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誓いとエゴイズム

作者: ほの

強い衝撃に体が浮いた感覚がした。続いて吹き付ける熱風が体を掠めていく。

けれど、想像した痛みは無かった。恐る恐るまぶたを開くと彼の緋色と目が合う。


「っ…。はぁっ、大丈夫か、エマ……?」


彼が庇ってくれたのだ。私はすぐにそう理解した。









彼は軍からこの町に巡回にきた兵士の一人だった。


「この近くで反乱軍の動きがあったんだ。暫く滞在したいから宿を紹介してくれないか?」


そう問われ、私は実家が営んでいる宿屋に彼らを招待した。

10歳の私はその時、初めて兵士というものを間近に感じ、年相応に好奇心が働いたのか彼にたくさんの質問をしたことを覚えている。

母さんや父さんは申し訳なさそうにしていたが、彼は嫌な顔一つせずに私の質問に答えてくれた。

今起こっていること、この町の外の話、軍での生活。それはとても子供に話すべきではない、血生臭い話がほとんどだった。それでも私は彼との時間が好きだった。

当時の事を思い出しながら、時には悲しみ、時には笑い、時には怒る。そんな風にコロコロと変わる彼の表情に、とても惹かれていた。きっと幼心に恋でもしていたのだろう。

だから彼の子供の話を聞いた時には、ショックのあまり夕飯が喉を通らなかった。

それでも次の日の朝食はいつも通り全て平らげたので、我ながら笑えるくらい立ち直りが早いと思う。




「オレはいつかこの国を戦争のない平和な国にしたいんだ。その為に、今戦ってる。」


いつだったか彼がそんなことを言った。

私には、その言葉がよくわからなかった。


「平和な国にするために?……なんだか変。戦いをなくすために戦うんだ。」


酷く残酷なことを言ってしまった。今ならそう理解できる。

私の言葉を聞いた彼の緋色が一瞬見開かれ、次いで悲しみを宿した。

そして私の頭をくしゃりと撫で、消えそうな声でポツリとこぼした。


「そうだな、その通りだ……。」


その時の私にとって、その会話は特別気にかけるものではなかった。

ただ何となく口にした疑問が、偶然にも彼を悲しませてしまった。少し悪いとは思ったが、きっと次の日にはいつもの彼に戻っているだろう。そんな程度の認識だった。

だからこの会話も、時が経てば記憶から薄れていく。……そう、薄れていくはずだった。










「っ!……ち、血が…!」


震える声を抑えながら、私は彼の頭に触れた。

ぬるり…と生暖かい感触が指先から伝わる。


反乱軍がやってきた。穏やかだったこの町は、何の前触れもなく戦場と化した。

買い出しに行っており、一人逃げ遅れていた私に放られた爆弾から、彼が助けてくれた。


「大丈夫だ、これくらい。……っ!」

「でもっ!」

「しっ…。静かに。このまま動くな。」


彼の声に身を固め、口を押さえる。

離れた所で銃声が聞こえる。母さんや父さんは、無事だろうか。





「…よし、行ったか。」


どのくらいそうしていただろう。彼が僅かに上体を起こし、周囲を警戒する。

何か、言わなきゃ…。そう思い口を開いた私の言葉を彼が遮る。


「エマ、オレが敵を引き付ける。その間に建物の陰に隠れながら逃げろ。」

「え…?」

「…悪い、本当なら安全な所まで送ってやりたいんだが…。…っ!どうも、この傷じゃ難しそうだ。だから、オレが囮になる。」


そう言って立ち上がった彼は、頭から血を流し、背に酷い火傷を負っていた。


「ま、待って…!やだ、やだよ!!一緒に…!!」

「……そうだな、怖いよな。…分かった、じゃあ行ける所まで一緒に行こう。それで、敵襲が来たらオレが出る。その間にお前は逃げろ。いいな?」

「やだ、やだやだ!!そうじゃない!一緒に、一緒に逃げようよ!?何で一人で残ろうとするの!?」


