第002話 一苦労二苦労三苦労
第2話でございます。
その日、教皇庁に3人の招かれざる客が現れた。
1人目は長身の女性で、保護者なのか鋭い目つきで周りの騎士たちを睨みつけている。
かなりの美人だが、装飾品など付けておらず、手甲や頑丈そうな具足をつけ何時でも戦えそうな姿でいた。
2人目は一見少女と確認したくなるような竜人族の少年だった。
この少年については特に注視するような事は無かったのだが、背筋をしゃんとしていて、緊張しているのか難しそうな顔をしていた。
そして最後の3人目、他の2人と比べて異様な雰囲気を出している少年だった。
目が悪いのか白杖を携えていて、そして不気味なほどに異様な雰囲気のある眼帯を付けていた。
いや、眼帯が少年自身の雰囲気を抑えているのかどうなのかは、声をかけられた俺には分からない。
『ヨハンを呼んで、デュケイン様が来たといえば伝わるから』
自らの名前に『様』など付けている頭のおかしい存在をどう対処すればよいのか。
『…ヴァッサーゴ卿の名も出した方が良いと思うんじゃが?
ぬしと教皇の娘はそちらで呼び合っておらんかったか?』
保護者の女性が見た目とは違う、まるで年寄りが喋るような口調で眼帯の少年に声をかける。
卿という呼び方に、目の前の少年が貴族か何か高位の存在なのかと気付くと、俺の胃に変化が。
最近の俺は貴族や名士といった連中からよく誘われていて、好きでもないのにパーティーなどに呼ばれている。
『…分かった、上の方と掛け合ってみるから少し待っていてくれ』
逃げるように俺は上の階に上がっていくと、出迎えてくれた俺の従者をしている神官に声をかけた。
数十分とせずに話はとんとん拍子に着いて俺はそいつらと離れたが、どこかあのとんでもない代行者を思い出し、思わず胃の辺りを抑えた。
『…たかだか3人に影武者の俺がこんなにも苦労するとは…いや、俺の場合勝手に胃が痛くなっているだけか』
代行者の影武者、シュナイダーはため息をつくのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…ウル様の報告にもありましたが…本当に来られていたのですね、ヴァッサーゴ様」
教皇の部屋へ通されると、開口一番にヨハンが呆れるような声をかけた。
ヨハンの目はありえないものを見る様な目でデュケインを見ていたが、純白の布に黄金の刺繍を施した衣装を着た少女は、それでも3人を歓迎した。
3人の内2人は知り合いだったので特に警戒はしていないが、護衛が必要だという事で4人の騎士団長の一人、メア・イゾルテが部屋の隅にいた。
とはいえ、デュケインやエインディアに叶う訳もなく、お飾りの存在でしかないことをヨハンは知っていたが。
「ヨハンこそ、僕が来たのに出迎えが無いだなんて、年食って立場っていうものを忘れちゃった?」
眼帯の少年、デュケインが笑顔でヨハンに毒を吐いた。
デュケインの言葉にメアが反応したが、ヨハンに視線を向けられて黙り込む。
「さすがに他の者はあなた様が本来降臨されるはずのない『神』だとは思いませんので…
返す様で大変申し訳ありませんが、その位は御理解頂いているのかと思っていましたわ」
微笑むように返したヨハンだが、2人の間には吹雪が吹き荒れているのではないかとハイドリヒが錯覚してか、エインディアの手を握ってしまっていた。
「そこらへんにせぬか2人とも、いくつになっても笑顔で面罵しおって。
護衛の女子がヴァッサーゴ卿を持っておる槍で貫く気満々でおるぞ?」
エインディアがハイドリヒの手を握り返すと、笑顔で毒を吐き続けている2人を窘めた。
「というかヨハン、まさかとは思うけど結界の強度弱くなってない?
今僕の身体が何で出来ているか分かっているよね、上位の歪だよ?
結界に反応しないだなんて、もし歪人の奴が侵入してきたらどうするんだよ」
すみにいるメアを完全に無視したデュケインではあったが、メアの反応は逆で、歪という言葉に反応した。
「ど、どういうこと?
