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文芸部作品

迷走列車

文芸部作品の転載です。

 目が覚めるとそこは電車の中だった。

 それも誰も乗っていない、無人の電車の中で少年は寝ていた。

 少年は眠りすぎて車庫まで行ってしまったのだと思ったが、電車はまだ走行中のようだった。

 しかし様子が少し妙だった。いくら大きな駅を通過したからと言ってもあまりに人が居なさ過ぎる。いくらなんでも少年一人ということはない。一番空いている時間でも一車両に五人ほどは乗っているはずなのだ。


 それに “確か”と少年は思い出す。

 この時間帯ならば終電の駅から来ている同じ学校の生徒が乗っていなくてはおかしいはずだからだ。

 また少年には電車に乗った記憶がなかったのだ。

 少年は必死に最後の記憶を引き出そうとはするがどうしても学校の最寄り駅で電車を待っていたところまでの記憶しか思い出せなかった。


 少年はいささか不安になりあたりを見回すと当然そこには座席があり、窓があり、窓には少年が映るはずだった。

 しかしそこに映っていたのは顔に黒い靄が架かった少年の顔だった。

 少年は驚き窓を拭った。顔も拭った。

 しかし窓に映る少年は靄に包まれたままだった。

 少年は次第にわけがわからなくなり、夢であるのだと願い始めた。少年はもと居た座席に腰掛けるとひたすら早く夢から覚めるようにと願い続けた。


 だが、いくら経っても電車は止まらず、周りも変わらない。

 少年の心の中は不安に満ちていた。

 目が覚めれば見覚えのない電車の中で一人、顔も失い、夢も覚めない。

 少年が頭を抱えていると隣の車両に人影が見えた気がした。少年は勇気を振り絞り前の車両を覗き込んだ。

 そこには少年の居る車両と同じ造りの車両があるだけだった。

 だが少年はそこに何かの希望があると信じ扉に手をかける。扉は簡単に開き、少年を前の車両へと招いていた。

 不安の混じる希望を頼りに車両内を進むがそれらしい物も人影も見当たらなかった。

 あれは何かのみ間違いだったのか。しかしここには見間違えるようなものは何もなかった。あるのは誰も座っていない座席と揺れるつり革、天井からぶら下がるやたら不気味な車内広告ぐらいだった。


