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勝敗の行方

作者: aaa_rabit

 (わたくし)の名前は鈴風凛。風間グループと言えばすぐに分かるだろうが、我が家はその傘下の一つで、風間一族を頂点としたそこそこ上位の分家にあたる。父は風間グループの現社長、風間宗介の右腕として各政府との調整役として一年の半分は海外におり、忙しい父に代わって鈴風海運を率いるのは専ら叔父の仕事で、兄の翔はその補佐となるべく修行中。そして私は風間の跡取り息子、圭介の許嫁として、つい先日まで海外の大学で経済を学んでいました。


ところで皆様は“貴方色に染めあげて”という乙女ゲームをご存知でしょうか?知らない方もいるかと存じますので、簡単に説明致します。


 舞台は太平洋側に作られた人工島全体が敷地内というエレメンツ学園に、主人公こと無色日向が入学するところから始まります。そこでは木火土金水を象徴する五つの名家が学園を仕切っており、各家を代表する青年や隠しキャラの先生達と主人公が恋をする、所謂恋愛シュミレーションゲームの類いです。


 エンディング内容が王道故に人気もそこそこあったのか、ファンディスクでは恋人同士になった後の物語が綴られていたりするのですが……もうお察しの通り、現実では既にファンディスクの内容が始まっている状態です。よりにもよって、『木』を司る風間圭介と主人公のその後が。


 本当に嫌なことを思い出してしまったものです。前世を思い出したのが帰国する飛行機の中だったことが、唯一の幸いでしょうか。根回しや心構えが出来ましたからね。


 因みにゲーム中にライバルキャラとして登場してくる鈴風凛は、まさに出来たお嬢様でした。主人公と正々堂々恋人の座を奪い合った挙句、敗れた際には二人の友人として主人公と圭介の仲を御当主にも認めさせてしまうのですから。因みにバッドエンドでは主人公が振られ、風間圭介と鈴風凛がこれまで通り許嫁として過ごしていくというものですが、恋敵でもあった主人公とは競い合う中で意気投合し、友情を築いていくという別名鈴風凛エンドなるものがあったりします。


少々話が逸れてしまいましたが、あくまでゲームの鈴風凛と私は別物であるということです。残念ながら私はそこまで男前な性格をしておりませんし、圭介を取り合おう等以ての外です。寧ろ圭介を引き取ってくださるなら喜んでお願い致しますわ。


ですから中庭に二人でいるところを偶然出くわした際に言って差し上げましたの。「どうかお幸せに」と笑顔で。あの時の、特に敢えて二人の仲を見せつけてやろうと、私を誘導した水瀬家の双子の凍りつき具合は些か面白かったですわ。この程度で私に勝とうだなんてまだまだ甘いお子様方です。




 風流を解するのも教養の一つということで、三ヶ月に一度の園遊会は必ずパートナー同伴で出席しなければなりません。ところが編入してから間も無く、更に圭介という婚約者を失った私に同伴者の当てなど有る筈も無く、急遽学園側が手配したのが副担任の白河陣先生でした。陣さんは白光家の分家筋に当たりまして、次兄の親友でもあります。


「全く、圭介様もとんでもないことを仕出かしてくれるね」


 苦笑する陣さんの視線を辿れば、不機嫌を隠そうともしない圭介が無色さんをエスコートしているところでした。傍目にも連れ回しているとしか思えない強引さで、無色さんが少し可哀相です。振袖姿なのですから、ゆっくり歩いてあげないと転んでしまい……ああ、ほら。


「あら。陣さんにも心当たりがあるのではなくて?」


 先程から一点を見つめたまま動こうともしないので、私は諦めて近くに設けられた桟席へと促しました。野点が出来るよう用意されていたので、慣れた手つきで茶を立てる。


「粗茶ですがどうぞ」

「ああ、頂くよ」


 流石に洗練された作法です。ふと顔を上げると、陣さんの肩越しに般若顔の圭介が此方を見ておりました。


「……凛ちゃんは全部お見通しなんだね」

「圭介は昔から単純なのですよ。大体の事情は察しておりますけれど、馬鹿ですわよねぇ」


 庭を突っ切ってやってくる圭介とその後を慌てて追いかける無色さん。この日本庭園を維持する庭師の悲鳴が聞こえて来そうです。


「まさか、彼も君がここまでやるとは思ってなかったんだろうね」

「夫の手綱を取るのも妻の役目。偶には鞭も必要なのですわ。……ねえ圭介?」


 微笑んでやれば、痛いくらいに強く腕を掴まれる。緑の瞳に宿る苛立ちが圭介の心情を表しているようでした。


「一体どういうことだ、凛。婚約破棄など親父が許すと思っているのか?」

「その御当主に今回の一件をお伝えした所、このような次第になりましたの。ですからこれは私の一存ではなく、御当主の意思によるものですわ」


 同じ内容の手紙が私宛にも届いていたから、圭介に押し付けられた手紙を見るまでもありません。妹大事な御当主は、一番母に似ている(わたくし)をとても可愛がってくださっているのだ。その私を圭介が拒絶した……となれば簡単な話です。


「許されるのは一度だけ。今ならば一時の遊びとして私は目を瞑りましょう」


 さあ、どうしますか圭介?貴方が始めた事なのだから、自分で始末を着けるべきですわよ。家も地位も捨てて恋人を選ぶか、それとも今この場で私に許しを請うか。こういう時、自尊心(プライド)の高い男は大変ですわね。丁度良い具合に観客(ギャラリー)も集まって来たことですし、そろそろ茶番は終わらせましょう。


