52.迷う心
俺はキャンプもしたことがないし、見ながら応援するくらいしかできない。
テレビ番組でちらっと火起こしは見たことあるけど、すごく大変そうだった記憶がある。
「火起こしは大変じゃない?」
「そこはご安心ください。ヴォルカング様特製の火の元にウィン様が風をぶつけて火をつけて下さいます」
バードが言った通り、俺がかまどの方を見た瞬間にはもう火がついていた。
精霊の力って生活面でも便利なんだな。
「さすが、精霊様だ」
「これくらいはまかせて」
俺の側まで戻ってきたウィンは、いつもより少しだけ嬉しそうに見えた。
そして火がついたかまどに野菜がたくさん入れられた鉄の鍋を置きにいく。
グツグツ煮込まれる鍋からは、もうすでにいい香りが漂いはじめていた。
「今日のご飯は何?」
「今日はミルクたっぷり野菜のとろとろ煮と、さわやかな風味の果物たっぷりサラダ、ふんわりパンに、キラキラジェリーです」
「ジェリー?」
「はい。あら、ハルさんは初めてでしたか?」
ジェリー……何となくだけど、ゼリーのことかな?
微妙に名前が違う世界観なのかもしれない。ということは、デザートってことだろうな。
「いつの間に味付けしてたの?」
「ふふ。ハルさんにお手伝いしていただいている間にですよー。こう見えてもあたしはお料理が得意なんです」
「そう。バードは本当に料理上手。いいこ」
もふっと胸をはるバードを優しく撫でるウィンの二人も仲が良さそうでいいな。
下級精霊と精霊は固い絆で結ばれているのがよく分かる。
モグとラウディは勿論だけど、みんな色々な形で支え合ってるんだろうな。
「……いいな。そういう関係」
「ハルさん……?」
「いや、なんでもないよ。できるまでに食器とか並べないとな」
また変なこと口走っちゃったな。照れ隠しに動こうとするとバードとウィンが急に俺の側に寄ってくる。
「ハルもいいこいいこ」
「そうですよ! ハルさんは頑張ってます」
何故か二人になでなでされてしまった。
気持ちは嬉しいんだけど、俺ってやっぱりお子様なのかな?
毎回恥ずかしい気持ちになる。
「ありがとう。俺は大丈夫」
「ならいい」
「はい! 美味しいものを食べて元気を出してくださいね」
この世界に住んでる精霊たちは変わりモノが多いけど、基本的に優しさでできてる気がする。
ゲームの中だからって言い聞かせてるのに、こうして触れ合うとゲームの中の世界だなんて思えない。
ゲームのエンディング通りになるのなら……精霊使いの卵は恵みの樹を育て終えた時、精霊界エーテルヴェールから人間界へ戻って国の為に尽くさないといけない。
精霊と結ばれるエンドだったら、精霊界に残って精霊の側にいられるけど……俺が望むのはノーマルエンドだ。
その考えは今でも変わらない。
それなのに――
「ハルさん、お腹空いちゃいました?」
「ごめん。そうみたいだ」
また心配させてしまう前に、慌てて思考を切り替える。
俺の第一目的を見失ってはいけない。俺は元の世界へ帰るんだ。
考えたことは一旦胸の奥に仕舞いこんで、今は夕飯の手伝いだけに専念する。
+++
話しているうちに無事夕飯は完成し、ウィンとバードと一緒に外で食べることになった。
バードがカティの分を届けに行ったので、帰りを待ってからの食事の時間だ。
一人で食べても勿論美味しいんだけど、みんなで食べると更に美味しくなるっていうのはよく分かる。
手伝いもしたから、あの時調理していたものがこの味になるんだろうなって目に見えて分かるからな。
手伝うっていう行為自体が、美味しさのスパイスになる気がした。
「ハルさん、お替りもありますからね。遠慮なくいっぱい食べてください」
「ありがとう、バード。いつも美味しいけど、今日はもっと美味しい」
「ハルが美味しく食べてくれれば、バードもオレも嬉しい」
ウィンの表情もいつもより和らいだ感じがする。
バードが食事担当だから、ウィンも自然と食事のことを気にかけるようになったのかもしれないな。
ミルクたっぷり野菜のとろとろ煮は見たことあるなと思っていたんだけど、どうやらシチューのことらしい。
ほんのり甘くて身体も温まるし、癒されていく気がする。
パンを浸して食べるのも美味しいし、自然と食が進む。




