黒い森の化け物
果てしなく習作です。
初めて書いた作品ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
家に帰る道を、何の気なしに歩いていた。そのはずだった。
なんでこんな右を向いても左を向いても木ばっかりあるんだろう?
黒い森。そこはそう呼ばれていた。人喰いの化け物が住む黒い森。
木々が鬱蒼と生い茂っており、光があまり差し込むこともない。
興味本位に立ち入れば生きてかえることはないと言われている。
一匹の化け物がいた。人喰いの化け物と言えど、人ばかりを食っているわけではない。森にいれば獣を食う。
今も、獲物を求めて森を彷徨い歩いていた。
そこそこ腹も減ってきた。捕ったその場でどう食おうかと考えながら獲物を探す。
しばらく歩いた化け物は久しぶりにその匂いをかいだ。甘やかな血肉の匂い。森に生きる動物とは違う、人間の匂い。
ゆっくりとした、それでいて不安そうな足取り。そして、震えるような吐息。
生きている。生きて、歩いている。まだ姿は見えないが、鉄をまとった匂いはない。手を加えた革の臭いさえしない。
化け物は慎重に動いた。匂いを嗅ぐ限り一人のようだが、隠しているだけかもしれない。負けるとは思わないが、慎重に越したことはない。
音もなく、近づく。
見えた途端、化け物は驚いた。そこにいたのは子供だったのだ。
何度か人を見たことはある化け物も、子供の着ている服装は見たことがない。だが、そもそも人との交流があるはずもない化け物にとってはどうでもいいことだ。
見たところ、人間にしか見えない。匂いも人間にしか思えない。
化け物は、一人で歩く人間の子供の前に姿を現した。
化け物の前には目を丸くしている子供。叫ぶでもなく、逃げるでもなくじっと化け物を見つめている。
化け物は子供を無造作に掴むと、眺めた。どこから食おうかと。
子供は、いきなり捕まれて驚いていたが、捕まれた先に見えた物を見てさらに目を丸くした。
化け物の頭には6本の角。左右に3本ずつあるその角の色は薄暗くてよくわからない。
これから何が起こるか察することができないわけではないだろうに、化け物に向かってこう聞いた。
「どうやって頭を洗っているんですか?」
数日経っていた。子供と化け物は一緒に暮らしていた。
自分を見ても泣きもせず、助けを乞うこともしない。そんな子供に化け物は興味を持った。
子供は化け物を”オニサン”と呼んでいる。いわく、角があるから、と。
子供は獲物が捕れない。化け物が獣を与えたところ、食べようとしない。こんなに硬くて臭くて食べられない、と泣き言を言う。
木の実を与えたところ、「イタダキマス」といって食べた。
化け物が不思議そうに見ていると、”キミの命を食べるけど、無駄にはしないよ、命をくれてありがとうって意味だってお母さんが言ってた”と笑った。
それからは一緒に「イタダキマス」をした。何かに感謝するのは初めての行為で、さっぱり意味がわからなかったが、そうすると子供が喜んだので、ずっと続けることにした。
化け物は子供に狩りを教えた。同じやり方では狩るどこか狩られると化け物は知った。
子供は大きな怪我をした。化け物から見ても、とても助からないと見えた。
死んで欲しくない。なぜそう思ったのかさっぱりわからなかったが、化け物は強くそう思った。
今にも命が消えそうな子供に、化け物は自分の体を噛み切り、血を与えた。
たちまちの内に子供にできた体中の傷がふさがり、化け物は喜んだ。
一生を護ってやろう。化け物は子供にそう言った。
一緒にいてくれればいいよ。子供は化け物にそう言った。
その生活は、森の外からニンゲンがきて突然終わりを告げた。