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続・出張料理人 俺の名はサブ  作者: まんぼう
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2.竹林の価値

 春になると色々な植物が芽吹き、命の輝きを我々に見せてくれるが、それは料理の世界でも同じで、春の料理にはそう言う草花や野菜を扱ったものが多い。

 菜の花や蕗の塔、たらの芽等もそうだ。それに筍なども本来は春から初夏に掛かる時期のものだが、料理の世界では「はしり」を大事にするので、春に扱う事が多い。

 

 サブはこの日、千葉の大多喜のそばの山林に来ていた。雅也の頃からのお客の誘いである。

 雅也の頃からここの竹林に呼ばれて、早朝掘り出した筍を料理して食べさせるのだ。

 雅也の頃は早朝に大多喜に到着して、掘り出す方と一緒竹林を探していたものだった。

 今回もサブは一人で早朝に到着すると、顔見知りの方と一緒に竹林に入って行き、幾つかの筍を掘り出したのだった。


 「随分掘りましたね」

 依頼主が目を細めて嬉しそうに言うとサブは

「これでも、今日は以前と比べると少ないです。やはり陽気の影響でしょうか」

 早速、サブはこの筍を料理に掛かる。料理に使う調味料や食材はあらかじめサブが依頼者に伝えてあり、今日もしっかりと用意されていた。場所は依頼人の別荘である。

 そこには一通りの調理道具や食器も備えられており、出張料理人としては申し分無い環境だった。


 まず、最初に出て来たのは「筍の刺身」だ。これは掘ってから2時間以内でないと、えぐ味が出てくるので、そのままでは食べられ無くなる。その時間を味わう料理とも言えた。

「うん、美味しいな。この筍の風味が堪らないな。茹でてしまうとこの風味が飛んでしまうからね」

 どうやら依頼人は、まずは満足したとサブは感じて次に移る。

 次は筍の姫皮を使った「木の芽あえ」である。烏賊や蛸それに海老等の海鮮と筍や筍の姫川を木の芽をすりつぶして作った甘めの味噌で和えるのだ。これも今の時期ならではだ。

 「これも旨いな。春の風が体を抜ける様だよ」

 その言葉にサブは「少し言い過ぎ」だと思ったが黙っていた。

 今日は人数も依頼者の招待した内輪のお客だけなので6名しかこの別荘にはいない。だから空間的にも贅沢だった。


 それからは、焼き物に移る。今日は先日の法事でも出した「竹包み焼き」だ。竹の筒に味噌と筍を入れて蒸し焼きにするのだが、先日の法事が茹でてあくを取り除いた筍であるのに対して今日は生の筍を使っている。勿論味が全く違うのは言う間でもない。

「いや、旨い、本当に旨い! ありきたりな言葉でしか感想を言えないのが申し訳無いほどだわ」

 それはサブにとっては最大級の誉め言葉だった。


 そして、いよいよ蒸し料理に移る。日本料理は本来は刺身が王様なのだが、こと今日に限ってはそうでは無い。

今日の為にサブが考えたのが「筍の奉書蒸」である。これは奉書に一口大にした筍を包んで、時間を掛けて蒸して行くのだ。筍の風味や味わいがそっくりと残るので、極鮮度の良い状態でなければ出来ない料理だった。

 繊細な風味を味わう為に味付けも薄くしか付けていない。

 また、食べる方もお酒等を飲み過ぎ無い様に気を付けなくてはならない。

 一口食べて、その場に居た6人皆が「う~ん」と唸ってしまった。

「いや、いや恐れいった。これほど筍とは味わい深いものだったとは……」

 依頼者が驚嘆して感想を言うので、サブは

「それは、この竹林で取れた筍が素晴らしいからですよ。私も色々と筍を扱って来ましたが、ここほど手入れが行き届いて素晴らしい竹林はありません。どうか願わくば何時までもこのまま状態でお持ちになっていて欲しいです」

 サブの言葉に依頼者は

「そうか…実は今、ここを造成してリゾートマンションだか別荘を作ると言う話が来ているんだ。

 正直、ここは土地としては価値は余り無い。通勤には遠いし、海までも距離はある。価値としては土地が硬いので地震に強い事かな。大多喜に強い地震があった時でも平気だった。そこを良い値で買うというので正直心が動いていたのだが……なあ、サブくん、私がここを持っている限り、こうして毎年来てくれるかね? それなら私が死ぬまでは持っていよう。保証する……どうだね?」

 その依頼者は意味ありげな笑顔でサブに語り掛けた。

「そうですね。これだけの筍を毎年料理出来るなら、喜んでここまで来ますよ。しかも来年からは家族でお邪魔します」

 サブも今度は意味ありげな表情で返すと依頼者は

「よし! なら決まりだ。ここは残す事に決めた! このぐらいの道楽なら構わないだろう」


 もしかしたら、依頼者は最後の宴として今日に臨んだのかも知れないとサブは思った。それは今日の依頼者の感想からでも分かる事だった。

 それを覆えさせたのはサブの料理だったのだ。だがサブ自身は自分の料理は雅也の教わったものだから、自分はそれを越えてはいない。と思うのだった。


 仕事が終わり、帰りのサブの車には筍が積んであった。明日の斉藤家は筍料理が並ぶであろう。


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