第031話 代行者、逆鱗
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ウルの泊まっている部屋のデスクには、あるものが置いてあった。
リオンたちに渡していた帰還用の転位結晶である。
夜遅くになっても見つからなかったウルがあえて使ったものだったのだが、転位結晶の周りには誰もおらず、転位結晶のみが落ちていたのである。
辺りを見回してみると、任せておいた依頼書に書かれていた歪の死骸を発見した。
死骸の状態や血の凝固具合を見て、それほど時間が経っていないことを知ると、身に着けているブレスレットやイヤリングに付けていた魔力を探査してみたが、妨害がかかっているのか、探査が出来なくなっていた。
すなわち、魔力を阻害するような部屋に閉じ込められていている可能性があり、探索をするのが困難という事であることを推測したウルは、すぐにヨハンに連絡を取った。
騎士団の応援を要請すると、1週間以内に大隊規模で600名を寄越すと言ってくれた。
1人で探すより、人海戦術での捜索に一気に打って出たのである。
ウルはこの状況を作らざるを得なくなってしまった相手に不快感を示すが、今となってウルを襲ってきた獣人をそのままにせず連れ帰るべきだと思い知るのだった。
ウルを襲った獣人はあれからどこを探しても見つからず、情報屋に奴隷商人に関する情報が無いかと聞いてみてみたが、ここ最近では王都から出て行くという有力な情報は出てこなかった。
奴隷商人が他の都市へ行く途中にリオンたちを大人数で襲って拉致したと考えたが、そうなるとヨハンに要請した大隊規模程度では手が足りないのではと思案するのだった。
今から追いつこうにも、近隣の都市は8個所。
街や村を含めると23個所に及んだ。
一人で探すには無理があり、こういう時に空間魔法の素養のない自分を罵った。
「…教国の騎士団が来ることを伝えなくてはいけませんね」
事後承諾にはなるが今回は仕方ないと思い、未だにウルを監視している諜報員を捕まえて上司に報告するように脅すと、諜報員はすぐにその場から立ち去った。
再び部屋に戻ると、自分の不注意さに忌々しさを憶えて不貞寝したくなるが、あまりの苛立ち様に脳が異常活性しているのか、目が冴えてしまっている。
いっその事アヴァロンにも要請をするという手もあるが、この情勢下で下手に出てしまう事自体が問題とされた。
やはり…私には誰かを守りながら旅をすることは無理だったのでしょうか。
経験を積ませるためにエドワードたちに託され、リオンたちの覚悟を知っていたウルであったが、保護者のような立場にあってどこか他人事のように接していたことを心のどこかで感じていた。
下らない言い訳ばかり考えつくばかりで、手加減なしに自分の側頭部を殴る。
「…いけません、考えがどんどんネガティブな方向に行ってしまっています。
おまけにストレスも溜まる一方…依頼でも受けに行きますか」
憂さ晴らしの為だけに力を振るう事はあまり褒められる事ではないことを自覚しながらの行動であったため、2つほど選んで受けたのだが、モチベーションの低下の所為か簡単な依頼のはずが想定以上の時間をかけてしまっていた。
川原の鈴鹿邸に戻ると、カウンターの女性がウルに紙を渡してきた。
知らない獣人がやって来て、ウルに渡すように言ってきたらしいのである。
内容を急いで読んでみると、リオンたちを拉致した者たちからで、要求しているのは誘拐犯らしく他人にこのことを話さないことや、身代金などを指示しているのだった。
……もう話しているのですが、この場合は交渉決裂なのでしょうか。
思わずもっと早く出してこいと言いたかったが、相手の機嫌を損ねる訳にもいかない。
要求してきている金額は1000万ヒドゥンで、さすがにそんな大金は持っていない。
ギルドの依頼報酬の総合計を足したとしても、1000万には程遠い。
ギルドに預けている金額は400万前後で、手持ちは20万と少し。
引き渡し要求日が明日になっている時点で、人質の身の安全はこの時点で保証されなくなったことに不安を覚えたウルであったが、引き渡しの場所が郊外の廃墟であることに気付いてあることに気付いた。
廃墟の辺りは以前魔法の研究がされている施設だったようで、現在は立ち入り禁止区域に指定されている場所だったのである。
