篠塚響と柏木千春と狩屋奏と俺 上
あー苛つく。
どうしようもないぐらい苛つく。
何、あの毛玉。
もう本当最悪だよね?
警告しにいっただけの猿渡君と伊東君殴るなんてさ……。
さあて、とりあえず……。俺はスマホを取り出して、真希へと電話をかける。
ちなみに俺、今日が停学最終日だったりする。
『もしもしー』
「真希、あの毛玉君って族関係者?
なんかやたら強いみたいなんだけど」
猿渡君達が気付いた時には吹っ飛ばされてたって言ってたから相当な実力者なんだと思う。
明らかに変な毛玉みたい格好だし、真希のいう王道なら、族関係者のはずだしね。
『あー俺香川について敢えて調べなかったんだよな
知らない方が面白いかなって思って
まあ、理人が調べてほしいなら調べるよ』
「じゃ、頼む」
『了解』
大抵の事なら真希は調べられるはずだ。
真希の返事を聞いて俺は電話を切る。
真っ黒な机の上にスマホを置いて、これからの事を考える。
―――正直毛玉君はうざすぎるから制裁の許可を出してもいいかなとは思っている。
だけど、呼び出しは危険だと警告の件で実感した。
呼び出しを誰かがすれば、その誰かが危険になるのだ。
「あーめんどくせえ……」
毛玉君って本当、面倒な存在だ。
毛玉君さ、生徒会以外とも人気者と仲良くしてるから、下駄箱とかへの嫌がらせもひどいみたいで。
生徒会親衛隊のわんこ達はまだそういう嫌がらせしてない時点でそれだからね。
まあ生徒会親衛隊メンバーも止められないぐらい怒ってるから小さな嫌がらせはこれから始まるだろうねえ。
さてさて、どうやって毛玉をこらしめてやろうか…。
わんこ達に被害が加わらないようにするのが一番だし…。
毛玉君と毛玉君信者を潰すのが一番かもだけど、誰を潰すべきかしっかり見極めなきゃだし。
どっちにしろ、めんどくさい。
……うん、面倒だから停学開けてから、教室に行っての毛玉君の態度を見て考えよう。
そんな事を考えながら、結局俺はその日そのまま寝てしまった。
*
停学が開けて、俺は教室へと向かった。
教室の扉を開けると、クラスメートが俺に注目する。
真希はまだ来ていない。
毛玉君の情報手に入ったからあとで言うって言っていたからそのうち来るだろう。
そんな事を考えながら席に向かっていれば、
「おい、てめえ」
不機嫌そうな篠塚君に声をかけられた。
うわ、すげえ睨まれてるんだけど俺。
まあ、殴っちゃったしね? 毛玉君を殴ったことをよっぽど怒っているみたい。
「篠塚君おはよー。この前の事怒ってんの?
俺正当防衛しただけなのに?」
にっこりと笑えば、篠塚君は驚いたような顔をする。
そりゃそうだよね。
強いって有名な篠塚君に睨まれて俺笑ってるもんね。きっと篠塚君は怖がられるばかりだったんだろうね。
ふふ、でも俺には篠塚君を怖がる理由なんてないしね? 実際怖くないし。
「ふふ、それで篠塚君は俺に何の用なの?
てか香川君と一緒に居ないの珍しいね、びっくりするぐらい一緒にいるって真希に聞いたんだけど」
うん、真希から聞いたんだけど篠塚君ってあの毛玉君にべったりらしいんだよね。
てゆーか、篠塚君以外の毛玉君信者もべったりらしいけどさ、毛玉君怖くないのかね。
自分の貞操狙ってる奴しか周りに居ないってある意味恐ろしくないのかな?
皆露骨に狙ってるしさ。俺なら気色悪くて無理。
「操にもう手を出すな、親衛隊
それと……操は生徒会室につれていかれた」
「ふふ、俺はやられたらやり返す人間だからそれは約束出来ないかな。
てゆーか、篠塚君、生徒会に香川君取られちゃったんだね、ドンマイだねえ」
そう言ってやれば、篠塚君は怪訝そうに眉をひくつかせている。
「ふふ、怒った?