猊下、その者は何者ですか、説明してくださいっ!!」
「…メア、貴女には最初言っていたはずです。
ここで起きたことは忘れなさいと…そうですね、誤解を解くようで先に行っておきましょう。
こちらの方は歪の身体を使い魔にして遠隔操作されている超常の存在、『魔神』であらせられるヴァッサーゴ様です。
とある事情で本体がこの世界に降臨することが出来ないため、依り代として歪の肉体を使っている訳ですの、御理解いただけまして?」
返事を聞かずにヨハンがデュケインの質問に答えた。
「ヴァッサーゴ様の御質問の返答はこうですの。
中身が歪でないヴァッサーゴ様に結界が反応しなかった、ただそれだけですわ」
そう言われて気付いたのか、勧められた席に座ったデュケインがなるほどといった表情をする。
メアはこの白杖を持った少年が神だという事に理解の範疇を越えたのか、護衛の役目を果たし切れておらず案山子のように突っ立ってしまったが、ヨハンがその神と対等に話していると思ったメアはさらにヨハンへの信頼を傾けるようになっていった。
とはいえ、本来必要のなかった護衛である、物言わぬ案山子になった所で何かが変わるというものでもなかった。
「…それで、本日こちらに御出でになった理由というのは?
あと1時間もすればわたくしは孤児院に視察に行かなければならないのですが」
最近のヨハンは外出する事が多くなってきていて、何日かに一度ではあるが、スケジュールを見合わせて教皇庁から外に出ていた。
「まあアポを取らずに来たのに関しては悪かったと思っているよ。
別に用はなかったんだけど、せっかく教国に来たんだから、顔を見ておこうと思ってね。
こんな機会もう二度とあるような気がしなくてね、まあそれだけなんだ」
「それもそうですわね…あれからもう数えるのも馬鹿らしい位の年月が経ってしまいました。
ヴァッサーゴ様との御契約通り、わたくしはわたくしの願いを叶えましたわ」
デュケインは懐かしむように口を開いた。
「あの頃のお祈りばっかりしていた女の子が今じゃ一大宗教の永久教皇か。
その少女の姿に飽きたらいいなよ、エインディアみたくすっごく綺麗なお姉さんにしてあげるから」
デュケインはヨハンの容姿について何か文句があるわけではないが、いつまで経っても少女のままではさすがに飽きが来ないかと冗談程度にだが提案したのである。
かつて契約したよしみとこれまでの功績による『ご褒美』の様なものらしいが、ヨハンはやんわりと断った。
別段この姿が気に入ったりしている訳ではなく、それほどの力を使ってデュケインがこの世界にいられなくなる事を危惧したヨハンの気遣いなのである。
隣にいるエインディアはヨハンに不干渉を貫いているため、何かにつけて手を貸すような行為が出来ないため、声はかけずにいた。
『観察者』にとって、地上世界の生き物に過度の干渉は御法度なのである。
ハイドリヒに関しても、さして世界に影響を及ぼさないという事を理解しての行動なため、ある程度接しているのだ。
これでハイドリヒが世界に何らか影響する存在であれば、酷ではあったがあの廃村に置き去りにしたか、ムシュフシュにある孤児院へ預けるか何かしたであろう。
「それにしても、『観察者』であるエインディア様も御同行されているとは。
事態はやはり良くない方向なのですね、ウル様からも良い報告は幾度か来ていますが、やはり元凶の存在も中々やるようです」
ヨハンがエインディアがいる理由をそれとなく察したのか、事態の深刻さに深く留意しているようである。
『観察者』であるエインディアにとって、例え一種族である『人』が死に絶えた所で『世界』が終わるわけではない。
他の生物がいる以上、『世界』が終わるわけではないのだ。
しかし、今『世界』が終わろうとしているのは『観察者』としての役目からすればあり得ない事態である。
本来終わるべきでない時に終わるなどという事は、ある意味『理』に反した現象なのだから。
「左様じゃヨハン、この終焉は神王殿の望む終わりではない。
斯様な事態じゃ、わしがある程度出張ってでも問題は無かろう。
それが終われば本来の役目に則って世界の姿を『観察』し続ければよい」
「200年も元凶にだまくらかされていて腹が立つって正直に言えばいいのに、素直じゃないなあ」
意地悪く答えるデュケインに渋い顔をするエインディアなのであった。
「…そうだ、後で頼もうかと思っていたんだけど、都合がいいから今やってもらおうかな」
何か思ったのか、デュケインがヨハンにある提案をした。
「ハイドリヒの後見人になってくれない?」
「かまいませんよ?」
簡単に言う様だが、本来教皇であるヨハンが後見をするとなれば、ある程度の実力を示さなければならない。
この場合、師であるエインディアがその役を全う出来れば良いのだが、表立つ事の出来ないエインディアには出来ないのである。
その点、大陸を代表する有識者でもあり聖人と評されるほどのヨハンが後見に立つとすれば、ハイドリヒの今後は安泰の物となるだろう。
面倒のタネも増えるけどね、とデュケインは苦笑しているが、まだ本人は自覚できていない。
本来ならば一生会うことの無い存在であるヨハンが自分の後見人になるという事を、未だ夢を見ているかのような曖昧さで感じているのだから。
「…という事は、教会預かりという事でしょうか?
