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――――その日、現存する【ジュウナナ】の内、藍以上の階級である者全員が、戦術院本舎で大講堂に次いで大きい第一多目的室に集合した。
定時の全体集会ではない緊急集会でこの規模の招集が行われたのは数年ぶりと聞く。
私とツグネは、藍雪組の面々と共に第一多目的室の一部を陣取って集会の開始に備えていた。
……カオンさんが死んでからは、既に2週間ほどの時間が経過していた。
「――全員の出席を確認した。これより、緊急集会を開始する」
そう開会を宣言したのは、シィラ教官だった。
教官は第一多目的室に存在する巨大なモニターを背にして、着席している私達をぐるりと見渡す。
「キド・カオン前紫月組級長の戦死から2週間。それについて新たにわかったことをお前達に伝えたい。今回の緊急集会の目的はそれだ」
薄暗い室内で、明確に動揺と緊迫感が生じた。
カオンさんの戦死について、ここにいる全員が既に報告を受けている。
それなのに、今になって新しく判明した事実とは果たして何なのか。
周囲を見回す限りでは、今から教官が話そうとしていることを他に誰も知らないようだった。
「口で言うより、まずは実際に見てもらったほうが早いだろう」
教官が自身の右手に持っていた掌大の端末を操作すると、モニターに、ある静止画が映し出される。
画質が荒く明瞭さを欠いた画像であったが――――それは私達の注目を集めるには十分なものだった。
……都市の廃墟を背景とし、あるものが立っている。
人間ほどの大きさ。
人間のような四肢。
人間のようなシルエット。
全身が布のようなものに包まれていて頭部も隠されているが、それが与える印象は、ひたすらに――「これは人間だ」というものであった。
奇妙。
不気味。
口にできない不安が背筋を走る。
「これはカオンの遺体から抽出された霊脈の記録の内、もっとも余波の大きかったものを解析・再構成し画像としたものだ。カオンが戦死する付近で見た光景とほぼ一致する」
――息を飲む音が聞こえる。
そして……私は密かに気づいてしまった。
目の前の画像の所々に、あの痕――カオンさんの【第二解放】による破壊の痕跡――が映し出されていることに。
それはつまり、カオンさんが戦闘した存在がこれである可能性が極めて高いということである。
そう思考した直後――
「これがカオンを殺した、と言っても過言ではない」
シィラ教官は、あっさりとそう口にした。
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
立ち上がったのは、藍風組の級長だった。
「先日私達が受けた報告では、キド・カオン前紫月組級長は、脅威A以上の【親】の軍勢に対し単独で追撃を実施したために戦死したと伺っています。それなのに、これは一体……」
「紫月組から挙げられた報告に嘘はない。【親】の軍勢がいたことは事実だ。そうだな? ハヅミ副級長」
シィラ教官が、多目的室の最前に陣取っていた紫月組のハヅミに対して言葉を振る。
すると、ハヅミが立ち上がった。
……一度多目的室全体を見るように振り返った彼女の瞳には、未だ深い濁りが残っている。
「――――はい。事実です。私も他の構成員も、現級長も、全員が【親】の集団と戦闘しました。ここにいる全員が知っての通り、カオン前級長により敵集団のほとんどの戦力が削られ、彼女がその後単独行動を実施し、残存勢力を撤退させました。ですが――」
ハヅミが、シィラ教官の方を向く。
私達の側からでは、彼女の表情を見ることはできない。
「私達は、これを知りません」
その声には明らかに複雑な感情が宿っていた。
どこか気だるそうなかつてのハヅミの語気は、もう欠片も存在していない。
「知っての通り、単独でのカオンの戦力評価はここにいる全員を上回る。こと火力に関しては史上最高と言われていた。【第二解放】であれば、多数の脅威Aで構成された【陽魔】の軍勢とて、全滅するのが遅いか早いかの違いしかない。だからこそ我々は、この人の形を取るものこそがカオンを殺した存在であり、そして、我々の知りえない新たな【陽魔】であると推測する」
新たな【陽魔】。
それは確かな衝撃を私にもたらした。
……【陽魔】で人に近いパーツが散見されることは、確かにあった。
そこまではわかる。
だが、人と見間違えるようなシルエットをした【陽魔】など聞いたことがない。
見たことも当然ない。
だからこそ逆に、シィラ教官の推測は納得できてしまう。
私の知る限りで、カオンさんを殺せる存在などいない。
言い換えればそれは――――私の知らない存在であれば可能だということ。
単純で、稚拙な発想。
しかし今は、単純であるが故に暴力的な説得力であった。
「戦術院は現時点を以てこの人型の呼称を【偽人】とする。事前脅威判定はSS。今後【偽人】と遭遇した場合、有力な情報を得られる見込みがなければ即時撤退。殲滅戦は、たとえ現場で勝算が見込めたとしてもこちらの判断を得るまで禁ずる。戦うという判断は基本的にするな」
何か質問はあるか。と教官が尋ねたので、私はすぐに挙手してみせる。
「……アイハ藍雪組級長。立て」
立ち上がると、周囲の視線が集中する。
ハヅミと私の目が合う。
彼女は私のことを、じっと見つめている。
そこに余計な……危うさを象徴するものは見受けられない。
「何故この【偽人】に対し、何も対策を取らずに放置するようなことを提言したのですか。私は、現戦力で早急に殲滅するべきだと考えます。こいつが放置されていれば、他の任務に支障を来たすだけではすまないはずです」
カオンさんを殺しうる存在。
そんなもの、どう考えても放置などできない。
最大戦力を最速でぶつけて、殲滅するべきだ。
だがシィラさんはふぅと小さく、ため息に近いものを吐いた。
「……アイハ級長。それはお前の私事に留めるべき感情論でしかない」
シィラ教官は、そういって私の意見を切り捨てる。
「二つ、お前は勘違いをしている。まず一つ目に、私は『放置をしろ』と言っているわけではない。いずれこいつの正体を知り殲滅を図る必要がある。それはお前の言う通りだ。だからこそ、情報を得るのみで留めろと言っている。確実性を高めるために必要な過程であることをわざわざ言わせるな。二つ目に、お前は自分が戦って勝てる前提でいるということだ。この【偽人】はお前が持つ『自分が無茶をすれば勝てる』という認識内の敵とは違う。イレギュラーだ。手前の常識にこいつを当てはめるべきではない」
……そこには正論しかないからこそ、私を苛立たせる。
とっくに教官には見抜かれているのだろう。私も自覚している。
この【偽人】の存在に、私は――今抱えている暗い感情を全てぶつけたい欲求を抱いていることを。
「アイハ、もういいでしょ」
隣の席に座っていたツグネが小声で私に言う。
「……わかりました。もういいです」
私がそう言って座ると、周りにいる藍雪組の面々が何とも言いがたい表情で私の様子を伺ってくる。
私はそれに対して「もう大丈夫」と小さく返すことしかできなかった。
「質問が他にないのであれば、これで解散とする。旧西日本地区に関しての再編成は追って各級長に通達する」
数年ぶりの規模の緊急集会は、そうしてあっという間に終わりを告げた。