推しの死神
【短編】【青春】【初投稿】
推しが解散してしまうという悲しいジンクスを持った男子高校生の成長物語です。
高校の文化祭翌日の放課後、僕は友達からの遊びの誘いを断り、一人校舎裏のゴミ捨て場へ向かっていた。ふと前方に知っている顔が見えた。僕は見つからないように校舎の壁を向きスマホをいじるふりをした。幸い、会話に夢中だった彼らは、何事もなく通り過ぎていった。僕はほっと息をつき、両手で鞄を抱え直した。鞄の中に入っているのは、今話題の女性アイドルグループ「曲がり角で恋し隊」のライブグッズだ。
『曲がり角で恋し隊からファンの皆様へ大切なお知らせ』という動画が公式サイトで公開されたのは昨日の夕方のこと。「まさか…」と背筋が凍った。震える手でスマホをタップすると、年末で解散することを伝える「マガコイ」のメンバーの姿があった。
彼女たちのライブに初めて行ったのは今年の夏、体調を崩した友達にチケットを譲られたのがきっかけだった。そこそこ知名度のあるグループなのだから、他のファンだと明言している人に渡しても良かったと思うが、どうやら前々から気になっていたのがばれてしまったのだろう。隠していたつもりだったのに・・・。
――[推し]は作らないようにしよう――
そう決心したのは中学一年生のときだった。その頃の僕は、ファンクラブに入る等の[推し活]を始めると、直後にそのグループが解散するという現象が頻発していた。アイドルだけではない。アニメの主題歌をきっかけに好きになったロックバンドも解散し、グループはおろか、ドラマを見て好きになった若手女優も電撃結婚して引退した。
――まるで[推しの死神]だな――
いつしか仲間内でそんなことを言われるようになった。「お前が好きになると解散しちゃうからやめてくれよな」と、あいつらは冗談で言ったつもりのようだったが、僕はひどく傷ついた。好きになったのに解散するのは本当に悲しい。もうそんな思いをしたくないから、僕は[推し]を作ることを辞めた。
高校に進学すると、その頃の仲間とも離れ人間関係が一新したので、僕のその過去を知る人はいなくなった。僕の高校生活は平穏そのものになるはずだった。
マガコイのことは音楽番組やネット動画を見てずっと気になってはいたが、推し活をしないと決心した僕は、手を出さずにいた。そんな中で来たのが、あのライブの誘いだった。どうしてあの時、友達の誘いに乗ってしまったのだろう・・・。久々に訪れたライブ会場はファンの活気で溢れていて、何よりステージ上の彼女たちはこれまでに見たことのないくらい、とても輝いていた。あんな素晴らしいステージを見せられて、好きにならないほうがおかしい。
僕は迷った。でも彼女たちの仲睦まじい姿を目の当たりにして、「きっとこの子たちなら大丈夫だ」、そう思って、僕はファンクラブに入会したのだった。それなのに・・・。
校舎裏は全く人気が無かった。ゴミ捨て場には文化祭での片付けで出たゴミが、スペースに収まりきらずに溢れかえっていた。僕は鞄からマガコイのライブグッズを出した。本当は家で捨てたかったのだが、母親に見つかると色々と面倒なので、わざわざここまで来たのだ。手元を見ると、楽しかった夏のライブが思い浮かぶ。でももう、あの日には戻れない。鞄の中からグッズを取り出し、手前にあったゴミ袋の中に押し込もうとした。
「待って」
突然の声に驚き、僕は手を止めた。声の聞こえた方向に目をやると、そこには女子生徒が一人立っていた。全く面識の無い人だ。ブレザーのバッチを見ると、青色だったので三年生で、先輩だということが分かった。
「それ、マガコイのグッズだよね?」
その言葉にハッとして、まだ手に持っていたライブグッズを後ろ手に隠した。
「捨てちゃうの?」
頭が真っ白になり、何も言えずに俯く僕に、先輩は柔らかい口調で話を続けた。
「捨てちゃうくらいなら、私にくれないかな?」
予想外の言葉に、僕は顔を上げた。
「・・・なんで、ですか?」
「別にいいじゃない。いらないんでしょう?」
先輩はゆっくりと僕に近づき、手を差し出した。
「いや、でも・・・」
「駄目なの?」
「駄目じゃないけど・・・」
まごまごする僕に、彼女は痺れを切らした。
「もう、はっきりしないなぁ」
「だ、だっておかしいから・・・」
「おかしい?」
「解散するアイドルのグッズを欲しがるなんて、どう考えてもおかしいじゃないですか」
咄嗟にそう言ってしまい、自分の言葉ながらひどく悲しくなった。しかし先輩を見ると、僕と同じくらい悲しい顔をしていた。
「そうだよね。おかしいよね・・・」
その言葉を聞いて、先輩を傷付けることを言ってしまったことに気づいた。
「あ、あの、ごめんなさい」
「ううん、いいの。本当のことだもの」
「単純に疑問に思っただけなんです。なんでそんなに欲しがるのかなって」
僕の必死の弁解を受け、先輩は少し考えるそぶりをした。
「・・・誰にも言わない?」
ふと真剣な顔をした先輩に、少しドキッとした。
「は、はい」
「私ね、解散したアイドルしか好きになれないんだ」
