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続・出張料理人 俺の名はサブ  作者: まんぼう
10/12

鮎の味

 関東では鮎の解禁は六月一日だ。勿論この日よりも前に市場では並んでいるが、それは養殖の鮎だ。

 天然ものは殆ど入って来ない。代わりによくあるのが「天然仕立て」と言う奴だ。

 これはどのようなものか、と言うと。養殖で育てた鮎を出荷する二週間ほど前に川に放流するのだ。

 放流と言っても、完全な天然の川ではなく、ある一定の区域を区切ってそこに放流するのだ。その間鮎は一応天然の川で育つと言う訳なのだ。

 養殖と天然の鮎の差はどこにあるのか、と言うと、鮎の下顎が違う。

 天然の鮎は川の底の水草や、石に着いた苔等を下顎で削ぎ落とすので、下顎が発達するのだ。これは見れば誰でも違いが判る。それと天然は石や川底にこすったりするので、傷がついている。そんな処も違う。


「天然の鮎はすいかの匂いがするとか草の香りがするとか言うが、じゃあこれは皆、川の苔を食べているからなんだな」

「そうですよ社長。どうですか、今日のは知り合いに頼んで取り寄せた正真正銘の天然鮎ですよ」

「別に疑ってる訳じゃなくて、改めてその美味しさを味わってるんだよ」

 サブに言われた社長と呼ばれた人物は熱心に鮎をほぐしだした。

「そう言えば、この焼皿に敷いてあるのは何という草だい」

 社長は鮎を乗せた皿に敷いてある緑の草の事をサブに訊いた。

「それはたでですよ。ほら諺にあるでしょう。蓼食う虫も好き好きって。あれですよ」

 サブの説明に社長は感心して見ていたが

「じゃあ、これは食べると辛いのかい?」

「そうですね、たぶんそうでしょうね」

 サブが曖昧に答えると

「サブくんでも食べてみた事は無いのか」

 そう言って笑っている。

「でも、その鮎を付けて食べる為に出したちょこに入っているのは、『蓼酢』ですよ」

 食べられないものだと思っていた社長は、さきほどから自分が鮎の身を付けて食べていた緑のつゆがまさか蓼で出来ているとは思わなかった。

「これはどうやって作るんだい?」

 社長は興味深そうに箸の先で蓼酢をつっいている。

 サブは、仕事をしていた手を少し止めて

「まず、蓼をあたり鉢であたります。よくあたって、液状になって来たら、餅米を蒸かしたご飯を入れます。そして更によく練り混みます。

 その後、お酢を少しずつ入れて伸ばしていきます。最後に少し味を調える為に色々なものを少し入れたりします。私は鮎の季節によって生姜の絞り汁をわずかに入れて隠し味にします」

 サブの言っている事を訊いていた社長は

「そうかあ、鮎ひとつ食べるだけでも色々な手間が掛かってるんだね。単なる塩焼きなんて言えないな」

 そう言いながら嬉しそうに鮎を食べてしまった。

「サブくん。悪いけどもう一匹何とかならんかな?」

 サブは、多分社長がそう言うだろうと余計に仕入れていたのだった。

「いいですよ。まだまだありますから。でも次は社長の好物の『鯉の洗い』ですよ。これも天然ものを仕入れて知り合いの養殖業者に頼んで三日掛かって泥を吐かせた奴ですから旨いですよ」

 それを訊いた社長は目を輝かせて

「そうかあ、鯉なんて、田舎にいた子供の頃はよく村の沼に捕まえに行ったものだけどな……あの頃はおふくろが良く拵えてくれたっけ……」

 社長はいつか遠い目をしていた。

「お父さん! 今日はお義父さまの法事なんですからね。あなたばかり楽しんでは駄目ですよ。家族、親戚皆で楽しむのですからね」

 社長夫人が軽くたしなめると、会場は和やかな雰囲気になっていた。

「田舎の頃は鮎も天然しか見たこと無かったな。それが今じゃ『天然仕立て』か、時代は変わったものだな。豊かになった代わりに何か大切なモノを失ったんだな」

 社長の言葉にそこに居た一同は頷いた。

「でも、これ以上失わない様にワシらが頑張って子孫に貴重な自然を伝えていこう……な」

「はい!」

 一斉に返事が返って来て雰囲気が盛り上がって行くのだった。


 全てが終わって後かたずけをしていると、妻の幸子が

「喜んで貰えて良かったわね。やはり夏は鮎よね」

「ああ、でも年々良い天然物は数が少なくなって来ている。それを考えると笑ってばかりはいられないがな」

 サブは先ほどの社長の言葉にわずかでも期待しるのだった。何故なら、先ほどの社長の会社は環境保全を一番重要視しているからだった。

 環境破壊は他人事では無いのである。

 サブは本気で願うのだった。

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