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17歳と神殺し  作者: 彼岸堂
第一章 彼女達は
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 ――ああ、懐かしいな。


 思わずそう口にしそうになった。

 橙花(とうか)組の基幹教室は、最後に見たときから何も変わっていない。

 ……それ自体が大きな階段のようにも見える、段差に等間隔で設置された長い机。

 生徒達からの視線を一点に集める教壇。

 木造建築と見間違えるような壁紙。

 大きな黒板。

 私も、ツグネも、ハヅミもかつてここにいた。

 みんなここで、色々なことを学んだ。

 昔私が座っていた席には、今、私より一回り小さい子が座っている。

 10歳と少しぐらいだろうか。橙では折り返しぐらいの年頃だ。

 これも、ある種の『郷愁』というものなのだろうか。

 もう着ることはない白い模擬礼服。

 今着るときっと似合わないのだろうな。

 私が座っていた机に書かれた落書き。

 あれは今も残っているだろうか。


「――では、教練を始める。級長、号令を」


 教壇に立つ、腰まである長い黒髪を右側に結わえた女性がよく通る声で言う。

 すらりとした長身で、黒いスーツに身を包み、場の空気を支配する静かな緊張感を放つ彼女こそ、シキモリ・シィラ教官その人であった。


「起立、礼」


 級長に合わせて全員が立ち上がり、号令をする。


「……何だか、懐かしいわね」


 小声で話しかけるツグネに、私とハヅミが同時に頷く。


「もうこの時期のことは覚えてないなぁ」


 カオンさんの瞳にも、過去を偲ぶ色が見える。

 私はもう一度、この教室の最も高い位置――段差の一番上、教室の最も後方。全ての少女の背中を一望できる場所――から、かつての空気を感じ取ろうとした。



 私たちが何故この橙花組の基幹教室にいるかについては、やや遡る必要がある――。



 

  * * *



 私達が橙花(とうか)組の教練を見ることになるおよそ1時間前の話。

 私とツグネ、ハヅミとカオンさんはシィラ教官の執務室で教官と顔を合わせていた。

 副級長以上の【ジュウナナ】が4人も集まり、しかもそれが指揮官の執務室ともなると、まるで中規模の出撃に向けたミーティングの最中とも取れる状況だが――

 実際に展開されているものは、そうではない。


「……教練を手伝う? 私が?」


 私が自らを指差してそう確認すると、窓の外を見ながらシィラ教官が軽く頷いて肯定する。


「いよいよもって、お前の悪名が広まりすぎている。それい対応することにした。お前を反省させる意も込めてな」

「仰っている意味が、よくわからないのですが……」

「どの階位でもお前の話で持ちきりだ。もうこれは()()()()()()以上といっていい。【ジュウナナ】になっていない子達の間で、お前が何と呼ばれているか知っているか」

「……いえ」 

銀月(ぎんげつ)の救世主」


 ハヅミから飛び出てきた単語が、冗談のように響く。

 室内が、嫌な沈黙に支配される。

 冗談であって欲しかった。他人事であれば盛大に笑い飛ばしたいところだ。

 ……だが現実だ。カオンさんの表情がにやついているのが、頭にきてならない。

 なんだよ『銀月の救世主』って。大げさすぎやしないか。


「……現戦術院(せんじゅついん)において、最大の殺傷力と硬度を誇る【霊器(フラヴァルド)】。【第一解放(ファースト)】での圧倒的身体能力。そして、その銀髪が象徴する戦術院史上最高の継戦能力。これらによって打ち出された、現最大戦力たるキド・カオンを上回る【(クワエド)】の討伐数。それらに偽りはない。違うか」


 沈黙を切り裂き、わざとらしく耳に良い言葉で事実を並べて問うてくるシィラ教官。

 確かに、嘘はない。

 誇らしさよりも恥ずかしさを覚えるぐらいに事実ばかりだ。


「ですが、そんなのは実戦では――」

「そうだな。単騎の戦力なぞ状況でいくらでも変わる。と言いたいところだが、お前やカオンは例外だ」

「ヒューッ、例外同士仲良くしようぜアイハぁ」


 今しがた名の出た戦術院現最大本当に戦力にあるまじき軽口をカオンさんが飛ばすも、シィラ教官から冷たい視線を向けられ、途端に黙ってしまう。

 今だけは二人揃って例外なのが恥ずかしい。


「お前に付きまとうものはどうしたって派手だ。実戦からまだ遠い子達は華美な方向に目が行く。カオンの場合は紫月組級長という相応の立場にいる。だがお前は違う。あえて藍の階位で止まっている。だから逆に目立つ」

