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続・出張料理人 俺の名はサブ  作者: まんぼう
3/12

3.楽しむ心

 今日は夕方から、ある新興IT関係の会社のパーティが開かれていた。

 それは、そこの社主であり代表取締役の意向で毎年行われている新入社員の歓迎パーティだった。

 IT関係といえば移り変わりが多い社会だ。社員も短期間で移り変わるので、愛社精神など持つものはいない。 だからこの会社ではせめて、社に在籍している時ぐらいは会社に誇りを持って貰おうと始めたのだった。勿論春と言う事もあり桜が綺麗な会場を押さえてあった、

 実はこの代表取締役と言うのは、かって雅也が偏食と味覚音痴を治した人物だったのだ。あれ以来すっかりと食を楽しむ様になったのだった。

 雅也亡き後は今ではサブが受け継いているのだった。

 今日も、サブはそこに出向いて料理をこしらえているのである。

 ここはオープンキッチンとなっていて、キツチンから会場が見渡せるので料理も作りやすかった。

 パーテイそのものは庭の桜を眺めながらの立食となっていて、会場の隅には椅子が用意されていた。


 今日の料理は「春らしいもの」と言う注文なので、刺身には「さより」を、和え物には「菜花」の酢味噌和えを出していた。

 天ぷらには海老や帆立等以外にも「蕗の塔」や「たらの芽」を揚げて出していた。

「今日の料理も喜んで貰えて良かった」とサブは思い、深い満足を覚えたのだった。

 最後のデザートには「桜の花のシャーベット」で締めた。こういうたぐいのシャーベットは普通は匂いが強っかったりするが、サブはその点もよく考えて控えめにしていた。


 全てが終わり、社員の皆が満足げに帰って行くのを見ながらサブはあの時の事を思い出していた。

 酷い偏食で食の楽しみも無かった代表取締役はその後、全く人が変わった様に色々な食べ物に挑戦していた。サブはその手助けをするのが楽しみだった。


 全て終わり、サポート役で来て貰っていた明美とその友人に手間を払う。

 二人は礼を言って上機嫌で帰って行った。その後代表取締役達だけが残り会計となる。

 普通はこの様な会社の行事は後で請求書を送りその後振り込み等となるが、雅也の頃は常に現金だった。だからその頃からのお客は今でも現金で払う。

 サブになってからは、信用のおける会社等は振り込みでも大丈夫な様にしたが、今日のお客は当然現金だった。

 それは、この商売は基本的には現金仕入れとなっているからだ。それは今では帳面に付けておいて月末払いと言うところもあるが、サブの様になるべく状態の良いものを仕入れるには現金となる。それはそうだろう、現金で払ってくれるお客の方が良いからである。明日の1万円より今日の5000円だ。

 だから、その辺を判っているお客は現金で払うのは当然と思っているのである。


 支払いを済ませると、サブは

「社長、奥様におみやげを用意してあるのですが」

 なにやら意味ありげな顔でサブが言うので取締役は

「おや、それは聞き捨てならないな。いつもとんでもなく美味しいものを用意してくれるから、僕も妻もいつも楽しみなんだよ」

 そう言ってにこにこしている。

「今日は何なのかな?」

 目を輝かせている取締役にサブは冷蔵庫からタッパを取り出した。

 白い蓋を取るとそこには銀色に輝く小さな魚が開きの状態になって整然と並べられていた。

「これは? わかさぎ、じゃなさそうだが……初めて見るな」

 興味津々に見つめる取締役にサブは

「これは、きびなご、と言う魚です。関東では伊豆で少し採れますが、本場は九州です。暖流に乗ってやってくる魚なんです。

 東京には滅多に状態の良いのは入ってきません。開いた状態で半冷凍のものが多いです。

 今日はこれを九州の知り合いに頼んで今朝向こうの市場で仕入れて貰ってジェット便で送って貰ったのです」

 説明をされた取締役はしげしげと眺めていたが

「しかし、綺麗な魚だね。小さいがちゃんと身がたっぷりと付いていて美味しそうじゃないか。どうやって食べるんだい?」

「普通は生姜醤油で食べますが、九州でも鹿児島では辛子酢味噌で食べます。しかも芋焼酎を飲みながらです。

 焼酎を飲みながらのきびなごは最高ですよ・是非新鮮なうちに食べて見てください」

 サブの好意を取締役はありがたく受ける事にした。そして、この魚が自分の口に入るまで、幾人の手を煩わせたのかと思うとありがたさを大切に思うのだった。

「ありがとう、じっくりと味わって食べさせて貰うよ」

 取締役が礼を言うとサブは自分の後ろから、あるものを取り出した。

「社長、これも一緒に」

 それは鹿児島産の芋焼酎だった。

「いや~至れり尽くせりだね。じゃあ僕もお返しをしないとね」

 意味ありげに取締役は言うと、残っていた秘書にある箱を持ってこさせた

「息子さん、もう大分大きくなって来たんでしょう。そこで今日はこんなものを持ってきたんですよ」

 受け取ったサブが長方形のそんなに厚くない箱を開いてみると、やや大きめのタブレットが出て来た。

「これには、色々な絵本の電子書籍や、幼児向けの色々なソフトが入っている。ウチで取り扱っているものばかりだけど、役に立てて欲しい。僕には今は、こんな事しか出来ないけどね」

 そう言った取締役はどこか嬉しそうだった。

「ありがとうございます。きぅと喜ぶと思います」

「喜んでくれて良かったよ。奥さんに宜しくね」


 数日後、サブの仕事の依頼のメールに取締役からメールが入った。開いてみると

『戴いた刺身と焼酎はすぐに無くなってしまった。今度は自分で取り寄せるから連絡先を教えて欲しい』

 そう書かれてあった……


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