57.混乱した時の癒し
暫く抱きこまれたまま、あやすように背中をぽんぽんと叩き続ける。
いつになったら解放してくれるのか分からない。
「これがお礼になる訳? よく分かんないけど、落ち着いた?」
俺が話しかけると、改めて顔を覗き込まれた。
相変わらず表情は見えづらいけど、髪の間から見える表情は憂いているのに少し嬉しそうにも見えるから不思議だ。
思わずじっと覗き込まれると変に気恥ずかしいけど、瞳が綺麗だからつい見てしまう。
「やっぱり、見てると吸い込まれそうな目。いいよな、綺麗な顔してて。俺なんてどこにでもいるような地味顔だからさ。だから、誰も特に気にしないっていうか……」
ハハと乾いた笑い声を立てると、綺麗な顔が更に近づいてくる。
俺、また変なことを言ったか?
まさか……地雷を踏んだ?
「……ハルは、かわいい」
「かわいいって……それ、男にいうセリフじゃな……」
なんだ? とにかく恥ずかしくて顔がカッカッする感じ。
しかも心の奥底から今すぐ逃げろって言われてるはずなのに、逃げることもできない。
身体が固まって、動きたくても動けない。
でも……怖いとかそういうんじゃない。緊張感?
必死にラウディを落ち着かせていたはずだったのに、逆に追い詰められているような感覚。
心臓がバクバクと煩いし、俺の身体は一体どうなってるんだ?
感情と身体がバラバラで、思うようにならない。
押し寄せる緊張感に負けてギュっと目を瞑ると、まぶたにそっと何かが触れた。
「な、なに?」
「……」
ラウディは何も言わなかったけど、口元が柔らかく微笑みの形を作っているのが見えた。
笑ってる? 笑ってたのか?
満足してくれたのか、ラウディは俺から身体を放して穴の中から出て行ってくれた。
「もう、いいのか?」
ラウディは頷いて、俺のことも穴から引っ張り出してくれた。
俺は何が起こったか分からず、勝手に上がった体温を下げるように必死で手でぱたぱたと顔を仰ぐ。
「……またね」
「お、おう……」
ラウディは満足したらしく、行ってしまった。
俺はその背中をぽかんと見送ることしかできなかった。
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「ラウディは一体、何がしたかったんだ……この急な展開は確実にあのクッキーのせいだろ!」
俺は混乱したまま森の中の道を突き進んでいた。
ラウディが俺に話しかけてくれたことも驚きだけど、急に距離が縮まりすぎだし。
それに……まぶたに触れた優しい感触。
どう考えても……。
「なんでだよ! あぁもう、意味分かんないって!」
「ぴゃあぁぁっ!」
俺が少し声をあげたのと同時に、脇から妙な声と共に茶色の何かが転がってくる。
慌てて屈んで手のひらでキャッチすると、見慣れた可愛らしいフォルムが俺の手の上に収まっていた。
「モグ?」
「え、ハルさん? じゃあ、今の声はハルさんでしたかぁー。あービックリした」
「ご、ごめん……その、色々あって……」
「ハルさん、どうしたんですか? 顔が真っ赤ですよぉ」
モグは心配そうに俺の顔に手を伸ばそうとしてくるけど、小さいからこのままじゃ届かない。
俺は両手でモグをもちあげて、モグに額の熱を計ってもらった。
「うーん……お熱じゃなさそうですねぇ。でも、ハルさんがこんなに取り乱してるだなんて珍しいですねぇ」
「モグー……俺、どうしたらいいか分かんない……」
「ハルさん、何かあったんですかぁ? ハルさんにはいっつも助けていただいてますし、あっしで良ければお話お聞きしますよぉー」
「モグ……お前、ホントに良い子だよ……」
俺がモグに頬擦りすると、モグは俺のことを心配してくれたみたいで嫌な顔もせずに小さな手でなでなでしてくれた。
モグに癒されると、俺も少し心が落ち着いてくる。
このままじゃ、俺もいつものローテーションに行くのも無理そうだ。
どっちみちお手伝いをしないと金貨も稼げないし、モグに話を聞いてもらいながらお手伝いをして気を紛らわそう。
じゃないと、俺もどうしていいのやら分からなくなりそうだ。




