置き配
仕事から帰ってきたらポストに宅配便の不在通知が入っていた。
差出人は母のようだった。
「何か送ってくれたのかな」と思いながら、不在通知に印刷されたQRコードを読み取り再配達を依頼した。
時間は、20時から21時の間を指定した。この時間なら多少仕事が遅くなっても家にいるだろうと思った。
その日はそのまま眠った。
翌日
早めに帰るつもりが少しばかり仕事が長引いたので、帰ってきたのは19時40分ぐらいになった。本当ならもう少し早く帰り着いて、風呂に入って飯でも食いながら再配達を待っていようと思った。
着替えだけ済まして、コンビニで買ってきた弁当を温める。
冷蔵庫からノンアルコールビールを取り出し、弁当と一緒にリビングのローテーブルに座って野球中継を見ていた。
しばらくして贔屓のチームが9回の裏サヨナラのチャンスだったところで、中継は打切りとなってしまった。
「最近は中継の延長減っちゃったもんなぁ」
ひとり愚痴を言って、スマホアプリの一球速報での観戦に切り替えた。
それから間も無くして、贔屓のチームは得点を挙げられず、負けてしまった。
負けた悔しさで胸がもやもやしてしまう。
あーあそこで一本出てればなあ、あそこで打たれなければなぁ、と考えたところでふと思い出した。
荷物が届いてない
時計の針もすでに約束の時間を過ぎていることを表している。
誰もこなかったよな………
とは思いながらも、そんなに夢中で見てたつもりもないし、最近は配送業も人手不足で大変らしいし、そのうち届くだろうと思い直して風呂に入ることにした。
風呂から上がって、念の為ポストを見に行った。
また不在通知が入っていた。配達時間は俺が風呂に入っている時間だった。
こちらの指定時間が過ぎていたとはいえ、申し訳ないことをしてしまった。
ただ、音なんて一切しなかったと思う。
風呂に入っている間にチャイムの音は聞こえなかったし、ひょっとして聞き逃したのか?
そう思うことにして、また再配達の依頼をすることにした。
しかしー
次の日も、そのまた次の日も、再配達を依頼するたびにニアミスが続いた。
こんなことあるか……?
そこで、おかしなことに気づいた。
依頼していない時間や自分が確実に在宅中の時間にも、不在通知が届いている。
昼間、仕事で外に出ている間に――だけではない。
ある晩は、夜中の二時。
そして、極めつけは、自分がリビングでテレビを見ていた時間帯に、来ていることになっている。
チャイムの音も、ノックもされていない。
さすがに我慢できず、配送会社に電話した。
『はい、〇〇宅配便カスタマーセンターです』
「あのー、不在通知が入っていた荷物、何度も再配達をお願いしてるんですが、ニアミスしてしまっているみたいで全然受け取れないんです。配送IDは×××-×××です。えっと、置き配でも構わないです。玄関前に置いてくれればいいので、もう一度配送してもらえませんか」
『かしこまりました。IDは×××-×××ですね? 確認しますので、少々お待ちください』
保留メロディが電話越しに聞こえる。
受取人が置き配でも構わないと言えばきっとその通りにしてくれるだろう。
-
-
しばらく待つことになった。すぐに手続きしてくれるものだと思ったが、思っていた以上に遅い。
ひょっとして、クレームと思われてるのか?
-
-
保留メロディが鳴り止み、オペレーターは保留時間が長かったことを詫びた。
それから「大変申し上げにくいのですが……」と申し訳なさそうに言った。
『そのIDでのお荷物は弊社ではお預かりした記録がありません』
――え? じゃあこの不在通知は?
改めて手に取ると、そこに書かれたロゴは、見たことのないデザインだった。
――ただ、最後の行だけが黒々と浮き上がるように見えた。
-本日、確かにお伺いしました-
母はこの会社の宅配便しか使わないからてっきりここだと思い込んでいたけど……
じゃあ、この不在通知は一体どこから……
「すいません、こちらの勘違いだったようです……」
電話を切った。
なんだか気味が悪い。
母に確認を取ろうと思って、LINEでメッセージを送った。
『久しぶり、母さんは元気? そっち、寒くなってきた?』
『元気だよ。あんたは?仕事忙しいでしょ』
『まあね。最近ちょっと帰りが遅くてさ』
そんな世間話を数往復。
それから、ためらいながら切り出した。
『そういえば、荷物ありがとう。まだ受け取れてないんだけど、何が入ってる?』
『何も送ってないよ』
『え? 母さんじゃないの? 配送業者はいつも使ってるとこから変えたでしょ? 何度も不在通知が入ってて』
『本当に送ってないって。配送業者もいつものとこ以外使わないし。そもそも、なんで私?』
『わかんない……。なまものとかじゃないよね? 何日も受け取れてなくて』
『だから送ってないって。ちょっと怖いんだけど、それ』
『それならいいんだ。またね』
何が何だか分からなくなった。
荷物は届かず、不在通知だけが入っている。
でも、誰が送ったかもわからない。
荷物があるのかすらわからない。
………
もうこの話は忘れよう。
きっと手の込んだいたずらなんだろう。
きっと
そのはずだ
-
-
-
――数日後の夜。
仕事から帰り、マンションの廊下を歩いていると、玄関の前に小さな段ボール箱が置かれていた。
送り状には、確かに母の名前。
段ボールには、「置き配指定済み」のシールも貼られている。
「やっぱ送ってくれてるじゃん……」
ほっとして荷物を抱えて玄関に入り、段ボールを開ける。
中には、缶詰やレトルト食品など、日持ちする食材がぎっしり詰められている。
その中に、手紙が入っていた。
『この前LINEくれてたとき、すごく疲れてるみたいだったから、食べ物を送ります。
元気出してね』
母さんの心遣いが身に染みる。
コンビニ飯ばかりだと食費がかさむからありがたい。
-
-
――え?
この荷物は間違いなく母からの荷物だ。
ただ、この文面はおかしい。
日付があのLINEの翌日になっている
じゃあ……届いていた不在通知は?
ぞわり、と背中に寒気が走った。
いや、あれはいたずらだったんだ。もう考えるのはよそう。
届いた荷物はそのままに、リビングに入る。
――足が止まった。
何が起きているのか意味が分からなかった
ローテーブルの上に、段ボール箱が置かれていた。
受け取っていないはずの段ボールが置かれている
段ボールの表面には、赤い太字でこう書かれている。
「置き配指定済」
その横には、一枚の紙。
あの不在通知だった。
そこには赤いペンで、こう書かれている。
「お受け取りありがとうございます」
「またお伺いします」
書いてるときは怖いと思ったんだけどね……