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地区長の依頼a

 コンコン。

 食事の最中に重い金属がぶつかる音が聞こえる。それは孤児院の扉につけられた金属製のノックが叩かれる音だった。

「みんなは食べていてくれ」

 そう断り、イットが対応にでると、彼と同じ灰色の髪を背中で束ねた少女――ホクが立っていた。

 ホクは99の区画に分けられたディッカイの、49番地区のまとめ役を若くして任されている。

 孤児院の運営に四苦八苦しているイットにとって、同い年でありながら大役をこなす彼女は尊敬の対象である。

 外壁近くに建てられた孤児院は、他の家々から離れているが、管理の都合上第49番地区に含まれている。

 欠陥児童の巣窟である孤児院はトラブルの種であるが、ホクはその事で不満をあらわすことはない。そのことだけでもイットには彼女が自分たちに友好的な人物と思うことができた。


「イットくん。食事中にごめんなさいね」

「いや、気にしないでくれ」

 イットはそう言うと、彼女を自分の私室とした書斎へと案内する。書斎には空の本棚ばかりがならび、閑散としていた。

「わざわざ、どうしたんだ?」

 ホクに席を勧めながら尋ねる。

「実は49番地区内に迷宮が発見されたの」

 迷宮都市がつくられすでに100年を経過しているが、いまだ新規の迷宮が発見されることは珍しくはない。そもそもとして、この地ではなにもなかったハズの地点に突如として迷宮が発生するのだ。

 その原因は欠陥児童が産まれるのと同様にいまだ解明されてはいないが、すでに長い年月をこの地で過ごした住人たちはそういうものと受け入れている。

 もっとも考えとして受け入れたからといって、その対応はまちまちであるが。

「新規の迷宮か」

「そう、そこから魔物が出てきているらしくて。困っているの」

「なるほど」

 ホクがなにを言いたいのかあたりをつけながらも、イットは短い返事をするだけにとどめた。

「目撃者の話だと大きな狼のような魔物らしいわ。すでに49番地区の住民に被害がでているの。本来なら人を雇って対処にあたらせたいのだけど、あまり金銭に余裕はないから」

(そこで俺たち無料で使おうというのか)

 皮肉を言いたい気持ちにかられたが、イットはそれを呑み込む。

「そこで孤児院に貸している金を返してもらおうという意見が強くなったわ。いや、実際騒いでいるのは少数ね。だけど、このまま対処せず、被害が増えていけその意見が強くなるのは目にみえているわ。なら早急に対処にあたったほうがいいと思うの」

 孤児院には49番地区の住民たちから借り受けた借金がある。無利子で返済期限がないと前責任者同士が契約したのだが、その分こうして面倒な雑用を頼まれることになる。

(命をかけた魔物との戦いを無料で押しつけられてるんだから、ずいぶんと高い利子だよな。せめて、金目のもんがみつかるようなところならいいんだが)

 ホクの頼みを断れないと考えつつも、なにか少しでも状況を有利に進められないかとイットは考える。だが、こんことで彼女と駆け引きなどするのは無意味であるという結論にすぐに達した。

 そもそもとして、ホクは孤児院外部の人間としては少数派の欠陥児童らに友好的な人物である。今回はやっかいな件を押しつけられることになったが、彼女が孤児院への不満の受け口になっているのは間違いない。

 ただの人間である彼女が欠損児童を多数かかえる孤児院を嫌わないだけでも彼らにはありがたいのだ。


 コンコン。

 ノックの後、扉が開くとお茶を入れたヴァーニィが入室する。

「粗茶ですが」

 そう言って、お盆からカップをふたりの前へとうつす。

 ホクはお礼を言ってカップに口をつける。

 イットはこの仕事を受けなければならないとは思いつつもためらっていた。

 迷宮でなんらかのアイテムを集める以外に孤児院に収入はない。だが新規でみつかった迷宮にほいほい足を踏み入れるのは危険が大きくなる。

 とくに現在攻略中の迷宮は、まずいとはいえ魔物の肉を得ることができ、食事にはことかかない。借金を返せるほどではないが、それなりに高価なアイテムも手に入れている。そこを放置しあらたな迷宮攻略を一からはじめるのは、ギャンブルとしても分が悪い。

(だがそれでも……)

 返事を待つホクの姿をみて考える。

 もしこの件が放置され、ホクの発言力が弱まり、あまつさえ彼女が失脚したとすればどうなるだろうか。

 孤児院は友好的な権力者の後ろ盾を失うことになる。それは彼らにとって望むべき事態ではない。なぜならば、次に就任するまとめ役が孤児院の撤去をもとめるかもしれないからだ。この孤児院は過去、何度となくそういう目にあっている。壁際という僻地にあるのもそんな理由からだ。

 迷っていると、自分たちは大丈夫であると訴えているヴァーニィの赤い瞳に気づく。

(断れるわけでもないんだ。心配させる分だけ無駄なことか)

 そこでようやくイットは決断した。

「わかった。とりあえず、借金の利子分くらいの働きはさせてもらうよ」

「ありがとう助かるよ」

 そこでホクは安心したように表情を緩ませた。

「こんな頼み事をしておいてなんだが、怪我には十分気をつけてくれ」

「これでも迷宮で食ってるだ。安心してくれ」

 イットはホクを安心させるように微笑んだ。

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