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続・出張料理人 俺の名はサブ  作者: まんぼう
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4.そら豆の味

 ひとくちにに「法事」の後の精進落としと言ってもざまざまだ。大人数の時もあれば今日のように小人数の時もある。そんな時はやはりしんみりとしているものだった。

 

「今日は空豆なのね。空豆が出回ると、ああ、もうすぐ夏なんだなって思ったけれど、サブちゃんと一緒になってからは「はしり」で色々と使うから感覚が早くなって来たけれどね」

 幸子がサブの手伝いをしながら感慨深く言うとサブが

「空豆は1月から市場には出てくるよ。鹿児島の指宿産だけどな。その頃はさすがに緑の宝石だよ」

 更にサブは幸子に

「本当は空豆は皮を剥いてすぐ茹でで、熱々を食べるのが一番旨いんだ。冷めると何でもそうだが味が落ちるしね。更に時間が経てばアンモニア臭も発生するしね。これは中皮から出ているから、今日みたいに翡翠豆として皮を全て剥いて使うには関係無いけどね」

 いつもの様にサブの解説を幸子は嬉しそうに聞いている。

「今日はお客様の要望で空豆の献立が多いからね。本当は同じ食材を使うと付くから嫌なのだが、仕方ないね。そこを楽しんで貰えるようにするのが板前の腕なんだけどね」

 サブの言う事も最もな事で、色々な食材を使ってバラエティに富んだ献立を考えるのも板前の腕と言うならば今日は逆の意味で腕の見せ所なのだ。

 日本へは8世紀ごろ渡来したといわれている。インド僧・菩提仙那が渡日し、行基に贈ったのが始まりともいう。


 今日の客数は8名である。このくらいだと明美を頼む事はしないで幸子が代わりに料理のサービスをするのだ。

前菜は翡翠豆に、烏賊の雲丹和え、鶉の松風焼だった。

松風焼とは挽き肉を味噌と砂糖などで味を付けて、表面にケシの実をまぶして焼き上げたものである。

 酢の物には季節的に早いと思ったが、初夏の気分を味わって欲しいのと、この一族の方が上方の出なので鱧の梅肉和えにした。

 この鱧と言う魚は小骨が多く、骨切りをしないとならない。サブはこれを習得するために、雅也の紹介で暫く上方の料亭に修行に行っていたのだ。関東では余り鱧は食べないが、自分の技術を忘れない為に、夏になると鱧料理を入れる事にしている。

 関西では時期になると、スーパーにおいても鱧の湯引きなどは広く販売されていたりする。庶民の魚でもあるのだ。

 煮物は加茂茄子の揚げ浸しである。京都市北区加茂周辺で古くから栽培されている京都特産の大丸茄子で、サブのは二つに切った茄子の表面に雅也直伝の胡麻味噌が掛かっているのだ。そのため茄子を煮る味は薄味にしてある。

 上には針生姜を乗せている。茄子の黒さ、味噌の茶色、そして生姜の黄色と見た目もよかった。

 椀もの、つまりお吸い物は、空豆の擦り流しにした。空豆の皮を剥いて裏ごしで濾して出汁に合わせるのだ。椀種はこれも雅也から教わった海老しんじょだ。雅也はこれを揚げていたが、サブは椀種に使えるように蒸したのだ。色が変わらない様に低温で蒸すコツが分かるまで苦労した。

 刺身は、関西では鮪はあまり食べないのでやはり鯛にした。これは松皮造りと言って皮付きのまま下ろして表面を霜降りにして皮付きで切って並べるのだ。それと南蛮海老を付け合わせにした。

 揚げ物は天ぷらとした。中身は鱚にマキ海老、それにタラの芽を添える。

 デザートには黒蜜ときな粉を掛けたわらび餅と抹茶だった。

 わらび餅は、ワラビの根から取れるデンプンのわらび粉で作る半透明の寒天の様な感じの菓子である。食感がプルプルとして堪らない。

 全てが終わり、サブは今日の献立は雅也から受け継いだり、教わったものばかりだと思った。

 自分はまだまだ修行して行かなくてはならないと強く感じたのだった。

 「今日は親方の事考えながら作っていたでしょう?」

 かたずけながら幸子がズバリ指摘する

「どうして分かったんだ。そんな事」

 サブが不思議そうに訪ねると幸子は

「うん、料理の味が親方そっくりだったからね。ああ、これは親方の事を忍んで作っているんだなって思ったのよ」

「全く、そこまでお見通しとは驚いたよ」

 サブがそう言って笑うと幸子は

「でもね、色々なところで、親方とは違うと思った。椀種もそうだし、親方は求めるものが高すぎて、本当に味の判る人しか相手にしていなかったけれど、サブちゃんは違う! その親方譲りの味を普通の人にも判る様にしてくれているんだと思ったの」

 幸子の言った事は自分だけの心に留めておくつもりだった。

「買いかぶり過ぎだよ」

 サブはそう言って誤魔化したが、それが自分の使命では無いのかと思い始めていたのだった。

「少しずつ自分達の色を出していけばいいさ」

 そう言うと幸子も頷くのだった。


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