらず、ついには教官の持つ『史料』も借りていたことも後に知った。

 私に貸してくれた本は、そうして教官から借りてきたものであったり、またはカオンさん自身が発掘してきたものだった。

 かつて人類がこの星のあらゆる場所に生きていた時代には、こんなにも様々な思想と文化が入り乱れていたのかと、私は驚愕した。

 同時に、今の世の中は何故こんなにも文化を制限しているのかという疑問も生まれた。


「あたしも思うよ。生きているからこそ、()だからこそ、あたし達は自由に、楽しいことを追いかけていいんじゃないかってね」

「どうしてそれがいけないんですかね」

「うーん。わかんないけど、人類がこれまでにないぐらい危機に瀕していて、それどころじゃないからかもね」

「……正直、そこまで危機なのかなぁって思います」

「そうだねぇ。そこはあたしも思う。【陽魔(ダイヴァー)】は確かに敵で危険だけど、私達を狙っているかと聞かれたら正直違う気がするし。昔は人間を沢山殺したと聞いているけど、今はそうでもないみたいだし」

 

 まぁそれは私たちが戦ってるからだろうけど、とカオンさんは続けた。


「私達は何で戦っているんだろう」


 私がぽつりと漏らした疑問が、カオンさんに若干の沈黙を与える。


「……()()()()()()()()()()()()()()()()()。もうそんな感じなのかもね」


 カオンさんはそう苦笑する。


「それって、全然自由じゃないですよね」

「まぁ、そうだね。でも、あたし達のおかげで守られているものがあるなら、それも仕方ないね」


 私達はそうやって昔の人類の営みに思いを馳せては、今との違いを考えていた。

 私達が何で生きているのかを、思考していた。

 それが私とカオンさんの、大事な思い出。やりとり。絆。


「――――あたし、【黙霊(ダフマ)】を無事迎えたらさー。作家とかになっちゃおうかな」

「えっ、ほんと?」

「うん。今の時代の創作活動は許可がないと禁じられているみたいだけど、まぁでも、あたし達みたいな経験をしているのが作家とか、絶対面白いでしょ」

「……夢があるね」

「夢は大事だよ。あたし達だって生きている限りは、頑張っていかないと。そりゃまぁ、大変な身の上だけど、でも無駄じゃあない。世界のために戦っているし、厳しいけどちゃんと戦いの終わりもある。悪くないよ」

「うん。悪くない」

「アイハもそういうのを持ったら?」

「……ちょっと難しいです」



 カオンさんはよく夢を語っていた。

 『夢』や『可能性』なんて言葉を口にするのは、カオンさん以外見たことがなかった。

 ただ、私やツグネ、ハヅミが【ジュウナナ】になってからは、カオンさんは夢の話をあまりしなくなった。

 けれども、あの人はいつも前を見ていた。

 私達とは違う、もっと輝かしい明日を望んで、それに向かって進んでいた。

 その姿が眩しいのだ。

 太陽のように。


 ……夜は巡る。



「――――あたしはね、アイハが自分で決めたことなら、今後一切口出ししないつもりでいるよ。戦うために生きる。それも一つの道だ。【ジュウナナ】としては確かに正しいだろう。でもね、これだけは言わせて欲しい。アイハはもっと、自分のために生きていいと思うんだ」

「私はもう、十分に自分勝手ですよ。自分の都合で戦っています」

「自分勝手が、自分のためになるなんて限らないだろ」

「わかりませんよ、そんなの。私には、カオンさんの言っていることがわからないです」

「……そっか。でも、いつかわかると思う。あたしも、ツグネも、きっとアイハにそれを望んでいるんだよ」




 そう言って、カオンさんが遠くなっていく。

 私はそれを追いかける。

 闇の中ぼんやりと浮かび上がる一筋の光の道を、カオンさんがどんどん進んでいく。

 私に背を向けて、カオンさんは進んでいってしまう。

 走っても、走っても、地に足が着かず、進みが遅い。

 カオンさんに、追いつけない。


 このままじゃ、こんなままじゃ――







  * * *








 ――意識が覚醒する。

 