「……仰る事はわかります。ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 いくら気心の知れた相手とはいえ、教官にこのような言い方をするのはさすがに私も躊躇いがある。

 だが確認しておかなければならない事実だった。


「そう。私がお前をあえて(らん)の級長に留めさせた。お前の存在を誇示しないための措置として、あの時点ではそれは正解だと思っている。ただお前は――予測をはるかに上回る記録を打ち出しすぎた。否が応でもその戦果は輝きを放ち、逆にお前の立ち位置に疑問を持たせてしまった。これについては私の明確な失敗だ。新たに手を打たなければならない」


 教官が今度は、言葉ではなく視線でこちらの確認を取ってくる。


「でしたら私を紫にでも上げますか?」


 ツグネが「それは」と口にしかけるが、その後を噤む。


「いや、それは最適ではない。というのも――そもそもの話として私は、お前の戦い方をあまり良く思っていない。お前は、あらゆる意味で自分の力を酷使しすぎている。そして、その力の在り方に憧れを抱き、希望を持つ者が後進に現れることは、非常に厄介だ。仮にお前を紫に上げてしまった場合、お前は()()となってしまう。それは望むところではない。故に、私が求めるのは――お前自身が自らの戦いを振り返り、それについてを彼女達に知らしめることだ」


 ……なるほど、反省させるとはそういうことか。

 自分なりに、教官の言っていることを何となく理解できたような気がする。


「つまり、教練の場で私を叩き台にするということですか」

「そうだ」


 教官が立ち上がり、デスクのすぐ横にある本棚から一冊の分厚いファイルを取り出す。

 わざわざ紙であるあたりに色々と思わせるところがある。


橙花とうか組でこの後に必修教練がある。アイハにはそれに出てもらう」

「わかりました」


 【ジュウナナ】になってから必修教練は無くなった。

 (らん)の階位になってからは、教練どころか訓練すら大した数ない。

 それを考えると、およそ5年ぶりの「教わる立場」である。少しばかり懐かしいものが味わえそうで、正直、楽しみだ。


「あのー、シィラさん。私も参加しちゃダメっすかね」

「私も出たい」

「わっ、私も!」


 最初に、平身低頭でカオンさんが手を挙げ、次にやたら堂々とハヅミが手を挙げ、最後に慌てた様子でツグネが意思表明する。

 その勢いに思わずぎょっとしてしまうが、教官は冷静さを崩さない。


「……理由を聞かせてみろ」

「アイハが変なことしないか心配だからです」


 きっぱりと言い切るツグネ。

 一方――


「「面白そうだから」」


 カオンさんとハヅミが、一言一句違わずに同時に言う。

 さすがの教官もこれに対してはため息を吐いて呆れた様子を見せる。


「まぁいい。全員一仕事終えたばかりだし、気分転換としては丁度良いだろう。同行を認める」

「さすが我らがシィラ教官」

「話がわかる」


 こういう時の紫月(しげつ)組の二人は、本当に阿吽の呼吸である。敵に回したくないものだ。


「ただし、紫月組は明日にもまた出動があるからな。それを念頭に入れるように」

「うえっ、マジですか……」


 本気で意気消沈するカオンさんに、私の頬も緩む。さっきのお返しだ。




  * * *




「――お前達に問う。【霊器(フラヴァルド)】とは何だ」



 シィラ教官からの問いが教室に響き渡る。

 それは、私達にとっても馴染み深く、そして懐かしいものだ。


「はい」


 一人の少女が挙手する。

 教官の視線がそちらに移ると、それに合わせて少女が立ち上がる。


「【霊器(フラヴァルド)】とは、私達の持つ固有の力です。物理を超えた領域にその本質を置く【陽魔(ダイヴァー)】を、私達が基盤とする摂理を以て滅するための架け橋であり、武器であり、象徴です」


