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……アイハが明確に記憶していたのは、そこまでであった。
彼女は、気づけば空を見上げるようにして海面に浮かんでいた。
意識が覚醒していくにつれて、自分の身体の至る所が傷だらけになっているのがわかる。
だが、痛みはほとんどない。
じわりじわりと修復されつつある感覚だけがあった。が――
「……こんな身体でも潮臭さはキツいや」
自分でそう呟いて、アイハは笑ってしまった。
アイハはぼんやりとしか経緯を思い出せなかったが――
確か、あの【親】を殺した直後のいたちっぺを、こちらも霊脈を全身から放出することで相殺して凌いだのだ。
それでもいくつかは防ぎきれなかったのと、過度に放出しすぎたせいで立ちくらみのように気絶をした。
実際、戦いが終着してから彼女が意識を取り戻すまではそんなに時間は経っていなかった。
緊張が失われたアイハの頭の中には、暴力的なまでの楽観思考が居座っている。
空にはまだ、自分の発した戦いの残り火がちらついている。
アイハはそれを見てようやく、自身が気を失ってから大して時間はかかっていないことを知る。
煙と雲が最早見分けがつかない。
けれど太陽の輝きは眩しくて。
空も海も、自分の身体から流れる血と違い、青い。
ふと、通信機からノイズが走る。
誰かが自分の名前を呼んでいる。心配そうに、慌てて、必死で呼んでいる。
アイハはそれに対して、大げさだな、と音に出さず心の中で呟いて。
「大丈夫、生きてるよ」
波の音に紛れるかのように、小さな声で返した。
人類が【陽魔】と呼ばれる異形の存在との戦いにより、その文明を衰退させ、既に百数年。
戦いは、未だ終わることなく続いていた。
地球上での生息圏を大きく制限された人類側の対抗手段はただ一つ。
【陽魔】の出現と共に現れた、異能の力を持つ少女達のみであった。
彼女達は、その全てが17歳で異能の力を極め、
不可視のエネルギーである【霊脈】を操る力を得る。
それは、異形を殺す唯一の力。
だがその代償は、人としての、穏やかな時間を奪われることにあった。
異能のそれがある限り、守護者としての生を強いられる彼女達は。
いつしか、畏怖と共に人類からも切り離されるようになり。
やがて人々は、彼女達のことを、覚醒の年齢より名を取って。
【ジュウナナ】と、呼ぶようになった。