第010話 森の獅子さんに出会った
誤字脱字がございましたらコメントよろしくお願いします。
デュケイン様御休み回です。
森の中を疾走する二つの影があった。
木々を抜けていく姿はまるで風のようだが、その背後を追いかけてくる存在もまたその速度を緩めようとはしていない。
獣道すら無視して、一直線に走り抜こうとしている影二つは、その速度を徐々に鈍らせていった。
「…リオン、先に行って」
息を切らせながら少女が手を繋いでいる青年に声をかけるが、青年は嫌だといって手を離そうとしない。
「だめだジュリー、もう少しで教国に入れる、あそこには結界が張ってあるから、そこまで行けば安心だ」
だからそれまで頑張れ、と青年は励ますように少女に語るが、少女の表情は硬い。
教国に結界が張られているのは確かなのだが、青年の知識は誤りであった。
確かに教国には結界が張られていて、歪はその中に侵入することはできない。
しかし、その範囲に関しては、首都ヘルツィカイトの周囲のみであって、教国全体に広がってはいないのである。
もう肉体的にも精神的にも疲弊している少女は、甘い希望というものを抱かなくなっていた。
それでも青年は諦めない。
迫りくる絶望に負けないために、二人は森を駆けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウルが起きてすぐに気付いたことは、自分が交代せずにそのまま眠りこんでいることだった。
朝からそれが原因で不機嫌だったのか、ブリンドに何故起こさなかったのか問い詰めたら、どうやら原因は自分にあったらしい。
「ぐっすり眠れたんならそれでいいだろ?」
まるで一人前扱いされていないようで不機嫌になったのか、腹を立てながら黙々と歪を狩っていく姿は、あまり近づきたいとは思えなかった。
視界に入ったが最後、容赦と躊躇なく一刀両断していく姿は頼もしい。
ウルの通った道には歪の無残な姿が死屍累々と続いていた。
中には中位の歪でさえ一撃で葬られているようで、ブリンドはウルが残した歪の換金部位を代わりに切り取る作業を続けている。
既に予定していた数の歪は狩ったのだが、ウルの気が収まらないのか、まだ続いていた。
森を抜けて山に登ろうとし始めていたので慌てて止めると、ようやく落ち着いたのか鎧についていた返り血をタオルでふく。
「…はぁ、落ち着きました。
先輩、どれくらい狩れたんでしょうか?」
「大体140近くか?
途中からお前が狩りまくってたから、予定していた数を大幅に超しちまってるぜ」
「これだけ歪を狩れば、別途報酬の方も期待できますよね?」
とはいえ、先日ウルの魔法で換金部位の取れなかった歪の分を引くと100体ぎりぎりである。
だが、たった二人の冒険者が短期間でここまでの成果を上げるというのは類を見ない例であるだろう。
再び視界の入った小型の歪を見つけると、相手も気づいたのかウル目掛けて突進してくる。向かってくる歪とのタイミングを計って破軍を振った。
可愛い…ウサギみたいなタイプの歪のようですが…まあ歪ですし殺しましょう。
こと歪の問題となれば可愛かろうと格好よかろうと容赦しない当たり、ウルに愛護精神というものは皆無のようである。
見敵必殺、これに限ります。
「はい、これでさらに報酬が増えますよ」
まるで吸い込まれるように、頸動脈を狙った破軍はウサギの歪の首をはね上げた。
胴と首をお別れした歪の身体は最初は痙攣していたようだが、次第にその動きを止めていった。
申し分のない一撃にブリンドは思わず拍手してしまうほどである。
「先輩、この歪ってウサギみたいなんですけど、なんて名前の歪なんですか?」
「確かワルドカニチェンだったか?