 目を開けて、上体を起こす。

 呼吸は乱れており、胸もどこか痛い。

 ひどい汗だ。

 頬には、先ほどまで涙が流れていた感覚が残っている。


「……くそっ」


 悪態すら、弱々しい。

 盛大に悪夢を見てしまったせいで、コンディションは最悪だった。

 窓の外を見ると、既に日が高く昇っているのがわかる。

 一息吐いた後に、水でも飲もうとして立ち上がる。

 すると、テーブルにメモとサンドイッチが置かれていることに気づく。

 そこにはツグネの綺麗な字で「代理でやっておくので寝ていてください。ご飯ちゃんと食べること」と書かれていた。

 ああそうか。今日は戦術院(せんじゅついん)付近の哨戒がメインだ。

 これは実質ただの自主訓練のようなものなので、私がいてもいなくてもほとんど変わらない。

 今回ばかりはツグネの言葉に甘えて、少しばかり休もうと思う。

 何せあの悪夢だ。自分が精神に少し支障を来していることを認識せざるを得ない。

 そうと決まったら、だ。

 私はわざと緩慢な動作で水道から水を飲み、グラスにも水を入れて、椅子に座り、サンドイッチを大げさに頬張り、ぼおっとする。

 極限までだらけてやろうという気持ちを動きにのせる。

 ……本棚の周りに積み上げられた、カオンさんの私物が目に付く。

 いい加減、中途半端に整理するのを止めてきっちり片付けよう。

 ――――と、考えていると私室のドアがノックされた。


「――アイハ、起きてる?」


 ……ハヅミの声だった。


「起きているよ。下着姿だけど」

「そう。じゃあ、入るよ」


 院内服姿のハヅミが、私の格好を気にすることなく、手に何か持って入ってくる。

 そして、普段ツグネが座る場所に腰掛けた。

 ……瞳の濁りは、もうあまりない。ように見える。

 無理をしているのだろうか。


「今日、非番なの?」


 私がそう尋ねると、ハヅミは首を横にふるふると振ってみせる。


「非番ってことにして」

「あー大丈夫。私も似たようなものだから」


 そう言ってしばらくしてから、二人してつい笑ってしまった。

 ほとんど苦笑と変わらなかったが、それでも、私達の間にあった重苦しいものは少しだけ失せた。

 こうやって笑い合うのはいつ以来だろう。思い出せない。


「……で、どうしたの」

「アイハに渡すものがあってきた」

「渡すもの?」

「これ」


 そう言って差し出されたのは、一冊の本だった。


「私の方で預かっていたカオンさんの物から出てきた。本はアイハが預かったほうが良いと思って」

「……なるほど」


 手にとって、題字の無い表紙をめくり、ぱらぱらと文章を眺める。

 見覚えのある箇所がいくつか飛び込んでくる。


「これ、前にカオンさんに借りて読んだ奴だ」


 懐かしい。この本も、わからない言葉や文化がいっぱいあって、カオンさんに聞いたっけ。


「……アイハ」

「ん?」

「――――私は、カオンさんの仇を取りたい」


 思わず震えた。

 唐突に発せられたハヅミのその声が、目の前の彼女の口から放たれたとは思えないほどに冷たいものを宿していたからだ。

 その瞳から濁りは失せていたように見えていたが――見たことのない暗い輝きを灯している。

 一瞬の激変だった。

 少し前まで楽観的な憶測をした自分を恥じた。

 ハヅミの中のそれは、大人しくなっていたわけではない。

 むしろより深く、暗く、大きく、そして鋭くなっていたことを理解する。 


「だから、アイハ。いつかその時が来たら、私を止めないで」


 恐らくは誰も見たこと無いであろう、私も初めて体感する、ハヅミの明確な殺意。

 彼女とは物心ついたときからずっと親友だった。

 けれど、こんなにも恐ろしい威圧感を放つことのできる存在だなんて、知らなかった。

 歪な沈黙が、場を支配する。

 やがて――


「……私、部屋に帰るね。邪魔してごめん。ゆっくり休んで」


 ハヅミはそう告げて、足早に私室から去っていった。

 私は何も声をかけることができず、そのままハヅミを間抜けな格好で見送る形になる。

 再び一人だけになり、しばらくして緊張が解け、一息吐いてしまう。

 そして、何も言葉を返すことができなかった自分に、嫌気が差した。

 ……ハヅミは、私やツグネと違う形でカオンさんを尊敬していた。

 いつだったかハヅミ本人から「自分に無いものを全部持っているから」という理由を聞かされていた。

 カオンさんと一緒にいた時間も、私達の中ではハヅミが一番長い。

 戦術院で一番カオンさんと近しい存在であったのも間違いないだろう。

 それ故に――――その内で育つ黒い感情は計り知れない。

 私が言えたことではないが、ハヅミのそれが彼女の暴走を引き起こしてしまうのではないかという不安はある。

 【偽人(アコウマン)】の存在を示すことがハヅミや私の戦意を刺激することを、教官は予想していなかったのだろうか。


「……止めよう」


 自分に言い聞かせるようにして頭を振る。

 今はそのことを考えるべきではない。

 少なくとも今日は、一度それを忘れるべきだ。

 気を紛らわすためにも、ハヅミから受け取った本を、本棚の空いているスペースに入れようと立ち上がり――


 ――違和感。


 本棚に、並べられている本に、配置に、何か、妙な。

 言葉にしにくいが、何かが違う感覚がある。

 視覚的に、普段見ている本棚とどこか違う気配がするのだ。

 ……誰かが本棚に触れたのか?

 ハヅミから預かった本をテーブルに置いて、本棚に近づき、一番最近に読んだ一冊を取り出す。

 それは、カオンさんから最後に借りて、結局返すことのできなかった小説。

 直感的に取ったはずの一冊だったが、違和感の正体はずばりこれだった。

 明らかに厚みが変わっており、何かが挟まれているのがわかる。

 一体誰が? 何を?

 そうした疑問を認識するよりも早く、私の手は本に挟まれたものを取り出していた。



 『アイハへ』



 ――心臓が、跳ねた。

 それは、間違いなくカオンさんの字であり、そして、カオンさんが私に宛てたものだった。

 封筒。

 そこに収められた手紙。


「なんだ、これ」


 思わずそう口にして本を落としてしまうが、拾う手間すら煩わしかった。

 私は即座に封筒を開き、文字がびっしりと書かれた手紙を取り出す。


 『アイハがこれを見ているとき、恐らく私はもう、アイハの前から何らかの形で姿を消していると思う。』


 呼吸が、止まる。  


 『この手紙は、それを見越して、私がアイハに伝えたいことを、隠していたことを書き記したものだ』


 カオンさん。一体、何故。

 何を――


 『どうか最後まで読んだ上で、アイハに選択してもらいたい。だから』


 どうしてこんな――


 『結論から、記そう』


 カオンさん――







 『この世界には、どうやら』



 『可能性なんて、ないみたいだ』


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