私は泣いていた。いつ敵に攻撃されるかもわからないのに、みっともなく叫んでいた。

彼はそんな私を見て静かに息をつき、そして、笑った。



「オレはお前や人々の未来から、戦争をなくす為に戦ってるから。」



それはこの場には不釣り合いな笑顔。

まるで世間話に花が咲いた一時に見せるような、そんな日常と何一つ変わらない笑みだった。

銃声と爆発音が遠くなる。自分と彼の周りだけ戦場から切り離されたような、そんな感覚に襲われた。


「そ……そんな、の…。」

「確かにおかしいよな、戦いをなくす為に戦うなんて。オレが武器を捨てれば、オレ達は皆死んで、あいつらの戦う敵はいなくなる。そうすれば確かに戦争は無くなるかもしれない。

……でもな、お前らの未来はどうなる?お前らは何にも悪いことしてない。それなのに理不尽に襲われて、奪われて……。それで平和になったって全然嬉しくねぇだろ!!」


彼は、憤っていた。先ほどまで笑っていたはずなのに。

その想いを口にして耐えられなくなったのか。

彼の心の叫びは、痛いくらいに私の胸を揺さぶった。


「…これはオレのエゴなのかもしれない。オレが納得したいから、こうやって戦う理由をつけてるって言われれば、否定は出来ない。……それでも、それでもオレには守りたい未来があるんだ…っ!」


私の頭にいつか話してくれた彼の子供の姿が浮かんだ。

彼は子供の話になるといつも頬が緩んでいた。でも、それと同時にいつもどこか悲しそうだった。

その理由はわからない。もしかしたら簡単には会えない状況なのかもしれない、もしかしたら重い病気にかかっているのかもしれない。

でも彼が悲鳴を上げるように吐露するほど、守りたい未来なのなら私は…。


「私も、守る…。」

「は…。」

「私も、戦う。」

「お前何言ってるんだ!オレはお前らの未来を守りたいんだよ!!だから戦ってるんだ!なのにお前が戦う必要なんて……っ!」

「だから私も、私と人々の未来を守る為に戦う!!」



迷いはなかった。

これは、彼の想いをエゴだと言わせたくない私のエゴだ。



彼の瞳が揺れ、涙の膜が薄く張った。

それを気づかせないためか、掌で顔を覆いそのまま崩れるように膝をつく。

肩を震わせて泣く彼を見ていると、私の目にも自然と涙が溢れてきた。


「ははっ…、お前、かっこいいな……ははっ…っ!」

「何で、笑うの…っ!」


笑う彼を軽く叩いた。前はもう、涙でほとんど見えない。


「はははっ…。…なぁ、今の言葉、信じていいんだよな…?」

「当たり前っ…でしょ…!何なら、誓うよ…!私は…戦争のない未来の為に戦う、…っでも、その為に私が犠牲になったりはしないっ!皆の未来も、私の未来も…っ、まとめて全部守る為に戦う!!」

「はっ…はは…、誓ったな。オレは、ずっと覚えてるぞ…っ!お前が、やっぱ無しって言っても…許してやらないから、なっ!」


彼が立ち上がる。見上げた顔は汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

きっと私も同じような顔をしているのだろう。



「……よし、じゃあ行くか…。お前が交わした誓いを守ってもらう為の、最後の一仕事だ。」



戦場の音が戻ってくる。

怖くない、なんてことは無かった。これから起こるであろう事に、今にも足がすくみそうだ。



「…ねぇ。子供の名前、何て言うの?…その子の未来も、守ってみせるよ…。」



それでも私はしゃがみ込むわけにはいかない。立って、しっかりと前を見なければいけないのだ。



「あぁ、言ってなかったか…。ルノ、っていうんだ。お前よりふたつくらい下の、女の子だよ…。」




この日の誓いを果たすために。






(誓いとエゴイズム)-Ema-


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