換金部位はねえんだが、肉がうまくて酒のつまみになる」
「…へぇ、酒のつまみはともかくおいしい食材という事は分かりました。
血抜きしたら月下亭に持ち帰って食堂のおじさんに料理してもらいましょう」
月下亭は食材の持ち込みも可能だったはずなので、料理人が腕を振るってくれるだろうと今から楽しみにするウルだった。
「…一応聞いておくがウル、お前殺しに夢中になってねえな?」
「……は?」
「いやなに、歪を殺すのは構わねえ。
あいつらは世界の敵だしな」
「でしたら大丈夫です、歪は見つけ次第抹殺するのが常識ですから」
当然のように返したウルであったが、ブリンドの言っている意味とは少し違っていた。
「だが、殺しに重点の置いた行為は見逃せねえな。
そういう奴はチームに対して不和を呼びやすい。
チームとしての連携や信頼関係を揺らがせる要因の一つだ。
それに、そいつの為人ってやつが信用できなくなる」
言いたいことが分かったのか、ウルが真剣な面持ちでブリンドと向かい合った。
「…重ねて言いましょう、私は大丈夫ですよ先輩。
歪を殺して快楽や興奮などを憶えるような変態にはなりませんし、なりたくありません」
歪を殺して思う事といえば、強かったか弱かったか。
そして自らの力を効率よく使えたかのみにしか思考は向かわないのである。
補足して言うと、大量の歪を破軍のみで叩き斬り始めた頃はよく返り血がついていたので、返り血のつかない斬り方を思案していたくらいである。
鎧の色が黒だから汚れは見えにくいとはいえ、血って臭いから嫌なんですよね。
という、ロクでもない感想であるが。
ウルの目を見て信じたのか、ブリンドの微かな疑念はすぐに晴れた。
まだ出会って2日で何を信じればよいかと言われれば難しいが、目の前にいる少年の言っていることに嘘はないように感じられたのだ。
からかう様な言動の多い少年にとって、真面目な返答というのは貴重であった。
「それじゃあ帰るか、俺は楽できたし帰ってうまい酒飲むぞぉっ!!
ウルも付き合え、お前の初依頼達成とチームの飲み会も兼ねてるから逃げんじゃねえぞ?」
この世界では酒に対する年齢制限というものがない。
というのも、この世界の冬というのはかなり冷えるらしく、子供は体温を維持するためにアルコール度数の高い酒を飲まなければいけないのだという。
ウルは生まれてこの方一度も酒を飲んだことがない、この新しい身体もそうだが、以前の人間だったころも同様だ。
耐性があるのか分からない上に、目の前にいるブリンドはいかにも酒豪に見えたので、どちらかといえば遠慮したいというのが本音だった。
「…まあそこまでいうのなら行きましょう。
その代わり、先輩に奢ってもらいますから」
「おいおい、そこは折半だろうっ!?」
「何言ってるんですか、途中から私に歪押し付けてばっかりで今日全然狩ってないじゃないですか。
これで報酬一緒だなんて割に合いませんから、先輩奢ってください」
「…ちっ、仕方ねえなあ、今度飲むときは折半にしろよ?」
「仕事の報酬次第ですね」
「こまけえ奴」
「先輩は大雑把すぎです…」
帰り道でも時たま歪に遭遇してウルが斬り伏せていくのだが、次第にその数も多くなり始めて、その上森が騒がしくなっているのに気付いた。
「…先輩、気づきました?」
周囲を見回しながら、ブリンドが大剣を手に取って構えた。
「ああ、森がざわついてやがる、こりゃ何か起こってやがるな」
「…これ以上は面倒です、森を抜けてここを離れましょう」
「賛成だ、仕事は完璧にこなしたんだ、これ以上は割に合わねえ」
ブリンドが換金部位の詰まった袋をウルに手渡すと、ウルは急いで自らのバッグに入れた。
ブリンドの片手に余計なものを持たせておくような余裕はこの状況では排除するような事態と感じられたのだ。
歪の死骸を目印に森を疾走していく二人は向かってくる歪以外に目もくれずに一直線に走り抜けた。
違和感というしこりのある状況下では、この森に長居することは危険だと二人は感じたのである。
森を抜けて振り返った時、更に森は震えて何かが大きな足音を立てているように聞こえた。
「…まずいですね、森を抜けてきますよこれは」
ブリンドにも分かったのか、ついてないといった曇った表情をしていた。
「…やべえな、トンデモねえ大物がかかったか?」
という事は、中位以上の歪が接近しているという事ですか。
上位の歪はあまり森や山といった場所から出てくることは少なく、住んでいる場所をまるで巣のように闊歩するような生態をしているのである。
これは魔獣の生態と似ているようで、研究者たちの意見は一致していた。
しかし、例外というのはあるようで、大型の上位歪が過去幾度か町や村を襲い、壊滅に追いやる事例もあった。
もしかすると、その数少ない例がこの教国に現れたのではないか、とブリンドは推測したのである。
…私がここに来た所為でしょうか。
ウルがかなり目立つ方法でこの世界に来たことは自他ともに認められていた。
教国は大陸中央に位置しており、そのさらに中央に位置している『降臨の塔』の高さは大陸の天気が良ければ、その方向を見ればかすかだが見えてしまうのだ。
どこに潜んでいるかは分からないが、この世界に現れた異変というものを、女神であり諸悪の根源である存在が関知できないわけがないのである。
偵察代わりに送られてきたのなら、目標はやはり首都いう事ですか、ならばここで狩っておくのが最善ですかね。
そう考えがまとまったのか、走り抜けた森に再度踏み込もうとすると、ブリンドが慌ててウルを呼び止めた。
「お、おいウルっ!!
