60.嵐が来る
あれから数日は何事もなく、お手伝いに励んで金貨を貯めて少しずつ育成していた。
ラウディとも友人として良い関係を築けてきたと思う。
他の精霊たちとも変わらず会えば世間話をするような適度な距離感で接してきたし、何かに巻き込まれることもなく順調に進んでいたはずだった。
今日も爽やかな目覚めのはずだったのに、俺の平和は扉を叩く音でかき消される。
「また、朝から誰だよ……」
目を擦りながら扉を開けると、ひょこっと可愛らしい顔が扉から現れた。
俺にとっては全く可愛らしくない顔だが、本人的には可愛いと思っているのだろう。
「ハル、大変だよ! もうすぐ嵐が来るって、レリオル様が」
「カティか……え、嵐?」
嵐と言えば……最後の中間報告イベント前の意地悪なイベントだったよな?
ここできちんと対策しておかないと、育成したはずの木が枯れてしまって精霊たちの好感度が大幅にダウンするイベントだ。
「ちゃんと伝えたよ? じゃあ、ボクはもう行くね。ルカンとレリオル様に樹を守ってくださいってお願いしに行かなくっちゃ!」
カティは伝えることだけ伝えて行ってしまった。これも本来はライバルが伝えに来るイベントなはずだから、俺目線では立場が逆転しているのだろう。
「そんなことより、俺も対策しないとマズイ。ここまで折角育てたのが水の泡になる」
俺は急いでご飯を食べ、支度をしてから紫のリュックを背負って迷わずアイテム屋のワンダーへ向かう。
この時期限定の恵みの樹を保護するアイテムが売ってるはずだ。
「商人さん、おはよう」
「おはようさん。もしかして、嵐の話を聞いて来てくれたんか?」
「はい。恵みの樹を守らないといけないので」
「それこそ、ハルが自分でやらんと精霊様の力を借りた方がええやろ? 嵐はすぐそこまで来てるはずや」
紫の商人は心配してくれてるみたいだけど、俺は首を振る。
ここまで均等に力を注いできたんだ。力のバランスを崩す訳にはいかない。
嵐が来る前に作業を終わらせてしまえばいいだけだ。
「大丈夫。最近作業も慣れてきたんで」
「分かった。無理だけはしないようにな。じゃあ、保護アイテムのセットを特別価格で。ついでにコレ、着とき」
透明のレインコートらしきものを渡される。ゲーム世界にもちゃんとあるんだな。
制服のままでやるといざ降ってきたときにずぶ濡れになるかもしれないもんな。
保護アイテムのセットを受け取り、順番にリュックへ詰めていく。
ブルーシートやロープ、軍手など樹を保護するためのアイテムがちゃんとセットになってるらしい。
金貨を支払って、急いでリュックを背負い直す。
「じゃあ、急ぐので」
「ああ、気ぃつけてや」
アイテム屋から出て、真っ直ぐ恵みの樹の広場へ向かう。
そこにはカティがいて、ルカンと話していた。
「ハル?」
「はあ? お前、嵐が来るってのになんだよその大荷物」
「どうも。これから作業するので、あまりお話する時間はありません。すみません」
俺は一応断ってから二人を無視してリュックを下ろして作業を始める。
まずは恵みの樹が倒れないように支えた方がいいよな。
「あ、そうか。俺の身長じゃハシゴがないと届かないよな」
「ハシゴ? あ、もしかしてあのボロボロの木でできたのかなぁ?」
「あのきったねぇヤツか。この辺りにあっても見栄えが悪いと思って、捨てちまったっけか」
は? 用意されてたハシゴを捨てた?
こっちは急いでるっていうのに、こいつら……。
だが、古くなっていたのは確かだ。俺も見かけた時年季が入ってるなとは思った。
「すみません、ヴォルカング様。そのハシゴはどちらへ?」
「はぁ? 忘れちまったよそんなもん。それより、お前もさっさと誰かに頼んだ方が……」
俺は意見を無視してヴォルカングに近寄る。カティも何か言いたげだったけど、今はそれどころじゃない。
時間を無駄にするわけにはいかないんだ。




