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再会  作者: 蘇鉄
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未練

 幽霊は怒り、憎しみ、悲しみなどの負の感情でなる。

 そう思っていた。

 でも違った。

 なぜなら、今私がここにいるからである。

 私の中にある感情はただひとつ、純粋な愛だ。

 私は大切な彼に言えなかったお別れを言うため、幽霊になったのだった。


 でも、現実はそんな私にとって都合のいいものではなかった。

 誰にも見えない、何にも触れられないのだ。

 確かに本来、幽霊とはそんなものかもしれない。

 でも、なぜ私はここにいるのか? 

 彼は私に気付かないというのに。


 この状態では特に行きたいところもなく、私は自分の家や、学校などの思い出の場所を巡る。

 どうやら、私の家族や友達はもう通常の生活に戻っているようだ。


 何度も壁を抜け、そのたびに悲しい気持ちになる。

 特に何も考えず、教室を行き来していると、彼のいる教室にたどり着いた。

 私はこの姿になってから、彼に会うのは――いや、見るのは初めてだった。

 おそらく無意識のうちに避けていたのだろう。

 目の前にいてもその視線は二度とこちらを向くことはないのだから。

 それが分かっているのに、なぜか私は彼の後ろを歩いていた。

 彼も私がいなくなってもいつもの生活を送ることが出来ているのだろうか。

 それだけが気がかりだった。

 彼のことだから心配していないけれど、全く影響していないのは少し寂しいかな。


 学校が終わり、彼は足早に帰る。

 私はその影を追う。

 そして、そのまま家に向かう、のかと思っていると、彼は反対方向に歩き始めた。

 そして着いたのは、私のお墓だった。

 彼はその前で無言のまま立ち尽くし、しばらくしてから引き返す。

 どうやら、私は彼の生活に少なからず影響していたようだ。

 申し訳ないような、うれしいような、複雑な気持ちだった。


 最近の癖なのか、彼は何度も周りを見渡す。

 そして帰る途中にある公園に立ち寄った。

 彼はベンチに腰をかけ、空を見上げる。

 この公園は始めて来たわけではない。

 よく彼と一緒に来て、このベンチに座ったものだ。

 彼の手を握るタイミングが分からなくて、結局できなかったのが心残りかな。

 どうにもならないけれど、今なら挑戦できる。

 どうせ触れることなどできない。そう思いながらも、彼の手を握ろうとする。

 そして、私は彼に『触れた』。

 その瞬間、彼と目が合う。

 二人の間で時間が止まった。

 はっと気がつき、私はあわてて手を離す。

 すると彼は私を見失う。

 すっかり混乱した頭を時間をかけて少しずつ整理して、心の準備をする。

 そして覚悟を決めて、もう一度彼の手を握る。

 さっきよりも強く。


「久しぶりだな」


 彼からの挨拶は予想を裏切るほど普通だった。


「……うん」


 私はゆっくりうなずく。

 目には涙がたまっていく。


「今日は誰かの気配がすると思っていたら、お前だったか」


 どうやら第六感で気付いていたようだ。

 さっきから周りを見渡していたのはそのせいらしい。


「会いたかった……」


「ああ、俺もだ。突然いなくなりやがって。寂しかったんだぞ?」


 私の手を握る力が強くなる。


「ごめん。だから、あなたにお別れをちゃんと言うために、私はここにいるんだけどな?」


「お別れ……か。ここにはどのくらい、いられるんだ?」


 彼はまた空を見上げる。


「分からない。ただ、この目的のためにこの姿になったようなものだから、目的を果たしたら消えちゃう気がするなぁ」


「そうか……おい、もう我慢しなくてもいいんだぞ」


 もう見ていられない、そういう感じの口調で優しい目をこちらに向ける。


「だって……っ……やっと…やっと会えたから。何度もあなたの顔を覗き込んでも……っ……反応無かったし……っ……」


 私は嗚咽を漏らしながら言う。


「俺は、もう一度お前に会うことができて、うれしいよ。お前はどうなんだ?」


 さっきまでとは違い、彼は優しくささやくようにして聞く。


「……っ……うれしい」


 何とか言葉をしぼりだす。

 彼はその後、私が落ち着くまで待っていてくれた。

 私と会話するためとはいえ、私と手をつないだまま。

 彼に会って、話すことで分かったことがひとつだけある。

 私が彼に触れることによって、彼が私を見ることが出来るようになったのは、私が彼を想っていたというだけではない。

 私が彼に想われていたからこそ、彼に再び会えたのだ。


 突如、私の身体が光り始めた。


「もう行くのか?」


「うん、私の目的はあなたにお別れを言うことだったから。さっさと用事を終わらせろ、ってことみたい」


「しばらく会えないな。長生きしないようにするよ」


「ううん、そんなに急がなくてもいいよ。あなたがこっちで幸せになって死ぬまで、ずっとあなただけを待ってるから」


「そのときは迎えに行くよ」


「うん。じゃあ、ちゃんとしたお別れの挨拶をさせて。今まで、あなたと過ごした人生はとても幸せだった」


「ああ、それは俺も同じだ」


「ありがとう。それから――」


 私は彼から手を離し、彼の視界から消える。そしてもう一度彼に触れた。唇で。彼の唇に。その後、彼の首に腕をまわし、耳元でささやく。


「大好き」


「ああ、俺もだよ」


 そして、私は彼の腕の中で光となって消えた。


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