93.過去からの解放
ラウディはお返しと言わんばかりにまた俺の額へ口づけてから、静かに語り始めた。
「精霊たちは緊急事態だと察して、僕たちを止めにやってきた。彼は最後まで抵抗していたけど……その時に言われた。嘘つきって。確かに力を手に入れられる宝珠だと話してしまったけど……それはハルのように運命の三女神に認められた精霊使いだけ。僕の説明が足りなかったせいで彼は……」
「それは、ラウディのせいじゃない。色々な行き違いがあった結果だ。確かに、決まり事を破ってしまったラウディの行動は良いとは言えないかもしれないけど……だからといってその人間がラウディに怒りをぶつけるのは間違ってる」
俺だっていつも色々なもやもやを抱えて生きているし、態度だって決していいものじゃない自覚はある。
だけど、仮にも心を通わせた相手を傷つけてもいいということにはならないはずだ。
その愛情が嘘だったとしても、きっと全てが嘘だった訳じゃないだろうから――
「ありがとう、ハル。僕はその時も力を暴走させてしまって……イアリスに気絶させられた後、落ち着くまではと言われて暫く反省の意味も含めて精霊界唯一の独房に入れられていた。でも、その程度で済んだのはみんなのおかげ」
「そうなんだ。それで……その彼は?」
「精霊使いの力を奪われて、強制的に人間界へ送り返された。最終的には記憶も消されて人間界で裁きを受けて何年も牢屋に入れられることになったらしい。そこで、息を引き取ったって聞いた」
「そっか……ラウディも引き離されたから、最後どうなったかは聞いただけなんだよな」
ラウディは静かに頷く。要は裁判にかけられて罪を裁かれたあと、独房で……ってことだよな。
でも、精霊界にとっては禁忌を犯したわけだから罪になるのは当然だろうな。
ラウディは、裏切者呼ばわりされた挙句に強制的に引き離された訳だから……それが原因で誰も信じられなくなったってことだよな。
「ラウディ、すごく辛いことなのに教えてくれてありがとうな。俺、なんて言葉をかけていいか分からないけど……」
「気にしないで。ハルは本当に何も悪くない。僕の心が弱かっただけ。だから……ハルは悲しそうな顔をしないで?」
ラウディの手が俺の頬へ触れる。ラウディの体温がやっと戻ってきたみたいだ。
俺は恥ずかしいけど甘えるように頬へ頬擦りしてみた。
「ふふ……慰めてくれてるの? ありがとう。もう、大丈夫。ハルに話せて……良かった」
「そっか……俺も聞けて良かった。ベルの音を聞いたら、そりゃ思い出しちゃうよな。でも、ラウディの周りにはラウディのことが好きなみんながずっといてくれたんだよな」
「そう。今まで分かっていたのに……ずっと過去に捕らわれたままだった」
「大丈夫。精霊様たちもみんな分かってるから、今までそっと見守っていてくれたんだろうし。これからも無理しないでラウディらしくいればいいと思う」
必死に笑って見せると、ラウディも目元を緩ませて微笑んでくれた。
その微笑みは、とても晴れやかなもので……優しい木漏れ日とともにラウディの美しさを際立たせていた。
俺の身体は自然とラウディへ近づいて、気付いた時には唇同士が触れ合っていた。
唇が甘いって聞いたことはあるけど、確かにそんな気もするから不思議だ。
いつの間にか、キスへの抵抗感がなくなっていってないか?
慣らされていく自分が怖い。だけど、ラウディと心を通わせるのは嫌じゃない。
それだけは、はっきりと言える。
「僕ももっとこうしていたいけど、きっとみんな待ってる。みんなのところへ戻ろう」
「そうだな。俺も精霊使いとして使命を果たさないとな」
二人で立ち上がり、頷き合う。
手を繋いだまま神殿の前へ戻ると、精霊たちとカティが俺たちを待ってくれていた。
「全く、いつまで待たせるつもりだ?」
「レリオル、分かりませんか? ハルとラウディの表情が晴れやかなのは、きっと良い方向へいったということです。こんなに喜ばしいことはありません」
イアリスがアウレリオルを説得すると、アウレリオルもこほんと咳払いをして説教をすることを諦めてくれたみたいだ。
シアンがこれだから光の精霊はお堅すぎるんだと余計なことを言って怒らせているところも、相変わらずだよな。