「鈴風さん、待ってください!風間様は本当は……」

「外野はお黙りなさいな。これは我が一族の問題です」

「そんなのっ、」

「黙れ!お前には関係のないことだ」


 きっぱりと圭介に拒絶されては、さしもの無色さんも押し黙ってしまいます。それをやんわりと陣さんが受け止め、そっとその場から去っていくのを端に認めた。この後陣さんがどういう対応に出ようとも、彼女と私達が会うことは二度と無いのでしょう。


「凛」


 懇願を含んだ響きに、それでも私は毅然としたまま圭介を見つめます。心の中の葛藤を経て、漸く答えが出たのでしょう。多分に諦めを含んだ吐息と共に圭介が私の手を取って跪く。


「……俺が悪かった。許せ」


 ざわりと空気がざわめく。あの傲岸不遜を地で行く圭介が最上級の謝罪を口にしたのだから、驚きもするでしょう。面白そうにしているのは、幼少からの顔馴染みである火原や堤土くらいのものです。


「それだけですの、圭介?」


私の更なる追求に圭介はぐっと押し黙ってしまう。その時、漸く私は自分がそれなりに今回の一件について腹を立てていたことに気付きました。ゲームの鈴風凛のように素直に祝福など出来る訳が無い。だって私と圭介は……。


「っ!ああ、そうだ。俺が愛してるのはお前だけだよ、凛!試すような真似をした俺が悪かった。だから……もう泣くな」


 ふわりと柑橘系とミントの混じった清涼な風に包まれる。慣れ親しんだ香りに私はまた涙を零した。幾つかの悲鳴と特有の浮遊感が襲う。直に聞こえる力強い鼓動に、私は圭介に抱きしめられている事を知りました。風を操る風間家の人間にとっては、空を駆るなど容易いことです。


 辿り着いたのは岸壁を見下ろせる小さなバルコニーで、見上げれば巨大な時計盤が目に入る。つまるところ、ここは島内全体にその音を響かせる時計塔の最上部にあたるようでした。圭介は背を海に向けて手すりに腰掛けている状態、つまり私が少しでも力を入れれば圭介は海に落ちてしまうでしょう。


「落ち着いたか?」


 濁りない翡翠の瞳が私を覗き込んでくる。泣いたせいでかなり酷い有様になっている自覚はあったので、咄嗟に顔を背けるが、頬に添えられた手が逸らすことを許してくれません。


「俺の事が嫌いになった?」


 探るような問いかけに、私は口を開こうとして、やめました。ここで私が頷いたとして、きっとこの男は納得を見せながらも私に選択肢を与えないつもりでしょう。圭介は昔からそうです。


 私は返事の代わりに圭介の胸に置いていた右手へと体重をかけます。清々しい程傲慢な笑みを乗せ、圭介は私を道連れに地球へと引っ張られていく。


 風切る音に紛れて聞こえてくるのは熱烈な愛の言葉で、絶体絶命な今この瞬間だからこそ紡げるのでしょう。本当に馬鹿で不器用な人。そんな貴方を私も。


「愛していますよ、圭介」




 後日、白河家と無色日向の後見でもあった水瀬家から、私的な謝罪と二人の処遇について知らされました。本人に悪気が無くても私が公の場で面子を潰されたのは事実。私と圭介が消えた後に残された手紙を読めば、私という存在が風間家御当主にどれだけの価値があったのかを理解したことでしょう。私を結婚という形で自分の娘にする為には、次期当主の首を挿げ替えることも辞さないと公言しているのですから。


 不祥事を起こした両家はさぞ慌てたようです。公にしなかったのは互いに今回の一件については沈黙するのが最良だと判断したからで、双子の件も含めて水瀬家には大きな貸しが出来ました。海運業を営む当家としては水を司る水瀬家とは今後とも懇意にしておきたい所なので、これを機に色々と交渉を進めるつもりのようです。


 学園生活も極めて充実した毎日を送っております。これまで積極的に活動していた圭介のファンクラブ会員の皆さんも急に大人しくなりまして、今では私と圭介を見守る会に変更になったのだとか。そのお陰?なのか、最近圭介のスキンシップが派手になってきて少々困っています。


 別に二人きりの時は構わないのですが、所構わず接吻を仕掛けてくるので油断出来ません。大和男子たるもの、いついかなる時も礼節を保つべきだと思うのですよ、私は。


「ちゃんと閨では守ってるだろ?お前の許可が出るまでじっくりたっぷりと可愛がってやってるだろう。それともまだ足りなかったか?」


 真昼間の食堂で何を言い出すのでしょうか、この男は。ああほら、小春さんが真っ赤になっていらっしゃるではありませんか。火原もこれ以上圭介を煽らないでくださいませ。


「なあ、凛?どうなんだよ」


 これはどんな羞恥プレイでしょうか。今ここで私に答えさせようなんて圭介は鬼ですか!お前は羞恥プレイが好きなのか?……って、


「貴方のねちっこいものだけで十分です!」


 静まりかえる一同に、私は墓穴を掘ってしまったことを悟る。顔を蒼白にする私とは対照的に、圭介はとても嬉しそうだった。


「そうか。だったら遠慮は要らないな」


 にやりと音が付きそうな笑顔の圭介にあれよという間に引っ張られていく私。


 翌日、初めて私は無断欠席の名目で生徒指導室に呼ばれてしまいました。因みに真の目的は大人の為の保健体育だったとだけお伝えしておきます。

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