8月の家庭事情
「ふぅ…」
日曜日の午後。
俺は今実家の前に立っている。
実家に戻ってくるのは2ヶ月ぶりだ。
そんなに遠いわけではないが、あまり自分から近づこうとはしないからな。
今日は、他の契約者のことについて親から聞き出そうと思い帰ってきた。
「ただいま」
この玄関をくぐってこの言葉を言うのは何か違和感を感じた。
2ヶ月前までは普通に言っていたのに。
足音が聞こえてくる。
走っているな…
座って靴を脱いでいると後ろから抱きつかれた。
「おかえり、お兄ちゃん!」
「ただいま、秋風。」
首だけ後ろを向くと満面の笑みで秋風がこちらを見ていた。
「おかえりなさい雁来。」
この日本家屋では浮いてしまっている容姿の男性が出迎えた。
「ただいま、父さん。」
俺の父、木染壮だ。
母親、つまり俺の祖母が外国人で父さんはいわゆるハーフってやつだ。
ちなみに俺と秋風はクォーターだな。
「秋風、もう歳も歳なんだからお兄ちゃんにベタベタするのは父さんどうか思うぞ。」
父さんが俺に抱きつく秋風を見てつぶやく。
「フン。壮は自分がかまって貰えないからってお兄ちゃんに嫉妬してるんでしょ。」
俺達の母親が父さんのことを壮、と呼ぶのをみて秋風は父さんを壮と呼んでいる。
そのことが父さんは不服らしく、壮と呼ばれるといつも、
「パパって呼んでくれよお。」
「黙れ中年親父。」
とのやり取りが始まる。
「お帰りなさいませ、雁来さま。」
和服を着た50代後半ぐらいの女性が現れた。
「ああ、ただいまヨシ。」
ヨシはうちの家政婦で俺が幼い頃から面倒を見てもらっている。
「秋風さま、お父様の言うとおりその歳になってまでお兄様に甘えるのはいかがなものかと思われますよ。」
「ですよねえ、もっといってやってください。」
父さんは味方ができてうれしいのかはしゃぐ。
「壮様もいつまで雁来様を玄関でお引き止めしているのですか?」
これには父さんも言い返す言葉がないようだ。
「雁来様、奥のお座敷で月見様がお待ちです。」
ヨシはそれだけ告げて元きた廊下を戻っていく。
「…会わなきゃダメだよな。」
「ダメだよ雁来。月見さんだって本当は雁来に会いたくてたまらないんだから。」
「そうだよお兄ちゃん。月見さんはお兄ちゃんには会いたいんだから。」
お兄ちゃんにはか。
相変わらず母さんは秋風に冷たくあたっているのかな。
「ほら、早く済ませてきなよ。それで遊ぼうよ。」
俺は秋風に押されながら母さん、燕去月見のいる部屋に来た。
「月見さん、お兄ちゃん連れてきたよ。」
秋風が戸を開ける。
「秋風。口を慎みなさい。」
戸をあけた秋風に怒声が飛ぶ。
「申し訳ありません。月見様、燕去さまをお連れいたしました。」
「よくきましたね雁来。秋風、お前は早く下がりなさい。」
「はい、失礼いたします。」
秋風は少しなみだ目になりながら父さんのいるところへ戻る。
「雁来、入りなさい。」
俺は母さんのいる座敷に入り、戸を閉める。
中にいるのは長い真っ黒な髪で着物を着ている、20代の見た目をした俺の母親。
「ただいま帰りました。」
「ええ、お帰りなさい。それで戻った用件は?」
やはり見透かされていたか。
「月見様が水無月、文月、葉月以外の契約者の情報をお持ちではないかと思い、伺いました。」
「そう…雁来、よく聞きなさい。契約者は普通馴れ合わない。そう、あなた達3人は特別なの。それは先の契約者の盟約で誓われているものだから協力をしているだけよ。契約者はお互いをまず好まないでしょうね。同じ敵を追うのだから当然かしらね。だから─あなたがこれから他の契約者と会うのならば、戦闘も覚悟しておきなさい。その覚悟ができているのならば、私はあなたに情報をもたらしましょう。」
「覚悟はできています。」
「本当に?雁来、私が言っている覚悟というのはね、戦闘をするだけの覚悟じゃないのよ。戦闘をするということは相手を傷つけるということよ。そして、万が一殺されかけたら、自分が生き残るために相手を殺さなければならない。命のやり取りをするという覚悟よ。」
─人を殺す…?