 淀みなく、教本に記述された文言に少し変化を加えたものを言い切る。

 それに対し教官は「良し」とだけ返す。

 少女はそれを聞いて一瞬だけ緊張の緩みを表情に出してから座る。

 私達は、実際に【ジュウナナ】となり【霊器(フラヴァルド)】を顕現できるようになるまで、何度も何度もこうした問いを受け、今のように答える。

 これは、知識を得るためのものではない。

 もっと根源的な――()()()()とも言うべきものである。

 覚えきった概念を繰り返し問われ、答えることで、それを自分に馴染ませる。

 そうして自分が何者であるかを、無意識のレベルにまで刻み込む。

 私達は、【ジュウナナ】である。

 もしくは、いずれそうなる存在だと、自分にわからせるのだ。


「【陽魔(ダイヴァー)】とは何だ」


 今度は、教官が一人の少女を指差して、強制的に答えを促す。

 普段ならこの後に続く質問は別のものなのだが、今回教官はあえて質問の順番を変えたようだ。

 こうやって、違う文言、違うタイミングでの問いを何パターンも無数に繰り返すことも、私達の習性付けでは重要となる。

 指された少女はひどく緊張した面持ちで立ち上がる。隣の少女が、それを心配そうに見つめている。


「だっ、【陽魔(ダイヴァー)】は、100年以上前に出現した、敵対者です。その正体は未だ不明。えっと……人類のみを攻撃対象とし、現在も交戦中。地球上で一定の領域を支配。彼らの支配領域は『暗黒大陸』の俗称で認識され、以降、不定期に『暗黒大陸』と人類の生息圏の境界上に出現。【(クワエド)】とされる強力な固体から【(ダフ)】が量産され、【(クワエド)】を中心とした集団を形成。【(クワエド)】を殲滅しない限り、戦力を減らすことはできません」


 先の子と比べて、所々で自信の無さが滲み出た答えを口にするも、教官はそれを一先ず良しとして座らせる。


「……では、お前達は何だ」


 いよいよ本番の問いが現れる。私達にとって文字通り根幹の部分だ。

 さすがにこの問いに関しては、自ら挙手する者は少ないかと思われた。

 が、全く間を空けずに挙手する者が一人。

 それは、先ほど号令を行った現橙花(とうか)組の級長だった。


「あれ? あの子……」


 隣でツグネが何か気づいたようだが、その前に橙花組級長が立ち上がり、口を開く。


「私達は、【陽魔(ダイヴァー)】を殲滅できる力を持った唯一の存在、【ジュウナナ】にいずれなる存在です。私達の生は、全て【陽魔(ダイヴァー)】を殺すためにあります。力ある限り、私達は【陽魔(ダイヴァー)】を殺し、人類を護り、【ジュウナナ】で在り続けます」


 思わず感心した。

 淀みない答え方よりも、その言葉に籠もった意思に、この級長の習性付けの進行具合が表れていたからだ。

 (とう)の段階ではかなり早いと言える。


「そうだ。お前達はいずれ【ジュウナナ】になる。そして、【ジュウナナ】で在る限り戦うことが強いられる。逃げることはできない。【ジュウナナ】としての生は【陽魔(ダイヴァー)】を殺すことによって価値を得る。それが全てだ。お前達の感情も、友も、何もかもがそれを基盤としている」


 教官が壇上で生徒たちの方へと一歩踏み出す。


「だがそれも【ジュウナナ】で在る限りだ。お前達にとっての()()()とは何だ。級長、続けて答えろ」

「はい。私達の終わりは【黙霊(ダフマ)】と共にあります。【ジュウナナ】は、覚醒後はそのままの容姿で成長が停止します。その後、歳を重ねたものを2回生、3回生というように呼称します。【黙霊(ダフマ)】は5回生以上の者に見られるようになる現象で、【霊脈(ハオム)】を操作する能力の低下を指します。最終的には【霊器ダフマ】を顕現させる力を失い、その時点で【ジュウナナ】としての終わりを迎えます」


