失ってはじめて気づくもの…
午前8時。
いつもどおり眠い目をこすって1-2の教室へ入り、何人かと挨拶を交わし窓際前から2番目の席へつく。
かばんを机の横にかける。
ここまではいつもどおり。
いつもなら、ここで寝てしまうところだが、俺は後ろを向いた。
「仲春、おはよう。」
机に伏せて寝ていた仲春が顔を上げる。
「燕去…おはよう。」
このクラスになり2ヶ月、この席になり1ヶ月、はじめて仲春と朝の挨拶をした。
別に意識して挨拶をしていなかったわけではないが、俺が教室に入り仲春を見つけるとすでに寝ている。
寝ている人をわざわざ起こしてまで挨拶をしようとは思わなかったから、2ヶ月間「おはよう」とはいえなかった。
おそらく、俺が先に教室に来ていても、仲春も同じようなことを考えるだろう。
「クマすごいぞ。」
女子にそんなことを言うのはよくない、とうるさい女子に言われたことがあるが、仲春はおそらく怒らないだろう。
「…燕去もね。いつもだけど。」
「ああ、お前もいつもだったな。」
そんなくだらない会話をする。
「今日はまだましよ。一時間寝れたもの。」
仲春が言う。
「俺は残念なことに20分ぐらいしか寝てないな。」
「20分ってなにしてたのよ。」
俺達が朝方解散したのが4時ちょうどだった。
俺はそれから、帰宅してから実家にいる妹に連絡をとりクロノスに関わる書物を探してもらっていた。
7時まで探して成果が得られなかったため、なんかプライド的なもので言いたくない。
「お前は何してたんだよ。」
「私は、帰って寝て起きただけよ。」
「じゃあ、何で一時間なんだよ。」
「私は寝る時間が何時でも6時に起床って決めてるのよ。」
「嘘だ。」
「…嘘よ。実家に連絡してちょっと探し物を頼んでたのよ。」
バツが悪そうに仲春は視線をそらす。
おそらく契約者のことでも調べていたんだろう。
それで…
「成果は?」
「…無かったわよ。」
ちょっとふてくされながらそう言った仲春をみて自然に笑ってしまった。
「燕去はなにしてたのよ!?」
「うっ。俺は…クロノスのことを調べてて…」
仲春がにやっとしたのがわかった。
「成果は?」
「ありません。」
仲春も笑い出した。
周りの目線がなんやら痛い。
クマのある二人が朝っぱらから笑ってるのはシュールすぎただろうか。
その後のことはまったく覚えていない。
いや、気づいたら昼休みだった。
「つーばめさーりくーん。」
その能天気な声で俺は起きた。
「ん?」
少し赤の混じった髪の毛をした女子生徒が俺の前の席に座り、こちらを見ていた。
前の席の少年は学食にでも行っているのだろうか?
「木染か…なんだ?」
「いや燕去に渡したいものがあったから来たんだけど…」
こいつは木染秋風、鳴神と同じクラスだ。
「なんだ?」
「ん。じゃ、あたしは渡したからね~。」
木染は俺に茶封筒を渡すと、すたすたと教室から出て行った。
「それなーに?」
後ろの席の仲春が若干不機嫌気味に聞いてきた。
「なんだと思う?」
正直に言うのがなんかもったいなく感じたので、そう聞く。
「ラブレター」
「はっっ。」
予想はずれもいいところだろ。
「あたり?」
仲春は真顔で聞いてくる。
「いまどきラブレターって…ラブレターを茶封筒で渡すやつなんか俺は見たこと無いぞ。」
「私はラブレターを渡すやつ事体をみたことないけどね。」
「ごもっとも。」
「で、それ何?」
「んー。」
「言いたくないならいいや。…燕去って女たらしだったんだね。」
仲春がそっぽ向いてつぶやく。
「なんで?なぜに?WHY?」
俺は真剣にわからなかった。
女にもてないって言いたいわけではないが、正直女は苦手なほうだし。
「だって、いつも放課後になると燕去の机囲むやつらでしょ、涼暮さんでしょ、今の子。ほら。」
仲春が指を折りながら言う。
俺は女たらしじゃねぇな、と自分で思った。
「…机囲むやつらは迷惑だろ、鳴神は幼馴染だろ、今のやつは…」
「今のやつは?」
あんまいいたくないってか、言わないほうがいいんだろうけど…。
「まあ…お前ならいいや。木染…秋風は俺の妹だ。」
「おもしろくないわ、その冗談。」
ちょっと怒った顔で返された。
「いや、一応マジなんだけど…」
「妹がなんで同じ学年なの?妹がなんで違う苗字なの?妹となんで苗字で呼び合ってるの?妹だってなんでみんな知らないの?最初と次のは双子、離婚とかでわかるけどその後のはおかしいと思うわね。」
「まあ、一個はあってるな。双子だから同じ学年だ。」
8月1日生まれの二卵性双生児だからな。
「ふーん。苗字が違う理由は?」
「8月の契約者は“燕去”なわけだが、燕去は母方の姓でな。俺は燕去を名乗らなきゃいかんわけだが、妹は普通に父親の姓をなのってるわけだ。」
「じゃあ、なんでわざわざ苗字で呼び合ってるの?」
「学校でだけだ。学校では名前で呼ぶほどの仲じゃないんでな。それと、わざわざ言いふらしたいわけじゃないから、隠すのにちょうどいい。」
「…まあ、信じてもいいわ。」
仲春がちょっと下手にでた。
「まあ事実だからな。」
「じゃあ、妹からラブレターをもらったわけね?」
「ちっげーよ。これはあれだよ。実家で調べてもらったクロノスの書類だよ。出てきたみたいだな。」
俺はその茶封筒をん、と仲春に突き出す。
「クロノス…わざわざありがとう。」
「協力関係だからな。この分ちゃんと働けよ?」
仲春はうれしそうに茶封筒を受け取り、にこっと笑った。
「まかせてよ。」