「そんなのっ。」
「そんなの無理でしょうね、今のあなたには。ならば私はあなたに情報を与えられないわ。一応可愛い息子ですもの。私がもたらした情報で死なすわけにはいかないの。」
「っ。俺は人は殺しません。ですが俺も殺させません。殺さずに勝ちます。」
「できるの?」
「やってみせます。」
「そこまでして、何をしたいのかしら?」
「─友人を助けたいんです。」
月見さんは口角を少し上げ笑った。
「そう、友人を。そうね、なら取引をしましょう。来週、その友人をここに連れてきなさい。その方が私の息子が命を張ってまで助けるべきか私自身の目で判断します。」
「…はい。」
「話は以上ね。」
「はい、失礼しました。」
俺は、座敷をでて戸を閉めた。
疲れた…
ふらふら歩いていると前から秋風が走ってきた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ、疲れただけ。お前こそ気分悪くしただろ?ごめんな。」
「大丈夫よあれぐらい。それよりお兄ちゃん今日は泊まっていくよね?」
「ん?ああ帰るの面倒だし、ここから直接学校いくよ。」
秋風はにっこり笑った。
「久しぶりに一緒に寝ようよ。」
「ああ、ベッド向こうに持って行ってるしそうする。」
ここに住んでいたときはよく秋風と一緒に寝ていた。
双子だからだろうか、一緒にいると落ち着くことがおおい。
「じゃあ、早く夕飯たべちゃお。ヨシがねお兄ちゃんきてるからってすごい豪華に作ってるんだよ。」
秋風は俺の手を引きながら食卓のある部屋に向けて走る。
いつもは父さんもこの家にいることが少ないから、秋風は一人でご飯を食べているのだろう。
久しぶりにみんなで食べるご飯を楽しみにしていたことだろう。
とってもうれしそうに笑う秋風を数年ぶりに見た。
その日の夕飯は秋風の言うとおりかなり豪華だった。
俺と秋風と父さんの3人で食卓を囲み、他愛ない話をいっぱいした。
楽しい時間はあっというまに過ぎてしまう。
もう時計は11時を回っていた。
今頃、仲春は一人で消失しているのだろうか、そんなことを考えると胸が痛むが、休みを取っている分楽しまなくては。
ちなみに今日の仕事は七夕に「なんでも言うこと聞く券」3枚で代わってもらった。
ちゃんとうまくやってるかな。
「お兄ちゃん。」
横で寝ている秋風に声をかけられる。
「ん?」
「お兄ちゃん最近学校で楽しそうにしてるよね。」
「そうか?」
「うん。今までは教室覗いたらいつも寝てたけど、最近はいつも後ろ向いて話してる。」
「そうかもしれん。」
「仲春さんだよね。クロノスに時間とられちゃったっていう子、えっと、氷姫。いいな~。」
「なんだ、お前仲春と話したいのか?」
「うーんそれもそうかもだけど、今のはね、お兄ちゃんといっぱい喋れていいな~っていういいななの。」
「学校ではあんまり喋れないもんな。」
「うん。」
「でも1日は24時間がいいな。」
「そうか?1時間ならそんなに変わらないと思うがな。」
俺は心の底で少し思っていたことを秋風に話す。
秋風はソレを聞くと、暗くて分からないが少し顔つきが変わったような気がした。
「時間とかあたりまえなものの大切さって、失わないと気づけないよ。」
それだけ言うと秋風はスースーと寝息を立て始めた。
俺もそろそろ寝るか。
「おやすみ、秋風。」
おやすみ、といってからまもなく俺は眠気にやられた。
「おやすみ、お兄ちゃん。」
少し赤の入った髪の少女は、横で兄が寝たのを確認してから1つしか針の無い時計をポケットから取り出す。
「まだ“3”だね。」
時計から視線をはずし、横の兄に向ける。
「私は、もう何も失いたくないよ。」