5.命の味
北関東で桜が咲くのは東京よりも1週間は遅い。「風の子学園」があるここ栃木でも東京より遅れて、今、桜が満開を迎えていた。
東京で桜が満開の時はサブも注文が多くなり、忙しく時間が取れないが、少し時期をずらせればここにやって来る時間が作れるのだった。
そんな中で幸子とサブは「風の子学園」に来ていた。
「本当はもっと頻繁に来なくてはならないのだけど、すまないね」
サブは妻の幸子に詫びを言う。何故なら幸子はここで育ち資格を取り、ここで子供たちの先生をしていたからだ。今日は娘も一緒に連れて来ている。ここに来れば同年代の子遊び相手には不足しなかったし、子供たちも待っていたからだ。
到着するとサブは作って来たお菓子等を子供たちに配り残りを園長先生に預ける。
「雅也さんの頃からいつもお世話になってすいません。雅也さんがいらしていたのが、ついこの間の様に感じるわね」
園長先生はサブと幸子に対してひとしきり昔話をしていた。幸子にとって園長先生は親みたいな存在だった。
園内の遊び場で子供が遊んでいるのを見ていた幸子は昨年入ったばかりの新しい先生がどこか、寂しげな表情で子供の相手をしているのが気に掛かった。
「どうしたの? 何か悩み事がある様な感じだけれど」
幸子はその先生に近づいて声を掛けた。
「あ、幸子先輩」
その若い先生は幸子の事をそう呼んだ。
「実は、この前ある子供に言われたのです」
彼女は子供達の遊びから離れると、幸子に悩みを打ち明けた。
「この前、ある子どもから『先生、花や草も生きているのに何で雑草だからって抜いたりするんですか? それにわたしたちはお部屋に飾る為にお花を採ってしまいますが、それってお花を殺してるんですよね』って言われて、その時上手く応えられなくて……」
悩んで下を向いている若い先生を見て幸子は自分がこの学園に先生として帰って来た時の事を思い出していた。
その時も同じような事を子供達に問われ上手く言えなかったのを思い出した。
「私も、昔同じ様な事を言われたわ」
そう言うとその若い先生は
「その時はどうなされたのですか?」
積極的に尋ねてきた。幸子はこの積極性があれば大丈夫だと思った。そして
「その時ね。夫の師匠の人がいい事を教えてくれたの。その人はもういないけど。その時の言葉は今でも覚えているわ。私も夫も片時も忘れない。それはね『我々は命のあるものを食べなくては生きて行けない。でもだからって罪深いなんて思っては駄目よ。そんな後ろ向きな考えで、大事な命を貰ってるなんて思っては駄目だ。この世に生きているものは大なり小なり自分より小さな生き物の命を貰って生きているんだ』って言ったの。私は『じゃあ、それなら草花は何も殺していないじゃ無いですか』って訊いたらね」
そこまで言って幸子は隣に座り
「『草花はこの大地から全ての源を貰っているんだ。この地球から命を分けて貰っているんだよ。そして、我々も何時かはこの大地に帰るんだ。そうやって全ては循環しているんだ。だから自分もこの循環の一員である事を自覚しなければならない』って教えてくれたの」
幸子はかって雅也が言った事を今でも忘れていなかった。
「そうですか……自分もこの世界の一員なんですね……」
そうつぶやいていた時に、幸子の夫の三郎が子供達と一緒に園に帰って来た。
「色々な草花を摘んで来たから、お昼に調理して出す事にするよ」
そう言って調理室に入って行った。
「お昼は何か食べられそうだわよ」
幸子はそう言うと手伝う為に自分も調理室に入って行ったのだった。
お昼の献立は竹の子ごはんだった。サブが用意して来た素材で炊いたのだ。
それに、先ほど子供達と一緒に摘んで来た色々な野草を副食にした。
サブが子供達と一緒に食べていると、ある子が
「これ、苦いから苦手だけど、わたしが摘んで来たのだから我慢して食べるね」
そう言って、少しずつだが食べ始めた。それを見たサブは
「春の草花は食べるとほろ苦いのが多いけど、これはこれから生きて行く命の味なんだよ。この先暑い夏や台風のシーズンを乗り切る為の力の源なんだ。だからこれを食べると皆も元気になるんだよ。残さずに食べような」
そのサブの言葉に子供達は笑って「え~でも苦いよ~」と言いながらも一生懸命に食べている。それを見ていた園長先生は
「ああやって自分達で摘んで来たものだと子供達は残さずに食べてくれるのですよ。サブちゃんは子供と一緒に遊んで、しかも色々な事を教えてくれるのです」
園長先生はそう言って幸子の夫を褒めると
「先生、買いかぶりです。あの人は意識してやったり言ってるのでは無いと思います。心の底から本心を言ってるのだと思います」
それは幸子のサブに対する信頼の証だった。夫は決してどんな事でも上から目線でものを言う様な事はしない。何時も相手と同じ高さで話しをするのだ。それは仕事での依頼者との話でも同じだ。
だから、サブは色々な客層から評判が良い。幸子はそこだけは師匠を超えたかも知れないと密かに思うのだった。