イットとダガーと孤児院の借金e
道具屋が近づくと、それにともない独特のカレーの臭いが香る。この店が道具屋であるにもかかわらず姉妹たちからカレー屋と呼ばれる由縁だろう。
「グオーリさんいるか?」
迷宮で使用される武具や薬草などがところ所狭しと積まれた店内で、店主の名を呼ぶ。
「おう、イットか。めずらしいなこんな時間に。それもひとりか」
店の奥に鎮座していたのは、黒い肌の中年男性である。筋肉質な身体にふつりあいなエプロンをつけている。
「夕食にカレーを食いにきたのか?」
自慢のカレーを勧める。
「ちょっと買い取ってほしいものがあるんだ」
「なんだ、他の連中にはみせられないもんか?」
「いや、良い短剣を迷宮でみつけたんだが、売るか自分で使うか迷ってな。結局家族に相談して売ることにしたんだ」
そういって、鞘に入ったままの短剣をテーブルに載せる。
普段から、イットらは迷宮で手に入れたものをこの店で買い取ってもらっている。他の店よりも高額で買い取ってくれることが多い。そのかわり薬草代として利益の一部が回収されてしまっているが。それでもイットには信用できる数少ない取り引き相手である。
「ほう、これはなかなかよさそうなしろものだな」
薄手の白い手袋を装着すると、物々しいほどの装飾がほどこされた短剣を手に取る。
「ああ、先日発見した迷宮の最奥で手に入れた。守護者は魔神だったし、使ってみた感じもかなりいい。正直手放すのが惜しいくらいだ。もちろん値が付かないようなら自分で使うけどな」
本当は手放したかったが、買いたたかれないためにも内情は伏せる。
だが、短剣の素性に関心を示していたグオーリに表情が曇る。
「ん、んん?」
「どうしたんだ?」
グオーリとしても迷宮の最奥で手に入れたアイテムなど、そうそう手にふれる機会はないハズだ。最奥で手に入るアイテムはどれも超高額で取引をされる。転売するにしても好きなように値段をつけられるハズである。その買い取りを嫌がる商人などいるはずがない。
だが、グオーリは困り顔でイットに告げる。
「おい、これ鞘からぬけないぞ?」
「まさか」
いかつい手から短剣を取り返すと、柄に手をかける。
すると、ガシャっと音とともに短剣は鞘から抜けた。
「ちゃんと抜けるじゃないか」
「それ、もう1回鞘に収めてみろ」
イットは言われた通りにし、再び短剣を手渡す。
だが、グオーリがいくら引き抜こうとしても短剣はその刀身を現さなかった。
「こりゃ、おまえが主に認定されてるな」
それを聞いてハッとする。
一部の魔剣が主を選ぶのはよくあることである。この短剣の主変更が可能かはわからないが、通常の手段ではできないのは確かだ。
「かー、せっかくのアイテムなのに惜しいな。で、どうする?」
例え使用できなくても魔法のアイテムを欲しがる輩はいるだろうが、その場合は買いたたかれるとみて間違いない。
「参考までに聞くがどのくらいになる?」
「迷宮の最奥から発見されたっていっても、使えないんじゃそれを証明することもできないしな。鞘から出せないんじゃ効果もわからんし、魔法ギルドに鑑定にだしたらいくらとられるかわかったもんじゃない。だからこのくらいだろうな」
そうグオーリが提示した額は、イットの想定した額の10分の1以下だった。
そんな額で手放すならと、イットはなくなく短剣を孤児院まで持ち帰るのであった。
孤児院ではみなが出迎えていてくれた。
なんだか賑やかなその様子をみてイットは疑問に思う。
「お兄ちゃん、いくらで売れた?」
「すまん、売れなかった」
高額なアイテムを売りに行ったことで、みななんらかの期待を持っていたのだろう。そのことを伝えると落胆の様子がみてとれた。
「どうも、俺が短剣から所有者として選ばれちまったらしい」
「まぁ、そういうことなら仕方なかろうて。在るべき所に収まったということだ」
ドララがそうまとめる。
諦めの悪いダイガが、壊さんばかりに力をこめても短剣が鞘から抜けることはなかった。
「やっぱりダメか」
ため息をもらすイットを、カミクゥが睨んでいるのに気づく。
「嘘ちゅきイッチョ」
その日のイットの疲労は、このときピークに達した。
「選ばれし者の短剣。いや、闇を引き裂く牙……」
なにやら、ワンワがブツブツと言っている。
「どうした?」
「いや、どうせなら名前つけようぜ、その短剣に」
なぜか目を輝かせる妹にイットは命名を任せることにした。
だが、そこにダイガがわりこみ、「なら『黒い塊』にしようぜ」と、恨めしそうな顔でいった。
【イット:借金返済】
【ドララ:高級酒】
【ニュウ:高級薬草】
【アマホ:包丁】
【ダイガ:美味い食事】
【スネコ:学術書】
【ワンワ:とくになし】
【ヴァーニィ:お兄ちゃんとデート】
【ライテ:お菓子】
【レフテ:お菓子】
【マウスィー:お洋服】
【カミクゥ:???】




