悪魔
ドクン。嶺の胸が高鳴った。少しだが心が男のほうに傾いてきているのを感じた。
もしかしたら……もしかしたら本当に願いをかなえてくれるかもしれない。そんな考えが頭をよぎった。
そんな嶺の心を見透かしたのか、男は言う。
「そうです。本当に、叶えます。ただし、ある代償が必要になりますが……」
「代償?」
嶺は思わず訊き返した。代償、良い言葉でないことは確かだ。
「簡単なことですよ。少なくとも、貴方にとってはね」
男の瞳に怪しげな光が宿る。はりつけたような笑みが、嶺を捕らえた。
「……それは何です、か」
ためらった末に、嶺は問いかけた。
男がにんまりとする。
「貴方の、魂ですよ」
悪魔。それは人の願いを叶える代わりに、魂を奪うという。
目の前の男は、その、悪魔なのかもしれない。
嶺は無意識のうちに、そんなことを考えていた。
「ええ、そうです。私は悪魔です。名はサタン。でもそんなこと、わかっても何の得にもなりませんよね」
サタンは嘲るような眼差しを嶺に向ける。
「貴方の願いはこの世から消えること。そうしたら魂なんて、もう、要りませんよね」
たしかにそうだ。この世から消え去れば自分という概念は消え去る。
魂が何だ。
そう思った嶺は、自分の気持ちを確かめるかのようにかすかにうなずき、そして、静かに口を開いた。