それとも騎士団…いえ、ギルドでまず実績をつけた後、というのもありですね」
話はハイドリヒを抜きにして進んでいき、最終的にギルドである程度実績を上げてから教会で引き抜く形になるそうである。
そして、引出しから教会が製作している紙に紹介状を書くと自らの名を書き、加えて教皇の印を押した。
「…あら、印が少し曲がってしまいましたわね…まあいいでしょう。
ヴァッサーゴ様とエインディア様、そしてハイドリヒちゃんの紹介状を書きました。
ギルド本部へ出せば試験抜きでギルドカードとランクを出していただけますので、その後の事は頑張ってください。
今後の御健闘をお祈りしていますわ」
1時間がもうすぐ立つため、その日はお開きとなった。
良い手土産が出来たとデュケインは喜んでいたが、釈然としない形でハイドリヒは教皇庁を出るのであった。
ハイドリヒの様子がおかしい事に気付いたエインディアは、何かあったのかと聞いた。
「…俺、女の子に間違われていた気がします師匠」
ちゃん付けされたことにハイドリヒはひどく気にしているようだったが、師であるエインディアと上機嫌なデュケインは全く気付いていなかった。
男だとか女だとかという次元の存在でないため、呼び方程度に一々気にするような存在でなかった所為でもあるが。
ギルドへ着くまで、ハイドリヒは後ろ髪を引かれる気持ちで教皇庁にいるヨハンがいた部屋の方向に顔を向けるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギルド本部では、最上階で最高幹部たちが緊急の会議を開いていた。
数時間ほど前に提出されたある紙が起こした内容が、13人いる最高幹部たちの頭を悩ましている問題である。
「うち2人を無条件にランク黒、うち1人を教皇の名のもとに後見とし実績を積ませる…何者だねこの2人は。
これまで名も上がったことの無いような存在に最高戦力たる黒に迎えると?
いくら教皇猊下の紹介状があろうと、さすがに他の冒険者たちも納得せんだろう」
「とはいえ、猊下の古いご友人らしいその2人に関しては、確かな実力があると猊下ご自身が明記されておる、信用という点からすれば、これ以上ない程の実績ではないかな?
それよりこの後見になると言われた少年に関して情報が全くない、おそらくは上記の2名が猊下に口添えをもらっての事なのか、それとも将来の枢機卿候補となるのか…代行者殿が来てから我らの仕事が増えすぎて敵わん」
歴戦の勇士でもある冒険者たちが意見を出す中、3人を見たというブリッツがここに来てようやく口を開いた。
「わしは直接3人を見たんだがな、黒になる2人は現役の時の俺以上の強さなのは確実だぜ?
しかもちっこい方の小僧は盲目な上にその実力だ、問題はないぞい。
後見の坊主はありゃ分からん、将来教会に引き抜かれるのかどうかは分かんねえが、下地は出来ているような感じだったのお」
とはいえ、ブリッツの脳裏によぎったのは随分前にあった代行者の事であった。
眼帯の少年の仕草が、彼とそっくりだったことを思い出していたのである。
という事は問題がさらに増える、とブリッツが他の面々にばれないようにため息をついた。
最高幹部たちは特例を作る事はあまり褒められたことではないが、この件はおそらく通る事になるだろうと感じていた。
そしてこの機に今上がっている小さな問題から目下の問題まで検討会が開かれたのである。
会議は踊り、朝になってクタクタになった老人たちが倒れこむ様に会議室に横たわっていたのは、寄る年波に勝てないせいもあっての事であった。
読んで戴き誠にありがとうございました。
苦労ばかりしまくっている人たちばっかりでしたね、という話です。
先にブリッツお爺さんの方が出ましたが、苦労性名息子さんも近々出演する予定ですよ。親子揃って苦労を背負いこみますが(笑)。
というかここにきて最近出していないキャラを出していたので、キャラがある意味崩壊してるんじゃないかと内心ビビりまくりです。
ヨハンさんとかいつの間にか内心腹黒な感じですし、大丈夫ですか? と思わず自分に確認しちゃいました。
さて次回予告。
次回、『苦労人背負う』です。
ではでは皆様、また次回まで。
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