何考えてるんだこのバカっ!!
ここは一旦ギルド本部へ戻って戦力を整えて迎撃するのが正解なんだぞ、お前にはまだ上位歪は早すぎる、やめるんだっ!!」
「御忠告大変感謝します先輩、ですがすいません。
歪であろうと何であろうと、私の障害となる存在は排除しなければいけないんです」
「なにを寝惚けたことを…!?」
だんだんと足音がこちらへ向かってくる。
現れるだろう歪に備えて魔法を詠唱をしようとした時、思わぬ事態が訪れた。
「…っ!?
そこの二人、逃げてくれっ!!」
森を二人の獣人が駆け抜けてきたのである。
一人は片刃の片手剣を持った獅子の獣人で、見るからに好青年のようなイケメンであった。
怪我をしているのか、走り方が不自然であったが命には別条はないように見受けられた。
もう一人は狐の獣人の様で、小柄でいて可憐な印象の強い美少女である。
腹部を片手で抑えているのは怪我をしているのか、ウルが遠くから見た限り重傷なのかは分からないが、内臓を傷つけている可能性を考慮した場合、急いで治療しなければならないのは彼女であった。
「…先輩、事態急変です。
急いで治療しますので、二人を連れてギルド本部へ護送してください」
幸い歪がまだ森から抜けてきていないため、少しだけ猶予があるのが幸いといえた。
ブリンドはその判断に反対しようとしたのだが、すぐにウルの状況判断に間違いがない事に気付いてしまったのである。
ウルにはまだ要人警護といった依頼をこなしたことがない上に、そういった相手を慮るような性格をしていないことは、短い付き合いではあるが理解していたのである。
加えてブリンドは長年の経験から要人警護など数多くこなしてきている、細かな配慮は見た目に反して十分にしているため、こうした指導官としての職に就くことが多かった。
その上時間もない、考えている猶予はなかった。
「くそったれっ!!」
憤るが冷静な部分はきちんと働いているようで、軽く深呼吸すると真剣になったブリンドは近づいてくる二人に大声で叫んだ。
「早くこいお前らっ、治療したら俺と一緒にギルドへ向かうぞっ!!」
その間にウルは二人にかけるための治療魔法を詠唱して準備しておいた。
「…あ、あんたたちはギルドのっ!?」
「問答の暇はありません、急いで行ってください。
先輩、あとはお願いしますよ」
二人に治療を施すと、氷の障壁で森を囲い込むように塞いだ。
少しでも時間稼ぎをするためにウルがやったのだが、二人は何故かブリンドと首都に向かっていかない。
「ま、待ってくれよっ!!
追いかけてきているのはベルグリザードなんだぞっ!?
凶暴な上位歪に一人で立ち向かうなんて無茶だっ!!」
「そ、そうですっ!!
あれだけの障壁が出来るのなら、急いであなたも・・・!!」
「ちっ、ベルグリザードとはまた面倒な奴がっ!!