日課のように教会に行き保護している獣人たちの様子を見ていくと、リオンたちのことを聞かれて、それとなく誤魔化すウルに、少女たちは気にすることなく元気に遊んでいた。
ウルは教会から出ると、王都の郊外へ向かっていき、周囲に気を配りながら近づいていく。
アヴァロンが管理しているはずの廃墟には何故か獣人たちが根城にしており、辺りを獣人たちが見回りをしていた。
臭いで気づかれてしまうと問題なので近づけなかったが、どうやらあそこには獣人たちが周りを警戒してまでい続けている理由があるようだ。
十中八九、リオンたちは捕えられていると確信したウルは、この場から急いで離れていく。
「…ヨハンに連絡を…しかし、どの道騎士団の派遣は最終的には要請する予定でしたし…まあいいとしますか」
いつもの様に夜の内に仕掛ける事にして、感覚強化の魔法で周囲を探っていく。
空が曇り空のように影の多い転向ならばすぐに仕掛けたろうが、廃墟内の人数まで把握していない状況下で不意打ちをしたところで、人質を盾にされればそれでおしまいである。
臭いに気取られないよう風の方向に注意をしながら辺りを回っていくウルに気付く者はおらず、警備をしている獣人たちが少数であることを把握してからその場を去る。
ウルは獣人がどうしてリオンたちを拉致したのかそれが気になっていた。
王国が決定した以上、これ以上獣人たちが抵抗運動をする必要もないと思っていたウルであったが、被害者といえないウルが獣人たちの心情を完全に理解する事など出来ないことは承知の事実である。
負の怨嗟がまわり続けている以上、どこかで歯止めをかける必要があるが、それをする資格がウルにあるのかも憚られる。
この世界の住人でもないウルが、他種族間の確執にまで関わってもよいのかと。
「…とはいえ、今更ですか。
獣人を戦力に数えてしまった段階で、苦難を強いられている獣人を解放すると決めた時点で関わっていますか…」
そう思うと、深く考えるのも馬鹿らしくなったのか、背伸びをしながら振り返った。
「破軍を使うのはちょっとムリそうですし、隠密の様にコソコソしながら助けますか」
手持ちのナイフを増やすことを目標にして、川原の鈴鹿亭に戻るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
以前忍び込んだときのように、鎧の上に黒い布地を重ね、覆面をして夜を飛び出したウルは、見張りがいないのか確認した。
アヴァロン側からは相変わらず見張りがいたが、他には見当たらない。
帰ってから夕食後に作成したのはウルの魔力のみで構成されたナイフであった。
地中深くにある鉱石などを使わずに作成した所為なのか、あまりの魔力濃度に近寄るだけでも吐き気を催すほどである。
これを20本ほど作ると、体中に張り巡らせた。
1本1本が特殊な魔法が込められており、それぞれが凶悪な仕様になっている。
獣人の見張りがいないことを再度確認すると、この場でリミッターを外したウルは見張りが目を離した一瞬の内にその場から消えた。
獣人たちの見回り警備は相変わらず続いているようで、臭いで感づかれる可能性を無視して獣人に襲い掛かった。
ウルの臭いに気付いた獣人が声を上げようとしたが、ウルのナイフはその喉にナイフを通した。
ナイフにかかっている魔法には、ある魔法がかけられていた。
『口封じ』、喉に呪詛を直接刻み込み、声を上げることを実質不可能にする魔剣である。
実際に切り傷は出来ず、痛みはあるが血などは出ない。
「―――――――――――っ!!」
一瞬のうちに獣人を昏倒させて、異変に気付いて近づいてくる獣人たちを各個撃破していく。
『口封じ』で呪いをかけ、体術を駆使して殴って蹴って吹き飛ばし、音を立てずに戦闘不能にしていく。
獣人たちはウルの超高速で無軌道な攻撃を受けて、全員が2撃で倒されていった。
「…さて、急いでリオンたちを助けなければ」
最後の一人を昏倒させると、ぽつりと呟いてウルは廃墟へ入っていく。
傍目から見れば冷静に見えるかもしれないが、ウルの腸はすでにマグマ以上に煮え滾っていた。
『栄光から勝利へ移行』
この段階で、ウルの身体能力はこの世界で抑えきれないほどの脅威を満たした。
そして、廃墟内にいる獣人たちウルの殺気に気付いたのもちょうどその頃である。
目が合った瞬間、ウルの姿が消えると喉の痛みと全身を打ちつける強い痛みに精神が強制的に離される。
