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続・出張料理人 俺の名はサブ  作者: まんぼう
11/12

11.じゅん菜の味

 今年も梅雨が明けて夏がやってきた。

 サブは、東京の新盆には必ず雅也の墓に墓参りをする。もう何回目だろうか……

 墓前に花を添え、線香に火をつけると立ち上る煙が少し目に染みた。

「何、感慨に耽ってるの? 思い出しちゃった?」

 隣で一生懸命に拝んでいた妻の幸子が怪訝な顔をして問いかける。

「いや、別に……そうだな、親方亡くなってから何年になるかなと思ってね。正直、法事とかやらなくても良いのか、なんて考えていたんだ。だけど、ここにお墓はあるが菩提寺がある訳じゃ無いしな。結局、ここの管理事務所にお坊さんを派遣して貰って、お経を上げて貰うしか無いのか……そんな事考えていたんだ」

 幸子は、きっと、その事を考えていても雅也の事を思い出していたのだろうと、推測した。

「帰りに寄って、訊いてみようよ」

「うん、そうだな。そうしよう」


 結局、調べて貰ったら、今年は年回りが良くないので来年なら年回りが良いので、来年頼む事にした。

「御宗旨は?」

 管理人の問に戸惑ったサブだったが、何時か「親は真言宗」と言っていたのを思い出した。

「真言宗です」

「じゃあ、今からその宗旨のお坊さんに予約入れておきますよ。別にキャンセルなら構わないのですが、重なると面倒くさいのでね」

「お願いします」

 二人で頭を下げて頼んで来た。


 翌日は、ある会社の社員食堂での催しに出す料理を頼まれている。ここも雅也の頃からのお客だ。

 上半期で営業の成績が良い者十名を選んで表彰して、料理をご馳走しようと言う趣向なのだが、今どき、こんな事をしている会社は殆んど無いと言って良い。

 社員からも「そんな金があるならボーナスに追加して欲しい」と言う声が多い。社長もそれは耳に入っているが、自分のポリシーだからと止めないのだ。


 社員食堂とは言え、プロ用の調理道具が使えるし、普段の社員食堂の調理師さん達も手伝ってくれるので、普段よりも手の込んだものが作れる。

 だから、幸子は今日は料理を運び出す役目なのだ。

 ホワイトボードに今日の献立を書いて行く。


 前菜  枝豆 鮑の鹿の子和え

 旬菜  もずく じゅん菜

 造り  鱧湯引き梅肉庵添え

 煮物  根芋胡麻味噌掛け

 焼き物 天然鮎 蓼添え

 揚げ物 海老しんじょ

 水菓子 マンゴスチン


 サブとしては作り慣れた献立だが、一年に数回しかサブと出会わない社員食堂の調理師さん達は興味深々である。

 およそ、こう言う社員食堂の調理師になっている者はその殆んどは出発点は西洋料理や日本料理経験者である。下地はある。が、途中で挫折してこっちの道に入った者が多いので、きちんとした事は苦手な人が多い。

 サブは、それらをひとつひとつ丁寧に教えて行く。盛り付けや飾りも見本を見せて同じようにして貰う。やる方としても、普段とは違う盛り付け等は大いに参考になるのだ。


 今日は表彰される十名に会社の幹部やらを併せると二十名となった。このぐらいなら幸子一人で充分賄える。

 挨拶が終わり、乾杯の音頭が取られると、前菜から出して行く。社員食堂のテーブルは合わせて寄せられて長くなっており、左右に別れて人が座っている。テーブルにはクロスが掛けられ、その上にサブが用意したランチョンマットの紙が置かれている。そしてグラスと箸。

 グラスには、社長の好みでワインが注がれている。これもサブが今日の献立に合うワインをチョイスしたのだ。


 前菜が終わり、旬菜を出した時だった。一人の女子社員が、「ああ、じゅん菜だ……」と声を上げた。すかさず社長が声を掛ける

「そう言えば、高橋君は秋田の出身だったね。やはりじゅん菜は秋田では沢山食べるのかい?」

 「あ、はい、私は山本町の出身なんです。ふるさとでは、休耕田になった田圃に水を張って池にして、そこでじゅん菜を作っています」

 じゅんさいはゼリー状の透明な粘膜に覆われていて、独特のヌメリとツルツルした喉ごしは、初夏の味覚として親しまれている。

 「山本町ではじゅん菜丼なんてのもあるんですよ。流石に観光用ですけど……でも東京に出て来て、一生懸命に働いているうちに、ふるさとの事を忘れていました。今日、ここでじゅん菜を食べて、昔を思い出しました。正直、私、今日は半分は仕事だと思って出て来ました。でも社長さんのおかげで、ふるさとを思い出し、また頑張れそうです。ありがとうございました」

 高橋と言う女子社員の言葉に、調理室で聞いていたサブや調理師達も笑顔になった。

「後で社長さんに話すけど、このじゅん菜は勿論、秋田の山本町産で、もずくは佐渡産なんだ」

 サブが説明をすると、一人が

「だから、もずくが真っ黒だったのですね」

 そう言いもう一人が

「そう、そして歯ごたえがある」

そう言って締めた。

そうしたら、社員食堂のチーフが

「じゅん菜そのものは味が無くても、彼女の心には舌で効いたんだね」

 それを聞いて皆が笑うので、サブが

「さ、次の料理に掛かろう」と言うと皆が

「はい!」

 そう言って仕事にかかる。今日もきっといい仕事が出来るようだ……

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