おいウル、ベルグリザードは爪と牙に毒を持ってる上、毒のブレスまでしてくる。
トゲのついた尻尾とかも危険だから魔法を使って動きを封じれば時間は稼げる、だから無茶なんてせずにすぐに戻るんだぞっ!?」
口々に言う3人に氷の障壁に震動が起きた。
どうやらベルグリザードが追い付いてきたようである。
「分かりました先輩、助言感謝です。
そこの二人、私は強いですから心配無用です。
他人よりまず自分の身を心配なさい」
偉そうに言い捨てると、更に氷の障壁を重ねていく。
ブリンドに目配せすると、ブリンドは頷いて2人を連れて走って行った。
衝撃を与え続けるベルグリザードに対して、氷の障壁は次第にその層を剥がされていき、3分ほどで突き破られた。
その間にブリンドたちは街道を通って首都ヘルツィカイトへの帰路を着実に詰めていっており、さらに応援が来るまで足止めが出来れば十分といえた。
上位歪を相手にする際は、まず熟練の冒険者が10人がかりで時間をかけて倒すというのが安全策であるのだが、はなからウルは応援が来ることなど期待していなかった。
いや、来た時にはすでに事が済んでいることが最善だと考えていたのである。
だからわざわざ最安全策である護送をブリンドに任せて自らがここに残ったのだ。
普通ならば、たとえ護送経験が無かろうと素人に足止めなんて無茶はするべきではない。
突き破ったことに機嫌が良いのか、大きな口で雄叫びを上げるベルグリザードに、その不愉快な姿と声に苛立ちを覚えたのか、ウルの顔が歪んだ。
黒々とした姿は他の歪と変わらない、エリマキトカゲを体長10メートルにまで大きくしたような体格で、ブリンドの助言通り尻尾には鋭いトゲがたくさんついている。
目はまるで血のように赤く、口元からは毒の吐息なのか息を吐く度に黒い煙が吐かれていた。
「…これはまた、斬りがいのありそうなでかい獲物が出てきましたね」
軽く観察しただけでも、並の冒険者じゃ歯が立たないのが分かります。
生命力の強そうな爬虫類という印象もあったが、とりわけ注視したのはその表皮である。
「…鱗ですか、おそらく並の剣では歯が立たなそうな強度のようですね」
艶光のした鱗はまるで自らの強度を誇るように光っており、ベルグリザードを討伐するのには想像以上に時間がかかると思ってしまったウルであった。
「まあ、ここであったのが運のツキですトカゲ」
破軍を高らか掲げ宣言する。
「我が前に敵はあれど、眼下に映るは皆破れた強者のみ!!
女神の尖兵よ、この場で我に斬られ散ることを誉とせよ!!」
ベルグリザードが雄叫びを上げる、ウルを睨みつけるその眼光は憎悪に満ちていて見る者がいれば震え上がるような視線であったが、代行者であるウルにはその程度の憎悪などではビクともしない。
「我が名は『代行者』ウル・シイハ、その名を刻んで滅ぶがいい!!」
小さな神の代行者と、女神の尖兵の戦いが始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
街道を走り続ける2人は、遠くからベルグリザードの雄叫びが聞こえてくる度に震えていた。
ブリンドは2人のペースに合わせて走っているが、内心では2人を残してウルの元へ戻って加勢したい気持ちでいっぱいだった。
しかし、ウルの力を信頼している彼は、どこか安心した気持ちでこの状況を考えているのも確かなのだ。
青年は不安な表情をしながらそわそわとしており、少女もまた同様に震えながらもウルの事を心配しているようだった。
「…だ、大丈夫なのかよ…あんな子供を1人置き去りにして、もし何かあったら…」
「あの子のお陰で傷もよくなったし、加勢に行けば…」
「バカ言うなお前ら、あいつが死ぬ訳ねえだろう」
呆れながらも足を緩めず走るブリンドは、少しだけ速度を落として青年と並んだ。
「だ、だって相手は上位歪だぞあんた!?
10人がかりでやっと倒せるような奴を、たった1人でなんて無茶すぎる!!」
「あいつは俺より強い、俺の強さは自他ともにギルドじゃトップクラス、それを簡単に超えてる奴が、たかだか上位歪1匹にやられるようなタマかよ」
不遜に言い捨てるブリンドだが、ウルの強さに信頼を置いている彼でもまだ不安定要素がある。
その嫌な予感ともいえる微かな可能性がブリンドの喉に引っかかったまま、3人はギルド本部のある首都へ向かっていくのだった。
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ではでは、また次回まで。
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