91.帰還
俺たちは祈りを捧げてエーテルヴェールへ戻ってきた。
俺は手に持ったままの恵みのベルを見つめる。
女神はこれを鳴らせって言ってたよな?
「ほら、ハル! 鳴らしちゃってよ!」
「もうちょっと言い方……まあいいか。じゃあ……」
俺がベルを振ると、涼やかで心地よい音色が神殿内に響き渡る。
その音はベル一つだというのに、幾つもの音が重なっているような、歌をうたっているような感じもあった。
ベルの音が鳴りやむと同時くらいに、心地よい音色を聞いて駆け付けた精霊たちが続々と現れた。
「まさか、恵みのベルを手にして戻ってくるとは……我らの力が必要ということか」
「お帰りなさい、運命の三女神に愛されし精霊使いよ。私たちは貴方を歓迎しますよ」
アウレリオルとイアリスが現れて、俺とカティの為に道を示してくれる。
二人でゆっくり神殿を歩いていくと、今度はウィンとシアンが目の前に現れた。
「オレたちはいつでもあなたの味方です」
「俺様の力はあんたに預ける。いつでも好きに使ってくれ」
精霊たちの雰囲気が普段と違っていて、緊張してきた。
隣にいたカティの方が落ち着いているくらいだ。
神殿を出ると、ラウディとヴォルカングが俺たちを待っていてくれた。
「俺っちにとっては残念すぎる結果だ。だが……恵みのベルを授けられた精霊使い、ハルに従う」
ヴォルカングは悔しそうな顔をしていたけど、恵みのベルはこれほどまでに影響力があるものなのか。
カティがヴォルカングの元へ走っていくと、ヴォルカングはカティを抱きとめる。
そして、俺の前にはラウディが立っていた。
「ラウディ……ただいま」
俺はなるべく笑顔を作って話しかけたけど、ラウディはどこか顔色が悪かった。
しかも、小刻みに手が震えている気がする。
「ラウディ……?」
「……っ」
ラウディは何かを我慢しているように見えた。俺を拒んでいるというよりは、ベルを拒絶しているような……そんな感じだ。
「……カティ、悪いけどこのベルを持っててくれるか」
「ええっ? ちょっと、ハル! こんな大切なものを渡されても困る……」
俺の表情に押されたのか、カティはヴォルカングの腕の中で分かったと頷いてベルを受け取ってくれた。
俺は震えるラウディの手を取って、一旦神殿を離れてラウディが落ち着けそうな木の下へ連れて行く。
「ラウディ、大丈夫か?」
「ハル……」
ラウディは少し息を吐き出してから、俺のことをぎゅうっと抱きしめてきた。
いつもより冷たい体温だし、今も少し震えている。
「もしかして、あのベルのせい? ごめんな、怖がらせて」
俺が言うと、ラウディは俺の肩の上でふるふると顔を振って甘えるように顔を寄せてくる。
不安が少しでも取り除けるように、俺は何度もラウディの背中をなでてやった。
「違う、ハルが悪い訳じゃない。ただ……昔のことを思い出した」
「昔って……」
「僕が、裏切られたこと」
その一言でようやく理解した。恵みのベルをその時に使ったかどうかは分からないけど、ベルの音のせいでラウディの過去のトラウマを引っ張り出してしまったらしい。
ラウディはきっと、俺のことを喜んで迎えたかったんだろうけど……トラウマが蘇ってしまって、今ものすごく戦っているんだな。
「運命の三女神に出会ったときに、エーテルヴェールへ戻ったらベルを鳴らせって言われたんだ。だけど、それがラウディにとって辛いことだったなんて……本当に、ごめんな」
「ハル……ハルは優しい。だけど、僕はハルのために乗り越えると決めた。だから……きちんとハルに話す」
「ラウディ……分かった。一旦、座ろう。でも、無理だと思ったらいつでもやめていいからな」
「分かった。ありがとう、ハル。それと……おめでとう」
ラウディはようやく少しだけ微笑んでくれて、俺の額にキスをしてくれた。
ずっと褒めてくれようとしてたんだと思うと、心の中がほんのり暖かくなった。