 もしかしたら座席の影に誰かが居るのではないかという希望を頼りに車両内を歩くが、どうも人の気配はしなかった。

 きっと希望を捨てきれないあまりに見てしまった。幻覚なのだろうとあきらめかけた時だった。


「ねぇ、君こんなところで何してるの?」

 そんな声がするがあたりを見回しても誰も居ない。先ほどまで人の気配がなかったのにいきなり声がして少年はさらに不安になり始めていた。

「ねぇ、どこ探してるんだよ。俺はここだよ」

 再び声がした。よく聞くと男の声だった。しかし相変わらず、どこから声がしているのか皆目見当も付かない。

「ねぇ、君って鈍感すぎない?上だよ。上」

 そう言われて声に従って上を見てみると荷物置きで横になっている男を見つけた。見ると、にんまりと笑った青年といった感じの男がいた。

「君もこの電車に迷い込んだの?」

 そう問われると少年は頭を抱えた。少年以外の人間を見つける事は出来たがこの状況をどうにかする方法は一考に見つかっていないからである。

「あのぉお兄さん、ここはどこなんですか、ここから出る方法はないんですか?」

 少年は恐る恐る荷物置きの上に居る青年に聞いてみることにした。青年はにんまりとした口をさらににんまりとさせ口を開いた。


「そうかそうか、君は何も知らないでここに迷い込んだんだね…まぁここに迷い込んでくるモノは大抵ここが何処で何かを理解していないから仕方ないけどね」

 青年は嬉しそうにそう語った。青年の言う“モノ”が妙な違和感がしたがきっとそれはクセか訛りなのだろうと思いすぐに忘れようとした。

「此処はね。永遠に走り続ける迷惑な電車の中で、此処は何かを失い何かを得る、そんなめんどくさい電車なんだよ」

 青年はどこか楽しそうに少年を見ている。

「しかし君の顔面白いね。見えそうで見えない。チラリズムでも意識してるのかな。まぁそんなことはいいや、何か顔以外に変化はないかい?」

 青年は何か期待を込めた視線で見るが、少年はどう反応を取っていいのか分からなくなってきていた。

「いえ、まだ分からないですけど特に顔以外は変化がないと思います」


「そうか、じゃ君は何かの権利を得たのかもね。それとここから出る方法だけど、車掌に相談するのも一つの手段だと思うよ」

「この電車にも車掌が居るんですか?」

「もちろんだよ。電車には車掌が居るものでしょ。君面白そうだし車掌まで案内するよ」

 青年はそういうと荷物沖から降りてきた。青年が降りてき始めて分かったが、青年は少年よりも頭一つ分ほど背が高いようだ。

 少年はこんな状況であっても、こんな状況だからこそ自分の平均ほどの身長と比べ少し羨ましくなった。

「そういえば、どうしてあんな寝づらそうなところで寝ていたんですか。下の座席の方が寝やすそうなのに」

 少年は緊張が解け質問をする余裕が出てきた。やはり誰かが居ると安心するものなのだろう。

「俺はねぇ、高い所が好きなんだ。それに住めば都っていうじゃん」

 少年は歩きながらバカと煙はなんとやらという言葉を思い出したがすぐに頭から取り除いた。


「そういえば、君は学生さんかい?」

 突然青年はそんな質問をしてきた。

「どうして分かるんですか?」

「だって君学ラン着てるでしょ。普通学ランを着ているのは学生ぐらいだと思うけどな」

 少年はその当たり前のことに気づき、安心しつつもまだ不安が拭い去れていないことに気が付いた。


 少年と青年はしばらく歩いたが、何両通っても先頭はなかなか見えなかった。

「あの、あとどれ位で着くんでしょうか」

 少年がそう問いかけると青年ははぐらかすように返してきた。

「さぁ、あと少しかもしれないしまだ遠いかもしれないね」

「どういうことですか?」

「言葉どおりさ、車掌の気分で電車の長さは変わるものだよ」

 青年はそう言いながらにんまりと笑った。


 また少年と青年はしばらく歩いていると次の車両には違った雰囲気もあった。見ると車両の端の座席に全身黒いドレスを着た少女が座っていた。少女はこちらを見ることもなくずっとなにかの本を読んでいた。

「やっぱりほかにも人が居るんですね。少し安心しました」

 少年はほかにも誰かが居ることに少し胸をなでおろした。

「そりゃ居るさ。ここは色んなモノが迷い込む電車だからね」

 青年はそう言いながら少女を悲しそうな笑みで見つめていた。

「ここから出る方法はあるんですよね。でもなんであの子は何もしようとはしないんですか」

「ここにはね、出たくても出られないモノ、出たくないモノ、出ちゃいけないモノ、ここには色んなモノが居るんだよ。だから出られる可能性がある君はいい方なんじゃないかな」

 青年はそういうとにんまりとした口元を減衰させた。

 少年はそんな少女に興味を持ち話しかけてみたが読書に夢中で相手もしてくれなかった。

 そして青年に促されまた歩き始めた。

 少女は本から顔を上げそんな二人の後姿を見ながら誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。


「悪趣味ね」


 そうつぶやいた少女は再び本に顔を向けた。

 そうしてしばらく歩くとようやく先頭の車両に到着した。その間も様々な人が居た。

 座席で眠る酔っ払いのような人もいれば同じようにどこかへ歩いていく人もいた。しかしその人は少年達とは反対へと歩いていった。

 そのことを青年に質問してみると

「別に出る方法は一つじゃないからね。出口も一つじゃないよ」

 そう言って青年はにんまりと答えた。


「さぁ、到着だよ」

 そう言って突き当たりにある電車の運転室の扉を開けたがそこには車掌の帽子とコートが置いてあるだけで誰も居なかった。

「車掌さんは?僕はどうやって返れば」

 少年がそう困っていると青年が帽子とコートを着てにんまり顔で話し始めた。

「やぁ、やぁ、ごめんね。実は俺が車掌なんだ。別に遊んでいたわけじゃないんだ」

 青年は今まで一番のにんまり顔でそう言った。

「ほらこれが君の権利だよ。それと気づいてないと思うけど、君の顔は元に戻ってるよ。きっとその顔を必要とする誰かが取っていったんだね」


 そう言って青年は小さな紙を渡してきた。

「これは?」

「それに願いを書き込んでずっと持ってると叶うんだよ。」

少年はその紙を受け取り気が付くと手にはペンが握られていた。少年はそのペンで何かを書くとその紙を折りたたんで握り締めた。

 すると少年はだんだんと意識が薄れていった。しかしそれは何かに包まれるような暖かいものだった。

 最後に青年の声が聞こえた。

「それではさようなら、お気をつけて、それと最後にその紙を忘れずに持っていてよ」

 少年は薄れる意識の中で最後に青年のにんまりとした口が見えた気がした。


 少年は目が覚めるといつもの最寄り駅にいた。

どうやら少年はホームのベンチで眠っていたようだ。まだ寝ぼけているのもあるが、何かがあった気はするが思い出せずにいた。記憶は曖昧でまるであれが夢だったかのようだった。

 だが少年の体験は夢ではなかったらしい、その証拠に少年の手の中には折りたたまれた小さな紙があった。その紙は握っていたせいか折り目が付いていたがどこか見たことがあるよう気がした。

 少年は気になりその紙を開こうとしたそのとき、突然風が吹き少年の手からもぎ取るように紙は空に舞い上げられてしまった。そのまま紙は風に遊ばれどこかへ飛んでいき、やがて見えなくなった。

 紙が去ってしまった空を眺めていると電車の到着を予告するアナウンスが鳴り始めた。

 気が付くと5時を回ろうとしていたところだった。

そして少年は夢を忘れていったように駅の改札を抜け帰路に着いた。


風の吹く中、青年は手を空へと伸ばし風に遊ばれていた紙を掴み取った。

 そして紙を開いていつものにんまりと笑った口をさらににんまりとさせた。

 青年は少年の居たホームに背を向けどこかへ消えていってしまった。

 まるで最初からそこに存在しないかのように。

おもしろかったでしょうか?

まえがきにも書きましたが文芸部作品の転載です。

文芸部作品の処女作だったりします。

なので稚拙な所もあったかもしれませんが生暖かい眼差しでお願いします。

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