この前みたいに殴りかかってみる? 黙って殴られるつもりはないけどね?」
篠塚君は、俺の言葉にぐっと押し黙る。
この前ので、篠塚君が俺に勝てないってわかったんだろうね、篠塚君は。
ふふ、篠塚君は毛玉君に惚れてるから、感情的になってただけで、普段は冷静らしいからね。
それに喧嘩をし続けた男なんだ、篠塚響っていう男は。
そんな篠塚君だからこそ、この前ので俺の力量がわかったんだろうね
「それにね、篠塚君。
先に仕掛けてきたのは篠塚君と香川君。俺は殴られそうだったから殴り返しただけだしね? 手を出すなって言われてもこまるんだよね」
俺はそういって、笑う。そのまま、続ける。
「篠塚君だって殴られそうになったら殴り返すでしょ? よけるでしょ?
それと一緒だよ。
香川君に何もしないで欲しいなら、香川君が俺や俺の大切な子達を傷つけなければいいだけの話なんだしさ」
そう言って、にっこりと笑ってやる。
……これは、警告だよ、篠塚君。
俺や俺の大切な子達に手を出すな、っていう警告。
篠塚君の瞳がまっすぐに俺へと向けられている。
何処までも、警戒したような、瞳。
「ふふ、ねえ、篠塚君」
笑いながら、俺は篠塚君に言う。
「香川君は、篠塚君の事きっと何とも思ってないよ
だって香川君は、自分を受け入れ、否定しない人間なら誰でも側に置いてるんだもん」
香川操……本名は原口操だけど、毛玉君の行動とかを聞いて思った事はそれだ。
毛玉君は、自分を受け入れ、自分を否定しない人間なら誰でもいいのだ。
「ふふ、香川君は誰が抱きつこうと嫌がらないでしょ?
キスをして嫌がりはするけど、嫌いにはならないでしょ?
初対面でも自分を受け入れてくれさえすれば、香川君は誰でもいいんだよ」
実際、昔からの知り合いである渉兄と目の前にいる篠塚君……どっちが大切かなんて聞かれたら毛玉君は選べないだろう。
「篠塚君は香川君の特別になってるつもりなんだよね、きっと。
基本的に側にいる存在――自分に香川君が甘えてくれるのが嬉しいんでしょ?
でも、篠塚君はきっと特別ではないよ
知り合いの誰にでも香川君はそんな態度を取るんでしょ。
そして自分を否定する人間や受け入れない人間を排除しようとする―――俺からすればそんな奴最悪なんだけど。篠塚君、あんなのの何処がいいの?」
篠塚君は何も答えない。
ただその顔を強ばらせているだけだ。
「ふふ、香川君の特別になりたいの?
誰でもいい存在から、特別になりたいの? それ、篠塚君が言う台詞じゃないよねー」
篠塚君は、俺の言葉に俺を見た。
たった一人の特別になりたいと望む、一匹狼が目の前に存在してる。
……だけどね、俺からすればどっちもどっちなんだよ。
「篠塚君って自分を怖がらなかったからって理由だけで香川君を好きだって思ったんでしょ?
