日傘の女
大学入学で故郷を離れ、遠く都会のアパートで独り暮らしを始めた。
そして初めての夏休み。
私は生まれ育った実家に帰省した。
その日の夕暮れどき。
陽が傾いて涼しくなったので、私は懐かしさもあって、久しぶりに家の近所を散歩した。
そこはずいぶん辺ぴな田舎にあることから、民家はまばらにしかなく、私のように歩く者はほとんど見かけなかった。
周囲の懐かしい景色を楽しみながら田んぼや畑の間の細い農道を歩き進むと、やがて子供の頃によく遊んだ神社の鳥居が見えてきた。
神社へと続く道路を歩き進む。
すると参道の木々の下、日傘をさした女の人が向こうから歩いてきた。
日はもう陰っている。
なのに日傘を……。
そんなことを思いながら女性を見ていた。
顔は傘の内で見えなかったが、その着ている服装からして、これから夜の水商売の仕事にでも出かけるように見えた。
女性とすれ違った。
若くて美しい人だった。
少し進んで振り向くと、なぜかもう日傘は見えなかった。
境内を散策していると、神社の裏手からいきなり女の子が飛び出してきた。
思わぬことに私は驚いたが、女の子もびっくりした表情で立ち止まった。
一人である。
女の子が問うてきた。
「母さん……ううん、日傘を持った女の人を見ませんでしたか?」
女の子がそう言ったとき、女の子が飛び出したところに子狐が顔を出した。
子狐は三匹いた。
女の子はあわてた様子で三匹に走り寄り、子狐たちを神社の裏に追いやった。それから私に向かってペコリと頭を下げ、自分も子狐たちのあとを追うように姿を消した。
このとき私はすべてを悟った。
あの女の子は狐の化身。そして先ほどすれ違った日傘の女性もやはり狐で、きっとあの子たちの母親なのだろう。
私は何も見なかったことにした。
散歩からの帰り。
私はできることならもう一度、あの日傘の女性と出遭ってみたいものだと思った。