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続・出張料理人 俺の名はサブ  作者: まんぼう
12/12

12.土瓶蒸しの想い

 8月の立秋を過ぎると日本料理の世界では秋の景色に模様替えをする。

 秋は味覚の宝庫とも言える季節であるが、未だ暑い初秋、落ち着きを取り戻した中秋、そして、冬の訪れが近いと感じさせてくれる晩秋とそれぞれの時期で献立も変わって来る。

 その中でも、大体において、重宝されて重要視されるのが松茸である。

 この香り良く、歯ごたえも素晴らしい茸を味わうと、日本人に生まれて良かったと思わざるを得ない。

 外国人にはこの香りが「おがくずのような匂い」と感じるそうだ。判らないものだと思う。尤も我々もトリュフ等は正直その良さとなんでフランス人があそこまで有難がるかが良く判らないのと同じだと思うサブだった。


 土瓶蒸しは小さな一人用の土瓶を型どった入れ物に、松茸、海老、銀杏、三つ葉。それにゆずの皮を少し、中には吸汁といって、吸い物に張る出汁と同じものを入れて、蒸すか、小さな一人用の焜炉等に載せて温めて、火が通ったらカボス等を絞り、中の具を楽しみながら、蓋代わりの猪口で松茸や海老の旨味が出た汁を味わう料理だ。

 サブはこの料理が好きだった。一見何でも無い様に見えるが、これほど、お客に出す料理で神経を使う料理は無い。

 松茸の管理を始め、車海老はさっと、火を通して頭と皮を剥く。これは余計な雑味が出ないようにする為だった。

 これに鶏肉を入れる者もいるが、茶碗蒸しでは無いので、要らないとサブは思っていた。三つ葉も僅かに香りがある。しかし、松茸の香りと三つ葉、それに僅かなゆずの香りとこの三つが合わさると何とも言えない風味となって食べる者を喜ばせるのだ。

 旨味も単体で食べるより幾つかの旨味が合わさると旨味自体が増すのだが、香りに関してはこの組わせが素晴らしいと何時も思う。


 今日は、時期的には国産の松茸は早いのだが、雅也の頃からの伝手で、良い物が手に入ったので、一人様の焜炉を出して、網を乗せて松茸をお客自身が焼くと言う趣向を取った。

 勿論、その後は焜炉には土瓶蒸しが乗っかるのだ。

 その、蒸し上がるタイミングで、蓋を取るのだが、慣れないお客任せには出来ないので、今日は人数がそう多く無いが明美にも来て貰っていた。

 注文主は「今年一番の松茸を味わうなら金銭は考えない」と言う趣向だったからだ。

 正直、こう言うお客がいてくれないとサブも困るのだ……


 今日は、先方のお客が指定した松林の中に立てられたある貸座敷で会食をしている。

 宴会等に使われる事が多いので、調理場はプロ用のもので統一されている。一人用の焜炉等はサブが持ち込んだものだ。焜炉の中には備長炭が真っ赤になっている。

 松茸が焼けて来ると何とも言えない香りが鼻を喜ばせてくれる。いや、食べられない者には拷問かも知れない。

 明美がお客の間を回りながら火加減や焼き具合を見て回っていて、さり気なくアドバイスをしていく。

 焼きあがった松茸にカボスをふりかけ、僅かに醤油を垂らすと「ジュウー」と言う音と焦げる匂いが耳と鼻を刺激する。

「行儀悪いですが、手で裂いて食べると一層美味しいですよ」

 明美のアドバイスに、手で熱がりながら裂いて行き口に運ぶとその美味しさを皆口にした。

 サブはそれを見ながら、次の土瓶蒸しの準備にか掛かる。下拵えした具材をきちんと入れて行き、最後に吸汁を張って蓋をする。

 明美が調理場に戻って来て

「そろそろ、食べ終わった方がいらっしゃいますから、持って行きます」

 そう言って長手盆に幾つかの土瓶蒸しを乗せて座敷に向かった。


 土瓶蒸しの次の料理に取り掛かろうとしていた時だった。今日の依頼主が調理場に顔を出した。

「どうなされました?」

「いや、今日の松茸は特に旨いと思ってね。この時期に国産物が良く手に入ったね。私は、外国産特に台湾産とかでも仕方ないと思っていたんだよ」

 そう言いながら満足気な表情をした。

「そうですね。今年は陽気のせいか、わずかですが国産物も出て来てはいます。今日のは私の師匠が懇意にしていた方に頼んだものです。喜んで貰えて良かったです」

「焼き物と土瓶蒸しと両方楽しめるとは、本当に幸せだと思うよ」

 依頼主は心からの感想をサブに言うと

「実はね、土瓶蒸しは母の得意料理でね。昔は松茸も今より安かったし、家庭料理だから、色々なものを入れていたんだけどね。松茸の時はやはり嬉しかったなぁ~」

 昔を思い出す用に話すとサブは

「良く、ご家庭に土瓶蒸しの容器がありましたね」

「うん、何でも母の母、つまり祖母の形見だと言うんだよね。祖母は戦前にかなり裕福な家から嫁いで来てね。その時の花嫁道具に入っていたらしい。でも普段は使わ無いから、しまったままになっていてね。他の食器は皆壊れてしまったりしたけど、土瓶蒸しだけが残った次第なんだ。だから母は自分の母親を思い出しながら良く作ってくれたんだ」

「そうですか……でもお母様は土瓶蒸し自体は家では余り食べなかったのでしょう? それが思い出すと言う事は……」

 サブは珍しく疑問をお客に問うと

「ああ、それはね、戦争で焼けてしまった時に、土瓶蒸しだけ奇跡的に残っていたんだよ。それで祖母が『あなたには何もあげられ無いけど、せめてこれだけは』ってくれたそうなんだ」

「そうでしたか……いい話をありがとうございました。土瓶蒸しって私には、仲の良い家族のような気がするんですよ」

 サブの意外な言葉に依頼主は興味を持ったようで

「ほう、土瓶蒸し家族論か、なるほど面白そうだね。良かったら拝聴したいね」

 そう言ってサブに促すとサブは

「そんなに大した事じゃ無いんですがね……松茸と言う柱があって、次に海老と言うこれまた素晴らしい柱があって、子供のような銀杏。それらを支える三つ葉、そしてゆず、更には最後のカボスまで加わり一家を成していると思うのです。全てが一体となった時に何とも言えない素晴らしいものが生まれると思うのです」

 サブは滅多にこんな事は言わないのだが、今日は何故だか口が回ってしまった。


「そうかぁ、うん、そうだね。一家であり、そして会社でもあるんだな。いい話をこちらこそありがとう! 今日もじっくりと味わせて貰うよ」

 依頼主はそう言うと上機嫌で帰って行った。途中で何時迄も調理場から帰って来ない依頼主を心配して明美が迎えに来ていた。

「ああ、すまん、すまん。サブ君に一層美味しくなる秘訣を聴いていたのさ」

 笑い声がこだまする室内を一瞥してサブは次の料理に掛かるのだった。


「今日の俺は何だかいつもと感じが違うな……」

 サブは自分でも驚いていた。黙々と料理を作ってるだけでは無い。

 いつのまにか師匠、雅也と同じ気持で料理を作っている事に気がついたのだ。

「そうか、親方も……」

 だが、これで良いと言う所は無い。料理の道は自分の命が消えるまでが修行だと思うサブであった。


 続・出張料理人 俺の名はサブ  了            

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