そりゃ、心地よいよね、自分を受け入れてくれる存在と一緒にいれるって事はさ」
篠塚君が、はっとなったような顔をする。
ふふ、馬鹿だねえ。
今まで気づいてなかったのかな、篠塚君は
香川君の特別になりたいと思ってる自分が、香川君と同じな事を。
「香川君と篠塚君は同じ。
受け入れてくれるなら誰だろうといいんだよ、きっと
香川君はああいう性格だから篠塚君が暴力的でも、受け入れてくれるもんね……ふふ」
要するにだ。毛玉君は何事も受け入れ、都合の良い解釈をし続ける男なのだ。
そして自分絶対的正義におく………うん、面倒だね、毛玉君は。
「篠塚君は、初めて自分を受け入れてくれた香川君を取られるのが、自分から離されるのが嫌なだけ。
要するに、玩具を取られるのが嫌で、暴れる子供と一緒―――。」
篠塚君の中で、毛玉君は今絶対的な正義にして、絶対的な存在。
それは、毛玉君を好きだと思い込み、捨てられたくないと望んでいるから、だと俺は思う。
毛玉君という存在が絶対的だからこそ、篠塚君は毛玉君の最悪さに気づいてないだけだと思うんだよね。
「とりあえずさ、篠塚君は冷静になりなよ
恋愛に突っ走るのは構わないけど、その気持ちが本当に恋愛であるか、考えなよ」
そして、冷静になって、毛玉君を見て、あの最悪さに気づくのが一番なんだけどね。
「あ、もうすぐ授業始まるね。
篠塚君、じっくり考えなよ?」
俺はそういって、篠塚君から離れて、自分の席へと向かう。
てか、俺が篠塚君と話してる間、篠塚君の親衛隊が凄い睨んで来てたんだよね。
絡んでくるかもだけど、まあどうにでもなるよね。
*篠塚響 side
―――香川君と篠塚君は一緒だよ
あの親衛隊の奴に言われた言葉が、脳内を掠める。
確かに操は、あいつのいうように誰でもいいんだろう。
転入してきて、操の側に居て、それには俺は気づいていた。
誰でもいい、操の特別になりたかった。
だから操の側からなるべく離れないように付きっきりになって、操が自分の物だって誰かに見せつけたくてスキンシップをとって………、操の味方でいようと、操に嫌われないように俺なりに必死だった。
だけど、その思いの根本―――操を好きだという恋心が、本物じゃないかもしれない。
そう指摘されて、俺は動揺している
――俺は、自分を怖がらない、操の側に居たいと思った。
今まで怖がられてきて、生きてきた。
目付きが悪くて喧嘩売られて、やり返す日々――そうしているうちに誰もが俺を怖がった。
ムシャクシャして、誰かを殴って、一人で過ごす日々。
―――そんな中でやってきたのが操だった。
操は俺を怖がらなかった。俺を受け入れてくれた。
それが、嬉しかった。
誰かに取られたくない、と必死だったけれど、それが本当に恋愛感情か、と考えて見ると………よく、わからない気もしなくもない。
いや、好きは、好きなんだと思う。
怖がらなかったから、側に居るのが心地よくて………。
―――俺は、誰でもいいのか?
わからなくなる。
ちらり、と操と俺を殴って、さっき俺に色々言ってきた、あいつを見る。
先ほど教室に入ってきた、菅崎真希の言葉に相づちをうちながら、文庫本を読んでいる。
菅崎真希は、親衛隊持ちの、この学園の人気者だ。
そして、ヤクザ、菅崎組が実家だという事で恐れられている男だ。
菅崎真希と俺……同じだけ、いや菅崎真希の方が恐れられているのに、あの親衛隊の奴ともダチみたいだし、他のクラスの奴と仲良さげに喋ってるのを何度か見かけた事がある。
操だけが、俺を受け入れてくれて、操は俺を怖がらずに普通に話しかけてくれて、だからこそ、嬉しくて………。
操が怖がらないでいてくれるから、好きだと思い込んでただけかもしれない。
生徒会長とかが操に手を出して苛々してたのは、嫉妬何かじゃなかったのかもしれない。
俺は………、多分あいつのいうように、怖がらない操が離れていくのが嫌だっただけだ。
それに気づいて、今まで何を焦って、操の側に居よう、側に居ようとしていたのか、不思議に思ってくる。
焦らなくて、いいんだ、俺は。
操と、俺はダチだ。
そして本当にダチなら……、操が誰と付き合おうが、操は俺から離れては行かないはずだ。
それを思って、心が落ち着いていくのを感じた―――。
*理人side