 ……そうだ。

 私達【ジュウナナ】はそうやって、力を失い【ジュウナナ】ではなくなる。

 私も、かの級長と同じように、自らにそう染み込ませてきた。

 とっくの昔から知っていることなのに、今日はやたらとそれが耳に残る。

 級長の答えを聞いて、教官が特に表情も変えずに「良し」と言って座らせる。

 若干の沈黙。



「――――藍雪(らんせつ)組級長、クギョウ・アイハに問う」



 唐突な指名であった。

 教官は、私に、指揮官ではなく教官としての眼差しを向ける。

 橙花組の面々が、皆、私の方を向く。

 おかげで、私自身が驚く暇がない。


「【黙霊(ダフマ)】を向かえ、お前達はその後どう在るか。こちらに来て、答えろ」


 ……当然、断れるはずがない。

 私は、刺すような視線を一身に受けつつも、気にせず教壇まで下りていく。

 好奇から発せられる、囁きすらない、足音だけが響く時間。 

 その沈黙を跳ね除けて、私は教官の前に立ち、直後、壇上で橙花組の方を振り向く。

 そして、かつてを思い出しながら、自身の内側から自然と湧き上がるものを口にする。


「――我々は、【黙霊(ダフマ)】によりその力を喪失した瞬間から【ジュウナナ】としての特権とその記憶を全て戦術院せんじゅついんに返上し、公民としての身分を獲得。人類の共通の繁栄のため、その命を、新たに人間として活用することになります」


 内発的な要素が、やや間を置いて、再び自分へと回帰するこの感覚。

 【ジュウナナ】としての自覚。

 戦う前は常であったが、教練の場では久しぶりだったために、つい闘争心のようなものまで湧き出てしまうところを、息を吐くことで抑える。


「――だが、()()()()()()()()()


 それを聞いて、思わず教官の方を振り向いてしまった。

 そこまで言わせるのかという驚きが私の中で存在していた。


「【黙霊(ダフマ)】を迎えることのみが終わりではない。【ジュウナナ】は、【ジュウナナ】で在る限り不老に近くとも、不死ではない」


 その続きを言え。教官は、そう目で語る。

 ……私はそこで、教官の意図をようやく具体的に掴むことができた。

 教官が煙たく思うもの、橙花組に蔓延する『ある希望』が何だかわかってきたのだ。


 ――だから私は、徐にこの場で【霊器(フラヴァルド)】を顕現させてみせた。


 基幹教室が、一気にざわめく。

 霊脈(ハオム)の波が、教室を揺らす。

 教室の後ろでツグネが動こうとする気配がしたが、それはカオンさんが制止したようだ。

 シィラ教官は、全く動じずに私を見つめている。

 私の次の言葉を待っている。


「――【霊器(フラヴァルド)】は」


 そう私がはっきりと口にすると、ざわめきに満ちた教室が俄かに静寂を取り戻す。


「このようにして、武器として現れます。これが私達の力の象徴であり、心象の具現、そして、命そのものです。確かに【陽魔(ダイヴァー)】を殺す唯一の力です。しかし言い換えれば――」


 下級生の前で私は、自分の命が創り出した刃を少しなぞってみせる。


「これが完全に破壊されるか、肉体が甚大な損傷を受け【霊器(フラヴァルド)】による霊脈(ハオム)での修復が間に合わないとき、私達は死を迎えるということでもあります。それもまた【ジュウナナ】の終わりの一つです」


 私の身の丈ほどはある一振り。

 そこに宿る、命が抽出された感触。

 いつ触れても、冷たい。


「で、でも!」


 橙花組の一人が、唐突に立ち上がる。

 教官がそれを咎める様子はない。

 立ち上がった少女は、緊張のためか半笑いのような表情のまま、口を開く。


「っ、アイハ級長は、とても強いと聞いています。級長の【霊器(フラヴァルド)】は――――現戦術院において最高の硬度と殺傷力を誇るとも」

「確かにそうです。ですが――この前の出撃でこれは【(クワエド)】に受け止められました。最高の殺傷力、聞いて呆れますね」


 実にわざとらしくその事実を口にすると、一際大きい動揺が教室全体で生じる。

 そういう意味ではこの前の戦いは調度良かったのかもしれない。

 別に珍しい話ではない。最強の硬度や殺傷力とは言っても、万全の状態で攻撃できなければ硬度も意味を成さないし、そもそも斬撃に対して耐性のある【(クワエド)】が出ることだって稀ではない。