その先輩の言葉を理解するのに時間がかかった。解散したグループを?そんなことってあるのだろうか・・・。なかなか喋り出さない僕を見て、先輩はポケットから何かを取り出して見せた。
「あっ・・・」
それは僕の人生初の推しであるストロベリー☆ジャムズのキーホルダーだった。
「知ってる?」
「え?ええ、まぁ」
明らかに動揺を隠せていないのに、素っ気ない返事をしてしまった。それに気づいていないのか、先輩は話を続けた。
「二~三年前に流行ってたらしいよ。クラスの友達が皆こぞって推してたんだけど、私はいくら勧められても全然興味が持てなくてね・・・。気づいたら解散してた」
そう、忘れもしない。ストロベリー☆ジャムズは僕がファンクラブに入会した翌日に解散を発表したのだ。僕は悲しみや憤りをどこにもぶつけられずに、しばらく悶々とした日々を送ったのだった。
「そのうちストロベリー☆ジャムズの話を誰もしなくなったから、私は彼女たちのことなんてすっかり忘れてた。でもその年の年末に、テレビで彼女たちのドキュメンタリー番組の再放送をたまたま見て、そこで初めて好きになったの」
「ずっと興味無かったのに?」
「不思議だよね。それまで何も感じなかったのに、急に輝いて見えて、よく友達が言ってた[尊い]って言葉の意味もすごく分かるようになった。それからCDもDVDも買って、グッズも集め出したの」
「それから、他のアイドルも?」
「うん。ストジャム関連で他の解散したアイドルも知って、見るたびにハマっていった」
先輩が上げた様々なアイドルの中には、かつての僕の推しもいた。たった数年前のことなのに、とても懐かしく思えた。それと同時に、ほろ苦い記憶も蘇った。僕は手に持っているものを握り直すと、ふとこの会話のきっかけを思い出した。
「それで、マガコイにも興味が出てきたんですか?」
「そういうこと。でもまだ解散する話を聞いて、ハマるかもなって思ってるだけだけど」
彼女はそう言って微笑んだ。その笑顔がとても眩しく見えた。
「・・・羨ましいです」
「え?」
「僕、好きになったグループが、すぐ解散しちゃうんですよ。先輩みたいに解散した後に好きになれたら、悲しい思いをしなくて済むじゃないですか。だから、すごく羨ましいです・・・」
唐突に長い間抱えていた秘密を暴露してしまった。でも本当に、心の底からそう思ったのだ。
「すごい才能だね」
しかし僕の気持ちとは裏腹に、先輩は意外なことを言い始めた。
「アイドルってね、解散する直前が一番輝いて見えるんだ。ほら、部活でもずっと補欠だった三年生が、引退前の最後の試合で自己ベストを出したり、ホームランを打ったりするのってよく聞くでしょ?きっとあれと同じだと思うの」
「はぁ、そうなんですか?」
「私はその輝きを見て好きになるんだ。でも私がそれに気づくのって解散した後だから、君みたいに先見の明があるのが、すごく羨ましいな」
先輩の不思議な話を聞いているうちに、何故僕が今まで推したアイドルやグループが解散していったのか、謎が解明されていく気がした。マガコイもストジャムもあの時輝いて見えたのは、先輩の言う《解散前の輝き》だったのだろうか?
「DVDでいつでも見ることは出来るけどさ、リアルタイムで見てみたかったなって時々思うよ」
先輩は少し寂しそうにそう言いながら、ストジャムのキーホルダーを眺めた。ストジャムは解散発表後、ライブもイベントも行わないまま解散の日を迎えた。
そんな苦い記憶を思い返すうちに、僕はある、とても重大なことに気がついた。
「あ、あの」
「ん?」
「マガコイのグッズ、やっぱり渡せないです」
「どうして?」
「マガコイは、まだ解散していないからです」
昨日公開された動画の中で、彼女たちは解散前最後のライブを開催すると発表していた。「楽しみにしていてね」「また会場で会おうね」、そう笑顔で語りかける彼女たちを思い出し、解散するという事実にしか目を向けていない自分に気がついた。そうだ、マガコイはまだ終わっていない。僕は最後の瞬間まで推さなければいけない、いや推したいと思い直したのだ。
「・・・そっか」
初めて強気に出た僕を見て、先輩は納得したような表情を浮かべた。
「もし推すの辞めたら、譲ってね」
はい、と返事をしようとしたが、飲み込んだ。今までと同じように解散したら推すのを辞めるかもしれない。でも解散したからといって、推してはいけないわけではない。それは先輩が教えてくれた。もしかしたら僕は生涯マガコイを推し続けるかもしれないから、先輩からのお願いに簡単に返答は出来なかった。返事の代わりに僕から先輩にお願いをした。
「マガコイの最後のライブ、配信もするので良かったら見てください。すごくいいので」
先輩は不意を突かれた顔をしたが、すぐに微笑んで頷いてくれた。
僕は先輩に会釈をして、ゴミ捨て場を後にした。校門を出ると、とても清々しい気持ちになり、僕は胸を張った。手に持ったマガコイのグッズをしっかりと握り直すと、夕焼けでオレンジに染まる通学路を小走りに駆け抜けていった。
END