「理人、篠塚に何かいった?」
真希が面白そうに俺を見る。
篠塚君の方をちらりっと見れば篠塚君は俺から目をそらした。
ふふ、可愛いねえ。なんだか色々考えて気まずく思っているみたいだった。
「ちょっとね、俺の思ってる事を言っただけ
どう転ぶかは篠塚君次第かな」
これで篠塚君がどんな行動に出るか、それは篠塚君次第。
「ところで、真希。
……毛玉君の情報は?」
「んーとね」
真希はそう言って白紙のルーズリーフを取り出す。
そしてそれにシャーペンを走らせた。
誰かに聞かれたくないから紙に書いて説明するつもりらしい。
真希はルーズリーフに三つの族の名前を書いた。
『ブレイク』。
これがあるムカつく生徒会がトップの所。このへんじゃNo.3な暴走族。
『龍虎』。
ここの事は俺はよく知らない。このへんじゃNo.2の暴走族。
最後の一つが『クラッシュ』。
俺の知り合いがいっぱい居る所。そこがこのへんでNo.1の所。
三つの暴走族で三角形を描いて、VSのマークを描く。
そして『ブレイク』の所に生徒会のメンバーの名前を書き、『クラッシュ』の所に俺がよく知っている名前を書く。
――――そして、『龍虎』の所に、毛玉『妃龍』と書かれた。
「…香川が、」
俺はそう言って、『妃龍』という文字を指す。
それに真希は頷いた。
毛玉君が『妃龍』ねえ。
『妃龍』って言えば、『龍虎』の総長。
そして女のようにかわいらしい外見をした男だという噂。
『クラッシュ』にいる知り合いが言ってた。
『妃龍』は確かに外見はいいが、性格は面倒だと。
そして確か、『妃龍』の事を『ブレイク』は追いかけ回していたはずだ。
てか、『ブレイク』と『龍虎』のメンバー敵対してるはずなのに、毛玉君は仲良くしていいんかね、生徒会と。
「………実力、お飾り、どっち?」
俺は問いかける。
そうすれば、真希は答えた。
「実力はそこそこ、だけど半分はお飾り」
まあ、俺にぶっ飛ばされてたしね、一撃で。
「となると此処が面倒だな」
『龍虎』の文字を指しながら俺は呟く。
『妃龍』は愛されし者、だと聞かされている。
嫌いな人はとことん『妃龍』……毛玉君が嫌いだけど、落ちていく奴は何処までも落ちていく―。
「まあな、あとこいつらは全然気づいてない」
そういって真希は生徒会を含む『ブレイク』という文字を指差して、呆れたように笑った。
真希が書いた図を見る限り『龍虎』の味方には…、正確にいえば毛玉君のとりまきの一人(この学園には居ない)は凄腕の情報屋らしい
とはいっても情報屋としての実力は真希が上だけれども。
その情報屋が毛玉君の情報を徹底的に隠しているようである。
「………名前は?」
情報屋、の文字を指差して俺は問いかける。それに真希は答えた。
「My ブラザー」
「………望が?」
俺は真希の言葉に驚いた。
菅崎望は真希の二つ下の弟だ。
俺とも一度だけ面識がある…、情報屋をしている事は知っていたが、まさか望が毛玉君にはまってるとは…。
真希の方を見れば、真希は何とも言えない顔をしている。
「……俺も調べて初めて望がそうだと知ってな」
はあ、と真希はため息を吐く。
そりゃ、知らないうちに自分の弟が毛玉君にはまってたらショック受けるよなあ…。
それにしてもわかってるだけで毛玉信者は生徒会、篠塚君、松崎君、風紀委員何人か、担任、望に、『龍虎』のメンバー……。
なんか、うんざりしてきたかも、俺。
というか多分毛玉信者もっといるよね。
やっぱり一人一人どうにかするのが、一番かな。
本当にその毛玉信者が毛玉君のために全てを捨てられるっていうなら徹底的に潰してあげるんだけど…。
大体何で毛玉信者って金持ちばっかなんだ…
「真希、面倒」
「まあな~
俺王道は見るの好きだけど、理人に危害が加わるのは嫌だしなあ
はあ、ウザくない王道ならよかったのに!」
「とりあえず、真希」
「ん?」
「俺面倒だから小説でも読んでテンション上げてくる」
「おう」
俺は真希の返事を聞いて席から立つ。
………何だか篠塚君から視線を感じるが、何故だ?
まあいいや、とりあえず、空き教室に行こう。
俺は教室を出て、空き教室へと歩いていくのだった。
あ、空き教室っていっても鍵は俺しかもってないから誰も入れないんだけどね。