 重要なのは【霊器(フラヴァルド)】そのものの強さではなく、使い手の問題にある。

 ……教室の反応で、はっきりと確認できた。

 私という存在がどのように捉えられているか。

 あの大げさな言葉がどれほど言葉通りであったか。

 そして、私という存在が教官にとってどう厄介なのかも。


「ですが級長は【霊器(フラヴァルド)】のみならず、【第二解放(セカンド)】で一切の()()()がないという固有の能力があることも聞いています」


 さっきとは別の子が立ち上がり、真剣な眼差しで問うてくる。

 なるほど、次はそっちか。

 ならば、と。

 私はそれに答えるように――



 ――前置き無く【第二解放(セカンド)】をやってみせた。



 その瞬間に放たれた圧で、教室そのものが一瞬悲鳴をあげる。

 霊脈(ハオム)を極限まで抑えての【第二解放(セカンド)】であったが、それでも教室全体にはそれなりの威力が放たれたようだ。

 私の身を包む銀色の炎。

 それにより、ぎしりと軋む空間。

 揺らめく輝きが、橙花(とうか)組の少女達を照らす。

 敵意が無い状態の発現なので、炎が何かを燃やすことはないが、それでも見た目としては十分に危険なものであっただろう。

 少女達の表情に、恐怖に近いものが浮かび始める。


「――アイハっ! もういいでしょ!」


 ツグネの怒号に近い抑止が飛んできて、橙花組の面々が再び身体を震わせた。

 言われなくても、すぐさま【第二解放(セカンド)】を解くつもりであったので、私は呼吸をすると共に銀色の炎を再び肉体の内側へと閉じ込めてみせた。


「驚かせてごめんなさい。今のが私の【第二解放(セカンド)】です。そして君が言ったとおり、こんなにも手軽に発動を切り替えることができます」


 またまたわざとらしくそう言うと、どこかで小さく「すごい」と呟く声が聞こえた。

 その称賛は少しずつ増えていく。


「ほ、本当に副作用がないんですね!」


 質問をした子が、露骨に表情を明るくしている。

 思わず私も笑ってしまいそうになった。そんなに喜ぶなよ。

 ――――それじゃあ嫌でも伝わってしまうじゃないか。

 私が、彼女たちにはどれほど都合の良い存在に見えているかが、もうはっきりと理解できた。

 だからこそ――


「ですが、この前の出動ではこの【第二解放(セカンド)】でも死にかけました」


 私はありのままの現実を口にする。

 嘘は言っていない。「死ぬ」可能性は十分にあった――と言ってもあの時は勝算の方が勝っていたとは思っている。

 ただまぁ、今回はこれぐらい言ったほうが教官としても良いはずだろう。

 現に、橙花組の表情が、再び重いものへ変わったのだから。

 ……全く以て、シィラさんのやり方は上手いものだ。

 こうして彼女達は、私という特殊な【ジュウナナ】ですら特別ではないことを知り、私を崇拝することで抑えていた感情と、再び向かい合うことになる。

 上滑りしていた習性付けの文言を、もう一度彼女達が確認をする。

 そして、私自身もまた自戒する。

 即ち――――死の事実。

 誰もが簡単に死ぬという、当たり前の事実。その恐怖。

 私達はそれを乗り越える必要がある。

 自分や仲間がいつ死に至っても何ら不思議ではないことを、受け入れる覚悟。

 彼女達はそれを獲得しなければならない。

 これからは戦場に行く回数がただただ増え続けるだけの彼女達は、早急にそれを理解しなければならない。 

 『クギョウ・アイハ』を使ってそこから逃げてはならない。

 自分たちは死なないなどと、思ってはならないのだ。

 そして、そうやって、死の覚悟をした上で、私は――


「――――アイハ級長は、怖くないのですか」


 澄み切った声だった。

 迷いのない、凜とした問い。

 私にそう言葉をかけたのは、この橙花組の級長だった。

 そして、そこでようやく私は彼女が何者であるかに気づく。

 ……彼女は、以前の出撃で私とツグネを呼びにきた少女だ。

 橙の階位から始まる『【ジュウナナ】への同行訓練』。その一環であの場にいた一人。

