29.歌うんじゃなかった
開けた丘の上には色とりどりの花々が咲き誇っている花畑が広がっている。
柔らかな風が吹くとひらひらと花びらが舞っているし、女子が見たら特に喜びそうな風景だ。
ここは精霊と二人きりで来られる場所の一つだけど手伝いポイントでもあるので、運が良ければ手伝いもできる。
「手伝いの中でもいい報酬がもらえるはずなんだけど……って。あ、いたいた」
花畑の中にキラキラと輝く羽が見える。目当てのフェアリーたちがいてくれたみたいだ。
俺が近づくと、フェアリーも気づいて俺の方へ寄ってきてくれた。
「あ、ハルだ!」
「こんにちは。困っていることはありませんか?」
俺はあえてフェアリーに問うと、三色のフェアリーたちは俺の周りを飛びながら困っていることはあるよと教えてくれた。
「僕たちは花の蜜を集めていたんだけど……」
「お花さんがね、お歌が聞きたいって言うんだ」
「でもね、珍しいお歌がいいんだって」
フェアリーたちは口々に俺へ伝えてくる。俺は考えるフリをしながら、このイベントを思い出す。
このイベントでやることは簡単だ。歌を歌えばいい。
本来は選択肢を選ぶと主人公であるカティが歌うという設定で歌が流れるイベントだけど、今回は俺が歌わなければならない。
「分かりました。俺でよければですが、歌わせてください」
「ホント? ハルが歌ってくれるの?」
「わぁ! 楽しみー!」
フェアリーたちはきゃいきゃい言いながら拍手してくれる。
俺は恥ずかしさを覚えながら、記憶を頼りにゲームで聞いた歌を口ずさむ。
カラオケで歌うのは嫌いじゃないけど、誰かに歌を聞かせるのは久しぶりすぎて緊張する。
たぶんワンフレーズで十分なはずだけど、俺が歌っている間フェアリーたちが楽しそうにゆらゆらと揺れてくれていたので少しだけ多めに歌ってしまった。
伴奏もなしのアカペラで歌ってしまったけど、どうだろう?
歌い終えると、辺りがざわざわし始める。人がざわついた訳じゃなく、景色がざわついている感じだ。
すると、辺りに咲いていた色とりどりの花がぱぁっと輝き辺りに光を広げていく。
「え……」
フェアリーたちも輝き始めたかと思うと、目の前に透けた七色の羽を持つ黄色と緑とピンクが混ざったロングの髪の美しい青年が現れた。
「素敵な歌にお花も喜んでるよ。僕もとっても楽しかった! ありがとう」
「それは……どうも」
目の前に現れた青年はフェアリーたちが合体した姿だと思うんだけど、見た目と雰囲気が変わりすぎていてビックリする。
可愛らしい感じが急にスラっとしたイケメンになったからコメントしづらい。
条件反射で適当に返事をしてしまったのに、目の前の青年は柔らかに微笑んでくれた。
「ごめん。驚かせちゃったかな? ハルの歌に影響を受けて一人になったんだよ。一応、僕一人になった時の名前はフェアラ。よろしくね」
俺がぺこと頭を下げると、フェアラは口元に手を当てながらフフと笑う。
フェアラは嫌な気分にはなってないみたいだけど、俺は恥ずかしさもあって勝手に気まずくなってしまう。
「そんなに照れなくてもいいのに。歌、上手だったよ。ずっと聞いていてもいいくらい」
「ありがとうございます。人前で披露するような腕前ではないのですが、お言葉に甘えました」
微笑むイケメンの前で話すのも緊張するな。フェアリーたちだと可愛いなくらいでここまで緊張もしないんだけど。
俺はキラキラしているイケメンが苦手なのかもしれないと改めて気付かされた。
「お花たちもみんなハルにお礼を言っているよ。ありがとう。本当はもう一曲歌ってもらいたいくらい」
「お言葉はありがたいのですが、本当に大したことはないので。それに……」
ダメだ、このまま居続けるのもキツイ。自分でイベントを起こしたとはいえ、やっぱり歌うんじゃなかった。
今更めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。




