40.正しい選択肢
この空気を何とかしないと、いたたまれない。
俺は必死になって辺りを見回す。
「そうだ。良かったら、お茶とかどうですか? イアリスから焼き菓子とお茶を分けてもらって……」
「ん……? あれ、ハルさん。もしかして、愛称の許可をもらったんですかぁ? ……あ、はい。そうですね。ラウディ様も」
「あ、ああ。さっきお茶をごちそうになったから、その時に……って。あの、グラウディ様?」
グラウディがじっとコッチを見ている気がした。さっきと違ってねっとりとするような視線。
まるで、俺を責めているような……少し怖い気配を感じる。
「ラウディ様、ダメですよぉ! ハルさんを怯えさせちゃダメです。ここは優しく……はい、そうですそうですー」
「え、モグ何を言って……」
モグが俺を見たり、グラウディを見たりと忙しそうだ。
何回か続けたあと、ニコっと俺に笑顔を向けてくれる。
「ハルさん、ラウディ様はお茶をするなら自分のことも愛称で呼んでほしいとおっしゃってますー」
「え、なんで? 俺、どちらかと言うと距離をおこう的なことを言ったような……」
「すみませんー。ラウディ様は一度言い出すとなかなか意見を曲げてくださらないので、あっしも困っちゃうんですよぉ。だから、ハルさん。お願いできますかぁ?」
モグに頼まれると嫌と言いづらい。けど、なんで内部好感度が上がってるんだ?
一番上がらない面倒な精霊のはずなのに、意味が分からない。
でも……このままじゃモグが泣いてしまいそうだ。俺もモグには泣いてほしくないんだけど……どうしよう?
俺は元いた世界に帰りたい。だから、グラウディと親しくなったらきっと悲しませてしまう。
それは……考えるだけで辛いことだと、心が苦しくなる。
「俺の記憶がもし戻ったら、今度はグラウディ様にも酷いことをしてしまうかもしれません。それでもいいのですか? 俺は、あなたを傷つけたくないんです」
「……」
こうなったら仕方ない。記憶喪失を利用して、納得してもらうしかない。
イアリスは理性的だから、俺がいなくなったところで傷つかないだろうけど……グラウディは違う。
この人は一度心を許した相手に裏切られた人だ。
俺はこれ以上、グラウディを傷つけたくない。
「グラウディ様はきっと優しい人だから。俺のことも気遣ってくれる。俺は今までの恩を仇で返したくないんです」
「ハルさん……そこまで、ラウディ様のことを考えて……」
グラウディとは距離を縮めてはいけない。
俺はここで選択肢を誤ってはだめだ。グラウディにはゆっくりと過ごして傷を癒してほしい。
だからこそ、いつかいなくなるかもしれない俺ではダメなんだ。
その時、俺たちの間に優しい風が吹き抜ける。
その風は俺とグラウディの間を通り、グラウディの髪をさらっていく。
一瞬顕になった表情は、悲しみと決意を含んだ美しいものだった。
俺を真摯に見つめる暗緑色の視線に射抜かれて、身体がピクリとも動かない。
「……」
「ラウディ様……! はい、そうですね。それでも貫かれるというならば、あっしはどこまでもお供しますよぉー」
二人の間で何か決まったのだろうか、モグは頷いてから俺の方をしっかりと見て口を開く。
「ハルさん、例え今のハルさんが消えてしまったとしても。ラウディ様は構わないと言ってます。その時は、自分がハルさんに今までのことをちゃんと伝えると」
「でも、俺は……」
「何事にもやる気も見せず、ただ流れる風のように過ごされていたラウディ様がここまで感情を取り戻されたのです。どんな結果になろうとも、ハルさんのおかげだとおっしゃってますよぉ」
俺が思っていた展開と真逆に進んでいるのは気のせいだろうか?
拒絶すればするほど、グラウディが迫ってくるような……。何だろう、この包囲されている感覚。
俺は何か違うスイッチを押してしまったのか?