 あの時の緊張した面差しとは違う、静かな強さが垣間見える。


「私は、この前の出撃でアイハ級長の指揮する藍雪(らんせつ)組に同行させていただきました」

「……知っている。覚えているよ」


 私は手にしていた【霊器(フラヴァルド)】を隠してからそう応じる。


「戦況も、機内で遠方から大まかにですが見ていました。あの時、アイハ級長は自分が最前線に立って戦っていました。そして、【(クワエド)】に一人で挑んでいました。どうして、そんなことを? 級長は今、私達に戦場での恐怖を教えてくれようとしているんですよね? なのに、級長は、その……何故かあえて自ら戦場の恐怖に向かっていったように見えました。どうして戦おうとしたのですか。何故、戦えたのですか。怖くないのですか?」


 賢い子だ。この場における核心を把握しているのが、話す内容からわかる。

 当時の私よりもずっと真面目な子に違いない。将来有望だ。

 ……それが私の最初の感想だった。

 だから私は彼女に敬意を払って、教官のいる前だろうと構わず、本音をぶちまけることに決めた。


「一つでも多くの【陽魔(ダイヴァー)】を殺すしか、私達には意味がないからだ」


 ――予め【霊器(フラヴァルド)】をしまっておいてよかった。

 でなければ、行き場のない殺意を言葉に乗せてしまっていたかもしれない。


「死ぬのが怖いのは、生きるために戦っているからだ。私達はそうじゃない。そうあるべきではない。私達は――()()()()()()()()()()。それが事実だ。だから、私は戦った。恐れたのは死ではない、【陽魔(ダイヴァー)】を殺せないことだ。【ジュウナナ】がそうあるべきだと、君は、今さっき正に口にしたはずだ」


 彼女が愕然としたのがその表情から伝わる。

 どうやら自分たちの思考の矛盾に気づいたようだ。

 ……私が今言った言葉は全て、私が【ジュウナナ】になって、沢山の戦いと経験を経てようやくたどり着いた答えである。

 彼女達にとってはまだ、この答えを習性とするのに時間が足りない。

 まして、私という存在が一人歩きをして希望を振りまいているのであれば、先んじて示しておかなければならない。

 銀月の救世主のように、いずれ【黙霊(ダフマ)】を迎え、戦いから解放されることを希望とすることは、確実にその【ジュウナナ】の死に直結する。

 それが現実だ、と。 


「……ヒオリ、一度座れ。他の全員もだ」


 シィラ教官の声が、今日一番の重苦しい沈黙を孕んだ橙花(とうか)組に対し、変わらぬトーンで響く。

 橙花(とうか)組級長――ヒオリと呼ばれた少女――も、何かを逡巡するような表情のまま、着席する。


「今一度、思い出せ。お前達が何であるか。敵が何かを」


 そう言ってから教官は私の肩を叩き、「戻っていいぞ」と小声で言う。

 私が再び教室の上へと戻るとき、今度は誰も私を見ようとはしなかった。


「お前達は【ジュウナナ】になるべくしてここにいる。いずれは戦い、戦い抜き、勝利するために生き残ろうとする。そのために必要なものは何であるか、もう一度各自で考えろ。そして、口にする言葉の意味を、よく噛み締めろ。先人の【ジュウナナ】が通った道だ。お前達にできないわけがない。そう、私は思っている」


 そういえば私も、そんなことを言われたような気がする。

 それが()()()()()()()()()()()は――――私の口からは言葉にすることはできない。

 私も今こうして、戦うために生きている。そうすることで、死を恐れないでいる。

 それが、この子達にできないはずがない。私ができたのだから。

 ……ツグネは、何かを私に言おうとして、結局黙ったままだった。

 本人はそれを隠しているつもりらしいが、長い付き合いなので表情でさすがにわかる。

 ただ、私は彼女に何も聞かないまま、最後まで橙花(とうか)組の教練を見ていた。




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