獣人の驚異的な生命力が無ければ、当に死んでいてもおかしくない程の重傷を受けていた。
部屋を探し、獣人たちを見つければリオンたちの居場所を吐かせずに暴力で圧倒して次の場所へ。
何十人打倒したのか、責任者の部屋らしき場所へ着くと、リオンとジュリーが縄で縛りあげられていた。
そしてその周りには、獣人たちの頭らしき獣人がいた。
珍しいとされている鳥の獣人で、引き締まった体にいかめしい目つきでウルを睨みつけていた。
その隣には、ウルを襲ってきたと思われる獣人がいた。
虎の獣人のようで、ウルも知っている獣人だ。
「…おや、シャドウィンではありませんか。
冒険者がこのような施設で何をしているのです?」
口を開いた時、シャドウィンの目が大きく開かれ、何かを飲み込むような音がした。
ウルの声が以前聞いたものとはまるで違うことに驚いたのである。
リオンたちも同様で、猿轡をしていて何を言っているのかは聞き取れないが、何か必死に訴えているようだった。
「…まあ構いません、どうでもいいです。
そこの獣人、2人を解放しなさい。
さもなくば、この場の全員を朝日の拝めぬ体にして差し上げます」
「…やってみろや人間が、こちとら身内がやられてるんや、タダですもうなんて思うなやボケが」
若い鳥の獣人が変わった口調で啖呵を切っているが、隣にいるシャドウィンからすれば止めなければならない立場なのか、引き留めようとしているが聞こうとしていない。
それにしても、おかしなことを言う。
ウルは魔人であるはずなのに、どうして目の前の獣人がウルの事を人間というのか、不可解に思った。
が、そんなことはもう関係がない。
明らかに交渉はこちらが不利だが、この場にいる全員を叩きのめせば済むのだから。
「まあ3分の2殺しで勘弁してあげます。
獣人解放で気が緩んでいたからといって、罪もない2人に手を出したこと、死んだ方がましだと思うくらいに後悔させてあげましょう」
部屋を確認すると、破軍を振るうことも可能と判断し、かつ死人を出さないために、破軍を取り出して近くにある障害物を払いのける。
破軍に驚いたことと、片手で重量のある障害物を吹き飛ばすウルに重ねて驚かされたのである。
鳥の獣人は槍を、シャドウィンは両手に手甲を付けて迎撃する構えのようだ。
「力量も把握できない馬鹿どもめ、天地の実力差に絶望するがいいっ!!」
殺気がさらに濃くなっていき、リオンたちの意識が遠のいていく。
鳥の獣人とシャドウィン以外も同様で殺気にあてられ気絶していく。
襲い掛かるウルは、獣人たちに憎悪の念を込めた一撃を振り下ろした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…ウルがキレた」
鏡越しから見ていたデュケインが顔を引くつかせていた。
「…え、何あれ、『勝利』まで使ってやるってどんだけだよちょっとっ!?
下手したら余波で辺りが更地になっちゃうじゃない!?」
「…ほお、あの少年ああまで激変するとは…まるでどこかの魔神を見るかのようだな」
バルがそれとなく嫌味を言っているが、デュケインは耳を貸していない。
力尽くが基本方針などこかの魔神と同様なことをしているウルの様子を見て、師が師なら弟子も弟子か、と内心呆れているのだった。
「…うわー、虎の獣人がもう倒れた。
鳥の獣人は…うわひどっ、羽焼かれたよっ!?
ウルが治さないと一生飛べない手羽先になっちゃったしっ!!」
鏡からは、ウルが一方的に獣人たちをいたぶっている様子がつぶさに映されており、さしものデュケインもげんなりしていた。
「…デュケイン、手羽先は部位が違うぞ?」
「指摘するとこそこっ!?」
映される様子を見てデュケインが声を上げ、バルがそこにピントのずれた突っ込みを入れる声が管理者のまで響いていた。
読んでいただきありがとうございます。
あまり怒った…といえるのかなあ、と思うようなお話でしたね。
誘拐犯はなぜ獣人サイドだったのか、というのは鳥さんたちの勘違いっぽい描写が書いてましたね。
そのあたりを次回で書いていく予定となっています。
さて次回予告。
次回、『私は悪くありません』です。
ではでは皆様、また次回まで。
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